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ネガティブ戦線  作者: 楽夢智
前編 「もう終わりにしよう」と闇が囁いた
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後悔は一足遅く

「――ん? お前、確か……今日会った、よな?」

カルディア城の城門前で気だるげに見張りの番をしているデュランが声を掛けた。

「あ、は、はい。えと、希美、と申します」

「オレはデュランだ、よろしくな。んで、ノゾミ、こんな夜中にどうした?」

「えぇっと……ちょ、ちょっと、散歩、を、しようかな、と、思い、まして」

「散歩? 別にいいけど、女性一人で夜道は危ねぇだろ」

「だ、大丈夫、です。カ、カカもいます、し、お城の、近く、を、歩きます、ので」

「あー……なら大丈夫か? でも気ぃ付けろよ、魔物とかいるかもしれねぇんだし」

「は、はい、あ、ありがとうございます」

希美はお礼を言うとそそくさと門をくぐり抜けて外へと歩き出した。


ちらちらと後ろの様子を窺いながら静かな城下町を歩き、城門が見えなくなった辺りで希美は先程までの緊張と共に息を吐き出した。

――ごめんなさい、デュランさん。散歩は嘘です、お城の近くも嘘です。本当はロウロの森まで薬草を採りに行きます。ごめんなさい。出来る限り早く戻ります。

嘘をついた事に心が痛んだが昼間の出来事を思い返すと、勇者一行に関する話題はデュランの地雷だと考えられるので致し方ないし、もし見張り番が別の人だったとしてもこう嘘をついただろう。

この世界には魔物がいて危険だという事は百も承知だが、ロウロの森が城下町のすぐ近くにある事、目的の薬草は森の奥深くまで行かずとも自生している事、更に最近その森と近辺は魔物の掃討が行われた為、人を襲う凶暴な魔物はもういない事、それらを統合して考えると一般人の希美一人でも問題ないだろうとの結論を出した。

正確には普通の人一名と普通じゃない猫一匹となるが。

希美が一人と一匹で森へ向かう事を決断できたのは、今彼女の前を歩き道案内を買って出てくれている人の言葉を話し精霊術を扱える猫のカカの存在が大きい。

無論、希美自身もこのまま何もせずに寝れない夜を過ごす事が耐えられないという理由がある。

病床のホロに薬草を届ける、誰に頼まれたわけでもなく自分が勝手に思いつき行動に移している事がただの自己満足に過ぎないかもしれないと、不安が心に渦巻き、彼女もこれは自己満足だと理解している。

それでも歩を進めなくてはいけない。

これは自分にも出来る事であり、自分がすると決断した事でもあるからだ。


『ここが、ロウロの森だよ』


家屋がまばらになり、石畳が途切れ、城下町が小さく見える辺りで、先を歩いていたカカが立ち止まり振り返ってそう言った。

木々は鬱蒼と生い茂り、夜闇によって葉の緑色を幹のこげ茶色を全て黒色に変えられており、重苦しく恐ろしい雰囲気が伝わってくる。

静かに吹いた風の音が森にこだまし、それに擦れ合う葉の音が加わりこの世のものではない存在のうめき声のように聞こえた。

日の照る昼間に来ていれば鮮やかな緑と心地よい風に癒されただろうが、生憎と今は希美が元居た世界より少しばかり明るめの朧気な月明かりが照らすだけの深夜。

情けなく足が竦み、なかなか次の一歩が踏み出せない。

警鐘を鳴らすかのように心臓の鼓動が早くなる。

この辺りでも薬草はあるのではと周囲を見回すが小さな白い花など見当たらない。

悪あがきはやめて、世にも恐ろしい場所へと変貌した森の中へ入らなければならないようだ。

――大丈夫、大丈夫だ。ちょっと暗い森に入って薬草を探すだけだ。見つかったらすぐに出ればいいんだ。怖くない、怖くない、怖くない。ここでずっと立ち止まったままの方がよっぽど怖い。

