その旅に、正義は無い
第3地区での生活も今日で一月。アレックはまた新たな事をしたいと考えていた。切ることは楽しいのだがいささか飽きが来ていた。
「エミリア、何か面白いことはないかい?」
「そうね、暇潰しなら連珠でもやったらどうかしら。」
「……冗談だろう?」
「当たり前じゃない。なんだったらアルファベット順に殺していってみたら?AtoZよ、AtoZ。」
「なかなか面白そうではあるけどね。」
しかし、どこか物足りない。
心が動かされない、と言い換えてもいい。
「まぁ、ものは試しだ。やってみようかね。」
「そう。じゃあ私は少しぶらぶらしてくるわ。気がすんだら帰るわ。」
「はいはい。」
・・・・・・
アレックはまず最初の標的を誰にしようか考えていた。
「Aならアダムス、オースティン、エイドリアン、Bならバース、ベイリー……バレット……。」
バレット、と言ったところでアレックはひとつの考えが浮かんだ。アレックは……アレック=バレットは、自宅に帰ってみようと思いたったのだ。そして帰る前にAを探すことにした。会う為の条件、AtoZを満たすために。
・・・・・・
ヨランデ=オルコット(Alcott)は第3地区で小等学校の教師をしている。教員生活35年。それでもここまで酷く国が荒れたことは1度もなかった。……連続殺人者。彼女の、昔の教え子もまた殺されたと聞いている。それも一番最初に殺された可能性が濃厚だという。
ショックのあまり先日学校に辞表を提出し、受理された。
「……アレック=バレット。」
殺された元教え子の名を呟く。
いったい彼は殺される間際どんな気持ちだったのだろう?何を感じ、どんな思いをして死んでいったのだろう?
「お久しぶりです、先生。」
不意に後ろから男の声がした。
「お久しぶりです、先生。お元気でしたか?」
聞こえなかったと思ったのか、もう一度男は繰り返した。私はもう教師を辞めた、と言いながら振り返ると……。
「どうも、先生。教師を辞めても先生は僕にとって永遠に先生ですよ。」
「アレック?アレック=バレット?……何で?だって……」
死んだはずじゃ、とは言えなかった。
アレックが感動のあまり抱擁してきたから。加えて――抱擁と同時に咽を切られたから。
「叫び声さえ上げられないのはどうですか?僕なりの優しさですよ。昔の恩人の醜悪な死に体を衆目に晒させたりなんかしません。」
「 」
「何て言いたいんですか?何で殺すのか、でしょうか?それとも、なぜ生きているのか、ですか?或いは目的?それら全てとか?」
「 」
「まぁ、適当に答えましょうか。簡単に言うなら殺されたのではなく、殺したんですよ。殺す理由は簡単です。先生の名字がAだった、ってだけですよ。不運でしたね。」
それだけ言うとアレックは、昔の教え子は、目に鋏を突き立てた。これも彼なりの優しさ、というやつなのかもしれない。目が見えなくなれば変わり果てた昔の生徒の顔を見なくて済む。
ヨランデ=オルコットは、声も上げずに――上げられずに静かに意識を失った。
・・・・・・
「それにしても、久しぶりの帰省が親殺しとは思わなかったね。」
久しぶりに帰った我が家はいやに家具が少なかった。
まるで必要最低限の荷物だけ持って逃げたようにも見えるほどに。
「とりあえず少し自分の部屋でゆっくりしようかな。」
殺人鬼が昔を懐かしんでも誰にも咎められまい。
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バレット家 2階 旧子供部屋
一休みして残された椅子に腰掛けているとドアを開けて誰かが入ってきた。
「おや、これはこれは。君は確か……バーナード警部、だったかな?」
「お前は、アレック!?何故こんなところに!?」
なんて愚問だと思った。だから少し理由を誤魔化してやることにした。
「何故こんなところに、か。それは寧ろ、こちらの科白だと思うけどね。バーナード警部。いや、何。過去と訣別しておこうと思ってね。親を切るというのも親孝行さ。いつまでも子が戻るのを待つというのは苦痛だろうからね。救いに来たのさ。」
そしてそれは実のところ本心でもあった。ずっと気になっていた。家族が自分の死後(実際、生きているのだが)どうなったのかをたまに思っていた。
「アレック。お前に幾つか伝えておくことがある。先ず、私はもう警部じゃない。警察を辞めたんだ。それからお前の親はもうここに居ない。既にお前の事を諦めて切り替えて引っ越した。」
家族が居ないことが分かったのは大きな収穫だが、それよりもバーナード警部が警察を辞めたことの方が驚いた。もっとも、こいつに本心を語る気もないが。
「そうだったのか。道理で家具が少ないと思ったよ。だけどその事を教えてよかったのかい?僕が両親を殺しに行くかも知れないよ。」
「構わんさ。お前はバレット夫妻が何処にいるのかさえ分からぬだろう?ところであの少女は何処にいる?」
あの少女、エミリアの事だろう。
「さあね。たまには二人別れるのもいいと思ってね、どこかで切り回ってるんじゃないかな。」
「そうか。」
情報に嘘を混ぜたが納得する辺り鋏が一つしかないのを知らないのか或いは……。
「止めにいかないのかい?」
「私はもう警察じゃない。暴れている所に私が行っても徒に被害者を増やすだけだ。」
ふと下を見るとエミリアが腕を組んで立っていた。心なしか不機嫌そうだ。
「そうかい。……と、噂をすれば外に来たね。」
「なら、さっさと行けばいい。捕まえたりしない。」
「……何が目的だい?」
「何も。これはお礼だ。」
「お礼?」
「あぁ、私はあの少女を人質だと思っていた。だが、今お前のおかげであの少女も共犯だとわかった。それで十分だ。」
「そうかい。それじゃ、遠慮なく。」
アレックはバーナードも自分達との戦いを楽しんでいるようだな、と思いながら生家を後にした。
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「あんな家で何をしていたのよ?一緒にいたあいつ、私たちを追っている警察よね?」
「今はもう警察じゃないらしいけどね。それと、あんな家はやめてくれよ。これでも昔の住んでいたんだから。」
「ふーん。私の家の半分……4分の1位かしら?」
「……。」
アレックはそういえばこの少女も自分の親を殺したんだったな。と思いながら第3地区を出て自分の親、或いは王を探す旅に出る計画を練っていた。