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ネガティブ戦線  作者: 楽夢智
前編 「もう終わりにしよう」と闇が囁いた
41/60

眠れるものは赤子か獅子か

ロランの死を知らされた時の事は、正直なところあまりはっきりとは憶えていない。

空っぽの棺桶で行われた葬儀。ある者はすすり泣き、ある者は大声で泣きじゃくる参列者達。それらをぼんやりと眺める自分。そんな自分に両親は泣きながら「お前が代わりに死ねばよかったんだ! この役立たず!」と罵声を浴びせた。アーニャは涙を見せずに自分の傍で気丈に振る舞っていたけれど、翌日会った時に目が少し赤くなっていたから一人で静かに泣いたのだろう。

そしてまだどこかぼんやりとしていた時に副団長から呼び出され、正式に騎士団長となってほしいと告げられた。何度も無理だと伝えたが結局は押し切られ、デュランは騎士団長代行から騎士団長となるに至った。

"代行"が外れただけだと魔道兵団長のアーニャは言ったが、それだけの事で兄が帰ってきたら被せる予定だった責任が行き場を失い自分に戻ってきてしまったのだ。代行の時にとんでもない事をしでかした訳ではなく、兄の胃に穴を開ける気など全くなかったので自分なりに真面目に励んではいたが、それは期限が決められていた事ともしもの時の逃げ道があったから出来た事である。

自分は兄のような騎士団長になどなれない。

自分は"優秀なロランの出来損ないの弟"なのだから。

騎士団長に相応しくないのだと周りに気付いてもらいたくて、仕事も放棄するようになったし鍛練も怠けるようになった。成り行きで団長となった自分を団員達だって快く思っていないハズだと考えてしまってからは彼らを自分の方から避けるようになった。この苦しい思いとやり場のない憤りを勇者達にぶつけてしまったりもした。勇者達は何も悪くないと分かっていても、もう自分には抑えきれない。


気付いてほしかったのだ。このどうしようもない息苦しさに。出来損ないの飾りだけの騎士団長に。

逃げたかったのだ。何もかもから。このどうしようもない息苦しさから。


だから、希美にドラゴンが暴れており勇者達が戦っていると伝えられた時、自分が選んだのは逃げる事だった。

伝えに来てくれた希美には悪いけれど、自分は兄とは違って出来損ないだから勇者と共に戦う事など出来る訳がない。自分一人いないところで、勇者達ならあっさりと勝利するだろう。自分に出来る事なんて、何一つ有りはしないのだ。

希美にも逃げるように言った。何の力も持たない守られる側の一般人に出来る事などないのだから。

けれど、希美はそれを拒んだ。


「確かに、何も、出来ない、かも、しれません……それ、でも……それでも、クレナさん達の為に、自分が出来る事を探す事は、私にも出来ますっ!」


呼び止めようと伸ばした手が空を切り、彼女は城門とは違う方向へと走り去ってしまった。

探したところで出来る事などあるのだろうか。徒労に終わるだけなのではないのだろうか。無駄だと分かりきっているのに足掻いてもがいてもみっともないだけではないのか。

――あ……そうだった……オレにはノゾミのする事に難癖つける権利なんて、ねぇじゃんか。

思い出すのはあの夜の出来事。彼女が城の近くを散歩してくると偽って、ロウロの森へ薬草を取りに言った時の事。希美が薬草を手に戻ってきた頃には寝込んでいたハズの魔法使いは既に回復していて、結局は徒労に終わったようだったが。

しかし、無駄だと分かっていて行動しなかった自分達と、無駄だと言われても行動した彼女、一体どちらが人として正しいかなんて考えるまでもない。

――そういえば、オレも無駄な事したっけ。

希美がロウロの森へ行ったかもしれないとアーニャに言われたにも関わらず、デュランは城の近くを散歩してくるという彼女の発言の方を気にして城の近くどころか城下町まで隈なく探し回った。そして希美は本当にロウロの森へ行っていた為、徒労に終わってしまったのだ。

