第閑話:「面白そうな奴が来たものじゃわい」
出て行く人族を見送った後、我に返った私は、慌ててカウンターの裏に飛び込んでいく。
ギルドによっても異なるが、このギルドはカウンターの裏にギルドマスターの私室がある。
表からは見えないようになっており、密談などをする際にはとても便利である。
「マスター、急ぎ報告したい事が……って、あれ?」
そこにいたのは、マスターではなく、体格のいい獣人の男性だった。
と言っても、別に不審者という訳ではなく、歴としたギルドの会員、というか、副ギルドマスターだ。(しかもAランク!)
彼は私に気付くと、
「マスターなら上だよ」
と言うと、手に持っていた葉巻をくわえる。
その姿が心無しか疲れているように見えるのは、多分気のせいじゃない。
このギルドのマスターは、世界でも数える程しかいないSランク冒険者の一人だ。ちなみに私は、これを密かな自慢にしている。
普通は、Sランクともなれば王国に召し抱えられたりするものだが、うちのマスターは、ことあるごとにその誘いを蹴っているらしい。
まぁこの世界では、ランクの高さと奇人変人度は比例するというのは、よく知られている事実である。(副ギルドマスターは、高ランクにしては珍しい常識人だ)
「ハァ、またですか……」
私も思わずため息をついてしまう。
副ギルドマスターに礼を言うと、今度はギルドを出て裏手に回る。
「上って二階じゃないの? それとも外からしか入れないの?」と思ったのなら、その予想は外れである。
上というのは、文字通り上。ギルドの屋根の上だ。
壁に立て掛けてある梯子を伸ばすと、それを登って行く。
屋根までは結構高さがあるので、昇り降りは意外と疲れる。
「フゥ……。マスター、いい加減にして下さいよ〜」
「ん? 何じゃ、儂に何か用か? 然う言えば先程、何やらギルドの中が騒がしかった様じゃが」
老人口調で話すのは、私と同じエルフ族にして、このギルドのマスターだ。
私と同じ、とは言ったが、年齢は私なんかとは比べるべくも無い。
私はまだ、せいぜい一〇〇歳程度だけど、マスターは、噂によれば二〇〇〇年は生きてるそうだ。まさに桁が違う。
銀色の長い髪に、エルフ族特有の長い耳。顔は、さっきの冒険者を除けば、私が知っている中で一番の美人だ。
「その事とも関係があります。実は先程、ヒューマンが一人冒険者登録をしに来たのですが———」
「嗚呼、其の前に一つ良いかの」
私の話を切ってきたが、その内容は大体想像がつく。
「……一応聞きますが、どうしましたか?」
「実はの、屋根から降りられなくなって困って居るのじゃ」
そう言う彼女の顔は、血の気が失せて青ざめている。
……予想通りだ。
戦闘では無類の強さを発揮するマスターだが、マスターには一つ、決定的な弱点がある。
それが、もう分かった方も多いとは思うが、高所恐怖症である。しかも重度の。
建物の上ならまだ軽い方である。
飛竜の背に乗った時なんか、飛び上がっただけで失禁し、五分も飛べば、飛竜の背で気絶している有様だ。
それなのにこの人は、懲りずに高い所に登りたがる。
その理由は本人曰く、「弱点は克服する為に有る。此れを克服すれば、儂は更に高見へと登れるのじゃ」だそうだ。
その度にトラウマが倍になるのなら、もう止めれば良いのにと本気で思う。
「はいはい、じゃあ降ろしてあげますから……」
「うむ、何時も済まんの」
……そう思うなら、金輪際登らないでほしい。
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マスターを降ろした私は、マスターが落ち着くのを待って、事のあらましを説明する。
話を聞き終えたマスターは、
「ふむ、中々興味深いの」
それだけ言うとマスターは、黙って顎に手を当てる。マスターが考え事をする時の癖だ。
邪魔をせずに大人しくしている。
しばらくして、考えが纏まったのか顔を上げると、
「良し、其の者がギルドに戻り次第、儂の所へ呼べ」
「呼び出す理由はどうしましょう?」
「何でも良い。『お主が壊した備品の代金に付いて』とでも言っておけ」
「分かりましたけど……、ちゃんとマスターの私室にいて下さいね? 間違っても屋根の上にいないように」
「そ、其れ位分かって居るわ」
ジト目で睨むと、慌てて目を逸らす。
全く信用出来ないな、この人は。
「……全く、面白そうな奴が来た物じゃわい」
「……?」
マスターが小声で何か言った気がしたが、よく聞き取れなかった。
どうも、このペースがいつまで続けられるか心配な六話目です。
春休みが終われば、急速にダウンしていくんだろうな……(遠い目)。
今回は第閑話となっていますが、本筋から大きく逸れている訳ではありません。主人公は出てきませんでしたが。
今回もあまり進みませんでしたが、今後とも作者をよろしくお願いします。