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ネガティブ戦線  作者: 楽夢智
前編 「もう終わりにしよう」と闇が囁いた
16/60

迷子のグレーテル

夜の帳が下り、静まり返ったカルディア城の一室でクレナハーツはベッドに仰向けに寝転がってぼんやりと天井を見つめていた。

ホロとスティは隣の部屋だ。

スティにはしつこく看病を代わると申し出たが、そのたびにスティはいつもの事だから慣れている、何かあった時の為に精霊術を扱える自分が傍に居た方がいい、ハーくんの方が疲れているだろうから先に休め、と言って代わる気も休む気もない。

自分よりもスティの方が疲れて憔悴しきっているのは明白だというのに。

そこまでスティが意固地になる理由、それは自分がもっと精霊術を上手く扱えていたらホロの傷はここまで深刻なものにならず左足も無事だったハズだという後悔。

それを知っている為、いつもみたいに強く出れない自分がいる。

なぜなら、スティがそう思いつめる理由を作ったのは誰一人として仲間を守ることの出来なかった自分の弱さの所為だからだ。

妹であるミーリィテスを、デュランの兄であるロランを守れなかったのも、ホロが足を失ったのも、スティが思いつめるのも、全て自分の弱さが招いた結末なのである。


一番近くにいた仲間達さえ守れない自分は、勇者なんかじゃない。

いや、最初から勇者じゃなかった。


カルディア国の端の方にある小さな村に生まれた彼は早くに両親を亡くし唯一の肉親である妹と共に村人に助けられながら育ってきた。

その頃から最も親しくしていたのが村人の中で兄妹と一番年の近かったホロで、本の収集家であった彼の両親が集めた膨大な本を暗記するまで読み尽して得た年に似つかわしくない知識で兄妹に文字の書き方・読み方から魔法や精霊術の扱い方について教えてくれた。

成長するにつれて兄は狩猟の手伝いを行うようになり、そして精霊術に優れた適性を持った妹は村で怪我や病気の治療を行うようになっていった。

持ち前の身体能力の高さから一人でも十分狩猟が出来るようになった頃、村の近辺に凶暴な魔物が出没するようになった。

このままでは満足に狩猟が出来ず、どうにか追い払う事は出来ないかとの話し合いが行われた時、兄が名乗り出た。

勿論一人で挑むつもりなどなく、意外にも二つ返事で快諾してくれた魔法を扱えるホロと、兄と幼馴染みの身を案じた妹の三人でその討つべき凶暴な魔物の元へと向かった。

結果は、快勝。

村人は三人の無事の帰還と魔物の討伐に喜んだ。

それから凶暴な魔物が近隣に現れると三人で討伐へ向かう事が多くなり、普段は滅多に現れる事のない凶暴な魔物が異常繁殖しているのは魔王と呼ばれる存在が原因であるという事を風の噂で知った頃、カルディア王もまた凶暴な魔物をたった三人で倒す若者の話を風の噂で知った。

そして三人はカルディア王直々に王都へ呼ばれ魔王を討伐する為の勇者として任命されたのである。

今までの延長線上だとしか考えていなかった彼らは勇者という肩書を受け入れた。

そこで、三人では道中なにかと危険があるだろうとカルディア国騎士団長のロランが一行に加わる事を是非にと提案し、その間はロランの弟であるデュランに騎士団長代理を任せる事となった。

何故彼がそこまでして同行しようとしたのか、騎士道精神からだったのか、既に一目惚れしていたからなのか、クレナハーツが考えずにはいられなくなったのはミーリィテスから「ロランさんとお付き合いすることになっちゃいました」と聞かされてからだ。

守り守られる事が多い二人なので有り得なくはない可能性だったのだが、まさか現実になるとは思ってもおらず、祝いたい気持ちと祝いたくない気持ちがせめぎ合い、どうすればいいのか分からなくなった彼は幼馴染みに相談した。

ホロは一言「恋愛とかの知識は専門外だから何とも言えないよ〜」とだけ言い、その話題を耳聡く聞きつけた、勇者一行に加わるのは正義の味方としての責務であると言ってその頃から無理矢理付いてきていたスティが「父親というのは皆そーゆー生き物だよ」と真剣な表情で説き、結論としてこの二人は相談事に不向きだという事だけが分かった。

本当のところ、クレナハーツはロランの事を認めていたし、ミーリィテスが彼と話している時は嬉しそうな表情をしている事も気付いていたし、何よりも新しい家族が出来る事を喜ばしく思っていた。

