二人のハンター・1
クリスティアン=フィンレーは生来、小悪党であった。一回の被害額が二千円以下の盗み、非公認賭博開帳、双方に怪我ひとつ無い喧嘩での暴行。どれもこれも罪ではあるが、(語弊を恐れず言えば)とるに足らないものである。
故に、人は彼をこう呼んだ。「Inconsequential man(取るに足らない男)」と。
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しかし、小悪党といえど、もとい、小悪党ゆえにプライドは高い。
フィンレーは自らの評判に対し不満を感じていた。
「何が取るに足らない男だ!どいつもこいつも、俺をなめやがって!」
元々低かった自らの悪名は連続殺人鬼の台頭によって更に聞かなくってしまった。今や、自分の悪行を噂するものなど一人もおらず、大手を振って警察の前を歩けるほどになっていた。
「何もかもお前が悪いんだ……連続殺人野郎め!」
フィンレーは自らの名を回復させる方法を考えた。そして、彼は思い付いた。殺人鬼を貶め、かつ自らの鬱憤をはらす小者じみた方法を。
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ある日、貂国不可解にして厄介な噂が流れ始めた。
殺人鬼が二ヶ所同時に現れたというのである。
市井の人々は言う。
「彼の殺人鬼がいる場所は第2地区だ。」
「いや、第4地区で惨殺死体があったらしい。」
「なら、殺人犯は二人居るんだ。」
「そんなことあってたまるか!」
「なら、どうやって半日の内に2ヶ所で人が死ぬんだ!」
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「ねぇ、お兄さん。貴方、一人で第4地区に行ったりしてないかしら?」
「行くわけがないさ。……どこの莫迦の仕業だろうね。」
「あら、あなたも知ってたのね。あの噂。」
「そりゃ、あれだけ騒がれていればね。往来が減っている市中の人々でさえ知っているのを当事者である僕が知らないわけがないだろう?」
「……ねぇ、気にならない?」
「あぁ、気になるね……気になるし、それに気に食わない。」
「気に食わない……?あなたでもそんなこと思うのね。」
「そりゃ、そうさ。……狩人が狩り場を荒らされて黙っているわけがないだろう……!」
その時、エミリアの見たアレックの目は、今まで見たことのないほど冷淡で、冷酷で、静かに、冷ややかに怒りながら、狩人のような笑みを浮かべていた。
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某月某日 貂国第4地区
バレット夫妻は、第3地区からこの地域に越してきたばかりであった。
第3地区にいた頃、身を切られるような不幸を彼らは味わった。引っ越したのは、その痛みは第3地区に留まっていては癒えぬと考えたからだ。
「ねぇ、アラン。本当に引っ越してよかったのかしら?」
妻のドリーが、夫アランに問うた。
「……あぁ、良かったさ。良かったに決まっている。」
「でも、私、あの家にいればいつかあの子が帰って来るような気がして……っ!」
「……大丈夫。もし、そうだとしてもあの家はほとんどそのままで出てきただろう?それに、いくら待っても、きっと、もう……。」
ドリーは、件の日からずっと息子の帰りを待っていた。世間で殺人鬼の被害者第一号として知られている息子の帰りを。
「だって!あの子の死体はまだ見つかっていないのよ!だから……きっと……。」
「……そうだな。」
彼らの息子、「アレック=バレット」
貂国においては殺人鬼の最初の被害者として名高い彼の死体は未だ見つかっていない。……もちろんそれは、当然のことではあるが。
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きっと、バレット夫妻はただひたすらに運が悪かったのだろう。或いは息子、アレックの失踪したあの日から悪い流れが続いていると見るべきかもしれない。
災厄は突然降りかかる。
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ある日、バレット夫妻の新居の戸を叩く者があった。
「……はい。……申し訳ないですが、今は来客は……。」
「よお!今を時めく殺人鬼様だ。」
「……え?」
ドリーは来訪者の言葉が理解らなかった。
そうして呆気に取られている間に、ナイフ がドリーの腹に突き立てられた。
「ぐっ……!っつう……!」
「どうだ?俺のナイフは?痛かろう?苦しかろう?それこそが狙いだ。即死しないよう、粗めに研いである。」
来訪者は、何度も何度も何度も何度もドリー=バレットの腹、肚、首、頸、あらゆる箇所を刺した。
切るのではなく刺す。殺すのではなく痛め付ける、痛め付けて、殺す。
「おら!おら!おらぁッッッ!」
「イャーッッッ!」
ドリーの叫び声を聞いてアランが部屋の奥から出てきた。だが、もう遅い。
「なっ!?」
そこにあったのはつい半刻前まで会話をしていたドリーの、肉塊とも臓物の破片ともつかない塊であった。つい、先程までごくごく僅かな息子の帰宅する可能性を信じて待ち続けていたドリーの血の海であった。そして、ナイフを両手でドリーに突き立てている、見知らぬ男、であった。
「お前は……誰だ?」
「今を時めく殺人鬼様だ!」
「……名は?」
「クリスティアン=フィンレー。」
フィンレーは虎のような笑みを浮かべた。