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雨降り女の狂想曲。

 

■□雨降り女の狂想曲。



『今日は一日高気圧におおわれ、気温も上昇し、暖かな晴れ日となります。そろそろ厚手の冬物もしまえますし、絶好のお出かけ、洗濯日和となるでしょう』



 そうテレビの中でお天気アナが絶賛した本日は、昼を過ぎたあたりで急に雲行きが怪しくなってきた。

 薄い鼠色の雲が広がり、次第に厚みを増し色が暗くなっていく。

 ティータイムのできる時間だし、お茶をしていこうかと相談していた女性たちが、帰った方がいいかもと話し始め、道行く人々が空模様を気にして首を上に向ける。洗濯物を干し外出した人たちが後悔をし始めた頃、雷鳴が轟き一気に雨が降り出した。


 段階を踏むことなく豪雨となった大きな雨粒は、建物へ急ぐ通行人を容赦なく打ちつける。と同時に、その地域から気象庁への苦情の電話が殺到した。

 気象衛星の画像を見た天気予報士ですら首を捻る、一部地域に限定して起こった天候の急変。送られてくる雨量計のデータが警戒値を超える数値を叩き出すのを見て、担当の職員は慌てて警報の発令準備を始めるのだった。


 そして日だまり荘では、天候が気になった管理人の恵助が庭とアパートを何度も往復し、全ての洗濯物を退避させた直後に雨が降りだした。



「ふー、ぎりぎりセーフ」



 誰に見せる訳でもなしに、野球の審判のように両手を広げるポーズをする。まあ、見ていたとしてもフクロウが1羽のみ。すぐ傍の小さな下駄箱の上にいた京一郎が、恵助を労うように小さく鳴いた。

 今日は天気もいいからと、大掃除ならぬ小掃除をやっていたらこれだ。暇を持て余しすぎて構えと騒ぐ京一郎を連れて、二階廊下の突き当たりの窓を拭いていた時、どんよりとした空模様になっていることに気が付いた。

 もしかして天気予報ハズレましたか? と思った恵助は、勘に従い大急ぎで庭に出ると洗濯物を取りに走った。途中、井戸のマリアからなんとも気の抜ける応援を受けながら。


 裏玄関に広がる大量の洗濯物を見て、ため息一つつくと恵助は籠に入れ始める。布団カバーやら玄関マットやら大判のキルトマットやら、天気予報を信じてがっつり大量に洗った代物だ。

 乾いているか不安だったが、午前中の晴れ間が功を奏したらしい。短時間ながらもなんとか乾いていた。

 早朝からガラゴロと二台の洗濯機をフル稼働した甲斐があった。もっともその音に、住人の何人かがついでに洗ってと、洗濯籠に洗濯物を突っ込んでくれるのだから非常に困る出来事も発生したが。


 一向に減らない洗濯物に恵助は戦慄したが、その手は止めない。

 ブツブツと文句を言いつつも、しっかり洗ってしまっている恵助も恵助だ。しかもきちんとシワまで伸ばして干していたりする。

 干しているとき、どこかで手を抜けと、後ろから言われた気もするが、はて? 誰が言ったのやら、な状態。


 洗濯物の仕分けは、たまり場でやればいいやと、少しばかり投げやりに決めて、片手に籠、片手にマットを持ち歩く。遅い足取りながらも、そんな恵助の後ろを歩いてついていく京一郎。

