暗幕の裏にて
空を覆う重々しい雲は見えず、降り注ぐ雨が激しく地面を叩く音さえ遠くに聞こえる。
そこにあるのは薄暗い闇と、カビ臭い空気と、威圧的な鉄格子。
絢爛な城から少し離れた、外観だけ煌びやかに整えられた塔の地下に広がるそこを訪れるものはほとんど居ない。
だが、かつん、かつん、と苔むした石畳を踏む足音がその静寂な空間に木霊する。
延々と続く冷たく静かな闇はこの空間を異様なほど広く見せ、足音の向かう先で大口を開けて呑み込まんと待ち構えているかのようだ。
かつん、かつん、と足音は怯む事なく闇を進む。
そして、一つの鉄格子の前で足音は止まった。
「……きっと来るって思っていたよ」
魔封じの施された鉄格子で造られた檻の中で、いつかの絶対なる天啓の男は不適な笑みを浮かべた。
その姿はさながら人を誘惑し闇へと引き込む悪魔のようで、彼の話に耳を傾けたら最後かもしれないとの不安がよぎる。
足音の主はしばらく黙して考え、ようやく重い口を開いた。
――災禍が復活したら、世界はどうなる?
「滅ぶんだよ。エステルダスト大陸だけじゃない、この世界の何もかも、すべてがね」
――災禍って、一体なんなんだ?
「災禍は災禍、ただこの世界を滅ぼす存在。それ以上詳しくは絶対なる天啓でも知らないよ。教主様なら知ってるかもしれないけどさ」
――教主様?
「そう、絶対なる天啓の創設者で、絶対なる天啓を束ねる長、それが教主様。絶対なる天啓の誰よりも災禍を復活させたいって願ってる御方だよ」
そこで会話は途切れた。
足音の主が次の問い掛けをしようと口を開けては、未だに残る躊躇いと良心の呵責がその口を閉ざさせる。
本当にこの悪魔の誘いに乗ってしまっていいのだろうか、今ならまだ引き返せるのではないだろうか。
しかし、この空間に充満する闇は足音の主に纏わり絡み、もっと先の深淵へと引きずり込まんとする。
足音の主は、それに抗えなかった。
――災禍を復活させるには、どうすればいい?
その問いに天啓の男は笑みを濃くした。
「生贄ちゃんを殺す、それだけだよ。災禍を封じる楔になってる彩歌ちゃんと生贄ちゃんは似た波動を持っているから、彩歌ちゃんの力を打ち消して災禍を呼び覚ます事ができるってワケ」
――場所は?
「ワールドエンドが一番いいけど、どこででも問題はないだろうね。最近は世界の秩序が乱れて災禍が活性化してるみたいだし」
足音の主はまた黙して何事かを考えている。
未だ躊躇いを拭えないのか、それとも他に訊いておくべき事がないか考えているのか。
けれどその瞳には決意が宿っており、それに気付いた天啓の男はますます笑みを濃くした。
しばしの沈黙の後、もう訊くべき事はないと思った足音の主は踵を返して牢の外へと向かっていった。
悪魔の誘いに乗り、闇を纏い、この世の"悪"へとなりに。
「っくくく……アッハハハハハ!!」
天啓の男は肩を震わせ、堪え切れずに笑い声をあげた。
滑稽だった、何もかも、すべて予定通りに物語は動き始めた。
空間中に響き渡る笑い声は闇に吸い込まれていく。
「これで、役目は終わりだ」
そう笑いで震える声で呟くと、口の中に隠し持ち続けていたカプセルを噛み潰し、中に入っていた毒薬を飲み込んで、自身も闇へと吸い込まれていった。




