幕間語り
希美はホロの魔法で作られた時空の裂け目の向こう、ワールドエンドへと向かって行った。
彼女がワールドエンドに降り立ち、彼女と一緒に付いて行った白猫のカカに先導されて歩き出したのを見届けると、ホロは杖でカツンと床を叩き、それが合図となったのか裂け目はその大口を静かに閉じた。
「一応は繋いだままにしてるけど、意味はないかもね」
ホロは椅子に深く座って、ふぅと息を吐いた。
「ホロホロってば、ノッちゃんになーんにも期待してないんだね」
壁に寄り掛かったスティは少しムスッとした表情で言う。
ホロの言葉の端々から、彼は災禍が復活する事はほぼ間違いないだろうと考えているのが分かった。
「だって、ノゾミちゃんはクレナを殺せないでしょ? 災禍を復活させない為には、災禍を復活させようとしている人を殺さなきゃいけない。でも、ノゾミちゃんはそれが出来ない。だから、災禍は復活する、って僕は思うんだけどな〜」
いつも通りの笑顔でホロは残酷で現実的な自身の考える可能性を述べる。
彼はいつもそうだ。人当たりの良い穏やかな笑顔をいつも浮かべて声を荒らげたり感情的になったりする事がない、穏やかで優しい人だと周囲の人に思わせて、その実は誰に対しても何に対しても無関心で無感動で普通なら憚られるような内容も平然と発言してしまう。
クレナハーツがどうなろうと、希美がどうなろうと、災禍がどうなろうと、世界がどうなろうと、ホロにとってはどうでもいい事なのかもしれない。
だが、心のどこかでは幼馴染みのクレナハーツを失いたくないと思っているのだろう。
そうでなければ、彼はあの黒い剣の檻で迷う事無く幼馴染みの勇者を串刺しにしていたかもしれないのだから。
「でもさ、ハーくんもノッちゃんを殺せないと思うよ?」
スティは言った。
ホロはその発言が理解出来ないとでも言いたげなキョトンとした表情でスティの方を見た。
「なんだかんだ言ってもさー、ハーくんってノッちゃんの事、結構気にかけてるし、そう簡単には殺せない、ってボクは思うんだけどなー」
「クレナに冷静な判断が下せる思考力が残ってれば、ありえなくはないと思うけど、無理じゃないかな」
「そーかなー? 冷静な判断がとれない時ほど、人は頭じゃなくて心で考えるんじゃない? スティちゃんはこれでもかなーり人を見る目、あると思うよ?」
スティはこう見えて観察力や洞察力に優れている。
魔王討伐の旅以前から大勢の人と接する事が多かった為に自然と鍛えられていったと思われる能力で、盗賊という職業柄その手の能力は重宝される。旅の中で出会う人々の心の内を真っ先に見抜いて、害悪となる存在ならば悟られぬよう仲間を安全へと導き、または武力行使で排除して安全を確保する事をスティは自身の役割として陰で活躍し続けた。それは魔王を討ち果たした後も変わる事はない。
クレナハーツが思い詰めていた事も気付いていたし、彼が城内を歩いている時はその向かう先がほぼいつも希美が掃除をしている庭である事も気付いていた。希美が心根の優しい人物である事もとっくの昔に気付いていたし、彼女が鈍臭いなりに誰かの為に一所懸命になれる行動力の持ち主である事も気付いている。
希美の鈍臭さと優しさがどう転ぶのかまでは分からない、けれど賭ける価値はあるだろう。
「僕は本に書いてある事以外は分からないからね〜。スティの自信はどこから来てるのか、全然分からないよ」
「盗賊の勘は侮れない、ってトコかな☆」
「勘って、あんまり当てにならない時の方が多いと思うんだけど」
「盗賊の勘は別物だもん! その上、ボクは美少女盗賊☆スティちゃん! 勘だって美少女盗賊級だよ!」
「美少女盗賊級って、どれくらい凄いのかな?」
「おおっと、ホロホロの旦那! それを訊くのは野暮ってもんですぜい! こーゆー時こそ、勘とかふぃーりんぐとかを働かせるんさぁ!」
「う〜ん……分からなくていいかも、一生」
「えー、諦めるの早いよホロホロー」
ケラケラと笑いながらスティは文句を言う。
災禍が復活するかもしれない、世界が滅ぶかもしれない、そんな時にも関わらず随分と暢気なものだと我ながら思った。
――ハーくんの事も、ホロホロの事も、ボクに口出しする権利はないなぁ。
助けたいと思いながらも言い訳ばかりして、心の底では魔王を倒し救ったハズのこの世界がどうなろうと構わない。彼らと共に旅を始める以前の記憶が曖昧な自分にとって、唯一の拠り所である仲間を傷付ける世界など壊れてしまえばいいのだ。
「あ」
「どしたの、ホロホロ?」
ぼんやりとスティの文句を聞き流していたホロが突然声を上げた。
「ノゾミちゃんにクレナの居場所、教えるの忘れてた……」




