緑と黒と金髪碧眼
突然の出来事に、悲鳴も上がらなかった。
目を瞑る事さえ出来ず、ただ迫り来る剣を見つめる事しか出来ない。
瞬きを忘れ、全てがスローモーションのように動いていく。
ガキンッ、と金属同士のぶつかる音が森に響いた。
その音に希美はハッと我に返った。
音源は自分の目の前、黒い外套の男の剣と、その剣を受け止める白銀の剣。
白銀の剣を辿るように視線を動かすと、鎧を身に付けた金髪の青年の姿が目に留まった。
サラサラと風に流れる金糸の髪は、こんな鬱蒼と翳った森でも輝いている。
太陽の下で見たらもっと輝いて見えるのではないだろうか。
そんな状況ではないと分かっていても見惚れてしまう。
「アンタのその服装……"絶対なる天啓"だな。こんなトコで、なに怪しげな儀式してんだよ」
後ろへ飛び退き間合いをとった外套の男に青年が問い掛けたが、答えは無い。
静かな睨み合いが続く。
希美はその間に自分の現状を把握しようと努めていた。
周囲を見渡してみるが、相変わらず木々が鬱蒼と生い茂っているだけ。
どこまでも深く延々と森が続いており、闇雲に逃げ回っても遭難してしまいそうなほどだ。
視界の端に樹木の色ではない赤色が見え、地面に視線を落とす。
希美を中心にして、赤黒い幾何学模様、魔方陣とでも言うのだろうか、それが描かれていた。
思わず息を呑み、それから外套の男を見た。
目深にフードを被っている為、その顔も表情も伺えない。
ただ何か、得体の知れない恐ろしさを感じる。
殺されかけていたという事実が与えた印象かもしれないが、自分では判断に困る。
そもそもどうしてこうなったのか思い出そうとした時、外套の男が動いた。
「集え、魔の使いよ、我が命に従え」
剣を地面に突き刺し、低く呟いた。
瞬間、四方八方から明らかに敵意に満ちた獣のような唸り声が聞こえてくる。
「げっ、モンスター呼びやがったな……っ!」
次第に唸り声の数は増え、草を踏み分ける音がこちらに向かって来ている。
青年は小さく舌打ちをした。
そして希美の方へ走り寄り、彼女の腕を掴んだ。
「走るぞ!!」
「ええっ!?」
青年の透き通るような青い瞳に見惚れる暇もなく、希美は足をもつれさせながらも全力疾走を余儀なくされた。