1-8 二人の戦い
ブライトメアは、離脱してゆく夢依を眼で追いながら、同時に転移能力で駆け付けてきた璃々の気配に気づいた。
「遅いぞ――なにをしていた――?」
「――すみません。捜索が後手後手に回ってしまい。このような事態をまねいてしまいました……どのような罰を受けても文句はいえません……」
そう言って、頭を下げる璃々に、ブライトメアは気にするなと手を振りながら、
「――そんなことはどうでもいい。それより戦線に復帰しろ。お前が加わればあの娘を確保するのは容易な筈だ」
「……分かりました。ありがとうございます。では、これより戦線に入ります――」
璃々はそう言うと自らの転移能力を使い、戦いの中へと身を投じるのであった。
「よっしッ! 一刀も帰って来たし、こっから形勢逆転だね!」
空元気なのか、それとも本当に疲れが吹き飛んだのか、夢依が嬉しそうにそう息巻くと、
「そう上手くいけば良いがのう……お主、今の状態でどれほど動けるのじゃ? 前のようにキビキビとは行けんじゃろ?」
張り切る夢依に釘を刺すように、鋼玉が冷静に問題点を指摘した。
「う……まぁたしかにそうだけど、せっかく戻ってきた流れを崩すようなこと言うなってのっ!」
そんな夢依の言葉に同意するのは、二人の魔具。
「ふむ確かに、夢依殿の言うことにも一理ありますな……士気が上がっているのならば、このまま一気呵成に攻めましょうぞっ!」
「そうそう、まだオイラだって本気出しちゃいないしね!」
三人にそう言われては、さすがの鋼玉もばつが悪くなったのか、
「フン……まぁそれもそうかもしれんの。攻撃手段も増えて勝率は少し上がっておる。じゃが、油断は禁物じゃぞ?」
そう希望的な発言をしながらも、しっかりと夢依に注意する。
言われた夢依は、そのことをちゃんと理解しているのかいないのか分からない曖昧な態度で、
「大丈夫だいじょうぶ、ちゃんとわかってるって、それじゃ――行くよっ!」
そんな掛け声と共に夢依は風迅を使い、高速で敵に向かって突進してゆく。
その進む先には、その鳥頭のせいなのか、今だ状況が把握できていないコカトリスが居た。
それは、相手がまだこちらの動きに気付いていない、完全なる奇襲となるタイミングであった。たとえ途中で気付いたとしても、もはやその攻撃を避けることは難しい。
「クェーッ!」
一瞬で詰め寄ってきた夢依に、コカトリスは驚いて足で攻撃をしてきたが、夢依はその攻撃を冷静に鋼玉で受け止め、
「一刀ッ!」
叫ぶと共に、不可視の刃がコカトリスの体を切り裂く。
「グェェェェェッ!?」
一刀によって胸に大きな切り傷を付けられたコカトリスは、その痛みで地面に転がり回った。
「よし――もう一丁っ! 一刀ッ!」
攻撃を加えて調子付いた夢依は、さらなる追撃を加えようと一刀を使うが――。
「――ッ!?」
その攻撃する対象は、一瞬にして夢依の眼の前から消え、一刀の刃は空を切る。
驚いて夢依は辺りを見回す――すると、夢依からかなり離れた場所にコカトリスがいた。だが、そのコカトリスは未だ一刀に切られた痛みに苦しんでおり、とても移動が出来るような状況ではなかった。
激痛で動けなかった筈のコカトリスが、どうやってその距離を移動したのか――それはすぐに分かった。
「――璃々ちゃん……」
夢依はコカトリスの傍に璃々の姿を見つけた。どうやらコカトリスは彼女の能力によって事なきを得たようである。
この状況でコカトリスを助けたということは、璃々は夢依の前に明確な『敵』として現れたということである。そしてそれは、夢依が一番訪れて欲しくないと思っていた状況だった。
「………」
璃々はコカトリスの羽を宥めるように撫でながら、夢依のことを厳しい視線で見ていた。
夢依は厳しい表情の璃々とは対照的に、悲しそうに顔を歪ませながら、
「……璃々ちゃん…やっぱりあたしは璃々ちゃんと戦いたくないよ。どうしてあたしと璃々ちゃんが戦わなきゃいけないのさ? あたし達は友達でしょ?」
