ハッピーエンドへ駆ける
「で、でも、それじゃあ、なんでドラゴンの姿に戻ったの?」
「幻術って、矛盾を突かれたり正体を暴かれたりすると、簡単に解けちゃうんだ」
スティの疑問にホロが答える。
「今回みたいに誰かに成り代わってる場合なら、本物じゃないって否定するなり見抜くなりしちゃえば成り代わりを続けられなくなるんだよ~。ノゾミちゃんが言ったでしょ? あなたは王様じゃない、化物だって、ね?」
「ノゾミ、まさか分かってて……」
はっとしてクレナハーツは希美を見た。
「お、おおお王様が、お、おこ、怒って、ど、どど、ど、ドラ、ドラゴンに、変身、しちゃい、まし、た……ど、どうしよう……」
血の気の引ききった蒼白な表情で今にも泣き出しそうな希美は蚊の鳴くようなか細い声でそう言った。
希美にはホロの解説など聞こえていなかったし、勿論王様が本物ではないと見抜いていたが故の発言などではない。その場の勢いと言葉の綾だ。怒っていたとはいえ相当無礼千万な事を並べ立てた自分の発言に王様の堪忍袋の緒が切れ、ドラゴンに変身して子供の癇癪の方がよっぽど可愛く思える程の大暴れをしているとしか見えなかった。
――なんであんな事言っちゃったんだろ……やっぱり私は駄目人間だ、穴があったら入りたい……むしろ、穴を掘って埋まりたい……。
未だ大変な失態を演じてしまったと思い込み真っ青な顔で俯く希美の頭をクレナハーツが呆れたようなため息をつきながらぽんぽんと軽く叩く。
「なに勘違いしてんだよ。カルディア王はカルディア王じゃなくてドラゴンだった。んで、ドラゴンは俺らの敵だ。だから俺が戦う。分かったらオマエもとっとと逃げろ」
「でも……」
目まぐるしく変化していった状況に希美の頭は若干付いていけていない。クレナハーツに諭されて目の前にいる漆黒のドラゴンは敵なのだと、そこだけはようやく理解出来た。けれどどんな理由と事情があれども、自分の所為で今の状況がある事に違いない。謝らなければ、と混乱した頭が見当違いな事を考える。
「大丈夫だよ~。僕達はこれでも魔王を倒してるんだから、ね?」
子供に言い聞かせるように、けれどもどこか有無を言わせないホロの言葉に、希美は段々と冷静さを取り戻しつつあった。
クレナハーツ達はドラゴンと戦うと言っている。それなら戦う術を持たない自分がここに居ても邪魔でしかない。自分に出来る事は今のここにはないのだ。
ドラゴンを戒める精霊の鎖にひび割れの走る音がする。
『ノゾミ、早く!』
カカに急かされ、希美は後ろ髪を引かれる思いを抱きながら謁見の間を後にした。
「……まぁ、魔王を倒してるからって、これを倒せる理由にも保証にもならないんだけどね~」
希美が去った後の謁見の間で、ホロはぽつりと呟く。
「正直、倒せそーかな? ホロホロ」
「大丈夫だよ~。見栄を張れば五分五分ぐらいにはなるから」
「見栄を張って五分五分って……ホロ、オマエもう少しまともな励まし方ねぇのか」
「え? これでも結構考えたんだけどな~……」
魔王と戦ったときとは状況が全く異なる自分達にどこまで戦えるか分からないが、自分達が戦うしかないと己を奮い立たせて汗ばんだ手で各々の得物を握り締める。
咆哮と共に全身に力を込めたドラゴンが精霊の鎖を引き千切った。
ドラゴンの咆哮が轟き城全体が揺れ、城門へ向かって廊下を走る希美はその揺れでよろめき転んだ。
今日一日で自分は何回転べばいいのだろうか。自分の鈍臭さに改めて呆れながら起き上がる。
――本当に、大丈夫なのかな……クレナさん達……。
自分が走って来た、謁見の間がある方向を振り向き思う。
魔物と呼ばれる存在をフェンリル以外で初めて見たが、あれほど巨躯な存在を本当に人間が倒す事など出来るのだろうか。見るからに硬質そうな全身を覆う鱗に剣や魔法で傷付ける事など可能なのだろうか。容易く床を砕く腕、軽く振り回しただけで柱を砕く尾、骨ごと噛み砕いてしまいそうな牙、どれも人の命などいとも簡単に奪ってしまいそうなほど恐ろしい。
それにクレナハーツは今、魔力の使い過ぎで魔法が使えないと言っていた。クレナハーツだけではない、ホロとスティも謁見の間から人を退避させる為に相当な力を使ったハズである。消耗している三人だけで倒せる相手とは到底思えない。
――クレナさん達だけに任せて、私だけ逃げる事が、今、自分に出来る事なの……?
物事の良し悪しはともかく、このような事態が起こってしまった原因は自分だ。けれど、どんなに自分の所為だと分かっていても、ドラゴンに対抗する術を持たない自分には何も出来ない事が悔しくて歯痒い。
せめて剣を振るい魔法を扱える力が自分にもあれば戦えるのに。
――そ、そうだっ! ここには騎士団と魔道兵団がいる!
