表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
居候はエルフさん  作者: ムク文鳥
第7章
52/55

それぞれの思惑ですか?



「ねえ。最近、おかしくない?」

「やっぱ、おまえもそう思うか?」

 教室の片隅で、隆とあおいがぼそぼそと小声で何やら相談していた。

 彼らの視線が、ふと自分の席に座る康貴へと向けられる。今、康貴はぼんやりとした表情のまま、何をするでもなく座っているだけ。

「……まるで魂が抜けたみたいね」

「エルちゃんと喧嘩でもしたのかねぇ?」

「その程度ならいいけど……」

 あおいは心配そうに康貴を見る。

「やっぱり……例の短剣なんでしょうね……」

「そうだろうな」

 エルをこちらの世界へと導いた、世界を渡る魔力を秘めた短剣。

 その短剣を手に入れたのは隆の父親である萩野市長だったが、彼はその短剣を快くエルに無償で譲ってくれた。

 市長いわく、エルにはいろいろと世話になったので、そのお礼らしい。

 本音を言えば、萩野市長もエルにもっと『エルフさん』を続けて欲しいのだろうが、エルが元の世界に戻れるかもしれない今、さすがにそんなことを言い出したりはしなかった。

「ところで、あの短剣を使えば本当にエルは元の世界に帰れるの?」

「さあなぁ? 正直、試してみないと分からないんじゃね?」

「それって……結構、危険よね……?」

「ああ。はっきり言って賭けの一種だな」

 確かにエルは短剣が秘めた魔力でこちらの世界に来た。だが、だからと言って今度は向こうに無事に帰れるという保証はない。

 短剣には世界の壁を越える力があるのは確かだが、世界が康貴たちの世界とエルの世界、この二つしかないという保証はどこにもないのだ。

 異世界は確かに存在する。だが、もしかすると幾つもの異世界が、並行するように存在しているのかもしれない。

 そうだとすれば、短剣の魔力で世界を越えたとしても、エルがいた世界に必ず通じるとは限らないのだ。

 もちろん、無事に帰れる可能性だってゼロではない。案外、すんなりとエルが元いた世界に通じるかもしれない。

 でも、だからと言って気軽に試せるようなものでもない。

 新たな第三の異世界へと飛ばされるかもしれないし、短剣に秘められた魔力だって有限かもしれないのだから。

 それを承知しているからこそ、エルも短剣を気安く使うようなことはしなかった。

「どうするつもりかしら……?」

「こればっかりは当人たちの問題だからな……」

 エルは自分の世界に帰るつもりなのか。それとも、まだこちらの世界にいるつもりなのか。

 もしも、エルが自分の世界に帰るという選択をしたとするならば。

 その時、康貴はどうするつもりだろうか。

 ちらちらと心配そうに康貴を身ながら、あおいはそんなことを考えていた。

 そして。

 康貴を見る自分を隆が無言でじっと見つめていることに、あおいは全く気づいていなかった。




 最近、エルが暇さえあればじっと例の短剣を眺めているのを、当然ながら康貴は気づいていた。

 正直言えば、康貴はエルに自分の世界に帰ってほしくはない。だが、それを彼女に告げるのが、単なる彼の我が儘だということは理解していた。

 誰だって生まれ育った場所の方がいいだろう。そんなことは確認するまでもない。

 だから康貴は、もしもエルが自分の世界に帰ると言い出した時、笑って見送るつもりでいるのだ。

 あの日。萩野市長が例の短剣をエルに見せた日。

 エルに康貴、そして、隆にあおいに萩野市長と、それぞれの意見を交わし会い、すぐに短剣を使用することは見送られることになった。

 短剣の魔力を使ったからと言って、すんなりと元の世界に戻れるという保証はなく、下手をすれば全く別の第三の世界に通じてしまうかもしれない。

 それが皆で相談して出した結論だったからだ。

 エルもその結論に納得し、すぐには短剣の魔力を使用しないと約束してくれた。

 でも、それからだった。エルが暇さえあれば、ぼんやりと短剣を眺めるようになったのは。

 そんなエルの姿を見て、やはり彼女も元の世界に帰りたいのだと康貴は推測した。

 だから。

 だから、彼は決めたのだ。

 エルが元の世界に帰りたいというのならば、自分はそれに全面的に賛成しようと。できることがあれば何でも協力しようと。

 例え、それが彼の胸の内に抱いている想いの終焉になろうとも。




「さて、と。どうしたものかね……」

 一人学校から自宅へと帰る道、隆は誰に言うでもなく一人ごちた。

「何とか事態を動かしたいところだが……下手すると余計にこじれるし、かと言って放っておくとあっちもこっちも煮詰まっちまうし……」

 最近、すっかり複雑に絡み合ってしまった友人たちの関係。彼は何とかそれをすっきりとさせたいのだ。

 無論、そこには彼なりの打算も含まれている。

「しっかし、父さんも余計なものを手に入れてくれたよ……」

 彼の父親があの短剣さえ手に入れなければ、事態はここまで息詰まったりはしなかったのに。

 いや、遠からず息詰まるようなことにはなっただろうが、こうも複雑にはならなかったはずだ。

「もう少し時間があれば、あの二人の想いも通じ合っていただろうに……」

 そうなっていれば、彼らもここまで思い悩むことはなかっただろう。

「……なんとか、今の状態から抜け出せるとといいが……」