 京一郎を見ようと、恵助がチラリと後ろを振り向いたとき、



「いいやああぁぁぁ〜!」



 玄関先から、地獄の底から響いたような不気味な女の悲鳴があがった。

 耳に聞き覚えがありすぎる悲鳴に、恵助はヒクリと顔を引きつらせ、京一郎は上げかけた足の状態で硬直した。



「ごめんなさいごめんなさい、私が悪いんです謝ります謝りますからあぁぁ〜! ごーめーんーなーさーいー!」



 続いて聞こえてきた謝罪の言葉に、今度は何をやらかしたと、呆れながらたまり場へ恵助は向かった。先に進みたくないと、逃げ足ぎみな京一郎を洗濯籠に入れてから。

 ぴぃぴぃと拒否を表したかのような京一郎の鳴き声をBGMにし、たまり場に到着すれば――何故かそこは荒れていた。

 あれ? おかしいな? 掃除のためにきちんと端に寄せていたのに。乾いたらキルトマットを敷くからと、そのままにしておいたはずなのに……。



「どうしてこうなった……」



 しっちゃかめっちゃかに散らばる椅子に、ひっくり返ったテーブル。幸いマッサージチェアは無事な様子だ。

 そして一番被害が酷かったのが……



「止まり木が……」



 たまり場に置かれていた京一郎お気に入りの止まり木が、真ん中辺りでポッキリと折れていた。

 洗濯籠の京一郎は、鳥にしてはどこか呆然とした様子で止まり木を見ているようだった。

 そして、その散らかり放題のたまり場の中心で、ぺたりと床に座っている女性が一人。



「……ああ、帰ってきたんですね。お帰りなさい、リツコさん。出張お疲れ様でした」

「ひいぃっ! (めぐみ)さんごめんなさいごめんなさい片付けようとしてごめんなさい、帰ってきてごめんなさいぃぃぃ!」

「……恵助です。とりあえず何でこんな事態になったのか分かりました。そして誰も帰ってくるなとは言ってません」



 床に座っていたのは二階7号室の、篠宮(しのみや)リツコ。本人曰くろくに手入れをしていない長い黒髪を一つに纏め、青ざめているやや面長な顔に気の弱そうな目元、細い眉は見事に八の字に下がっている。

 小柄な体を包むライトグレーのトレンチコート、中はもちろんスーツ姿。いかにも働く女性といった装いだ。


 二週間前に京都に出張し、本日帰宅予定の彼女。玄関を上がってすぐの所には、暗い水色のトランクに黒のビジネスバッグ。

 その横には大量の紙袋が並んでいた。紙袋は倒れた状態だが中身は散乱していない。


 しくしくというよりはわんわん泣きだしているリツコに、恵助は諦めが半分以上入ったため息をついて動き出した。

 まずは呆然としている京一郎を、壁際の邪魔にならないところに置いた椅子の上に移動させる。足元に適度に掴める棒も置いておく。

 次に洗濯籠をその脇に置き、二階の階段前に纏めていた掃除道具一式を持って来る。



「リツコさん、怪我はないですか?」

「は、はいぃ。ななないですぅぅ」



 恵助としてはやさしく声をかけたつもりなのだが、リツコのやたらとびくつく反応には諦めた。

 何しろ彼女、対人恐怖症じゃないのかと思いたくなるくらい、人と接するのが苦手なのだ。どれだけ長く一緒にいようが、それこそ日だまり荘の住人ですらこの反応。

 本人曰く、どう接したらいいのか分からない。とのこと。こんな状態で仕事が出来るのかと疑問に思うが、仕事中は何の問題もなく対応出来るのだそうだ。


 そのかわり休憩時間になると、成りを潜めていたこの反応が表に出るらしい。

 どちらが素の彼女なのか、一度本気で訊いてみたくなる恵助だ。



「片付けますから、京一郎の隣にいてください。何かの破片とかあったら危ないですし、そこから動かず、私がいいと言うまで、じっと待機、いいですね? じっと待機してください」

「は、はいぃぃぃ!」

「ほーほう」



 念押しをするように恵助が二度言うと、途中で脱げかけたスリッパに転びそうになりながら、慌ててリツコは壁際へと移動した。

 壁に張り付くような状態のリツコに、恵助は小さく息を吐く。そして近くの椅子に手を伸ばすと、ガックリと肩を落としながら片付けを開始した。

 うん、大丈夫。目から出てきそうなのは心の汗だから。


 黙々と片付けを行なう恵助を見て、リツコはゆるゆると腰を落として膝を抱えた。いい年をした大人が、どんよりと重たい空気を周囲に撒き散らしながら体育座り。

 ある意味シュールな光景だ。

 時折り羽根を広げる京一郎をこっそりとリツコが見れば、ばっちり目が合った。



「ひいぃぃ!」



 何度も翼を広げ、威嚇をするような京一郎の行動は、まるでリツコを責めているようだった。あの止まり木が京一郎のお気に入りなのは当然リツコも知っていた、だからより一層そう感じてしまう。