自分が戦えればという自責にも似た考えに固執していた為に気付けなかったが、カルディア城にはクレナハーツら以外にも戦う術を持った人が大勢居る。三人だけでは難しくとも大勢で掛かれば勝てる相手かもしれない。
魔道兵団の団長が誰かは分からないが、騎士団の団長はデュランだ。
確かデュランは適当な庭で昼寝でもすると言っていた。だが庭の大半は先程までの嵐で荒れ切っており昼寝など出来る状態ではない。
ずっと庭掃除を担い、城内の部屋を把握出来ていなくても庭の場所だけならきちんと記憶している希美には一ヶ所だけ心当たりがあった。ほとんど掃除をした事のない屋内庭園がカルディア城にはあるのだ。屋内庭園ならば嵐の影響を受けていないハズ。
『ちょ、ちょっとノゾミ!? そっちじゃないよ!?』
「デュラン、さんに、ド、ドラゴンが暴れてるって、伝えて、来ますっ!」
そう言って城門とは全く別の方角へと走り出した希美にカカが慌てて付いて来る。
度々起こる揺れに躓きながら考えられる最短距離で屋内庭園へと向かい、この角を曲がれば屋内庭園はすぐそこだと走る速度を上げた。そして丁度角に差し掛かった時、角を曲がった先の向こうから人が飛び出して、あっと思う間もなく止まれなかった希美はそのままの速度でその人にぶつかった。
電柱に衝突した時と同じぐらいの鈍痛が頭に響き、思わず額を押さえて蹲る。
「えっ、うおっ!? ノゾミ!? 大丈夫か?」
ぶつかられたにも関わらず平然としていたその人は額を押さえて痛みに悶える希美に気付き、しゃがみ込んで彼女の顔を下から覗き込む。
涙で滲む視界にぼんやりと浮かぶ活発そうなオレンジの髪はデュランのものだ。今日は鎧を身に着けており、ぶつかれば痛いのは当然である。
「でゅ、でゅでゅ、デュランさんっ!? たたた、大変、なんです! お、王様が、ドラゴンで、ドラゴンが、敵で、だから、王様は、敵で」
「待て待て待て待て! 意味分かんねぇって! とにかく落ち着けっ! 深呼吸しろ、深呼吸!」
デュランに言われるまま希美は二、三度深呼吸を繰り返す。
「え、謁見の間で、ど、ドラゴン、が、暴れて、るんですっ!」
「マジかよ……なんか騒がしいとは思ってたけど……」
デュランはちらりと自分の腰に提げた剣を見る。この装備だけで戦えるかどうか思案しているようだ。
「えと、い、今は、クレナ、さん達が、戦ってる、ん、です! あの、だから、その、助けて下さいっ!」
「……なんだ、なら大丈夫だろ」
「え……?」
興味なさげに言い放ったデュランの予想外の言葉に希美の思考が一瞬止まる。
「え、で、でも、ド、ドラゴンって、すごく、大きくて、強そう、で、クレナ、さん達、だけじゃ、倒せない、かも、しれなくて……」
「勇者様が戦ってんなら、オレら騎士団の出番なんてねーよ。むしろ、ケガ人が増えるだけだっての。魔王を倒した勇者様が、ドラゴンなんかに負けるワケねぇし」
"魔王を倒した勇者だから"、ホロが倒れた時にも聞いた言葉。それほど魔王と呼ばれていた存在は恐ろしく強いものだったのだろう。そんな存在を討ち果たしたクレナハーツらを誰もが尊敬し、それと同時に畏怖を抱き敬遠しているように思える。
クレナハーツらも、自身の事を"魔王を倒した勇者だから"と言う。確かにそれは事実だけれど、その言葉は自身を鼓舞する為に使っているような、どこか諦めているようなニュアンスを感じる。
何故なら、彼らは好きで勇者になった訳ではないのだから。
好きで、あんな大業を背負った訳ではないのだから。
「――っ、デュラン、さんの、バカッ!!」
込み上げるやり場のない感情をバカという言葉に込めてぶつけると、希美はまた城門とは違う方向へと走り出した。
「お、おい、ノゾミ!? ドラゴンが暴れてんだろ? なら、さっさと避難しろっての!」
デュランの声に立ち止まり、振り返らずに希美はきっぱりと言う。
「嫌です」
「はあ? 勇者様が戦ってんだから、オレらに出来る事なんてねぇって!」
「確かに、何も、出来ない、かも、しれません……それ、でも……それでも、クレナさん達の為に、自分が出来る事を探す事は、私にも出来ますっ!」
そう自分を鼓舞して走り出す。
今日の自分はどうかしているのかもしれない。王様にはうるさいと言って、デュランにはバカと言ってしまった。今更ながら後悔と罪悪感をひしひしと感じる。後悔するなら言わなければ良かったのにと落ち込む。きっと今立ち止まったら、持ち前の底なし沼のようなネガティブ思考に引きずり込まれてしばらく浮上出来ないだろう。
底なし沼には後で存分に沈んでしまおう。今はクレナハーツらの為に出来る事を成さなければならない。
逃げ出してしまったなら、何も出来なかった自分に対する後悔と自責の念で底なし沼が更に広がってしまうだろう。
今はただ、自分が走る先に自分の望むハッピーエンドがあると信じて。