この状況下において、そんな甘さを捨てきれない言葉を言う。
夢依自身、それが今更の発言だということは分かっていた。しかし、璃々がブライトメアに従う理由を知らない夢依としては、そう言わずにはいられなかったのである。
それに対して璃々は、しっかりとした口調で甘い考えの夢依を諭すように言う。
「夢依さん……わたし言いましたよね。あなたとわたしは敵同士だって……だから、今こうして戦うのも当然……いえ、必然のことです。たとえ夢依さんに覚悟が無くても、わたしは夢依さんと戦う覚悟が出来ています」
そう言った璃々は、迷いの無いまっすぐな瞳で夢依を見つめる。その眼を見た夢依は、もうどんな言葉を交わそうともこの戦闘を回避するのは無理なのだと悟った。
夢依には、璃々がどれほどの決意を秘めて夢依の前に立っているのかは理解出来ない。だが、璃々がこれから本気で自分を攻撃してくる、ということは嫌でも理解させられていた。
「……ッ!!!」
避けようがない眼の前の現実に対し、夢依は悔しそうに奥歯を噛み締める。
だが、夢依がそうしている間にも、状況は刻一刻と変化してゆく。
痛みから回復したコカトリスの上に乗った璃々は、夢依に向かって叫ぶ。
「――では、行きますっ!」
その一言で、夢依と璃々の戦いが始まった。
璃々は叫ぶと同時に自身の転移能力を発動させ、夢依の視界からコカトリスもろともその姿を消す。
「――ッ!? しまったっ!」
璃々達の姿を見失った夢依は素早く辺りに目を走らせるが、どこにもその姿は見えなかった。
「……ッ! 鋼玉ッ!」
だが、背後に何か悪寒のような寒気を感じた夢依は、自らの背後に鋼玉を展開させた。そして、鋼玉を展開させた直後、背後から衝撃が夢依を襲った。
攻撃によろけながら夢依が後ろを向くと、そこには足で攻撃しようとしていたコカトリスの姿が見えた。ほとんど勘で防御出来たその攻撃は、璃々の転移能力を使った攻撃に間違いない。自分の判断があと少し遅ければ後ろから無防備に攻撃を受けていた――その事実に夢依は冷や汗を流す。
「一刀ッ!」
動揺しながらも、夢依は振り向きざまに一刀で攻撃するが、その一刀の刃が届く前に璃々の乗ったコカトリスは再びその姿を消す。
攻撃するときは相手の死角から攻撃することが可能で、たとえ攻撃に失敗したとしても相手が反撃する頃には既にその戦場から離れている。
それが転移能力を持っている者の攻撃方法であり、それを持っていない者に対しては、卑怯なほどに一方的な攻撃が可能なのである。
「止まっていてはいかんぞっ! どこから攻撃が来るのか分からんのじゃからなっ!」
「う…うん……」
鋼玉の指摘を受けた夢依は、とりあえず風迅を使って動き始める。
三百六十度どの角度からも攻撃が可能で、なおかつ一瞬で移動できる相手に対して静止しているということは、超一流のボクサーとなんの戦闘訓練も受けていない一般人が戦うということに等しい。
だが、相手がどこにいるか分からない状態で闇雲に動いているだけでは、当然勝機もなかった。
どこへ逃げたとしても、その裏をかくように璃々は一瞬で現れ、一撃離脱で去ってゆく。そんな一方的な状況に混乱した夢依は、吐き捨てるように叫ぶ。
「――ッ! どうすりゃいいのよっ!」
連戦に次ぐ連戦で、夢依の集中力も持たなくなってきており、なおかつ彼女は未だ璃々と戦うことを迷っている為なのか、その動きは精彩を欠けていた。
そして、その迷いがある動きは、ブライトメアにも察知されていた。
「ふむ……見たところ直線的な動きが多いな……ならば……」
ブライトメアは待機させていたバジリスクに攻撃の指示を出す。
バジリスクは相手の温度と音で夢依の大体の位置を把握し、そしてさらに夢依の移動速度から算出した移動予想地点に顔を向ける。つまり、夢依の動きを先読みした攻撃をしようとしているのであった。