 故に鳴くことも襲いかかることもせず、リツコに向けてただ翼を大きく広げるだけの京一郎に、少しずつ恐怖心がつのってくる。

 いっそこれ見よがしに行動を起こしてくれれば良いのに。および腰になったリツコが卑屈にそう思ったとき、京一郎が低く鳴いた。



「いやあぁぁ〜。ごめんなさいごめんなさい止まり木壊してごめんなさいぃぃぃ!」

「ええいっ! うるさい!!」

「すすすすみませんんん!!」



 バンっと勢い良く開いた二号室の扉から、かなりイラついた右京が怒鳴りながら出てくる。

 部屋を一つ挟んだ壁際にいるリツコの姿を確認し、その脇にある椅子の上にいる京一郎の姿を見つけ、小さく眉間に皺を寄せた。



「……ああ、帰ってきたのか」

「帰ってきてごめんなさいぃぃぃ!」

「……誰も帰ってくるなとは言っていないだろう、リツコ」



 壁に爪を立てるように張り付きながら、リツコが泣く。化粧をしていてもすでに原型は留めていない顔に、右京は息を吐いた。

 気乗りしないもののたまり場に来てみれば、右京も恵助と同じく京一郎の止まり木を見て眉を寄せる。



「ああ、右京さん。京一郎の止まり木、直せますか? 場合によっては荻野目さんに連絡しておかないと」

「……物置部屋を片付けていないのなら、石膏テープが残っているはずだ。それで繋ぐだけなら問題ないだろう」

「右京さんの私物は残してありますのでご安心を」

「分かった」



 右京は一度頷くと、あの物音のする倉庫にさっさと向かう。どことなく不機嫌そうなのは、恵助の気のせいではないだろう。

 なにしろ右京は、フクロウにだけは世話を焼く。いない時間のほうが多い飼い主の荻野目に代わり、京一郎を気遣っているのも彼だ。

 ドガンっと、何かを蹴ったような音が倉庫から聞こえてきた。おおかたあの物音の元凶をドついたのだろう。やはり不機嫌なのは確定だ。


 さわらぬ右京に祟りなし。あっさりとそう決めて、恵助は作業を黙々とこなしていく。割れ物を置いていなくてよかったと、心底思う。

 荷物片手に倉庫から出てきた右京も、恵助と同じように黙って作業を始めた。慣れた手つきで止まり木を修復していく。



(めぐみ)、これはあくまでも応急処置だ。そこが片づいたらで構わないから、荻野目に連絡を入れておけ」

「……分かりました」



 (めぐみ)じゃなくて恵助です。と心の中で抗議しながら、右京の言葉に頷く。

 頭の中で荻野目の連絡先を思い出す。緊急とはいいがたい内容なのだから、メールで簡単に知らせた方がいいかもしれない。


 そう思いながらキルトマットを床に広げて、イスとテーブルを並べてしまえば、いつものたまり場の姿が戻ってくる。

 やれやれと腰を叩きながら体を起こして、玄関扉の外を見る。見事な降りっぷりの外の景色に、恵助は顔をしかめる。

 よりにもよって、冷蔵庫の中身が空といってもいい時にこの降りはツイていないとしか言いようがない。



「買い物にでるの、面倒ですねぇ」

「だったら出前でも頼んだらどうだ。ついでに私も注文する」

「……右京さんが出前とは珍しい」

「夕餉を作る気力が失せた」



 手は止めずに言いながら、右京はちらりとリツコに視線を向ける。その目が冷たいというよりも、呆れにも近い諦めがふんだんに含まれていた。

 当のリツコは大泣きはしていないが半ベソ状態だ。



「久しぶりにピザでも頼みますか」

「この雨で来るのか?」

「ごごごごめ――」

「やかましい!」

「ひいぃぃ!」

「右京さん……」



 管理人室からピザ屋のチラシを片手に戻ってきた恵助が、右京を諫めるように声をかける。

