第五話:「そんなに目立つ事をしたつもりは無いんですけどね」
ギルド内で不穏な会話が行われているとは露知らず、僕は依頼をこなしていた。
依頼内容は、薬草採取だ。
ありきたりだとも思うが、子供の世話みたいな変な依頼じゃないだけ良かったと思う。
見ないで適当に取ったのだが、僕にはそこそこ運があるという事だろう。
門番の人にギルドカードを見せ、町の外に出ると、早速薬草を探しに向かう。
この辺りは魔族領も近いので、運が良ければ魔物に遭遇出来るかもしれない。いや、運が良いのか悪いのかは知らないが。
さて、丁度魔物の話題も出たので、魔物についても説明しておこう。
まず、魔物と魔族は違うのか、という事だが、これについてはそう大差はない。
魔王に忠誠を誓っているのが魔族、そうでないのが魔物と言った具合だ。
同じ種族でも、個体によって魔族と魔物に分けられる事もあるため、定義は非常に曖昧だ。
そして、人族にとってもその違いは、大した差ではない。
どちらも人族に危害を及ぼす存在であって、討伐すべき対象なのだから。
一応区別として、魔族を狩るのが騎士団などの正規の軍隊、魔物を狩るのが冒険者などの非正規の組織となっているが、魔族の進行が進めば冒険者も駆り出され、魔物が大量発生すれば騎士団も討伐に向かう程度の縛りでしかない。
さて、話を戻そう。
町の外に出た僕は、神様からもらった能力その三、『鑑定』で薬草を判別して、せっせと薬草採取に勤しんでいたのだが、運が良いのか悪いのか、いきなり魔物に遭遇してしまった。
見た目は、体が少し大きい程度の普通の猪。
鼻を鳴らして僕を威嚇してくる。大変ご立腹のご様子だ。
多分、彼の生活範囲に、僕が侵入してしまったのだろう。
さて、どうしようか。
このまま討伐しても良いのだが、いかんせん僕は、争い事があまり好きではない。
何もせずにこのまま帰ってくれないかな、と淡い期待を抱くが、その様子は全く無さそうだ。
雄叫びをあげて、今にも飛びかかってきそうな雰囲気だ。
まぁ、何事も前向きに考える事にしよう。
この世界での、魔法の練習台だと思えば、少しは罪悪感も紛れるだろう。
いや、言い訳だ、と僕は思う。
罪悪感なんて物は、とっくの昔に無くしてしまっているというのに。
とうの猪はというと、まるで警告は終わったと言わんばかりに、一際大きな唸り声をあげて、僕の方に突進してきた。まさに文字通りの、『猪突猛進』だ。
僕は、持っていた薬草を地面に置くと、空いた右手に魔力を込める。
そのまま右手を後ろに下げて、投球フォームのような形をとる。
掌に炎が集まっていくのをイメージすると、僅かに右手から熱を感じる。
「ごめんね」
と、一言だけ言う。
これは僕の口癖のようなものだ。気付けば、命を奪う時は必ず言うようになっていた。
突っ込んできた猪の鼻っ柱を目掛け、右手にあるそれを投げつける。
ボフン、という、肉が焼ける音がして、猪の全身は火に包まれた。
僕はそれを、感情のこもらない目で見ていた。
==================
猪が完全に息絶えたのを確認すると、僕は、何も無い宙を叩いてひびを入れる。
そこに手を入れると、中から解体用のナイフを取り出す。
放っておいてもどうという事は無いのだが、魔物の毛皮や牙は武器の強化素材になるし、ものによっては高く売れる。肉も同様に売れるし、勿論自分で食べても良い。
まずは頭と胴体を切り離し、殆ど使い物にならなくなった毛皮を剥ぎ取る。
肉は、程よい感じにミディアムレアで焼けており、辺りに良い匂いが立ちこめる。
関節にそって肉をバラすと、頭と一緒に、空中のひびの中へ投げ入れる。
毛皮は、そこら辺の木の枝に掛けておく。
さて、先程から出ている『ひび』について、説明がいるだろう。
一言で言うなら、某青狸の四次元ポケットだ。
中に好きなだけ物を詰め込めるし、好きな時に好きなだけ取り出せる。しかも、状態は入れた時のまま。食品の保存なんかに便利だ。
これも、神様にもらった能力の一つである。
一通りの処理を終えた僕は、薬草を回収すると、町へ向かって歩き出す。
門に着くと、出て行った時とは門番が変わっていた。
交代でもしたのかと思いながら、門番の人にギルドカードを見せ、挨拶をしながら通る。
ギルドに着いて扉を開けると、ギルド内にいた全員の視線が集まる。
僕が倒した男達はいなかった。
僕は、視線を少々気にしながらカウンターまで行くと、
「一応依頼はやってきましたけど……。何ですか、この、僕への注目度合いは?」
「うーん、なんと言うかまぁ、目立っちゃってますからね、あなた。良くも悪くも」
「そうですか。そんなに目立つ事をしたつもりは無いんですけどね……」
「Cランク冒険者のパーティを倒した新人となれば、いやでも目立ちますよ。それより……」
彼女は、少し言い淀んだ後、
「あの、マスターがお呼びですよ」
「? 僕をですか? 何でまた」
「壊した備品代の請求だとか言ってましたよ」
「あぁ、そうですか……」
嫌な予感しかしない。
「分かりました。それで、マスターはどこに?」
「あ、奥の部屋にいるので、ご案内しますね。こちらにいらして下さい」
そう言うと、彼女はカウンターの奥へ入っていった。
どうしたものかと逡巡したが、結局はカウンターを乗り越える事にした。
奥に入ると彼女は、一つの扉の前で立っていた。
僕が横に立ったのを確認すると、彼女は扉をノックした。
「マスター、連れてきましたよ」
が、反応が無い。
「マスター?」
更に呼びかけるが、反応は無い。
「ちょっと待ってて下さいね」
僕にそう言うと、彼女は部屋の中に入っていった。
と思ったらすぐに出てきた。
「少々こちらでお待ちください」
若干キレているようにも見えて、声はかけづらかった。
「全くあの人は……!」
すれ違い様にそんな声が聞こえたが、聞かなかった事にする。
それから一〇数分、僕はその場で立ち尽くす事になった。
どうも、早くもダレてきた感がある七話目です。
今回は、主人公のチートの片鱗でもお見せ出来ればと思ったんですが、いまいち地味でしたね。精進します。