反撃の狼煙
「戦ってくれるのは有難いんだけど……いくら脆弱の呪術で魔法に弱くなってても、魔道兵団の一斉詠唱じゃ、ちょっと威力が足りないんじゃないかな〜」
頬を人差し指で掻きながら困ったようにホロが言う。
「ちょっと魔力馬鹿様? あたしの魔道兵団なめたような発言やめて下さる?」
盾の壁の外に居たアーニャが整然と並んだ盾を手で押し退けて聞き捨てならないとホロの発言に食って掛かる。
不意に盾を押された騎士団員は慌てて体勢を崩さないように足に力を込めて踏み止まった。
「ちょ、姐さん、避ける、避けますから! 押さないで下さいって! お、重い……っ」
「姐さん言うな! しかも重いって言ったわね!?」
「わ、ちょ、本当に倒れますからっ! 謝るんで勘弁して下さい!!」
盾に乗せた手にぐっと更に体重をかけるアーニャ。デュランと熾烈な言い争いを繰り広げるアーニャをよく知っている騎士団員は半泣きになりながら、近くに居た弓兵らに支えられてようやく人一人が通れる隙間を空けた。
アーニャはふんと言って大股でホロに詰め寄る。
「で? 魔力馬鹿様は魔道兵団じゃ戦力にならないとでも言いたいわけ?」
「だって、脆弱の呪術が効いてるのに、光魔法を付与した矢が突き刺さる程度だし……貫ける威力がないと、引っ掻き傷の一つもつけられないと思うんだけどな〜」
「あら、引っ掻き傷は無理でも刺し傷なら今しがたつけたところよ」
アーニャの言葉にホロは困ったような微笑みでうーんと唸った。
「そういう問題じゃないんだけどな〜……引っ掻き傷でも刺し傷でも、アジ・ダハーカを殺せる程のものじゃないよね。下手に魔法使われると、僕はやりにくいんだよね〜」
暗に邪魔をするなと言うホロにアーニャは呆れたようにわざとらしく大きなため息を吐いた。
「魔力馬鹿様も鳥頭でいらっしゃりやがるようね。あたしがいつ、あの鳥頭ドラゴンに真っ向から魔法勝負するなんて言ったかしら」
「……違うんだ?」
「ええ、それはもう大間違い、勘違いも甚だしいわよ。そんな勘違いをなさるほど驕り昂れる魔力をお持ちでも、魔法は一度に一つしか発動出来ないでしょう? だから、癪でしょうけど分担作業しませんこと?」
「……なるほどね〜」
アーニャの言う"分担作業"を理解したホロが言った。
つまり、攻撃魔法と支援魔法をホロと魔道兵団で分ける事でそれぞれが担当する魔法にのみ専念するというもの。攻撃はホロ、支援を魔道兵団がといったところだろう。足の自由が利かない今となっては魔法壁で敵の攻撃を防ぐしか方法がないホロにとっては大変有難い申し出である。
「正直、あの鳥頭を直接絞めれないのは悔しいわ。でも、そんな事で意地張ってても仕方がないもの。それとも、魔力馬鹿様の素晴らしい魔法の数々には手も足も出ないような魔道兵団の支援じゃ頼りないのかしら?」
「そこまでは思ってないんだけど……魔法壁って結構魔力使うから大丈夫かな〜って」
「なんの為の騎士団だと思ってるの? 鳥頭のへっぽこ魔法程度、盾に防御魔法を付与するだけで簡単に防げるわよ。前線にはデュランが居るし、短気勇者の方も心配いらないわ」
ゼロから壁を生み出す際の魔力消費量と、一として既に存在しているものに色々な能力を付け加える際の魔力消費量、ゼロから生み出す事の方が魔力の消耗が激しい事は比べるまでもない。
けれど、付与魔法をかけたところでそれを扱える人物がいなければ意味のない話である。先程の光魔法を付与した矢を例に挙げるならば、矢を弓で放てる人物がいなければ矢が独りでに敵へ向かう事はない。もしこれが光魔法で生み出された矢ならば、それを生み出したものが魔力を用いて操作する事で間に第三者を介入させる必要はない。
つまり、騎士団員の持つ盾に防御魔法を付与したところで、その盾を持つ騎士団員らが敵の攻撃に耐え切れなければ意味のない事なのだ。
不安げに騎士団員らを見るホロに気付いてか気付かずにか、今までの話を聞いていた近くに居た騎士団員の一人がホロとアーニャの方を振り向き自信に満ちた表情で言った。