それでもいまいち手放しで喜べない自分の背中を押してもらいたくて幼馴染みに相談した訳だが、相談出来る人物がいないならば当事者と真正面から向き合い話し合ってみるしかないと決断し、野宿の寝ずの番をロランが担当した時に腹を割って話し合う、予定だった。

突然恋人の兄が話があると切り出して緊張してしまったのであろうロランは思わずクレナハーツの事を「お父様」と呼んでしまい、クレナハーツは直感的にスティの父親とはなんたるか発言を思い出して、面白半分で事態を引っ掻きまわしているのだと思った彼はスティを叩き起して怒鳴り散らしてしまった。

半泣きになりながら無実を訴えるスティに、今にも掴みかからん勢いで怒鳴るクレナハーツ、手を出しかねない彼を押さえながらとんでもない失言をしてしまったと顔を真っ青にして謝るロラン、兄の怒鳴り声で飛び起きたがいまひとつ状況が理解できずに呆然としているミーリィテス、無実を証言してほしい一心でスティが揺さぶっているにも関わらずぐっすりと眠っているホロ。


未だに思い出しては恥ずかしくなるが、それは確かに幸せで楽しかった日々だった。


クレナハーツはこれから先を懐古するのをやめる。

脳裏に焼きついた、最愛の妹と、彼女が愛した恋人の、最期。

どこで間違えてしまったのか、どうすれば二人は生きていられたのか、どうしてあの時のように笑い合えないのか。

誰かを恨むのも、誰かに怒るのも、誰かと悲しむのも、所詮言い訳だ。

誰かが恨むのも、誰かが怒るのも、誰かが悲しむのも、結局は自分が勇者などという地位を甘んじて受け入れてしまったからだ。

――ちょっと、頭冷やしてくるか……。

とても眠れる状態ではないと思った彼は夜風にでも当たろうかと思いベッドから降り、愛用の剣を携えて部屋を出た。

「あら、勇者様。丁度よかったわ」

「……何の用だ」

部屋を出てすぐ、アーニャに声を掛けられた。

こんな夜中に魔物討伐の任務でも与えられるのではないかと警戒したが、彼女が次に紡いだ言葉は予想外のものだった。

「ノゾミを知らないかしら?」

「は? ノゾミ? 知らねぇけど……何かしたのか、あいつ」

「……仕事終わらせて部屋に戻ってみたら、いないのよ。あの子」

「はあ!?」

額に手を当て、呆れ気味にアーニャは言った。

希美とまともに話したのは一週間ほど前の事でそれ以降はほとんど話す事はなく、仕事中の彼女を見かける事は何度かあったが、今日久し振りに顔を正面から見たぐらいだ。何故自分に居場所を訊ねるのか理解しがたい。

だが、その程度しか希美を知らなくとも、彼女が誰にも何も告げずに何処かへ行くという大胆な行動を取れるとは思えない。

「ちゃんと探したのか?」

「後は書庫ぐらいなのよね、見てないのは」

二人は書庫へ向けて歩き出す。

鈍臭かった妹に似ている鈍臭い希美を彼はどうしても突き放せず、今も何があったのか心配でならないのだが、それと同時に希美を見ていると妹を思い出し、思い出したくもない最期まで浮かんできて苛立ちが増してしまい、クレナハーツは苛立ちと心配から心なしか早足になる。