だが、夢依は自らの動きが予測されていることも気付かずに、璃々の攻撃から直線的に逃げ回っていた。しかも、夢依は自分がバジリスクに狙われていることにすら気が付いていない。
そして、自らの光線が当たると確信したバジリスクは、その閉じていた眼を見開く。放たれた石化光線は、夢依が行くはずの道筋に沿って、素早く的確にその直線上を石へと変えてゆく。
石化光線はそのスピードをまったく落とさずに進み、ついにその光がその夢依に直撃する――そう思われたその瞬間。
「――姉ちゃん後ろに跳ぶよっ!」
不意に風迅がそう叫んだ。そして、同時に自らの力『ジェットモード』を起動して、風迅は夢依を進行方向とは真逆の位置に飛ばす。
「――わっ! ちょっとなにっ!?」
急に自分が行く方向を変えられた夢依は、驚きながら風迅に抗議をしようとしたが、そのすぐ後に石化光線が眼の前を一瞬で通り過ぎてゆく光景を眼にして、自分が風迅に助けられたのだとようやく自覚した。
「あ…あっぶない……」
自分が意図していなかった移動だった為か、バランスを崩して着地に失敗し、地面にペタンと尻餅をついた状態で夢依は言う。
「ダメじゃないかっ! ちゃんと周りも見てないとっ!」
風迅は不注意だった夢依を叱るように叫ぶ。その声はかなり焦っていたのか少し震えていた。
「ご、ごめん。でもさ――」
立ち上がって自らに付いた埃を払いながら、夢依が怒っている風迅に弁解の言葉を述べようとしたその時――。
「――ッ!?」
夢依は自分の背中になにか大重量のモノがズシリとのしかかってきた感覚を感じた。そして、同時に自らの体が地面に叩きつけられるような衝撃が夢依を襲う。
「本当に不注意ですね――攻撃が一回で終わるとは限りませんよ、夢依さん」
上から聞こえてきたのは、そんな璃々の言葉であった。
夢依は上空から急に現れたコカトリスによって、後ろから完全に押さえ付けられていた。
当然それは璃々の転移能力によるものだが、その攻撃はまるで、ブライトメアが仕掛けた攻撃が外れてもいいように最初から二重に考えられていたかのような、そんな絶妙な連携を感じさせるような見事なタイミングであった。
「く…そ……鋼玉ッ!」
後ろから押さえられながらも、夢依は次の攻撃に対して鋼玉を発動させようとするが、それは適わなかった。何故ならば、鋼玉の変化を阻止するように、コカトリスの足が夢依のブレスレットを的確に押さえていたからだ。いかに形を変えられる生きた金属と言えど、変わる前の姿で固定するように押さえ付けられていては変化が出来ない。
「これはマズイ……この状態では妾が動けんだけではない……風迅と一刀も使えんぞっ!?」
焦った声で言う鋼玉の言葉は正しかった。
風迅はのしかかっているコカトリスを吹き飛ばすほどの力は無く、一刀は相手の方向を向いていなければ攻撃が出来ない。
それは、ブライトメアに命じられて夢依のことを観察していた璃々ならではの攻撃だった。長く観察していたからこそ、夢依の持っている魔具の弱点を見抜き、効果的な攻撃方法を知っているのである。
「止めてっ! 璃々ちゃんっ!」
どうしようもなくなった夢依は、敵である璃々に助けを求めるように叫ぶ。
「ごめんなさい夢依さん……これが悪いことだっていうのはわたしも分かってるんです。でも、もうこうするしかないんです……」
顔を背けながら、申し訳なさそうに璃々が言う。
もはや、相手を押さえたコカトリスの攻撃を避けることは不可能であり、コカトリスは今までに付けられた傷の恨みを晴らそうとでもいうように、そのクチバシから石化ブレスを微かに漏らし、ギラついた眼で夢依のことを見ていた。
「くっ……」
夢依はその絶望的な状況に、もう打つ手は無いと感じたのか、諦めたようにその眼を閉じた。
まるで死刑台に立つ受刑者に刑を執行する執行者のように、コカトリスはその首をゆっくりと振り上げ、そして――勢いよく石化ブレスを夢依に向かって放とうとした――。その瞬間、不意にどこからか声が流れてきた。
