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オーバードリーム  作者: 左ノ右
第一章 
8/14

1-7 璃々の本心


 一方、うまく部屋から逃亡した理恵は、薄暗い城の中を、あても無くさまよっていた。


「さて……うまく部屋から脱出できたのはいいけれど、出口はどこなのかしら……」


 長い廊下を歩きながら、理恵がそう呟く。


 璃々に転移能力でこの場所へと連れてこられた理恵は、建物の内部を全く知らない。しかも、城の中はかなり入り組んだ構造をしており、そう簡単には出られそうもなかった。


 このままでは、すぐにまた捕まってしまうのでは――、理恵がそう不安になり始めた時、その声は聞こえた。


「おおっ――理恵殿ではありませんかっ! まさかこのような所で会えるとは――」


 声は、廊下の先から聞こえてくる。だが、理恵がいくら眼を凝らそうとも、廊下の先には誰の姿も見えなかった。ただ、何かが近づいてくるような不気味な音が廊下に響きわたっていた。


「えっ――なに? 誰なの?」


 理恵はもう敵に見つかったのかと身構えながら、声の主に問う。


 そんな理恵に対し、声はふと何かに気付いたように、


「おや、此れはしたり――申し訳ありませぬ。姿を消したままでは見えぬのも当然でしたな」


 そう言って理恵に謝ると、その姿をようやく見せた。


 何もなかったはずの空間に、いきなり絵具で色を付けたようにそれは突然現れた。


 現れたのは、黒と白の模様をした柴犬だった。


 キリッとした眼を理恵に向けるその柴犬は、左右の前足の部分に長い刀のようなものを装着しており、一見すれば飼い主に変な物を付けられた可哀想な犬に見えた。


 だが、その犬こそが夢依の魔具の一つである、『一刀』の真の姿なのであった。魔具は主を離れて移動するとき、動物の姿にその身を変えることが出来るのである。


 その一刀の姿を知っている理恵は、ホッと安心した様子を見せてから一刀に話しかける。


「貴方は――確か夢依の……一刀さんだったかしら? 貴方がここに居るってことは――」


「御意にございます。主人共々貴女を助けに参ったのですが、訳あって自分一人で救出しに参った次第で……」


 一刀は、申し訳なさそうにその頭を垂れる。


 見た目は愛らしい犬そのものの姿で、そういう動作をすると、ただの可愛らしい犬にしか見えない。


 しかし、理恵はそんな一刀に対し、笑うでもなく小馬鹿にするでもなく、真摯な態度で接し、


「そう――だったら速く夢依の所へ行かなきゃいけないわね。貴方が居ないってことは夢依は武器が無いってことだから」


 冷静にそんな判断をした。


 一刀は理恵の言葉に神妙そうな顔をしながら頷き、


「うむ……ですがその前に、これを理恵殿にお渡ししておかねば」


 提げていた刀に挟んであった白い包みを咥えて、理恵に差し出す。


 その白い包みは、この城に来る前に零司から夢依に託されたものであった。


 そして、どうやらその包みは、本当は理恵のものだったらしく、


「これは、お婆ちゃんの……うん、そうね。ありがとう一刀さん」


 理恵は一刀に礼を言いながら、その白い包みを受け取った。


「礼には及びませぬ。これも主人からの命の一つですから……」


「それでも、感謝しているわ。さ…て――それじゃ一刀さん、すぐに夢依の所へ連れて行ってくれないかしら?」


 夢依の元へと一刀を返す為に、張り切って理恵はそう言うが、


「そうですな――ですが、すぐに行くことは出来ないかもしれません」


 その提案は、急に辺りを警戒し始めた一刀によって却下される。


 一刀は、その犬歯を剥き出しにしながら、辺りを威嚇するように見廻していた。