明かりの点いている書庫を見て確信し部屋の中へ入り、整然と並べられた本棚の列で作られた見通しの良い通路を出入り口側から順に見て回った。

けれど、希美の姿はない。

「……ちょっといいかしら」

アーニャが椅子に座り本を読み耽っていた魔道兵団員に声を掛けた。

「んー……? なんすか?」

魔道兵団員は本に目を落としたまま生返事をする。

「ここに誰か来なかったかしら。特に、最近異世界から来たノゾミっていう女の子とか」

「あー……来たっすよ。たぶん」

期待していなかった目撃情報に更に問う。

「いつ? 何しに来たの?」

「いつかは憶えてないっすねー。本でも読みに来たんじゃないっすか?」

「それぐらい分かるわよ。何の本を読んでたかは知らないの?」

「んー……部屋に入ってからの歩数的に、医学書辺りでも読んでたんじゃないっすかねー」

「医学書?」

本棚の陰を見て回っていたクレナハーツが二人の会話を聞きつけて戻ってきた。

魔道兵団員は相変わらず本に目を落としたまま、ある可能性を提示した。


「ほら、勇者のお仲間さんが倒れたっすよね? それで薬草とか調べに来たんじゃないっすか? この近くならロウロの森があるっすからねー。手軽に薬草採り放題っすよ」


魔道兵団員が言葉を紡ぐごとにクレナハーツは顔を青ざめさせていった。

「ふ、ふざけんなっ! なんでそこまで考えててアイツを止めなかったんだよ!! 魔物とかいて危ねぇって、普通に考えたら分かるだろ!?」

クレナハーツは魔道兵団員の胸倉を掴み無理矢理こちらを向かせて揺さぶる。

アーニャが慌てて二人を引き剥がそうと間に割って入ろうとするも純粋な力ではクレナハーツの方が上でびくともしない。

魔道兵団員は読書の邪魔をされたからか心底面倒くさそうな表情をした。

「止めるもなにも、最近魔物の掃討があったんすから大丈夫っすよ。それに――」

「それに!?」

「なんか必死に読書の邪魔しないように静かにしてたっすから、その厚意をムダにしたくなかったんで、こっちも話しかけないで静かにしてよっかなーって思ったんす」

「アホか!」

「アホはあなたよ、こんの短気勇者!」

やっとの思いでアーニャは魔道兵団員の胸倉を掴む腕を引き剥がす。

「ロウロの森に行ったかなんてまだ分からないでしょ? もし行ってたとしても、一般人でも平気でうろつけるような場所よ? いくらノゾミが鈍臭くっても、木の根っこで躓いて転ぶぐらいしか危険はないわ」

アーニャの言葉をクレナハーツは半分も聞いていなかった。

ロウロの森という単語が出た時点で、彼は呆れと怒りで冷静な思考を失っていた。

何故なら、ロウロの森は彼が初めて希美と出会った場所、つまり彼女が絶対なる天啓に殺されかけた場所だからだ。

だがそれは一週間程前の出来事。まだ絶対なる天啓がその森に居るとは考えにくいが、だからといって居ないとは言い切れない。

助けに行く義理はないし、わざわざ危険を冒す理由もないと分かっていても、立ち止まったままをよしとはとても思えなかった。


――また、誰かが死ぬのか? また、俺は何も出来ないのか? 嫌だ、あんな思いはもう嫌だ!!


クレナハーツは愛用の剣を持っている事を確認すると、彼を諭し続けていたアーニャの言葉を最後まで聞かずに書庫から飛び出した。

「ちょ、ちょっと!? 待ちなさいよ!」

クレナハーツがそんなにも焦る理由を知らないアーニャは慌てて後を追ったが彼に追いつく事は叶わず、慣れない運動に疲れ切った彼女は肩で息をしながら城門の柱に寄り掛かって小さくなっていくクレナハーツの影を見ている事しか出来なかった。

「……何があったんだよ、アーニャ」

見張り番をしていたデュランがアーニャに気付き近付いてきた。

「あら、騎士団長様が今日の見張り番でしたのね。ちっ」

「オイ。舌打ちしただろ、今」

「この際だらんでもいいわ。あなた、ノゾミを見なかったかしら?」

「だらんじゃなくてデュランだっつーの。ノゾミなら、城の近くを散歩してくるっつって猫と一緒に出てったぞ」

「……バカだらん。そのような職務怠慢をなさるから、だらんなんて呼ばれるんでしてよ?」

「だらんなんて言うのはテメェだけだっつーの! んで、ノゾミが何かしたのか?」

「あの子、ロウロの森に行ったみたいなのよ」

「森って……こんな夜中じゃ、魔物がいなくても普通に危険じゃねーか!」

「本当に森に行ったかどうかは分からないわ。情報を整理する前にあの短気勇者、すっ飛んで行きやがりましたもの」

アーニャの話を聞き、デュランは希美に詳しく訊ねなかった事を、無理矢理にでも付いていかなかった事を後悔した。

「――アーニャ、ちょっとココ頼む」

「はあ?」

少しでも身を軽くして早く走れるように、籠手や具足を外しその場に置く。

「森に行ってないかもしれねぇんだろ。なら、オレは城の周辺とか城下町とかを探してくる」

「ちょっと、か弱い女性をこんな夜中に一人で放っとくつもり?」

すぐに着脱できる部位の鎧を粗方外し終えると、最後に騎士団の象徴的な緋色のマントを脱ぎ、それをアーニャに投げて寄こす。

「ちょっと走っただけで息切らすようなおばさんは、それでも羽織って大人しくしてやがれ! いいな!」

それだけ言ってデュランは走って行った。

事実、疲れ切っていたアーニャは彼の言葉に従わなければならない事にため息をついて、寄越されたマントを肩に羽織りその場で待つ事にした。

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