信頼も、統率も、鎖さえ
凄惨、であった。今回の蜂起を計画したメンバーの一人、ケネス=ローズは虫の息の中思った。
・・・・・・
思えば、人に頼られたのは初めてだったかもしれない。
「第6地区でも有名な、君の倉庫荒らしとしての力を借りたい。僕を手伝ってくれないかい?」
そう言われて参加したのが今回の市民軍だった。犯罪者となってからこっち、他人に声をかけられることも減っていた。とりわけ、件の殺人鬼以来、警察さえ声をかけなくなっていたからひどく驚いたものだ。声の主は、ハリソン=ヤング。世情に疎い俺でも知っている貂国では名の知れた役者だ。
「あぁ?俺なんかを頼ってどうしようってんだ?貂国一の役者様ともあろうものが、人様の倉庫でも荒らすのかよ?」
俺は、喧嘩腰な態度でもって返事をした。そもそもが演技がかった口調に腹がたったし、第6地区で暮らす間に人を信じることをやめていたからだ。しかし、そんな態度に怯むこともなく奴は答えた。
「倉庫……か。国民の血税をため込む蔵、と言えばそうかもしれないね。」
「何を言ってんだ、てめぇは?ワケがわかんねぇ事言ってっと――」
殺すぞ、と言いかけて止める。正確には止めさせられた。奴の言葉が衝撃だったから。
「城門を開いて欲しいんだ。君の力で開けてほしい。出来るだろう?むしろ、第6地区でも名を馳せている君にしかできないと思うね。」
馬鹿な事を言うな、と思った。だが同時に、このハリソン=ヤングという男に興味をもった。なぜなら、犯罪者たる自分を頼ってきたからだ。俺など、しがないこそ泥でしかないのに。「君にしかできない。」と言ったのだ。しかも、下らない画餅的な“平等”の思想を掲げる革命家ならいざ知らず、社会的信頼のある役者が犯罪者を頼ったのだ。
「俺に接触したなんて知れたらゴシップの1面じゃ済まねぇぜ?」
「構わないね。これから僕がすることに比べれば、そんなもの些末事さ。」
「はっ!何をする気か知らねぇが、人気商売のお前みてぇなのが些末事と言い切ったのは気に入ったぜ!俺の力ぐらい、くれてやる!」
「そうか、ありがとう。いや、心から感謝するよ。ケネス。」
・・・・・・
俺は奴を信頼した。だから協力したんだが……。
「チッ!人ってのは一様じゃねぇから面倒くせぇ……。」
どうも、ハリソン=ヤングの下に集まった連中の中にゃ俺に対する恨みがある奴がいたようだ。城門をを解錠した後の混乱に乗じてこの様だ。手脚は折れ、顔は腫れ、流血も尋常ではない。恐らく、処置を施さねば半刻もすれば死に至るだろう。
「ま、第6地区の犯罪者の末路にしちゃマシなほう……か?」
他人の役にたつことが出来たんだ。悪い終えかたじゃあないだろ。せめて、もう少し痛みが少なければとも思うが、まぁ因果応報ってやつだ。なら、あとはこのままひっそりと――
「ひどい有り様だね、ケネス。」
ほんの一瞬ハリソンかと思った。だが、違う。話し方のクセ、演技がかった口調は似ているがハリソンの声ではない。もっと、若い男の声だ。例えるなら少年以上、青年未満といったところだ。
「誰だ、てめぇ?市民軍の奴らか?俺を殴りたきゃ好きにしろ。殺したいなら殺せばいい。俺は俺のしてきた事の復讐で人生を終えるだけだ。」
「殺す……か。まぁ、確かに、それが目的なんだがね。」
「ならさっさと――。」
「違う、違うんだよ。ケネス=ローズ。復讐なんて僕はそんなことまるで興味がない。」
「なら何だ?見ての通り俺にゃ抵抗する力もねぇんだ。できれば静かに余命数刻を過ごしてぇんだけどな。」
「いやなに、僕が君を殺したい理由はただ一つ――快楽の為、さ。」
「そりゃ、ゾッとしねぇな。」
「今をときめく殺人鬼に殺されれば身体中の痛みがおさまるよ。というわけで、安心して殺されてくれないかい?」
「――あぁ、いいぜ。」
俺は、殺人鬼を受け入れた。当然、決して贖罪の為じゃない。単純に身体中の痛みに耐えたくなかっただけだ。結局、俺は痛みから逃れる道を選んだわけだ。つくづく情けねぇ。だが、こうも思う。今日のところは俺の死で、この殺人鬼には満足してほしい、と。他の奴等はともかく、ハリソン=ヤングには行ってくれるな、と切に願う。願いながら、俺は、俺の生は、終わった。