 それはつまり、今この場所が危険だと判断するような何かがここに現れたということだった。


「それってどういう――っ!?」


 言いながら、異常事態を察知した理恵は、自らの前方に誰かが立っていることに気付いた。


「――見つけましたよ理恵さん。こんなところに居たんですね」


 そう言いながら現れたのは、理恵の捜索を命じられていた璃々であった。


「璃々ちゃん………」


 理恵はそう言って身構えながら、璃々と対峙する。


「これほど早く追手に見つかるとは――攻撃しますか? 理恵殿?」


 左右に付けた刀の柄を咥えながら、一刀が静かに理恵に問う。


 しかし、理恵はその申し出に対し、一度首を振ってから、


「いえ……いいわ。私はこの子にちょっと聞きたいことがあるから――。一刀さんは夢依を助けに行って頂戴」


 この期におよんでまだ璃々を説得するつもりなのか、静かな口調でそう言った。


 そんな理恵に対し一刀は、


「ならば自分もここに残りましょう。理恵殿をお守りするのも命ですから」


 よほど自らの主を信用しているのか、主の危機よりも、理恵の危機を守ることにした。


 理恵はそんな真面目な一刀に、そう――、とだけ頷くと、本題へと戻るように璃々に話しかける。


「――璃々ちゃん。貴女は私を連れ戻しにきたのかしら?」


 理恵の問いに返ってきたのは意外な言葉だった。


「いいえ……違います。どちらかと言えば時間稼ぎですね」


「時間稼ぎ? どういうことかしら?」


 璃々の意図が分からない理恵がそう聞き返すと、


「わたしは……可能性に賭けているんです。ブライト様と夢依さん。一体どっちの主張が正しいのか…その二つの可能性を……」


 璃々は迷うような口調で、慎重に言葉を選ぶようにそう言った。


 理恵は、それだけで璃々が何を考えているのか察したのか、


「なるほど……ということは、今二人は戦っているのね? そして貴女はどちらの側に付くのかを迷っている」


 璃々の確信を突くようにそう言った。


 つまり、璃々は理恵をここで足止めすることによって、一刀が夢依の元へと行くのを防いでいるのであった。もちろん、一刀が理恵を守る為にその場に残ることを見越しての判断である。


「さすがですね。わたしなんかの心はお見通しということですか……ですが、どちらの側に付くのかを迷っているわけではありません。わたしはあくまでブライト様の忠実な下僕ですから……」


 璃々はどこか自分を卑下するように、投げやりな口調でそう言った。


 理恵はそんな璃々が見ていられないというように、悲しそうな顔をしながら璃々に問う。


「貴女は……どうしてそこまであの男に従うの? 何か弱みでも握られているの?」


 璃々はそう言った理恵をどこか遠い所を見るような眼差しで見つめると、静かにその理由を語り始める。


「わたしは……むかしブライト様に命を救っていただきました。そして、今のブライト様からは想像も出来ないでしょうが、あの方はとても心優しく、純粋な方なのです。だからこそ、闇に染まりやすく敵も多い。わたしが傍を離れたら、きっとあの方はもっと壊れてしまう。だから、あの方の敵になるなんて、そんなことはわたしには出来ません」


 夢にすら見た過去の情景を思い出しながら、璃々は自らがブライトメアに従う理由を語る。


「そう……でもそうだとしたら璃々ちゃん。どうして貴女は彼の思惑とは違う行動を取っているのかしら? 私が部屋を脱出しようとした時、どうしてだか部屋に『鍵が掛かっていなかった』わ。監視カメラがある部屋で、鍵を掛け忘れるなんてことがあるはずがない――最初は罠だと思ったけど、今思えばあれは貴女がしたことなんだと私は思っているわ」