「――三対一とは、ちょいと多勢に無勢すぎるんじゃないかねぇ?」
風に乗って聞こえてきた声を聞くその前に、璃々は大きな衝撃をその身に感じた。
「ギエエエエエエエエエェェェッ!?」
次に璃々の耳に聞こえたのは、断末魔のようなコカトリスの悲鳴。そして気が付くと璃々は、空中にその身を投げ出されていた。
訳が分からないまま璃々はきりもみ状態で回転しながら落ちてゆき、転移能力を使う暇もなく地面に容赦なく叩き付けられる。
「かは……っ…ぁ……な…に……?」
地面にぶつかった衝撃でクラクラする頭を押さえながら、璃々は自分の身になにが起こったのかを確認しようと辺りを見回す。
すると、衝撃が来た方向に誰かが居るのを璃々は発見した。仁王立ちのようにその場に立ちつくしているその人影を見て、璃々は驚きで眼を見開くと同時に、自らが知っている人物の名を呟く。
「――理恵……さん?」
璃々の言う通り――確かに、その場所に立っていたのは水原理恵だった。だが、彼女はその右手に短刀のようなものを持っており、優しい印象だった三白眼も元の冷たい印象を受ける厳しいものへと変わり、しかも、服をキッチリと着るのを面倒くさがるようにはだけさせ、明らかに普通の状態の理恵とはなにか違う、異様な雰囲気を纏っていた。
着ている服そのものと背格好は、紛れも無く理恵と同じではあるのだが、決定的ななにかが理恵とは違う。
璃々はそんな奇妙な違和感を、眼の前の人物から感じていた。
「んん? なんだ、まだ意識があるのかい? 強がってるだけのただの小娘かと思ったが、けっこう根性があるんだねぇ?」
およそ理恵の口からは出てこないような乱暴な言葉を吐きながら、理恵に似た女性はつかつかと夢依のほうへ歩いてゆく。
「それに引き換え――こっちの小娘はだらしが無いねぇ? ホラ、とっとと起きなこのド阿呆」
コカトリスに押さえ付けられ倒れていた夢依を、理恵に似た女性は容赦なく蹴り飛ばした。
「――ぐはっ!? 痛ったいなっ! なにすんだ…よ……って……あれ? なんで動けんの?」
自らの拘束が解けていることにようやく気が付いた夢依は、起き上がりながら首を傾げる。
「――かーっ! ホント愚図な子だねぇ? アンタそんなんでよく今まで生き残ってこれたモンだよ。ホレ、とっとと命の恩人に礼を言いな小娘? それが礼儀ってモンだろ?」
女性が片手で頭を押さえながら嘆くように言うと、そこで初めて夢依は女性の存在に気付いたのか、
「えっ――もしかしてその声っていうか喋り方は……『鷹子』さんっ!?」
心の底から驚いたような表情を浮かべ、若干の畏怖を込めてその女性の名を叫ぶ。
「んなモン見りゃぁ分かるだろ? 最近の小娘は眼まで悪くなったのかい?」
「い、いや、そういうわけじゃないッスけど……ええっと……ともかく、助けてくれてありがとうございます……」
「ん……それでいいンだよ。最近の若いモンは礼節に欠けてるからねぇ? 素直でよろしい、カッカッカッ!」
そう言って豪快に笑う姿は、璃々の知っている理恵の姿とは全く違う、しかしその見た目は理恵そのもので、まるで理恵の人格が別人に入れ替わったかのように見えた。それもその筈である、何故ならば彼女は『水原理恵』が『鷹子』という人物と実際に入れ替わった姿なのだから――
水原理恵のIEM能力『パッシング・ポゼッション』は、物質を介して霊体を自分自身に憑依させる能力である。それは、暗示やなりきりといった思い込みの類ではなく、本当にその人物そのものを自分自身に憑依させている状態で、憑依させた人物の身体能力や記憶、果ては『IEM能力』ですら行使することが可能な力なのである。
そして、今現在理恵に憑依しているのは、水原理恵の祖母にあたる『鷲崎鷹子』という人物だった。彼女は7年前のIEM戦争において、たった一人で攻め入ってきた軍隊を退けたという逸話を持つ人物で、生前には『最強のIEM』と呼ばれたほどの豪傑である。
