第三話:「僕に関わらない方が良いですよ」
巨大な戦斧が振り下ろされる。
半身になってそれを躱すと、床に食い込んだ斧の柄を踏みつける。
ベキリ、と音がして、柄が真っ二つに割れる。
男が呆気にとられている隙に、数歩下がって間合いから逃れる。
僕を囲んでいるのは、目の前の男を含めて四人。
その内の一人が、右後ろから小剣を構えて突進して来た。
持つ手を捻り挙げて、逆側から来ていた、長剣を振りかぶっていた男の盾とする。
一瞬怯んだ所を、盾にしていた男の背を蹴り飛ばす。小剣の男は、長剣の男を巻き込んで近くのテーブルに突っ込む。
そのまま、頭一つ分姿勢を下げると、その上を折れた斧の柄が通り過ぎた。
その柄は僕の背後にいた、短剣を二本逆手に持っていた男の顔面に直撃し、嫌な音を立てながら、男は床に倒れた。
姿勢を下げたまま、軸足を九〇度回転させ、今度は一歩で最初の男の懐に飛び込む。
その勢いで鳩尾に肘鉄を叩き込むと、左足で、床に突き刺さっている斧の刃を跳ね上げる。
丁度僕の手一本分残っている柄を左手で掴むと、倒れていく男の首筋目掛けて振り抜く。
そしてそのまま、男の首を刎ねる———直前でピタリと停止させる。
「もうよろしいですか」
そう無表情で問いかけると、男は無言で何度も首を縦に振った。
薄皮一枚程度は切れているのか、刃の当たっている所から血が流れる。
「これに懲りたら、もう今後は二度と、僕に関わらない方が良いですよ」
それだけ言うと、僕は斧を放り捨ててカウンターの方へ戻る。
「お騒がせしました。それで、冒険者登録をしたいんですけど」
今度は誰からも、笑い声は起きなかった。
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「それで、冒険者登録をしたいんですけど」
「え、あ、はい。それではこちらの用紙に、必要事項の記入をお願いします」
我に返った受付の女性は、カウンターの内側を探って、一枚の用紙を取り出す。
そこには、名前や年齢、種族を含め、一〇数個の項目が書かれていた。
「これは、全部埋めないといけないんですか?」
「あ、いえ。基本的に記入は自由です。偽名で登録されても構いませんし、空白で提出されても結構です」
「そんな適当でいいんですか?」
「まぁこういう商売ですからね。これにしたって国に対しての、最低限の体裁を整えてるというだけの、形式上の手続きですから」
いいらしい。
まぁこの辺は世界によってもまちまちなので、どれが正道という事は別に無いのだが。
「亡命して来た王族や犯罪者みたいな大っぴらに素性を明かせないような類の方々から、戦争孤児や捨て子みたいなそもそもの身元が曖昧なものまで、大勢いらっしゃいますよ。そういう方達の拠り所……と言ったらあれですけど、ギルドというのは、ある種そういうのが目的になってる面もあるんですよ」
「そうですか」
後者はともかく、前者はそう簡単に受け入れていいものなんだろうか。
まぁ、僕には関係無いけれど。
それより自分の事だ。
本名を晒すのは論外としても、個人情報は極力伏せておきたい。
余計な事を書いてぼろが出ないとも限らないし。
僕は少し考えると、名前の欄に、『ヘイムダル』と記入しておいた。
この名前は、北欧神話において、ラグナロクでロキを倒したとされている神の名前だ。
尤も、倒したと言っても相打ちなので、勝ったとは言えないのだが。
また一説には、神々の中で最も美しい容姿とされている。
ますます僕にうってつけの名前だと思う。
種族の欄には『人族』。
他は空欄で提出しておいた。
「確認いたします。種族はヒューマン、名前は……、ヘイムダルですか。ヒューマンにしては変わったお名前ですね」
「よく言われます」
これは嘘ではない。
僕の本名は結構変わった名前なのだ。
「分かりました。それではギルドカードを発行いたしますが、……手持ちはお有りですか?」
彼女は言いにくそうにそう言う。
これも異世界ではよくある事だ。
勿論、一銭たりとも持っている訳が無い。
いざとなれば、神様からもらった能力その二、『創造』で造り出す事も出来るが、これは貨幣のバランスを崩すし、何より僕は、この世界の硬貨をまだ見ていないので、創ろうにも創りようが無い。
「ちなみに、いくらぐらい必要ですか?」
こうやって聞くのは、「手持ちは少ないですがありますよ」と暗に示す事で足下を見られないようにする他に、この世界の貨幣がどのような物になっているのかを聞く意味もある。
「発行には、銀貨二枚が必要になります。こちらでお貸しする事も出来ますが……」
僕は少し迷う素振りを見せた後、
「そうですね、ではお願いします」
と言う。
こういう場合に少し間を空けるのも、交渉などにおけるテクニックだ。
「了解しました。それではギルドで立て替えておきます。一月以内に返金がなされなかった場合、支払われるまでギルドカードは使用不可となりますので、お気をつけ下さい。また、紛失した場合の再発行も、同額かかりますのでご注意ください」
「分かりました、気をつけます」
そう言って笑顔を彼女に向ける。
彼女は照れたように目を逸らしながら、
「それでは発行いたしますが、その間にギルドの説明をしましょうか?」
僕は頷く。
こういうのは、どこの世界も似たように見えて、微妙に異なっているのでややこしい。
「それでは説明させていただきます。まずギルドは、トップにギルドマスター、その下に副ギルドマスターがいて———」
一人称で戦闘シーンは難しい……。