奉仕……奉死
貂国 第3地区 某所
アレックとエミリアは未だ第3地区に留まっていた。
次の目的地を決めかねていたのだ。
「お兄さん、いい加減に移動しましょうよ。」
「そうは言ってもね……。これでも色々と考えてるんだよ。」
「あなたの親ならどこか手当たり次第に探せばいるわよ。」
「そうも行かないさ。例えば、第1地区なんかは一歩でも足を踏み入れたら、5万人の王国軍に囲まれるだろうね。」
「別に、誰も第1地区に行けとは言ってないでしょう?」
「第2地区もそれなりに高貴な人の集まりだからね。狙うなら、第4地区第や5地区辺りかな。」
「じゃあ、早く行きましょう!」
エミリアは「ようやく移動できる」と言わんばかりに破顔する。
「だから、そうも行かないんだ。」
アレックは教え諭すように言った。
「……服が使い物にならないからね。」
理由は存外大したことなかった。
アレックの言葉にエミリアは嘆息した。
「そんなのまた適当に強奪しちゃえば良いじゃない。」
エミリアの発言にアレックは肩を竦めて笑う。「あぁ、この少女はもしかしたら自分よりも倫理観が欠如しているのかもしれないな。」と思った。
・・・・・・
貂国 第3地区 中央部
アレック達と同様、王もまた、数名の警察や兵と共に第3地区のとある喫茶店にいた。
殺人者がどこにいるか分からない以上下手に動くとかえって危険だと判断したからだ。
「なぁ、ダレンよ。私はいつまでここにいればよいのだ。」
フローレンスは、バーナードに代わって連続殺人事件の担当になったダレン警部に尋ねた。
「ですから、何度も申し上げているように今動くと、かえって危険なのですよ。」
ダレンは困り果てていた。貂国国王は決して愚かではない。下手に動くことのリスクは分かっているはずだ。しかし、王は第3地区を早く出たがっている。
「何故、そんなにも移動したがるのですか?」
ダレンはたまらず尋ねた。
「何か事情があるのでしたら……。」
「今すぐにでも動きますが。」とつなげようとしたとき店の外に異様な風体の男女がいた。
一人は十代程の男、もう一人は若いというよりも幼いという表現の方が合う少女。これだけなら今が非常時であることを知らぬ世間知らずの兄弟である可能性が残るがしかし、一見してその可能性などないことが分かる。
何故なら、彼らの服は血にまみれており、その目は獲物を探すように暴虎のように炯々としていたのだから。
・・・・・・
貂国 第3地区 中央部
アレックたちは今後の生活も考えた時、先立つものが必要だろうという結論にたどり着いた。
国王とバレット夫妻を闇雲に探し回るという旅なのだから、今まで通り襤褸を着ている訳にはいかないと思ったのだ。
「あまりこういった強盗目的の殺人は好まないんだけどね。」
「あら、私は好きよ。乞食のフリをして、奉仕精神溢れる市民に近づいて、殺して、奪う……。はぁ、想像するだけでゾクゾクするわ。」
「フッ、やれやれ恐ろしいね。」
「目的もなく殺すよりも目的がある方が愉しいわよ?」
「僕は殺すという行為そのものが好きだからね。」
「やっぱりあなたの方が恐ろしいじゃない。」
ふと、アレックが喫茶店に目を向けた。
「どうしたのよ?」
「いやなに。求めれば役者が揃うものだ、と思ってね。」
アレックの視線。その先には貂国国王、“フローレンス王”がいた。
・・・・・・
フローレンスの近くにいた若い警察官がアレックに近づいて来た。
「失礼だが……単刀直入に聞こう。君は例の連続殺人鬼か?」
「違う、と言えば?」
「その服について質問する必要が出てくる。」
「なら……答えはこう、だ。」
――瞬間、アレックは警察官の腹に鋏を押し込んだ。
「ぐっ……!貴様、やはり……!」
「油断、ですね。殺人鬼相手に無防備で近づくとは、貴方は余程の死にたがりのようだ。」
「では、これで。私は貴方に用はありません。……フローレンス王をじっくり殺すことにしますよ。」
・・・・・・
あぁ、まさにアイツの言う通りだ。
何処の莫迦が殺人鬼相手に無防備で近づくんだ。全く、自分の莫迦っぷりが厭になる。
だけど……それでも自分はこんなにアッサリ死ぬわけにはいかない。自分の20メートル後ろには、この貂国の国王がいるんだ。
この国を護れるのなら、自分の安い莫迦な命など、どうでもいい。
・・・・・・
「どうも。初めまして、ですか?フローレンス王。」
「あ……ああぁ……。」
「まさか、第3地区にいるとは思いませんでしたよ。フローレンス王。」
「い……命は、命は助けてくれ。何を望む?金か?貴族身分か?それとも国王の地位か?」
「……それが一国の国王の態度ですか?無様に命乞いをするその態度が一国の国王の態度ですか?貴方の娘たちはもっと堂々と命を散らしましたよ。」
アレックは目の前のもはや王の風格を無くした老人の突きだした手を切った……筈だった。
「おらぁぁぁっっ!」
「!?」
アレックが後ろに引き倒される。
手首から切れる筈だったフローレンスの指が切り落とされた。
アレックが引き倒したものを睨み付ける。そこにいたのは――先ほど殺した筈のダレンだった。
・・・・・
「フローレンス王!お逃げ下さい!!」
「し、しかし……お前は。」
「早く!!宿に戻って自分の仲間と共に第3地区から逃げて下さい!」
「……分かった。」
フローレンスは命を賭けて自らを逃がそうとする男を見て、己の立場を思い出した。
“自分は貂国国王であり、無様に命乞いをする老人ではない。していい人間ではない。”
フローレンスは、ダレンという犠牲を払って生き永らえなければならない。何故なら、自分は王だから。そして王の死は国の死なのだから。
・・・・・・
「……さぁ、王が逃げる邪魔はさせないぜ、殺人鬼。」
「……構わないさ。ところで、君。――佳い顔をしているね。」
………
……
…
この日、貂国警察はまた一人の犠牲者を出してしまった。
しかし、無惨にバラバラにされていながらも、倖せそうな満ち足りた顔は驚くほど無傷だったという。