・・・・・・
早くも、ケネスの死は市民軍に伝わった。いかに犯罪者といえど、市民軍にとっては功労者といっても過言ではない人物が、しかも仲間の手によって殺されたとあればこの早さは、当然の事と言える。
「ま、せめて“仲間に殺された”の部分だけでも伏せてくれてれば、と思うけどネェ……。」
市民軍の統率役、シーラ=ダンは忌々しげに独りごちた。
・・・・・・
今の世情で不用意に出歩く奴は馬鹿で、たった一人で国をこのような状態にした殺人鬼はたいした奴だ、と思っていた。(一人で、というのは飽くまで噂にすぎないが。)そして、私は「いっそ、このまま国を滅ぼしてくれ」とさえ思っていたのだ。宮廷音楽家としての職を解かれて、はや2ヶ月。解雇事由は“昨今の世情を鑑みた結果”と。嘗めるな、と思った。“昨今の世情”なら何で解雇されているのは私だけなのだ。そもそも、一人でも人手が欲しいのなら異動させれば良い。つまり、私は適当な理由をつけて厄介払いされた、といったところだろう。理由など知ったことか。
センス、音楽性、協調性、性格、見た目、出身、身分、王への覚え……。人が人を嫌う理由など挙げればきりがない。だから私は、己れが認められる場所を求めたのだ。
市民軍の公募を見つけたのはそんな折だった。堂々と、王家へ喧嘩を売るような書き方は私の目を引いた。
「市民軍に興味があるのかい?」
不意に背後から聞こえた声は聞き覚えこそあれ、誰のものかはっきりしなかった。振り返り、その姿を見て、思い当たる。
「……ハリソン=ヤングかぃ?役者の。」
シーラは、ばつが悪かった。市民軍、王家への反逆にも等しいその集団の張り紙を見ているのを人に見られたからだ。それも、貂国のアイコンともいえる
ハリソン=ヤングに見咎められたとあれば尚更だ。
しかし、返答は以外なものだった。
「そうだ。僕はハリソン=ヤング。貂国を代表する役者にして市民軍の長、さ。」
彼の主張はこうだ。たった一人の殺人者一人に後手後手の対応を取り続ける王家はもはや頼りにならない。これからは、己れの身は己れで守らなくてはならぬ。だから、多くの市民に声をかけていっそのこと王家に奇襲をかけて腐敗した国と軍を一網打尽にしてしまおう、と。
「へぇ、それで?国と軍を潰したあとはどうすんのさ?」
「さぁね?いっそのこと共和制にでも移行してみるかい?」
「はっ、そんな夢物語で民衆が動くとでも思ってるのかい?」
シーラの嘲るような指摘にしかし、ハリソンは自信ありげに答えた。
「動くさっ……!なんせ、僕はハリソン=ヤング。――貂国の象徴ともいえる存在だからね。一人の有名人の一挙手一投足は万人を動かす。……件の殺人鬼で学んだことだろう?」
散々市民軍について指摘していたシーラだが、しかし、張り紙を見たときに決めていた。“私はこれに参加する”と。そして、自らを理不尽に棄てた王家に復讐をする、と。
殺人鬼への対応の遅れなど知ったことか。どうせあんなもの、どう対応したところで為政者は責められるのだ。
・・・・・・
シーラは改めて思う。もはやこの市民軍の中に信頼は無いな、と。初めにケネスに暴行を振るった輩には責任をとれ、と一言言ってやりたいものだ。
「ホント、忌々しい限りだねぇっ……!統率する身にもなれってもんさ!」
ざっと、戦場を見渡す。混乱、混戦、混雑、混在。そもそもが、節操なく集められた烏合の衆だ。しかし、シーラには統率を任せられるだけの才――戦の才があった。
故に――気づく。自軍に微かな違和を感じた。目についたのは一人の少女。確かめるまでもない。あの様な幼い娘。もし、初めから居れば忘れる筈がない。なら、途中で紛れ込んだのだろう。我ながら情けなく思う。こんな子供を戦場に紛れ込ませるなんて。仕方ない、少しキツく咎めるか。そう思って近づく。
「何してんだいっ!?こんな危ないところ――」
入るんじゃない。と言いきれなかった。その子から流れる血。それは、しかしその子のものではなかった。つまりは――返り血。