 リツコの声に呼応するように、一気に雨が強まる。ガラス戸をゴウっと叩く様子に、恵助は肩を竦めた。



「そのくらいにしてください」



 恵助の言葉に、珍しく隠すことなく右京は悪態をつく。その光景におやっと思いながら、京一郎を回収してたまり場のイスに座る。

 やはり右京にとって、優先順位が高いのはフクロウらしい。止まり木を壊されたのが、よほど腹に据えかねているらしい。



「ほら、リツコさんも。片付け終わりましたから、イスに座ってください」

「は、はいぃぃ……」



 もたつきながらも立ち上がり、持ってきた鞄や紙袋をひっかき集めて、やっとこすっとこイスに座る。

 びくびくとしながら、リツコは紙袋の一つを恵助に渡した。



「あ、あの、恵さん。これ、おみやげです……」

「……恵助です。お土産、ですか? ありがとうございます。わざわざ気を遣わなくてもよかったのに、荷物持って帰ってくるの大変だったでしょう」

「お、押しつけがましくてごめんなさい〜」

「いや、迷惑って言ってるわけじゃないんですってば……」



 生八つ橋の文字がプリントされた箱が入った紙袋片手に、恵助は頭を掻く。

 他の住人の分も買ってきたと、紙袋をテーブルの上に置きながらリツコは右京を見た。はたして、彼は受け取ってくれるだろうか。



「あ、あのぅ。右京さんにもお土産買ってきました……」

「ああ、わざわざ済まない。ありがとう。今は手が放せないから、そこに置いてくれ」

「は、はい!」



 リツコに軽く目礼という、彼らしい方法で礼を述べると、すぐさま作業に意識を戻す。右京に突き返されなかったことにほっと息をはくと、リツコはようやく肩の力を抜いた。

 イスに座ってメニューを眺める恵助は、クーポン券の期限と、注文割引を考えながら口を開く。



「味、何にしましょうか?」

「私テリヤキチキン」

「即答ですか」

「ごごごごめんなさいぃぃ!」



 意外と定番な味をあげてきたなと違った意味で感心しながら、恵助はイスの上で器用に仰け反るリツコを眺める。



「右京さんは希望あります?」

「トッピングの刻み海苔とマヨネーズ倍増」

「…………結構細かい好みですね」



 ビクつくリツコとサイズやら、サイドメニューやらを決めていれば、多少降りが弱まってきた。これならば何とかなるか。

 京一郎の止まり木の修理が終わる頃合を見て、恵助はピザ屋に電話をかけた。



「リツコ」

「は、はひっ!」



 恵助が受話器を置くのを見て、右京がリツコに声をかける。

 当然のことながらリツコは肩を震わせた。



「そう肩肘張るな、よけい疲れるだろう。お前は少し気に病みすだ。確かに雨という天候すべてにおける、お前の絶対性は私も知っている」



 恵助はチラリと右京に視線を向けて、その口ぶりに責めるものやふざけたものが感じられないと判ると、口を挟まずに耳をすます。



「必要な時には寄ってたかっておきながら、都合が悪くなると責任を押し付ける。人間とはそんなものだ。そして、人間は私たちが何もせずとも死ぬときは勝手に死ぬ。だから気にし過ぎるのはかえって毒だ。もっと力を抜いて、気を楽にしろ。でないと先に潰れるのはお前の方だ」



 京一郎を撫でる手元から視線を外さず、右京は言う。口調に変化はないが、それでも声音にはリツコを気遣う様子があった。

 どんよりと暗いオーラを出しながらも、なんとか自分を納得させてリツコはもう一度頷く。自分が元々持っているものだとはいえ、確実に抑えられるものでない力だ。それは感情の起伏によって規模が変わる。