 三人の友人たちが、それぞれ袋小路に行き詰まっている今の状態。

 誰か一人でもいいから、そこから抜け出すことができれば。

 もしかすると、そのまま一気に残る二人もどうにかなるかもしれない。

「少し強引な手を使うしかないか」

 隆が行おうとしていることは、単なる独善だろう。

 三人の友人たちからすれば、余計なお世話であるかもしれない。

 それでも。

 それでも、彼は今の状態を何とかしたいと考えていた。




 康貴の様子がおかしいことは、あおいは当然ながらすぐに気づいた

 その理由にも心当たりはあるし、今の康貴の真理もほぼ正確に把握している。

 もしかすると、いなくなってしまうかもしれない彼女。

 不確かながらも自分の世界に帰る方法が見つかった今、自分の世界に帰るという選択を彼女が選ぶ可能性は、決して低くはないだろう。

 もし、彼女がその選択をした時。康貴はどうするつもりだろうか。

 まさか、彼女と一緒に異世界へ行くとは言わないだろう。馬鹿がつくほどに真面目な康貴のことだから、こちらの世界の全てを投げ捨ててまで、彼女と一緒に行くという選択はしないはずだ。

 となれば、自分の想いを押し殺して、無理して笑いながら彼女を見送る。おそらくはそんなところだろう。

 ある意味、これはあおいにとってはチャンスと言っていい。

 康貴が彼女をどう想っているか、あおいも理解している。その彼女がいなくなれば、康貴の心にできた隙間に、あおいが入り込むことは難しくはないかもしれない。

 でも。

 でも、そんな卑屈な真似はしたくない。

 どうせなら、正々堂々と彼の心を手に入れたい。それがあおいの偽らざる気持ちだった。

 そのためには何をすべきか。あおいも充分に承知している。

「…………告白、しよう。康貴に」

 はっきり言って、今告白しても勝算は薄い。それでも、このまま何もしないでいるのはもう嫌だ。

「でも……」

 ふと、あおいの脳裏に友人である(めぐみ)の言葉が甦る。

──もしもおまえが告白するつもりなら、いっそ全裸であいつに抱きついて……

 その言葉を思い出した途端、あおいの顔がぼん、という音がするような勢いで真っ赤になった。

「む、むむむむむ無理……っ!! それだけは絶対に無理……っ!!」

 誰もいない自室の中で、ぐりんぐりんと身悶えするあおいだった。




 また、気づかないうちに例の短剣を眺めた。そのことを、エルはふと自覚した。

「…………また、やっちゃった……」

 右手に持った短剣を、ことりとテーブルの上に置く。

「自分で思っていたより……あっちの世界が……生まれ故郷が恋しくなっているんだなぁ……えっと、確かこちらの言葉で『ホームシック』とか言うんだっけ?」

 なまじ帰る手段が目の前にあるため、余計に望郷の念が強くなっているのだろう。

 テーブルの上に置いた短剣の上に自分の指先をゆっくりと走らせながら、エルはそんなことを思う。

「あちらの世界とこちらの世界……自由に行き来できればいいのになぁ……」

 もしかすると、この短剣の力を使えば可能なのかもしれない。

 だが、それを確かめるには余りにも危険が大き過ぎた。

 隆やあおいの言うように、異世界が康貴たちの世界とエルの世界の二つだけ、といいう保証はないのだ。

 それに、この短剣が秘めた魔力も有限の可能性もある。

 短剣の力を使って世界を渡り、そこが見ず知らずの第三の世界であり、しかもそれで短剣の魔力が尽きたとしたら。

 どのような過酷な状況に置かれるか、分かったものではない。

 確かにエルは、見ず知らずのこちらの世界に来てしまった。だが幸運なことに、そこで康貴という人物と出会えた。もしもこちらの世界で最初に出会ったのが彼でなければ、今のような平穏な生活はなかったかもしれないのだ。

 それを考えると、おいそれとは短剣の力に頼ろうとは思えないエルであった。

 だけど。

 だけど、故郷の世界に未練があるのも、また事実で。

 多少の危険は承知の上で、敢えてそれに挑むのまた、エルたち冒険者の気質でもある。

 一体自分はどうしたらいいのか。そんなことを、ここ数日延々と悩んでいるエルであった。

 その時。

 不意にポケットに入れていたスマートフォンが着信を告げた。

 ポケットからスマートフォンを取り出し、相手を確かめると隆である。

 何の用件だろうと首を傾げつつも、スマートフォンを通話状態にする。すると、耳に当てたスマートフォンの向こうから、隆ではない人物の声が聞こえてきた。

「…………え…………っ!?」

 その声を聞き、エルの心臓がどくん、と激しく鼓動する。




──僕はエルのことが好きだ。




 若干くぐもって聞こえ辛いものの、それは間違いなく康貴の声だった。





 『エルフさん』更新。


 先週の活動報告でも書きましたが、現在仕事がとても立て込んでおり、更新の速度が落ちております。

 年内は今回が最後の更新です。本年中は当『エルフさん』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


 できれば、新年の早いうちに完結まで持ち込みたい、というのが来年の目標であります。


 では、あと少しですが来年も『エルフさん』をよろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