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狂気の鋏  作者: 平遥
14/23

ただ失せ物は指し示す

貂国国王フローレンス。

彼は今回の事件において一番の被害者といえるだろう。

己の国を乱され、己の命を狙われ、身内を殺され、己の家族も同然と考えている国民を殺され、そしてついには目の前で自身の身代わりとして人が殺された。


ふと、己の手を見た。

手から伸びているはずの五指は、しかし四本しかなかった。

ダレンが目の前で殺された時、ダレンが命を賭けなければこの手の手首から先は無くなっていただろう。


「死の覚悟があるダレンが死んで、何の覚悟もなく命令している私は右手人差し指一本、か。」


誰の為でもなく、ただ己の怒りによってのみ命令し、そんな命令で多くの命を散らせてきてしまった。


「私の命令で殺された配下と殺人鬼の意思で殺された人のどちらが多いのだろうな……。」


いや、数の問題ではない。一国を預かる者が己の感情で人を死なせた。それだけで快楽殺人鬼と同等の、いやそれ以上の大罪だ。

この件を済ませたあとは然るべき報いを受ける必要があるだろう。命には命をもって償う必要がある。もっとも、己の安い命で事足りるとは思えないが。


「とは言え、今は死んでやるわけにはいかんのだ。」


そう。死ぬのは今じゃない。

リリィが死んでしまい、王位を継ぐ者がいない以上今死ぬことは貂国そのものの死と同義だ。

・・・・・・

第一地区


フローレンスの戻った王城は惨憺さんたんたる有り様だった。


「リリィとアニーの遺体を持ってきてくれないか。」

「はっ。」


返事をした衛兵は本来なら王家に仕えるような身分でも階級でもなかった。

一目見てその実力も不足していることが分かるほどの痩せぎすで、第二地区の貴族の次兄が自らの家の出世の為に騎士をしている、といった様子だ。

忠誠心などなく、それ故に有事の際には剣も鎧も捨てて逃げていきそうだな、という印象をフローレンスはもった。

……それだけ人手が不足している、ということなのだろう。


「こちらです。」

「ありがとう。……君、名前は?」

「ネルソン家のピーターと申します!」

「分かった。」


ピーターは名を聞かれたことをあからさまに喜んでいた。王族の遺体を前にして無礼な奴だ。

・・・・・・

遺体の損傷は綺麗に復元されていた。

傷は隠されていて、失われたり復元不可能な部分には精巧な義手や義眼。乱れた髪や衣服も整えられていた。

とても美しく、まるであの惨事など無かったかのように。


「……遺体は庭に埋めてやってくれ。」


ふと、その時リリィの手に指輪が付いているのを発見した。


「これは?」

「よく分かりませんが、女中曰く生前リリィ様が愛用していたものだと。」


あまり着けているのは見なかったがな、とフローレンスは思った。

………

……

気がつくと知らない場所にいた。


「ここはどこなのだ。」


ただただ真っ白な世界だ。

真っ白で何もない、究極の無。それでいて殺風景な部屋特有の圧迫感や息苦しさは感じない。それどころか心地よさすら感じられる。


「まるでそう、夢の中のような……。」

「あら、お父様じゃない。」


背後から聞き慣れた声がした。……二度と聞けないと思っていた、いや決して聞けないはずの声が。


「リリィ……!」


死んだはずの貂国王位継承権第三位。

フローレンスの娘がそこにいた。

・・・・・・

「な……ぜ……?」

「さぁ?知ったことじゃ無いわね。……お父様が私の指輪を盗んだから呪い殺しにきたんじゃないかしら?」

リリィは冗談めかして言ったあと、不意に表情を引き締めて続けた。

「お父様、いえ、国王様。……私が生きていた頃より立派になられ嬉しく思います。」

「いや、そんな事は……。」

「既に次に王がなさるべき事は分かっていらっしゃるはずでしょう。」

「……まさか。あの殺人鬼の居場所さえ掴めないんだ。」

「分かる必要などありませんよ。……貴方は王です。王の仕事は国への奉仕、でしょう?」

「奉仕……。」

「えぇ、奉仕です。ダレンが王に尽くしたように、王は国に尽くせば良いのですよ。……分かりましたか?」

「ふふ、リリィ。……ありがとう。そうだな。躍起になるなど私らしくもなかったな。」

「そうですよ。……ところで指輪についての心当たりは本当に無いのかしら?」


急にリリィの口調が父親・フローレンスに対するものに変わった。


「すまないが、全く。」

「……これはね、お父様。あなたが私に買ってくれた物なのよ?」

「そうだったのか。それはすまないことをした。」

「全く……呆れるわね。とりあえず、指輪は返してもらうわ。」


そうしてリリィが指輪に触れた瞬間、白い世界は二つに割れた。

……

………

目を覚ましたときフローレンスは未だに庭にいた。

「白昼夢、か?」

それにしては記憶がハッキリとしている。

そして、手の中を見ると指輪が真っ二つに割れていた。ただし、その欠片は1つだけ。

「リリィ……またいつか。」

・・・・・・

その日の午後、城内全ての警備兵に通達が出された。内容は次の一文のみ。


『ひとりの近衛兵を残し、全ての兵は民間人の警備、及び殺人者確保に努めよ。』

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