 璃々の抱えている矛盾を突くように、理恵は自分の考えを璃々へとぶつける。


 一刀が助けに来る前に理恵が部屋を脱出していたのは、そういう理由があったからなのであった。


 そうした矛盾点を突かれた璃々は、苦笑しながら理恵を羨むような口調で、


「当たりです。夢依さんの言っていた通り、驚くほど冷静なんですね。理恵さんは……」


「茶化さないでちょうだい。私は貴女の本心が聞きたいだけ……別に貴女を咎めようとしているわけじゃないわ」


 顔をしかめながら言う理恵は、どこか璃々に懇願するような口調だった。


 おそらく理恵は、本心から璃々のことを心配しているのだろう。だからこそ、璃々の本心が知りたい。それを知って、彼女がどうしたいのかを見極めたいのである。


「………」


 璃々はそんな理恵の真摯な態度に感化されたのか、それとも何か別の思惑があってのことなのかは分からないが、誰にも語ったことの無いその本心を語り始める。


「理恵さん……こんなことをわたしが言うのはおかしいと思うかも知れませんけど、わたしは……ブライト様の計画が失敗すればいいと思っているんですよ」


 その衝撃的な本心に、理恵は眼を見張るようにして璃々を見た。


 璃々は自分の考えたことに後ろめたさを感じるように虚空を見つめて、悲しそうに顔を歪めながら言葉を続ける。


「わたしはブライト様の味方ではありますが、ブライト様が全て正しいと思ってるわけじゃありません。出来ることなら、計画が失敗に終わって、また二人で穏やかな生活を送りたいなって……でも、そんなのワガママですよね。おかしいですよね」


 そう言って今にも泣き出しそうな顔で笑う璃々に対し、理恵は何も言うことが出来なかった。


「………」


 それは、彼女自身がそこまで誰かを想ったことが無いからであり、いかに冷静で頭が回る理恵でも、その答えを導き出すことは出来ないということだった。


 璃々はそんな理恵に最初から答えなど求めていなかったというように、静かに言葉を続ける。


「自分でも……分かってはいるんです。自分の行動が矛盾しているってことは……でも、それでもわたしはどちらの側に行くことも出来ないんです。だから――理恵さんに一つだけお願いをしても構わないでしょうか?」


 理恵はそう言って懇願する璃々に、先ほどの沈黙を詫びるように聞く。


「お願い? それはどんなお願いなの?」


 もちろん、内容次第では引き受けるつもりは無い。


 だが、悩みを抱える璃々に、なにかをしてやりたいと思っているのは確かだった。


「大丈夫です。多分貴女にとっては損ではないことですから……」


 璃々はそう前置きをしてから、理恵へのお願いの内容を話す。


「――これから貴女にこの城から脱出する方法をお教えします。ただし、もしあの二人の決着がついていて、どちらが勝っていたとしても、夢依さんを連れてこの城を出て行ってくださいませんか? もちろんブライト様が勝っていた場合はわたしが隙を作るので、その隙に……ということになりますが……」


「それは……どちらにしろ、ブライトメアに手出しはするな……ということかしら?」


 理恵の質問に、璃々はコクリと頷きながら、


「これが自分勝手でワガママなお願いだっていうことは分かっています。けれど、もうわたしにはこれぐらいしか事態を終わらせることが思いつかなくて……」


 考えの足りない自らを恥じるように、璃々は俯きながらそう言った。


 璃々の提案は、確かに理恵にとってはそう損があることではなかった。もちろん、それが全て上手くいくとは限らない。土壇場で璃々が裏切る可能性もある。だが、二人の戦いをなんとかして止めたい璃々のことを信じるなら、それが最善の解決法なのだと理恵は思った。


「……私だって、むやみに誰かを傷つけたいわけじゃないわ。けれど、さっきの条件には無いことが一つ気にかかるわね。――もし二人の決着が付いていなかった場合は、どうすればいいのかしら?」