「まかせて下さいよ! 気合と根性だけなら負けませんから!」
「気合と根性以外でも負けてもらいたくないんだけど」
アーニャがすかさずツッコミを入れる。
「え。えーっと……あ、早食い対決でも負けません! だから大丈夫です! 姐さん!」
「食い意地の話されても安心出来ないわよ! 後、姐さん言うな!」
「落ち着くっすよ、アーニャ団長。敵さん絞めれないからって身内を攻撃しないでほしいっす」
今までアーニャらのやりとりを静観していた魔道兵団員がアーニャを宥める。そして魔道兵団員の一人が先程までアーニャと話していた騎士団員にすまなさそうに声を掛ける。
「うちの団長がすみませーん、大丈夫でしたか?」
「全然大丈夫ですから気にしないで下さいよー。そちらの団長さん、うちの団長とどことなーく似てるんでー」
「あらやだ、そちらの騎士団長さんの方が優しくって素敵じゃないのー」
「いやいや、そちらの魔道兵団長さんの方がハキハキしてて頼り甲斐があるわよー。うちの団長なんてねぇ……」
「井戸端会議は他所でやってもらえるかしら、そこの似非奥様二人組」
会話に花が咲き始めていた騎士団員と魔道兵団員は不満げに唇を尖らせて、しぶしぶ自分の持ち場へと戻っていった。仕事が出来るのは認めるけれどこの緊張感の無さだけはどうにかならないのかとアーニャはぶつぶつ呟く。
「大変だよ、あーにゃん! 今までの流れ見てて、安心できる要素がひとつも見つからないよ!」
「……それは今あたしが一番実感してるわ……」
希美とカカを連れて戻ってきたスティの言葉にアーニャは額に手を当ててため息混じりに言った。
「ご、ごめんなさい、アーニャさん……」
スティに腕を掴まれたまま付いてきていた希美がいたたまれずに謝る。
「なんでノゾミが謝るのよ」
「え、あ、その、だって、私が、騒いで、回ったせい、で、ご、ご迷惑、が……」
「あなたは関係無いわ。だらっだらの騎士団長が動いたっていうのに、魔道兵団長のあたしが動かないわけにはいかないじゃない」
予期せぬ単語に希美はきょとんとした。
「ま、まどうへいだんちょう?」
聞き覚えはあるはずなのに、何故か頭は理解出来ずただ反芻した。魔道兵団という単語だけはようやく呑み込む事が出来、だから魔道兵団の黒い外套を身に着けているのかと納得したようだ。
「魔道兵団長ならさ、もっとこう……上手くまとめられないかな?」
「お! 井戸端会議を始めてる奥様ハッケーン☆」
「あー、もうっ! うるっさいわね! この多過ぎる賑やかし要員共をまとめるのはデュランの方が向いてるのよ!!」
アーニャの怒号に多過ぎる賑やかし要員、もとい騎士団員と魔道兵団員は流石に緊張感が無さ過ぎたかと反省したらしく、そそくさと各々の持ち場へ戻っていく。それ以降は勝手に動く者もふざける者も出て来ない。アーニャの近くに居た一人の魔道兵団員が未だ頭に血が上った状態の彼女をまたもや宥める。
「そーいえば、あーにゃんってばデューくんの事"だらん"って呼ぶのやめたの?」
幾分落ち着いてきたアーニャにスティが問い掛けた。
「別に、怠けてたから"だらん"って呼んでただけだもの。怠けてないなら、普通に名前で呼ぶわよ」
不機嫌極まりない表情で言い捨てる。その言葉に目を輝かせた全く懲りていない一人の騎士団員が冷やかしてやろうとでも考えたのかニヤリと笑った。そして口を開こうとした瞬間、すぐ傍で待機していた弓兵隊がその騎士団員の口を素早く手で塞ぐ。ニヤリと笑っていた騎士団員は口を塞いできた弓兵隊に不服だと目で訴えたが、弓兵隊はぶんぶんと顔を横に振って駄目だ止めろと訴えている。
「ん? あんたケガしてるっすよ? 大丈夫なんすか?」
アーニャを宥め終えた魔道兵団員が未だアーニャの怒号に驚いてオロオロしている希美に声を掛ける。
「……?」
希美は自分に言われているとは露にも思わず、自分の近くに怪我を負った人が居るのかと周囲を見回した。
