彼女がデスゲームに囚われたようです
あれから何年の月日がたったのだろうか。そうぼんやりと考えた。いや、答えはわかっている。三年だ。
そう、今日七月二十八日は、彼女がデスゲームであるVRMMOに囚われの身となってから丁度三年目の日だった。
三年前と変わらず、蝉は鬱陶しく鳴き続けいた。
世界初のVRMMOであるそのゲームは当然、発売前から大いに期待された。
予約が殺到し、一般人ではどう足掻いても手に入れられない代物になっていた。
だが、一部例外もあった。それは懸賞品だった。もちろん、そうそう当たるものではない。俺と彼女もおもしろ半分で応募したのだ。
そこで奇跡が起きた。
なんと、二台当たったのだ。
今思えばなぜ当たってしまったのかと悔いているが、ともかくその時は二人で抱き合って喜んだ。
正式サービス開始であるその日は、俺は部活が入っていたので、入るのが遅れた。
これは不幸中の幸いといっていいのだろうか。
しかし、部活に入っていない彼女は正式サービス開始と同時にログインしたのだろう。
結果、彼女はふざけたデスゲームのなかに囚われることになった。
彼女の両親から連絡を受けた俺は、急いで彼女のいる病院に駆けつけた。
病室に入ると、彼女はそこにいた。真っ白な無機質な部屋には、静かにゲームの稼働音が響き渡っている。
彼女が横たわっているベッドのわきにはには、全ての元凶である機械が鎮座していた。
ベッドには栗色の肩まで伸ばした髪。パッチリとした二重の目は、今はヘッドギアに隠れて見ることは叶わない。
昨日まで見慣れていたはずの姿だった。
しかし、俺は瞬間的に悟った。
彼女はここにはいない。
なぜかはわからない。ただ、そうおもった。
いや、たしかに肉体的にはそこに間違いなく彼女はいる。
だがしかし、なんと言い表せばいいのか。あえていうなら「魂」とよべるべきものがなかった。
そう思った瞬間、急激に現実味がわいてきた。
頭が真っ白なる。
どうすればいい? ただの高校生である俺には何が出来る?
そこからの三年間は長くも感じたし、あっという間にも感じた。
あの日から俺は、どんなに忙しくても一週間に一度は病室に行った。本当は毎日行きたかった。しかし、時間は平等に流れていく。なにもせずに、時間の流れるがままに過ごすわけにはいかないのだ。
毎日、彼女の無事に安心する。
でも明日は? 明後日は? 一週間後、一年後は?
それにゲームに囚われたなかでも、ずっと俺を好きで居続けてくれるだろうか?
もし、他の男を好きになってしまっていたとすれば?
幼なじみの彼女に限ってそれはない。そう信じてはいる。
だが、それらの不安は、俺の中から消えることは無かった。
「この娘もいつ戻るかわからないわ。あなたがこの娘を待っていてくれるのは嬉しいわ。でも、これ以上は貴方に迷惑を掛けたくはないの。だから、ね」
ある日、彼女の母親はそういった。
いいたい事はわかる。たしかに彼女はいつ戻ってくるかもわからない。最悪死ぬだろう。それに帰ってきたとき、社会復帰も難しいだろう。様々な困難が伴うだろう。
だが、俺は決めたのだ。彼女が帰って来るまで待ち続けると。
いまでももちろん彼女の事は好きだ。でも、もし彼女が他の男を好きになっていたとしても、関係ない。彼女にもう一度会いたい。それだけだ。
彼女がデスゲームに囚われてから四年目の春、ゲームはクリアされた。
彼女の意識が戻ったとの連絡を受けた俺は、講義を抜け出し病院へ急いだ。
彼女が意識を回復したのは嬉しかった。でも、病室に入るのはなんとなく怖かった。
しかし、意を決して病室に入り彼女の姿を見たとたん、そんな感情は消えていた。
「真理亜!」
俺は彼女を抱きしめた。
骨張った身体だった。少しでも力を込めたら折れてしまいそうだ。でも彼女はここにいる。そう感じた。
「ちょっと、痛いよ」 彼女はそういったが、俺は構わず抱きしめ続けた。
彼女がデスゲームから解放されて一週間がたった。彼女の周りのごたごたも少し落ち着きを見せ、今は彼女を車イスにのせて、病院の中庭に来ていた。
中庭には、彼女と同じデスゲームの被害者であろう人がちらほらみられた。
桜がさいているが、まだ少し肌寒い。
彼女はまだ歩くこともままならない。当然といえば当然だろうが。
「ゲーム内ならわたしの筋力パラメータ凄かったんだけどなー」なんて彼女は言っていたが。歩くこともままならない身体にすこし苛立っているようだ。
俺はというと、もちろん大学なんて行かずに彼女に着いていた。
いまでも時々、また眠ってしまったまま目を覚まさないのではないかと不安になる。
俺達はとあるベンチに腰かけた。
「やっぱりシャバの空気はうまいな!」
「お疲れ様でした! 姉貴!」
俺達は顔を見合わせて声をあげて笑った。うん。四年前とあんまり変わってなかったなこいつ。俺もだけど。
「でも、本当に美味しいと思うよ。やっぱりいくらリアルに再現されてたとしても、リアルじゃないからね」
そう言って彼女は苦笑いした。
「そういうもんかね」 まあ俺は入ったことないからわからんが。
「わたしね、不安だったんだ。だって、四年だよ? 和人が待っていてくれたなんてビックリしたよ」
「なんだよ。いきなり」
「いや、なんとなく。だって和人ってモテるし。信じてはいたけど、ね」
「……俺もめちゃめちゃ不安だった。死と隣り合わせだとよくってきくし。同じこと考えてたのか」
でも、俺は続けた。
「本当に生きて帰って来てくれて良かった」
「当たり前よ。他の男なんて寄せ付けないくらい頑張ったんだから」
そういって彼女は得意気に笑った。
「そう、か。真理亜」
「なに?」
「おかえり」
「ただいま」
桜は、俺達を祝福するかのように咲き誇っていた。
よくデスゲームに囚われる話がありますが、現実からみたらどうなるかなと思って書いてみました。