 理恵の質問に、璃々は真剣な口調になって答える。


「その時は――決着が付くまで戦うまでです。理恵さんは夢依さんの味方として、わたしはブライト様の味方として……」


 そう語る璃々の眼は、たとえ理恵と自分が戦うことになっても、それでも全てを守りたいのだという意志を感じさせた。


 そんな璃々の尋常ならざる覚悟を知り、理恵は自身も覚悟を決めることにする。


「……そうね、分かったわ。そのお願い、引き受けさせてもらうわね。でも……そう上手くいくのかどうかは保証出来ないけど、それでもいいかしら?」


 理恵のその言葉に、璃々は一度信じられないというような顔を見せ、すぐにその表情を真剣なものへと変え、


「はい……これはもともとわたしの勝手なお願いですから――」


 そう言って、理恵に城の脱出方法を教える為に、ゆっくりと近づいてゆく。


 こうして、璃々と理恵の間に、内密の約束が交わされることになるのであった。




 璃々と理恵が話しているその時、ブライトメアが操る魔獣相手に夢依は苦戦を強いられていた。


 相手は触れれば石化してしまうブレスを吐くことが出来るコカトリス。しかも一刀が居ない状態なので、夢依は相手に攻撃することも出来ない。


「どうした――防戦一方では勝てる戦いにも勝てんぞ? それとも――武器を使いたくても使えぬのかな?」


 攻撃を避けてばかりでいる夢依を見て、ブライトメアは夢依が武器を使えないことを察知したようだった。


 そして、コカトリスに対して防御を無視した攻撃命令を送り、攻撃はさらに苛烈を極めた。


 コカトリスは基本は鳥なので、クチバシで突いてくるか、足で踏みつぶそうとするかの二種類の攻撃しかないはずなのだが、直線的に攻撃を避けてしまうと、石化ブレスで遠距離から攻撃されてしまうので、避ける方向を常に意識しなければならない。


 そんなコカトリスの一撃を風迅で避けながら、夢依は苦言を吐く。


「くッ――どうすりゃいいのよコレ……そうだ、この前のライオンみたいに口を塞いじゃえば――」


 夢依のその考えは、あっさりと鋼玉に否定される。


「無理じゃの……アレは当たっても問題の無い炎じゃから上手くいったようなものじゃ。今回の相手ではそれはちとリスクが高すぎる」


「ダメか……くっそー……結局、一刀が帰ってくるまで時間稼ぎするしかないってことか」


 話し込む夢依達を尻目に、コカトリスが矢継ぎ早に攻撃を仕掛けてきた。


 クチバシを地面に突き刺す勢いで連続で突き立て、さらには羽を大きく広げて夢依の進路を妨害する。


「わっ! わっ!? 危ないってっ!」


 後ろに後退しながらなんとかその攻撃を避ける夢依。


 だが、後ろに逃げさせることこそが、コカトリスの本当の狙いであった。


 コカトリスは後ろに下がった夢依に向かって、煙に似た石化ブレスを放射する。


 ブレスは消火器のようなスピードで噴き出し、床を高速で石化させながら夢依に迫る。


「――っ!?」


 ブレスのスピードが速く、普通に避けるのでは避けきれないと判断した夢依は、風迅を『ジェットモード』に切り替える。


 間一髪で右に跳んだ夢依の背後を石化ブレスが風のように通り過ぎ、夢依の居た場所を石へと変える。


「ひゃー……さっきのは危なかった………」


 冷や汗を掻きながら、夢依は石化した床を凝視する。あと少し遅れていたら自分も石になっていた――。そう考えるとにわかに恐怖心を覚えるが、その恐怖を夢依は頭を振って追い出した。


 一方、その攻撃で仕留められると思っていたブライトメアは、不満そうに声を漏らす。


「ふむ……やはり一匹では仕留めきれんか………ならば――」


 そして、ブライトメアは腕を真上に上げ、コカトリスの時と同じように指をパチンと鳴らす。


「ちょ――まさかもう一匹出してくるつもりっ!?」


 その夢依の推測は当たり、暗くて天井が見えない上から、もう一匹の魔獣が現れる。


 それは――蛇に似た長い尻尾を持つ巨大なトカゲであった。だが、その足は6本もあり、そのトカゲが只の動物ではないことを表していた。


 不気味な灰色の体色をしたそのトカゲの名は『バジリスク』。見たものを石化させると云われる魔獣である。しかし、石化を司るはずのその双眸は硬く閉ざされており、その能力の片鱗を見ることは出来なかった。