「いや、あんたっす、あんた」
「ふぇ!?」
指で差されてようやく怪我をしている人が自分の事なのだと希美は気付き、素っ頓狂な声を上げた。
よくよく自分の姿を見ると、片手では数えられない位に転びまくった上に転んだ先は度重なる激しい揺れで瓦礫が散乱した床。膝が擦り剥けて血が滲んでいるのは勿論の事、瓦礫で切ったであろう切り傷は意外にも深く、脚だけでなく腕からも血が流れている。
細かい怪我に構っていられない程に必死だったのだろう。指摘されて初めて傷が痛み出したらしく、段々と目に涙が滲み始めた。
「ネコさんも相当お疲れみたいっすね。えーっと……あ、あんた、精霊術使えたっすよね? ちょっとこっちに来て治療してほしいっす」
希美に声を掛けた魔道兵団員は周囲を見回して誰かを探し、少し離れた位置にいる一人の魔道兵団員に声を掛けて手で招いた。すぐに気付いた魔道兵団員は何があったのかと訊ねながら駆け足で近寄る。
「え、あ、あの、あの、だ、だいじょうぶ、です、から! ええっと、その、これ以上、ご、ご迷惑、を、おかけ、する、わけには……」
「そのぐらい迷惑でもなんでもないわ。さっさと治療してもらいなさい」
「アーニャ団長の許しも出たっすから、気にしないで治療してもらうっすよ。じゃ、お願いっす」
到着した精霊術が扱えるらしい魔道兵団員にそれだけ言うと、その団員はすぐに持ち場へと戻って行った。呼ばれた理由が分からず首を傾げていた団員は希美の怪我の惨状を見て合点がいったようで、苦笑しながらも早速精霊術の詠唱を唱え始める。
「虫ケラ共が……」
地を這うような憎々しげなドラゴンの声に、謁見の間にいる全員がきゅっと唇を引き結び声の方向に視線を向けてドラゴンの出方を窺う。光の矢と黒い靄に苛まれぐったりと項垂れていた三つの首を持ち上げ、怒りに染まった妖しげな光を放つ六つの目が騎士団、魔道兵団、勇者一行を睨み付けた。
「貴様らも、この国も、この世界も、塵一つ残さず叩き潰してくれるわぁぁぁぁぁぁっ!!」
地面を揺らす咆哮と共にドラゴンの身体から不気味な赤いオーラのようなものが噴き出す。その勢いに押されて突き刺さっていた光の矢は吹き飛ばされ、黒い靄は引き剥がされそうになりながらも執念深く必死に纏わりつく。
押し潰されてしまいそうな今まで以上の威圧感。剣や杖を地面に突き立てて耐えなければ、纏っていた光を失い無惨にへし折られて地面に散らばるかつての光の矢と同じ末路を辿ってしまいそうな錯覚さえ覚える。
「カルディア国騎士団の誇りにかけて、誰一人として傷付けさせるなっ!!」
威圧に負けじとデュランが叫ぶ。その声に鼓舞されて少し狼狽していた騎士団員らは盾を弓を握る手にぎゅっと力を込めて声を張り上げ応えた。
「騎士団なんかに後れを取らないでちょうだい! 魔道兵団の底力、あんの腐れ鳥頭に思い知らせてやるわよ!!」
デュランに負けじとアーニャも声を張り上げる。魔道兵団員らは声を出して応えず、代わりに無言のまま頷くといつでも魔法を発動出来るように威圧され途切れてしまっていた集中を再び始めて魔力を練り上げる。
「う〜ん……僕、こういうノリって、あんまり得意じゃないんだけどな〜」
「そ? ボクは好きだよ。いかにも総力戦の始まりだーっ! って感じがして」
声を張り上げる騎士団員らに若干引きながらホロはぼやいた。そして騎士団員に混じり一緒になって声を張り上げていたスティはそんなホロの腕を掴み頭上へと掲げる。掴んでいない方の手で作った握り拳を頭上に振り上げて「頑張るぞー☆」と言うスティにホロは「勘弁してくれないかな〜……」と言って苦笑した。
そんな後方の熱気と賑やかさに押されて、クレナハーツは地面に突き立てていた剣を持ち上げ切っ先をドラゴンへと向ける。反撃の準備は整った、後は開戦を告げるだけだ。
「オマエの思い通りになんてさせてやるか。魔王を倒した勇者をなめんじゃねぇ!!」




