第二話:「この程度ですか?」
「だ、大丈夫ですか!?」
受付の女性が駆け寄ってくる。
その更に向こうでは、にやにやと卑らしい笑みを浮かべている男。
「ハッ、一撃かよ。冒険者になりたいなら、もうちょっと身体を鍛えてくるんだな」
「おいおい、全力でやっといて何言ってんだよ。ご丁寧に肉体強化までかけて、再起不能になったらどうすんだよ」
「その程度なら、最初から冒険者になる資格は無かったって事だよ」
そう言って男達は、再びどっと笑う。
「あ、あなた達! ギルド内での無為な暴力行為は禁止のはずですよ」
「おいおい姉ちゃん、そりゃ言いがかりってモンだぜ? これは教育だよ、教育。授業料として拳一発、特大サービスだ」
「あなた達……!」
ギリッ、という、歯の軋む音が微かに聞こえたが、それは笑い声にかき消され、男達に届く事は無かった。
彼女は怒りを抑えながら、僕の方へ向き直る。
「あ、あの、お怪我はありませんか?」
「無え訳無えだろ、そんな貧弱が」
そう言うと、自分達の元いたテーブルへ戻っていく。
「いえ、大丈夫ですよ」
このまま勝った気にさせておくのも癪なので、僕はそう返事をしてやる。
ピタリ、と男の足が止まるが、僕はそれを気にせず、
「それよりすいません、ギルドの備品壊しちゃって。今はお金は無いんですけど、今度必ずお支払いしますから」
「え、えぇ……」
呆気にとられた表情の彼女と、一様に驚いた表情をしている冒険者の男達。
僕は立ち上がると、服に着いた埃を払い、
「それで、あなたの全力はこの程度ですか? いつの間にか失礼なことを言ってしまっていたようなので、お詫びに一発殴らせてあげようと思ったのですが———」
男の方を向いて言う。
「この程度とは少し期待外れでしたが、これで貸し借りは無しですね?」
「……な、何だよ、お前……!」
彼は、驚愕と恐怖が入り混じったような表情を浮かべる。
いや、彼だけではなく、この場にいる人間の殆どが、同じような表情を浮かべているだろう。
何せ僕は———、
「何で……、無傷なんだよ!?」
そう、無傷。
彼に殴られた傷跡など、何一つ残っては無く、あるのはただ、今までと変わらぬ整った顔立ちだけだ。
「何でと言われましても……、勇者だから?」
「疑問形で返してんじゃねえよ……。今質問してんのはこっちだ!」
そう叫ぶと、彼は周りの男達に向かって、
「おい、このガキを囲め!」
と、命令する。
そして、自らも壁に立てかけてあった武器———巨大な斧を手にする。
「逃げ場は無えぞ、ガキィ……!」
「逃げる気はありませんよ」
静かにそう返す。
それにしても……、腐ってもさすがは冒険者というべきか。得体の知れない敵を見ても、戦意を失う事無く向かってくる。
「……まぁそれは、無謀とも言えるんですけどね」
「あぁ、何か言ったか?」
「いえ、何でも。それより、僕は先程、一発と言いました。つまり、ここから先は、正式な戦闘という事でよろしいんですね?」
「んな訳ねえだろ。これから始まるのは……、———一方的な嬲り殺しだ!!」
言葉と共に、頭上に掲げられた斧が振り下ろされる。