震える手で服の裾をぎゅっと強く掴み、二、三度深呼吸をして気を落ち着けると、重い足をなんとか動かし一歩を踏み出した。

二歩、三歩と歩く希美を見て、カカも先程より遅めに歩き始めた。

外からでも十分怖さ満点だった森は、内の方が数十倍の怖さに満ちていた。

少し地面に生い茂った草花ががさりと音を立てれば何かがそこにいるのではないかと思え、慌てて音のした方を見ればそこには延々と生い茂る草木と果てのない夜の闇が続く。

木の根が氾濫しゆるやかな勾配の歩きづらい道を軽い身のこなしで進むカカに対して、希美は身近な木の幹に手を添えて慎重に進んでいった。

少し進んでは立ち止まり、見える範囲に件の薬草がないか注意深く探るが空振りに終わる。

『おかしいなぁ……いつもなら、もうあってもおかしくないのに……』

同じく薬草を探していたカカは首をかしげた。

四方八方を木で囲まれた似たような景色が続き距離感がいまひとつ曖昧だがだいぶ森の奥へ歩いてきた気がする。

歩き続けた運動不足の足には随分と疲労が溜まっている。

『もう少し進んでみる?』

これ以上進むのは危ないかもしれないと暗に問うカカ。

希美は一刻も早くこんな恐ろしい場所から逃げ帰りたかったが、そんな怖い思いをしてでも手に入れたい薬草はまだ見つかっていない。

「は、はい。まだ、薬草、見つかってない、ですし」

『そっか。じゃあ、もう少しがんばろうね!』

奥へ奥へと進むにつれ樹木は生い茂り、月明かりも僅かにしか零れないぐらいに葉や枝が屋根を作り出し、より一層暗さを増していく。

この闇の中では流石に薬草を探せないのではないかと思った時、カカが何事かを呟き尻尾の先に小さな光の球を灯した。

そこまで強い明かりではないが周囲を照らすには充分なものだった。

その明かりを頼りに周囲を探る。

ふと視界の中に何か引っ掛かるものがある事に気付き、それがある前方の木の根元へと歩み寄りしゃがむ。

カカも希美の近くへと寄り、彼女の視線の先にあるものを尻尾の先に灯した光で照らす。

細い茎と葉に小さな白い花を咲かせた、彼女らが探していた薬草がそこにあった。

一輪だけでなく、七、八輪ほど群生している。

「あ、あった……!」

『これだよ! これが探してた薬草だよ!』

事典で見て頭に叩き込んだ外見や特徴と一致する。

間違いなく、これが探していた薬草だ。

希美は喜びと驚きでしばらく何もせずに花を見つめて、早速薬草を摘もうとしたが、薬草を入れておく為の袋や籠などを持ってきていない事に気付いた。

直接手に持ったまま、というのも気が引けたので、ポケットからハンカチを取り出しこれに包んで持っていこうと思いつく。

全部摘んでしまうのは宜しくないだろうと四輪程摘み取り、傷つけないよう丁寧にハンカチに包んでいく。

ようやく薬草を見つける事が出来た喜び、これで彼の病状が回復するかもしれない安堵、これといった問題を起こす事なく目的を成し遂げられた達成感、それらに満ち溢れていた希美は、背後から忍び寄る草を踏み締める音に気付かなかった。


「みーつけた」


希美は肩を跳ねらせ硬直する。

背後から掛けられた声に、聞き覚えはない。

早くなる心臓の鼓動。

荒くなる息。

薬草を包んだハンカチをぎゅっと汗ばむ手で握り締める。

ゆっくりとゆっくりと視線を首を動かし背後に立つ存在へ振り返った。

見知った魔道兵団のものとはどこか違う黒い外套。

目深に被ったフードで顔をはっきりと見えないが、にぃ、と三日月のように口角を上げて笑みを浮かべている。

その手には、剣。

「大人しくしてたら、楽に殺してやるよ――生贄ちゃん」

男が足を一歩踏み出し、ジャリッと地面が鳴った。

その音が耳に届いた瞬間、弾かれるように希美はその場から逃げ出した。

木の根が氾濫し、木々が草花が道を隠し、光さえか細い、夜闇の森を躓きながら走り抜ける。

――絶対なる天啓だ!

フード付きの黒い外套も、向けられた剣の鋭さも、憶えていた。

――間違えた、間違えてた、気付かなかった、気付けなかった、間違えてた……!!

森の奥まで進んだ事、一人で森まで来た事、誰にも言わずに出て来てしまった事、デュランに嘘をついた事、真夜中に行動した事、魔物がいないから安全だと思った事、そして何よりも自己満足なんかの為に薬草を探しに来た事が間違いだった。

闇雲に走りながら、後悔と共にいつかのクレナハーツの言葉を思い出した。


『なんでオマエはロウロの森の、しかもあんな奥で、天啓に、殺されかけてたんだよ!!』


ロウロの森は、希美がこの世界へ来た時に絶対なる天啓に殺されかけた場所だった。

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