その時に自分を動かしたのは何だっただろうか。無駄だと分かっていたのに行動出来たのは何故だっただろうか。

責任だろうか、後悔だろうか。

それとも、希美が先程言ったように、自分に出来る事を探した結果なのだろうか。

――オレでも、出来る事って、あるのかな……みっともなく足掻いてみても、いいのかな……。

兄に追いつきたい一心で陰ながら努力し続けたものの認められる事のなかった幼い頃の自分が脳裏に浮かぶ。"優秀なロランの出来損ないの弟"だと疎まれて、それを否定する為に努力していたハズなのに、今となってはそれを甘受し言い訳代わりに使っている。

このままで良いのかと自分に問い掛け、ぐっと拳に力を込めた。


――ノゾミに出来る事があるんなら、戦えるオレの方がもっとたくさん出来る事があるだろ!


走りだしたデュランが向かった先は、最近では殆ど縁のなくなっていた武器庫。剣や槍、弓矢が整然と置かれている中で一際目を引くのは騎士団の総員よりも多いのではと思わせる程に膨大な数の盾だ。

デュランの肩辺りまである長方形のその盾は中央に十字架を模した装飾が施されているだけの素っ気ないデザインだが、分厚い鋼で作られているため頑丈さは秀でており、ドラゴン相手でも決して壊される事はないだろうとまで言われている一品だ。

カルディア国騎士団は遥か昔に戦争を行っていた時代は最強と謡われるほど攻撃に特化した存在だったが、戦争を止め平和主義へ一転してから防衛に特化した存在となった。

平和の象徴であり、今の平和を貫く騎士団の誇りでもある、その盾。

剣とは違い普段はほとんど持ち歩かないそれは久し振りに持つとずしりと重い。入団したての新米騎士団員だった時は同期と一緒になって引き摺って歩いていたなと少しだけ懐かしんだ。

盾に異常や欠損はないか確認していると、ドタバダと武器庫に近付いて来る複数の足音が聞こえてきた。武器庫に用がありそうな騎士団員らのほとんどは城の修理に出払っているので誰も来ないハズだと考えていたデュランは内心焦る。


「あれ!? デュラン騎士団長!?」


武器庫の扉から顔を出したのは騎士団員は盾を手に持つデュランの姿を見つけ驚きの声を上げた。一緒に来ていた数名の団員達もその声を聞いて扉から顔を出す。修理道具など置いていない武器庫になんで城の修理をしていた団員が来たんだよ、と考えたところでドラゴンが暴れている状況下で修理を続けても意味がないかとようやく気付く。

「……デュラン騎士団長、もしかして……ドラゴン倒しに行くつもりですか?」

鎧を身に着け、剣を携え、盾を入念に点検するデュランを見て、団員の一人が恐る恐る訊ねた。

「な、なんでドラゴンの事知ってんだよ、お前ら」

「白い猫さん連れた黒髪のメイドさんが教えてくれたんですよ」

「そうそう、だから一応は武器とか持っとくべきかな〜って」

「んで、ここに来たらデュラン団長が居るし。すっげービックリした」

率先して動きそうにない怠け騎士団長が居たらそれは驚くだろうけれど随分と失礼な物言いである。図星を突かれたのもあってデュランは少し苛立ちながら、団員達を無視して点検を済ませた盾を片手で持ちさっさと武器庫から出ようとした。

「ちょ、ちょっと待って下さいってデュラン騎士団長! ホントにドラゴン倒しに行くんですか!?」

「どうしようとオレの勝手だろ!」

デュランを止めようと慌てて出入り口に立ち塞がった団員を押し退けるようにして進む。

自分の事を"デュラン騎士団長"と当てつけのように呼ぶ団員達が嫌いだ。騎士団長など相応しくないと思っている癖に、団員達は全員そう呼ぶ。白々しくて、そう呼ばれる度に自分は騎士団長なのだと改めて突き付けられているようで苦しくて仕方ないのだ。


「――ずるいですっ!!」

「……は? ず、ずる、い、って……はあ!?」


唐突に叫んだ団員の言葉が本気で理解出来ず、デュランは思わず足を止めて聞き返した。他の団員達はその言葉の意味が理解出来たのか頷き合い口々にずるいと言い始めて、デュランは困惑する。