「情報通りならば、あれが図書館で盗まれた最後の魔獣『バジリスク』じゃな。今は閉じておるが、奴の眼には気をつけねばイカンの……」


「うわ……またエゲツないのが出てきたなぁ……っていうかこの状況、マズイんじゃない?」


「だ、大丈夫だって、こんなやつらの攻撃なんかが、オ、オイラに当たるわけないじゃん」


 そう強がる風迅だが、内心は焦っているのか、声がわずかにかすれていた。


 そして、その夢依達の会話に反応したのか、バジリスクが動き出す。


 バジリスクは、眼を瞑ったままであるにも関わらず、夢依が居る方向に正確に首を向けた。それは、眼が見えているわけではなく、温度や音を感知する器官が発達しているからこその芸当であった。


「わっ! こっち見たッ!?」


 その行動に何か嫌な予感がした夢依は、反射的にその場から飛び退く。


 すると、閉ざされていたバジリスクの眼がカッと見開き、その眼から赤い怪光線を放った。


 光線はコカトリスの石化ブレスよりも数段速く、光に近いスピードで一瞬にして石の道を作り上げる。それは範囲こそ石化ブレスに負けるが、一人を狙うのならばこれほど効果的な攻撃は無いと思われるほどの攻撃だった。


「う……わぁ……あれじゃ攻撃見てから避けるのはほぼ不可能じゃん……」


「予備動作を見逃さぬようにせんとな……いざとなれば妾が防ぐが、それも一度きりじゃ――」


 とはいえ、二匹を同時に相手する中で、相手の様子をじっくり見ている暇はない。


 二人が話をしている間に、いつの間にか背後に回っていたコカトリスが夢依を襲撃する。


 体ごと叩きつけるような体当たりで夢依に迫り、コカトリスに注意を向けていなかった夢依はそれをモロに受けてしまう。


「――ぎゃッ!?」


 なんとか被弾寸前に鋼玉でガードはしたが、着地に失敗して数メートルほど地面を転がってしまう。


 そして、顔を上げた夢依が見たのは、クチバシで追撃しようと迫るコカトリスの姿だった。


 態勢を崩した状態でその攻撃を避けることは不可能と判断した夢依は、その攻撃を鋼玉で受け止める。鉄の塊にむかって攻撃しているも同然であるのに、コカトリスはそのクチバシを全力で叩きつけてくる。ガンガンと鉄がハンマーで叩かれるような音と、叩かれた衝撃が鋼玉から夢依に伝わる。


「……っ………でも、これぐらいならまだ耐えられる――」


 そう見切りをつけ、攻撃が止んだ瞬間を狙って夢依は逃げようとしたが、


「姉ちゃん――後ろっ――!」


「えっ!?」


 振り向くと同時に、夢依は何かが空を切るブンッという音を聞いた。


 そして、それがなんなのか認識する前に――夢依の体は衝撃で吹き飛ばされていた。


 それは、バジリスクの尻尾での攻撃だった。コカトリスに気を取られている間に背後を取られていたのである。


 その上、コカトリスの攻撃を鋼玉で受けていたので、鋼玉でガードが出来なかった。


 攻撃をモロに受けた夢依は、ゴロゴロと跳ねるように地面を転がり、隆起していた石の床に当たってようやく止まる。


「うぐッ――あっ……ぁ……」


 幸いにも当たりどころが良かったのか、どこの骨も損傷してはいないようだったが、衝撃と痛みで夢依はまったく動けない。なによりも、一体何に攻撃されたのか分からない夢依は、軽い混乱状態に陥っていた。