「ご忠告ありがとう。お姉さん。でもね、ここにいて危ないのはお姉さんの方だと思うわよ?だって――殺人鬼を前にしてるんだから、さ。」
その子の手には鋏があった。美しい刃、その鋏を持つ、少女の顔には見覚えがある。遥か昔、まだ宮廷音楽家だった頃に見た覚えが……。
「あら?あなたの顔どこかで見たことあるわね?まぁ、良いわ。所詮、あなたも殺された有象無象になるだけだから。」
無邪気に、無慈悲に、鋏で切っていく少女に、シーラは、無力にも、無抵抗に切られるしかなかった。
・・・・・・
「ふぅむ、ケネスに次いでシーラまで……か。」
ハリソン=ヤングは思慮する。一瞬だけ彼らを弔い、直後冷静に自らの計画の乱れを考える。
(恐らく、ケネスの死は市民軍内に彼に恨みを持つ人間がいたのだろう。彼も中々の悪を働いてきたのだ。恨みの一つや二つ買っていてもおかしくはない。だが、シーラはどうだ?彼女は恨みを持ってはいても、持たれているとは考えにくい。そして、彼女の死によって市民軍は大きく統率を欠くことになったといえる。彼女には戦の才があった。だから、烏合の衆にすぎない市民軍は辛うじて統率を保っていたというのに……。今、この場を収められるとすればそれは、人々に影響を与えられる人物、すなわち――僕だっ……!)
・・・・・・
そもそも、殺人鬼の恐怖に怯えていた市民を扇動し、一つの軍にまでできたのはひとえに、ハリソンの名声のお陰である。人というのは単純なもので皆の知っている有名人の言葉に釣られるものだ。自信満々に彼らの発する言葉には説得力を感じ、結束する。いわば、ハリソン=ヤングはこの場において、鎖のような役割をしていた。人と人を繋ぐ鎖。だから、己れは切られないように、騒動の遥か後ろで見物していたのだ。
――だが、それも裏目に出る。
「やぁ、ハリソン=ヤング。……市民軍を扇動して、先導しているらしいじゃないか。」
まるで自分に話しかけられているような演技がかった口調。振り向くとそこには、鋏の切っ先。
「お邪魔してるよ。このまま王を殺すまで市民軍にいても良かったんだが……気が乗らない。そこで理由を考えてみたんだ。結論としてはね……どうも僕は君が嫌いらしいんだよ。だから、君が困りそうな人物を集中的に殺してみた。するとどうだ?案の定、君は前線に向かい出した。僕の作戦勝ち、さ。」
滔々と好き勝手話すこいつに対して思う。お互い様だ、と。僕が嫌いだって?僕だってお前が気にくわない。そもそも、お前は誰だという話だ。
「ペラペラ好きな事をいう前に、名前を名乗ったらどうだい?君が僕を知っていても僕は君を知らないんだ。」
「おや、これは失敬。僕の名前は、アレック=バレット。だけど、最近はこう名乗ることにしてるよ。――今をときめく殺人鬼だ、ってね。」
不思議にも驚きは少なかった。薄々そんな気はしていたのだ。見た目の割りに落ち着いて、人を殺そうというのに少しの緊張も見られない。並みの人間なら、大人でもこうはいかない。
「一つだけ聞いていいかい?アレック。」
「……ご自由に。」
「僕の何処が気にくわないんだい?教えてくれると有りがたいね。」
「……演技がかった口調、かな。」
「そうか……僕も、君の口調が気にくわないんだ。同族嫌悪って奴かもね。」
「……はっ!――ますます、気に入らない。」
アレックはこれ以上言葉を交わしたくない、とでもいうように何の遊びも施さず、鋏を突き立てた。
そうして、心臓を切り出すとその首と並べて人目の付くところに投げ捨て、そっと城を後にした。
・・・・・・
頭をなくせば崩壊する。それは、生き物であっても組織であっても変わらない。
市民軍は、自ら互いの信頼を無くし、統率を失くし、繋いでいた鎖を亡くした。
故に――市民軍は喪くなった。
遠因は、殺人鬼。
しかし、結局は自滅であった。。
互いの信頼を無くした際、集まった仲間さえ疑った。統率を失くした際、己れの考えを放棄した。繋いでいた鎖を亡くした際、敵も味方もなくなった。
全てが敵。人が敵。他人が敵。周囲が敵。
こうして、市民軍は自ら滅した。
その崩壊はまさに凄惨、であった。