第六話:「多分そうだと思います」
通路でしばらく立ち尽くしていると、僕が入ってきた方とは逆側から、獣人の男の人がこちらに向かってきた。
僕を見つけると、驚いたように目を丸くして、
「見ない顔だな。新入りか?」
と尋ねてきた。
無視するのも何なので、無言で頷いておく。
彼は近づいてきて、
「一応ここは部外者立ち入り禁止になってんだがな。何でこんなトコにいんだ?」
「あぁその、ここのギルドマスターに呼ばれたとか何とかで、待ちぼうけを食らっている状態なんですけど……」
「あぁ、そりゃ災難だったな」
と言うと、僕に同情の視線を向けてくる。
ここのギルドマスターは、相当面倒くさい人なんだろうか。
「まぁそれにしても、俺も仕事柄色んなヤツを見てきたが、中々綺麗な見た目してるな、お嬢ちゃんは」
……前に僕に絡んできた男もそうだったが、いくら僕が若く見えるからと言って、『お嬢ちゃん』呼ばわりは止めてほしい。
この世界ではどういう扱いになるか知らないが、日本じゃ僕は、一応高校生をやってたんだから。
「……っと、自己紹介が遅れたな。俺はここのギルドの副長をやってるモンだ。これからよろしくな、新入り」
そう言うと、彼は僕の肩をバンバンと叩いて、通路を過ぎ去っていった。
そして、彼と入れ替わりで二人の女性がやってきた。
一人は、受付をやっていた彼女だ。
そして、彼女に連れてこられるようにやってきたのが、多分、彼女と同じエルフの女性だ。
さすがに神様程ではないが、その女性も中々整った容姿をしていた。この世界では今の所、僕が見て来た中で一番の美人だ。
しかし、その整った顔立ちは、心無しか青ざめているように見えた。
「後ろの女性は、どうかしたんですか? 具合が悪そうですけど……」
「お気になさらないで下さい、いつもの事ですので。ほら、マスターもしっかりして下さい」
どうやら、その人がここのギルドマスターみたいだ。
彼女は、僕を部屋へ入るよう促した。
先に入って良いものかと迷ったが、向こうが勧めているならまぁ良いだろうと解釈し、中に入った。
さすがに、椅子に先に座る程馬鹿なマネはしない。
遅れて入ってきた女性は、挨拶をするのも億劫そうに、フラつきながら奥の長椅子へ腰掛ける。
「……」
「……」
それからしばし無言が続いた。
僕を品定めしているのかとも思ったが、どうやらそうではなく、単に体調を整えているだけらしかった。
今まで何をしてたんだろう。
途中で受付の女性が飲み物を運んできた。
コップを机の上に二つ置くと、一度お辞儀をして部屋を出て行った。
中身を口に含むと、麦茶のような味がした。まあまあの味だったが、生憎僕はほうじ茶派だ。
一口飲んで机に戻すと、目の前の女性———、ギルドマスターを見る。
彼女は、それを一気にあおっていた。
お茶を飲み干すと、彼女はようやく落ち着いたのか、やっと口を開く。
「……お主が、噂の新人かの?」
「噂……というのがどういう噂かは分かりませんが、多分そうだと思います」
「ほぅ……」
そう言うと僕を舐め回すように観察する。
あまり気分の良いものでは無いな、と思いながら、
「あの……、何か?」
と、遠慮がちに問いかける。
すると彼女は、
「嗚呼否、お主が途轍も無く可愛い物でな。つい見蕩れてしまった」
照れもせずにそう言う。
見た目以上に度胸のある人なんだな、と感心する。
「どうじゃお主、儂の愛人に成らんか」
「嫌です」
「即答かいっ!」
即答に対して即答でツッコんでくる。
ツッコミの才能有りと見た。
いやまぁ、僕にボケの才能は無いけどね。
「然う遠慮するな。昼と無く夜と無く可愛がってやるぞ?」
「お断りします」
「又も即答っ!」
……一人で何を盛り上がっているんだろう。
正直テンションに付いていけない。
「とまぁ、冗談は扨措きじゃな……」
絶対嘘だ。
だって目が本気だったもん。
「お主が壊したと云うギルドカードを見せてくれんかの」
「まだ壊してはいないですけど」
そう言いながら、僕はギルドカードを取り出す。
「ひびが入っただけです。あ、これ、修理するのにもお金がかかるんですか?」
僕はカードを渡す。
彼女はそれを受け取りながら、
「其の様な事は無い。と、言うより、修理する事自体が先ず不可能なのじゃ」
と答える。
どうしてですか、と僕が尋ねる前に、彼女は答えを言ってくれた。
「此のカードは特殊な物質で出来ておってな。耐熱耐水、防火防腐、其の他有らゆる現象に対して耐性がある。並大抵の事では、と云うより儂の知る限り、此れに罅どころか、傷一つ付けた者は居らん」
「成程、今までに壊れた事が無いから、それを修理する方法が分からない、修理する者もいない、という事ですね」
然う云う事じゃ、と彼女は肯定する。
そこで僕は、一つの疑問を見つける。
「あれ、じゃあこのカードはどうやって加工しているんですか? というか、そもそもどこから材料を調達してきているんですか?」
「知らん」
と、彼女は簡潔に答える。
「足りなくなる度に、何時の間にか世界に補充されておるのじゃ。一説には、アースガルズの神々からの贈り物とも言われているが、真相の程は分かっておらん」
彼女はそう言うが、僕は一つ、心当たりを見つけた。
「全く……、神様もきちんと仕事してるじゃないか」
「うん? 何か言ったか?」
「いえ、何でも無いです」
慌てて誤魔化す。
「それで、僕を呼び出した理由は何なんですか?」
「ん? 嗚呼いやいや、もう本題は終わったわい」
「え? 備品代の請求がどうとかは良いんですか?」
それが本題だとは僕も思わないが、これで終わりというのも拍子抜けだ。
「然う言えばそんな事も在ったの。まぁ彼れは別に良い。幾らでも替えは利くしの」
「いえ、でもそれは悪いですし……」
「ふむ、然うなのか? まぁお主が如何してもと言うなら、此方としては構わないがの」
そう言うと、彼女はカードを僕に投げ返した。
「今回の目的は、儂等の顔合わせと、お主を一目見て於く事じゃったからな。元より、長く引き留めるつもりは無かったわい」
「そうですか」
「尤も、儂と二人きりで楽しみたいと云うのなら話は別じゃが」
「失礼します」
バタン、と扉を閉める。
『来たくなったら何時でも来て良いからの〜』
何か言っていた気がしたが、無視した。
早い所お金を稼いで、借金を返す事にしよう。
=================
一人になった室内で、彼女は一人、ポツリと呟く。
「全く、どんな化物じゃ、彼奴は。此の儂でも気圧されてしまうとは……」
彼女の背を、一筋の冷や汗が伝う。
「怪物が怪物の皮を被っている様にしか思えんぞ。御負けに、腹の中にも怪物をいくつも抱えて居る様じゃし」
じゃが、と彼女は薄く笑う。
「其れでこそ、食べ応えが有ると云う物じゃよ」
あ、勿論性的にですよ?