 長くいた地から離れると、数日は天候が荒れる。二、三日程度なのだが、その期間がリツコにとっては数ヶ月にも感じてしまうのはこのためだ。


 生来の臆病さ故に、今日のようにしばしば豪雨を呼んでしまう。いっそ諦めの境地に辿り着ければ、悪天候にはならないのかもしれないが。

 起きた事象に罪悪感を抱いてしまい、それすらもままならない。



「そもそもリツコ、お前は普段天候に影響は出さないんだ。遠出のときが酷いというのは、普通に考えても疲れているのが原因なんじゃないのか? 人間でさえ旅行は一日日程を早めて、仕事前の一日は家でダラダラするらしい。まあ、その辺りは恵の方が詳しいだろう」

「……恵助です。確かに旅行の疲れを取る意味で、自分休みの一日を設ける人間はいますよ」



 小松君も彼女と出かけて帰ってくると、翌日はのんびりしてますし、と恵助は続けた。



「だそうだ。だからお前は、ピザを食べたらさっさと休め」



 立ち上がり玄関へ向かう途中で、軽くリツコの肩を叩く。一瞬ビクリとしたものの、リツコが叫ぶような事はなかった。

 足音を立てずに動く右京の姿を目で追えば、雨に霞んだガラス戸の向こうに人影が見えていた。白と赤の色が見えるに、ピザ屋の配達が来たらしい。降りが弱まったとはいえ、原付の音にまったく気が付かなかった。

 そしてやってきた配達人が……



「ちーっす。ビザの配達にきましたー」



 片手に雨に濡れないようビニールに入れられたピザの箱を、小脇にずぶ濡れの、どこかで見た事のある老人を抱えた直虎だった。



「あれ? どうして小松君が配達を?」

「あー。この店、叔父が店長やってて。この雨で急遽人手が足りなくなったって連絡来たんで、ヘルプです。あ、リツコさんお帰りなさい」

「は、はい。ただいま戻りました」



 ピザの箱をリツコに手渡すと、直虎は小脇に抱えていた人物を床に下ろした。

 ごろりとフローリングの床に転がったのは、どこからどう見ても――



「じーさん?」

「はい。柳のじーさんです。来る途中に側溝に落ちて溺れかけてたんで救出しました」

「そのまま溺れていればよかったものを……」

「黒い! 黒いですよ右京さん!?」



 ひいひいと床の上で息をする柳に、右京は辛辣に言い放つ。

 そんな右京に、事情を知らない直虎は顔を引きつらせる。恵助が無言で京一郎と、石膏テープが巻かれた止まり木を指差す姿に事情を察し、心の中で手を合わせた。

 柳は尊い犠牲になった、とでもしておく。人はそれを人身御供ともいうが。



「降りは弱まりましたけど、この天気ですから気を付けてくださいね」

「分かってますって!」

「契約途中で死なれると、部屋の片付けするの大変なんで」

「さらっとトンでもないこと言ったよ! この人!」



 恵助の一言にドン引きする直虎の目の前で、リツコが床にひれ伏す勢いで頭を下げた。その手に、ピザの箱を持ったまま。



「ごめんなさいごめんなさい私の所為です、ごめんなさいぃぃ!」

「ちょっ!? なんでリツコさんが謝るんですか!? 謝るなら恵さんでしょう! てか、ピザピザ! 寄っちゃいますから!」

「あぁぁ! ピザがぁ! ごーめーんーなーさーいー!」



 ピザの箱とともに謝るリツコの声に重なるように、室内が一瞬白く染まった。続いて響く轟音、勢い強く窓ガラスを叩く雨粒。道路の上を波打つように水が流れ、許容量を超え溢れた側溝へと向かう。

 一瞬で豪雨とかした天気に、ガラス戸の外の様子に放心したような直虎の肩を恵助が叩く。



「ピザ、食べていきませんか?」

「なんで配達してきた人間が、配達先で一緒にピザ食べることになるんだろう……」



 恵助はたまり場のテーブルの上に食器を用意しながら、諦めの境地で叔父の店に携帯を繋ぐ直虎を見る。哀愁漂うに背中に心の中で手を合わせた。

 ピザの箱を開けまた悲鳴を上げるリツコ。右京の助言を受けたものの、リツコがそれを身に付けるのはかなり時間がかかりそうだ。


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