「鷲崎鷹子…か……やっかいな人物が敵に回ったものだな……」
ブライトメアは、額にじわりと滲んでくる汗を拭いながら、忌々しそうに呟いた。
もしも、彼女が逸話通りの実力を持っているならば、ブライトメアは圧倒的不利な状況に追い込まれたことになる。
それは、ブライトメアの油断が招いた事態であった。本来ならば理恵が鷲崎鷹子の孫であるという時点で、理恵が彼女を憑依させる可能性はあったのだが、捕まえたときにそれらしき道具を持っていなかったという事と、理恵自身がかなりの運動オンチであるということが、ブライトメアからその可能性を排除させていたのである。
「さぁ、とっととあの七面鳥にトドメを刺しちまいな! ありゃアンタの獲物なんだろう?」
鷹子は倒れているコカトリスを指で差しながら、夢依に向かってそう言った。
それはまるで、夢依に倒させるためにわざと生かしているといったような口調である。
事実、彼女の言っていることは本当であり、先ほどのコカトリスへの攻撃も手加減したものだった。それでも、コカトリスと璃々を一時的にしろ動けない状態にしているのだから、それだけで彼女が相当な実力者であることが窺える。
「あ……はいっ! 分かりましたっ!」
普段ぶっきらぼうな口調の夢依も鷹子相手には頭が上がらないのか、敬語で反応し、すぐさま倒れているコカトリスのほうへと向かった。
『最強のIEM』である鷹子の攻撃を受けたコカトリスは、今までのダメージもあってか、もはや虫の息だった。
夢依は暴れることもせず、ぐったりと死を待つのみとなったコカトリスの前に立って、少しだけ相手を憐れむ表情を浮かべながら言う。
「散々傷めつけといてなんだけど……ゴメンね。あたしがすぐに楽にしてあげる――いくよ一刀ッ!」
叫びと共に、不可視の刃がコカトリスに振り下ろされる。コカトリスは何の抵抗も出来ずに、一刀の刃をその身に受け――そして絶命した。
そして、コカトリスはキマイラの時と同じように、その身を光へと変える。夢依はその光を優しく抱き留めると、自らの体に吸いこませるように光を取り込んだ。もちろんそれは後でコカトリスを『夢の図書館』に返すためだ。
現実世界に具現化された『物語』の中の生物は、その元となった物語の中でしか本当の意味での死は訪れないのである。
「――くッ!」
コカトリスが夢依に倒される光景を見ながら、璃々は喉の奥から悔しそうな声を上げた。
さきほどの落下のショックが大きく、しばらく転移能力すら使えなかった彼女だったが、そんなことじゃいられないとばかりに頭を振って気合を入れ、フラつきながらも立ち上がり。そして、痛む頭を押さえながら、転移能力を使って璃々はブライトメアが居る場所へと跳ぶ。
「――もうしわけありません……わたしの不注意でした……」
「構わん。アレは私の過失でもあるのだからな……だが、この状況、どうするか……」
悩むブライトメアに、璃々はすかさず進言する。
「コカトリスも倒されてしまいましたし、状況的にバジリスク一体では夢依さ…いえ、特異点の捕獲は難しいと思います。なので――ここは一時撤退がいいのではないでしょうか?」
冷静に言っているように聞こえるが、璃々の声はどこか必死なものがあった。
夢依がコカトリスを倒した時点で、もはや状況はブライトメアが不利なものへと変わった。なので、璃々は理恵との約束を守るために、必死で戦いを終わらせようとしているのである。
だが、ブライトメアはそんな璃々の意図など知ったことではないといった風に言う。
「いや……まだ手はある。私の『本当のIEM能力』――『パワー・アブソープション』を使いさえすればな――」
そのブライトメアの言葉に秘められた意図を理解した璃々は、背筋が凍りつくのを感じた。
事態はもはや、璃々一人ではとても終わらせぬほどに複雑化しており、璃々はまるで底なし沼のようにズブズブとその深みに嵌ってゆくのであった――