「ドラゴン倒すなんてカッコいい事、独り占めするなんてずるい! 俺らだって戦うし!」

「そうですよ! なんで私達を呼ばないんですか!? 仲間外れですか!? イジメですか!?」

「……えー……」

ドラゴンを倒すのが格好良いなんて不謹慎だとか、格好良いから戦うなんて動機が不純過ぎるとか、魔道兵団のテレパシーみたいな便利魔法もないのにどうやって城中の騎士団員に召集を掛けろというのかとか、一対九十九なら自分の方が仲間外れにされてる側にならないのかとか、危険な魔物との戦いに無理矢理連れて行く方がイジメにならないかとか、つっこみ所は沢山あったがどれも言葉にならない。

団員達が予想の範囲外の文句を言い募る中、またドタバタと複数の足音が近付いてくる。

「おっ、お前らも来てたのか」

わいわいと言い合っているこちらに気付いて軽く手を挙げてまた数名の騎士団員が合流した。

「聞いてくださいよ! デュラン騎士団長ってばずるいんですよ!? 一人でドラゴン倒しに行こうとしてたんですよ!?」

「は!? なにそれずるい!」

「俺ら仲間はずれかよ!」

「だからなんでそうなるんだよ!!」

最初に来ていた団員達と同じ事を言う新たに合流した団員。軌道修正なり落ち着かせるなりにしてくれるだろうという期待を裏切られたデュランはようやく声を荒らげて抗議した。思い思いに喋っていた団員達はそれに気圧されたのか閉口して静かになる。

「意味わかんねぇんだけど!? オレだけでドラゴン倒しに行くのがずるいって! お前ら引き連れて行けって言うのかよ!? 無茶言うんじゃねぇ!! オレはっ、兄貴みてぇにお前らまとめられねぇんだよっ!!」

力の限り叫んだ。

彼らの言う"ずるい"が"連れて行け"という意味ならば無理な相談である。大勢で動くとなると必然的に先導し指示を出す指揮官が必要となり、その指揮官を担う事になるのは騎士団長であるデュランだ。

兄の背中を見てきたから多少はそれなりの指揮をとる事が出来るだろうけれど、アーニャに"だらん"と呼ばれるような騎士団長の声になど団員達はきっと耳を貸さないだろう。

自分で考えて情けなくなり涙が滲む。団員達は困り果てた顔を見合わせた。


「いや、デュラン団長がロラン様みたいになるとか、天地がひっくり返っても無理だろ」


何を言っているんだと言いたげな表情を浮かべた団員の一人が言った。

「言葉遣いは悪いし」

「礼儀とか作法とか無頓着だし」

「ホントに名門貴族の出なのかよ? って疑いたくなるし」

「残念貴族」

「割とすぐ怒るし」

「売られた喧嘩はすぐ買うし」

「でも簡単に言い負かされて凹むし」

「バ……もとい、ちょっと頭が残念だし」

「落ち着きが足りないし」

「なんかこう……全体的に騎士感が欠ける」

頷き合いながら口々に悪口を言い始めた団員達。デュランもその辺りには身に覚えがあり気にしているというのに容赦なく言われて肩をわなわなと震わせた。


「――ッ、お前らなあっ!!」

「でもさぁ、それでこそデュラン団長っしょ?」


言われた悪口を全部纏めて団員達に言い返そうと勢いのままに口を開いた瞬間、団員の一人が少し照れ臭そうに頭を掻きながらそう言った。

「一緒にいてもそんな気ぃ張らないでいいし、ノリがいいから楽しいし、良い意味で貴族らしくないっていうか」

「騎士団の連中全員と知り合いになるとか、その社交性が普通に羨ましいわ」

「鍛練とかよく付き合ってくれたし、教え方も上手だし、お陰さまで強くなれたんだよ馬鹿野郎!」

「上官に言いがかりつけられて怒られてた時、真っ先に庇ってくれたのデュラン団長だろ? しかも口だけで上官叩きのめしちまってスカッとしたんだよな〜」

騎士団員達と一緒に居て気を張らなくてもいいのは自分も同じである。騎士団に入団する以前では話らしい話などアーニャとの口論ぐらいしかなかったから、団員達とのふざけ合って笑い合える話が好きだ。だから話せる相手を増やしたくて沢山の人と知り合いなった。自分が勝手にした事だから羨ましがられるような立派な社交性などではない。鍛練だって一人でするよりも誰かとした方が楽しいから付き合っていただけで、気になった所を指摘しただけに教え方も何もないのではないだろうか。言いがかりの件は、仲間なら庇って当然だと思っての行動で、理路整然としたアーニャの口論なんかと比べるのもおこがましい程に支離滅裂な内容に半ば呆れながら普段の口論のように十倍返ししただけだ。

