前夜の杯
二か月半ぶりの更新です。しかも改稿前とたいして変わっていません。申し訳ないです。
設定などを投稿する予定でしたが、"まあ作中で説明した方がいいや"という結論にしたり、やめにしました。勢力図とか作っちゃったんですけどね。
夜の帳、蝋燭の灯りに照らされて、女性と少女が対面して座っていた。
「明日からだけど大丈夫?」
女性が口を開く。言葉こそ少女を心配しているが、微笑んでいる。
心配というよりは最終確認に近い。そもそも心配する必要を女性は感じていない。
目の前にいるのは5年間自分が育ててきた娘であり一番弟子。自慢こそすれ、心配など無用であった。
「大丈夫です。孫子は私の得意な学問。軍略の学問であるなら他でも教えられますよ。」
女性の確認に少し考えて、少女は答えた。女性――司馬徽は「好好」と心の中で思いながら笑みを深めた。おもむろに立ち上がると事務机の上に置いてある徳利と杯を2つ手にすると、先ほどまでの緊張した雰囲気とは一変、意地悪そうに少女に語りかけた。
「でも政には弱かったわよね。もう一回始めから私に習う?」
そんな事をいいながら、ふたつの杯を酒で満たしていく。それに対し少女はいじけたような顔をして返事をした。
「またその話ですか。私はちゃんと政なども修めましたよ。これ以上は結構です。」
「ふふふ、冗談よ。さて、飲みましょうか虎鶫。明日から二人で頑張るために。」
少女――虎鶫。名を徐庶は杯を受け取ると笑って返した。
「飲みすぎて講義できない。なんて事にはならなないようにしましょうね、先生。」
乾杯をして一口。司馬徽はさみしそうに言う。
「家族なんだし、院生でもなくなったんだからそろそろ真名で読んでくれてもいいんじゃないの?」
「そうですね。楓お母さん、なんて。」
「虎鶫!!」
呼ばれた途端感極まったのか、司馬徽(以降は楓)は徐庶(以降虎鶫)に抱きついた。あまりの勢いにお酒がこぼれそうになる。しかしそれも気にせず、虎鶫を抱きしめた。
「危ないよ、お母さん。」
身の危険を感じた虎鶫はあえて真名を口に出さない。
「……嬉しくてね、つい。貴方を家族に迎えて5年、大きくなったんだなと思って。」
「……お母さん。」
しばらくの間、虎鶫を抱きしめていた楓は、満足したのか虎鶫を解放すると、杯に残っていたお酒を一気に煽った。
「ぷはぁ。夜は長いんだし、たくさん飲みましょ――明日講義ができる程度に。」
2人は家族水入らず。というよりも恋人とイチャイチャするかのように、2人で笑いながら酒を飲み続けた。
彼女は草原に寝転がっていた。空は蒼天、雲一つない。草を踏みしめ、誰かが近づいてくる。
「ここにいたのね。」
「ええ、空が綺麗だから。」
近づいて来た誰かは彼女の横に腰かけた。彼女は起き上がり、横に腰かけたその誰かに甘えるように身を預ける。
「ねえ虎鶫、次はいつ会えると思う?」
自らに身を寄せてくる彼女、虎鶫に尋ねる。
「さあ、明日か、明後日か、来年か、数年後か。運命に委ねるだけ。」
「あなたを私のモノにできたらずっと一緒にいられるのに。」
「周りはそれを許さない。私も遠くに行かなきゃ。」
虎鶫は名残惜しそうに、身体を離す。
「分かってる。」
虎鶫は立ち上がると歩き始めた。
「最後に、真名を聞いてもいい?」
「ダメ。離れづらくなるから。でも、私の真名には"はな"があるわ。」
「ケチ。……じゃあね、――。」
「さようなら、――。」
虎鶫が振り返ることはなかった。
改訂するにあたって後半部分を追加しました。この話の根幹の部分にあたる重要な会話なので、丁寧に仕上げたかったのですが、出来たでしょうか。
次の投稿は何時になるか分かりませんが、改訂前と同じように、虎鶫が教える院生との出会いです。