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ネガティブ戦線  作者: 楽夢智
前編 「もう終わりにしよう」と闇が囁いた
18/60

少しだけ、一歩でも

男はお腹を押さえながら、木に手を添えて立ち上がる。

「へぇ……勇者様の登場、ってやつ?」

予想外の展開を楽しんでいるかのように男は不敵な笑みを浮かべた。

「……あの時のヤツじゃねぇな」

クレナハーツはあくまで冷静に相手を見、一番最悪な状況ではない事に安堵する。

あの時、つまり希美と初めて出会った時に居た絶対なる天啓の男は対峙しているだけでも溢れ出す膨大な魔力に底知れない恐怖を感じたが、今目の前にいる男はそれほどの魔力を持っていないようだ。

それならば十二分に勝機はある。

クレナハーツは鞘から剣を抜き、切っ先を男に向けた。

「おいおい、物騒な事はやめてくれよ」

わざとらしく両手を挙げて降参のポーズをとる男に構わず、クレナハーツは剣に魔力を集中させていく。

魔力と思われる白い光を纏う彼の愛用の剣は自身の魔力との親和性を高める、魔法使いの使う杖と同じような効果を持っており、魔力の才には乏しい彼でもそれなりの魔法を扱う事が出来るようになっている。

「オマエがさっきまでやろうとしてた事は、物騒な事じゃないってか?」

「勇者様なら分かってくれると思ったんだけどなぁ。こんな世界、壊してやりたい、って思ってるだろ?」

「……興味ねぇな」

彼はそれだけ言うと、剣に集めた魔力を男の周囲に散らせた。

白い光は地面に落ちると瞬時に黒く染まり、別の黒くなった光に引かれるように地面を這い男を取り囲んだ。


「地の底で懺悔しろ。フォール・プリズン」


低く鋭く彼が唱えると、男を取り囲んでいた黒い光は瞬時に四方八方から男へと飛び掛かり、球体となって完全に包み込むとそれは地面へと静かに沈んでいき、そして黒い魔力の球体が消え去ると男もその姿を消した。

一度だけロランが使っているところを見て教えてもらった、暴れたり逃亡の恐れのある罪人を直接カルディア城の地下牢へと送る為の魔法だ。

その転移魔法を魔力の素養の低い人間でも扱えるよう簡略化されたものにクレナハーツはありったけの魔力を注ぎ、相手に打ち消されない強固で強力なものにした。

あの時の男相手ではきっと容易く打ち消されていたであろう。

クレナハーツはふぅと息を吐き、剣を鞘に入れる。

そして彼の背後で座り込んだままの希美を振り返った。


「こんの……っ、バカ野郎!!」

「ご、ごめんなさいっ! ごめん、なさいっ!!」


未だ震える声で希美は謝る。

クレナハーツは平手打ちの一つや二つ喰らわせてやろうかと手を持ち上げかけた。

だが、躓いたり急斜面を転がり落ちたりした彼女の体はボロボロで、メイド服は泥だらけな上に所々破けており、その隙間から見える肌は木に打ち付けて出来たであろう青痣と、草で切ったのか一直線の切り傷がありそこから血が滲んでいる。

明るいところで見たらもっと酷い状態かもしれない希美にこれ以上追い打ちをかけるべきではないと、彼は溜め息と共に手をおろした。

そして剣を腰のベルトに括りつけ、彼女のすぐ目の前で後ろ向きにしゃがみ自身の背中を差し出した。

希美は彼の意図が分からず、ただじっと彼の背中を見つめた。

「……ケガ、してんだろ。おぶってやる」

「え、あ、で、でも……これ以上、迷惑、は……」

「それ以上ケガされた方が迷惑だ」

「は、はい……」

希美はおずおずと手を伸ばし、彼の肩に手を乗せる。

その手は未だ微かに震えている。

クレナハーツは彼女が落ちてしまわないよう両腕を後ろに回してしっかりと支えてから軽々と立ち上がった。

『ノゾミ! よかった……やっと見つけた……』

近くの茂みから白猫が顔を出し、希美の姿を見るや否や駆け寄った。

「カカ、さん」

そこでようやく希美はカカと離れ離れになってしまっていた事に気が付く。

「……オマエ、確か精霊術使えたよな」

『うん、使えるよ?』

「コイツのケガ、治してやってくれ」

『言われなくてもしようと思ってたところだもん!』

カカはちょっとムッとして言い、すぐに希美の方を見て精霊術の詠唱を始めた。

希美は自身にどこか温かい柔らかな空気が纏わるのを感じ、全身を苛む痛みが引いていくのが分かった。

詠唱が一段落したのを確認して、クレナハーツは希美を背負ったまま歩き出した。

「あ、あの……クレナハーツ、さん……えと、ケガ、もう痛く、ないので、自分で、歩けます、から……その……」

「…………」

「えぇっと……ごめんなさい……」

「…………」

重い沈黙の中、草を踏み締める音だけが響く。

背負われた希美にはクレナハーツの表情を窺い知る事が出来ない。

だが怒っているだろう事だけは分かった。

彼が助けに来てくれた事は嬉しかったが、それはつまり彼に迷惑をかけたという事であり、罪悪感が拭えない。

――バカだな、私……やっぱり間違ってた……。

希美にはもう一時前までの使命感は燃え上っておらず、ただ後悔と情けなさと迷惑をかけたという事実だけが重く圧し掛かっている。


「……薬草」


ぽつりとクレナハーツが言った。

「薬草、探してくれてたんだろ」

「え、あ、えぇっと……その……はい……」

何故薬草の事を知っているのだろうかと慌てて何か別の言い訳で取り繕おうか一瞬悩み、しかしただでさえ迷惑を掛けているというのに嘘をついて更に迷惑をかけるなど出来ないと思い直し、静かに肯定した。

件の薬草を包んだハンカチは右手で握り締めており、おそらくぐちゃぐちゃになってしまっているのではないだろうか。

ポケットに入れておけばよかったと、希美の後悔がまた一つ増えた。

「次、一人で勝手な事してみろ。ただじゃおかねぇからな」

「……ごめんなさい、クレナハーツさん」

「帰ったらアーニャにも謝っとけ。アイツ、城中探し回ってたんだぞ」

「はい……ごめんなさい」

仕事着を泥まみれにしてしまった事も謝らなければならないだろう。

いっそ寝間着で来ればよかったと、後悔が更に一つ増えた。


「あと……ずっと思ってたけど、"クレナハーツ"って長ぇだろ。クレナでいい」

「え?」


予期せぬ言葉に希美は思わず聞き間違いかと思ってしまい間抜けな声で聞き返す。

「クレナでいいって言ってんだよ」

「え、あ、えと、はい……クレナ、さん?」

「ん」

短く了承の意を伝えると、それからまた沈黙が流れた。

「……えと、クレナ、さん」

「なんだよ」

「あの……ありがとう、ございます。助けて、くれて……」

言いそびれていたお礼を言うのは今しかないと自分を奮い立たせて言った。

クレナハーツはしばらく無言を貫き、口を開いた。


「オマエが勝手な事しなきゃ、助けなくてもよかったんだけどな」

「あっ、えと、ご、ごめんなさい……」


彼の当然の正論に希美は何度目になるか分からない謝罪の言葉を述べる。

会話はそれっきりで後は沈黙が続いたが、森は一時前よりも明るく見えた気がした。

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