どこにも敬われるような所はないとデュランは困惑する。

「デュラン騎士団長。私達が鍛練に励んだり、勉強したり、ふざけ合ったり、馬鹿騒ぎしたりしてた時、その中心に居たのはいつもデュラン騎士団長だったんですよ? ですから、騎士団をまとめられないなんて、言わないで下さい」

盾を持てば身体がすっぽりと隠れてしまう小柄な団員が呆然とするデュランの手を両手で包み込むように握り真っ直ぐに目を見つめた。

「ロラン様だってさ、デュラン団長なら安心して任せられるって思ったから代行頼んだんだろ? ロラン様は身内贔屓でそんな大役選ぶような人間じゃねぇって」

「俺ら不器用だからさ、俺らの態度とかで悩んだりとかしてたんなら謝るよ。ホントにゴメン」

申し訳なさそうに眉を下げて謝罪の言葉を口にした団員。

今までと何ら変わりのない団員達。成り行きで騎士団長となった自分を快く思っていないなど、自分の被害妄想に過ぎなかった。本当に謝らなければならないのは自分の方だ。

「でも……でも、オレ、兄貴みたいに出来ねぇし……」

「だーかーらー、誰もあんな完璧超人な聖人君子になれって言ってるわけじゃないんだって!」 

「出来ない事があるんなら俺らが手伝えばいいだけじゃんか。みんな喜んで手伝うって。団長って結構人望あるんだからな」

「え、もしかして俺らって頼りない? 頼りないの!?」

「そうじゃねぇって! ただ……その……本当に、オレが騎士団長やって、いいのか……?」

絞り出した声は微かに震えていた。

本当に"優秀なロランの出来損ないの弟"が騎士団長になって良いのだろうか。本当に"優秀なロランの出来損ないの弟"を必要としてくれるのだろうか。騎士団長などなりたくないと仕事を放棄してきたというのに今更虫が良すぎるのではないだろうか。これ以上団員達に迷惑を掛ける位なら今すぐにでも潔く身を引きたいと思った。

団員達は普段のデュランからは想像のつかないその弱々しい声に思わず顔を見合わせて、くすりと笑う。

「嫌だったら、"デュラン騎士団長"だなんて呼びませんし、失踪するたびに騎士団総出で探しませんよ」

その言葉に零れそうになる涙をぐっと堪え、顔を上げて団員達を真っ直ぐに見た。


「弓矢が扱えるヤツは弓矢を! 扱えないヤツは盾を持て! 準備が出来次第、謁見の間に集合だ! カルディア国騎士団の底力、ドラゴンと勇者達に見せつけるぞっ!!」


腹の底から力強く指示を出すと、団員達もそれに負けじと大声で応えた。

我先にと準備を始める団員達。ここに来ていない残りの団員にも召集をかけなければと気付いた。探して来るか指示を出すかで悩んでいると、早々に支度を終えた小柄な団員が声を上げた。

「弓部隊の方、聞いて下さい! ここにいない団員たちに召集をかけに行きましょう!」

「異議なーし! どういう風に探していくか?」

「団長包囲網第三布陣でどうだ?」

「いや、この人数なら第二布陣の方が良くね?」

知らない間になにやら新たな陣形戦術が練られていたらしい。気になるような聞きたくないような名称だが、どうりで最近はサボってもすぐに見つかるようになったのだなと脱力すると同時に納得した。

後の事は団員達に任せても大丈夫そうだと思い、デュランはもう一人声を掛けなければならない人物の元へ行こうと武器庫を後にする。

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