「な……に……?」


 呻くように夢依が聞くと、風迅が焦った口調で夢依に教える。


「バジリスクの攻撃だよっ! アイツがいつのまにか後ろに居て、それで尻尾でやられたんだっ!」


「片方に気を取られている間に、別の魔物が攻撃してくる……ただでさえ二対一で不利だというのに連携まで取られては――」


 いつもは冷静な鋼玉も、この事態に焦っているのか弱気な発言をしてしまう。


 だが、その中で一番冷静だったのは、ダメージを喰らったはずの夢依だった。


「大丈夫、げほっ……まだあたしたちは負けたワケじゃないじゃん。あたしは最後の最後まで諦めないよ……」


 少し咳き込みながらも、夢依の眼からはまだ闘志が消えていなかった。


「でも――今の状態じゃもう『ハイスピードモード』で動き回るのはムリだよ………」


 すっかり弱気になった風迅に対して、夢依は励ますように言う。


「一回でいいよ……一回『ジェットモード』が使えりゃいい………あと鋼玉、あたしの思い浮かべたイメージ通りの姿になれる?」


 夢依がイメージを鋼玉に送ると、鋼玉は驚いたような口調で、


「――っ! なるほど……可能じゃ………じゃが、その後のことをお主考えておるのか?」


「いーや、全然? あとは、なるようにしかならないっしょ……」


 体中が痛みで悲鳴を上げていたが、夢依はぐっと力を込めて立ち上がる。その強気な眼で見る先には、コカトリスが一匹で夢依に向かって迫ってくる姿が見えた。


 夢依を追い詰めた余裕からなのか、それとも一度使うとしばらくは石化光線が使えないのか、バジリスクは様子を見るように顔だけを夢依に向けている。


 コカトリスのほうは、必ず当たる距離でないとブレスを使うつもりが無いのか、翼を広げてゆっくりと夢依に迫る。


 ゆっくりと近づいてくるのは、夢依に対して威圧感を与えるためなのか、それとも最早絶対に勝利できると確信しているからなのか分からなかったが、それは夢依にとってチャンスであった。


「そうだ……もっと近づいて来い……あたしとアンタ、どっちが速いか勝負だ……」


 それは、一つの賭けであった。一つタイミングを間違えれば、自分が石化ブレスをまともに受けることになる危険な賭け――。そういう攻撃を今から夢依はしようとしているのであった。


 だが、それを敢行しようとしている夢依の眼には迷いが一切無かった。それは、自分の攻撃が絶対に成功すると思っているからではなく、その一瞬に全てを掛けているからこその迷いの無さだった。


 威嚇するように羽を広げ、ゆっくりと近づいてきていたコカトリスは、ついにその足を止め、必殺のブレスを放とうと、首に力を込める。


 そして――、ほぼ同時に両者は攻撃を開始した。


 『ジェットモード』を起動させた夢依は、少しだけ体を低くさせながら、前方に向かって跳んだ。


 同じく、コカトリスは前方に石化ブレスを放つ。ブレスは、ゆっくりと放射状に広がり、上から見れば完全に夢依の体を包んだように見えた。


 だが、実際には高低差の関係で、ブレスはまだ夢依の体に届いていなかった。


 ブレスを避けるように体を低くして高速で移動しながら――夢依は鋼玉を望んだ形に変化させる。ただし、それはいつもの盾の形ではなく、前方に鋭い棘状のスパイクを何本も生やせた、剣山のような形だった。


 それは鉄製の槍を何本も持って突撃することと同義であり、当たれば大ダメージを与えられるが、外れれば自分も石化してしまうというハイリスクな突貫だ。


 しかし、いくらジェットモードで加速しているとはいえ、コカトリスにたどり着くまでに石化ブレスに触れずに行くことは不可能であり、鉄の槍は先端から石へと変わってゆく。


 石化ブレスは夢依の体にも少し当たり、後ろ髪をわずかに石に変えながらも夢依は愚直に直進を続け――ついにその槍の穂先がコカトリスの胴体に突き刺さった。


「――グエエエエエエエエエエッ!」


 攻撃に対して無防備だった上に、風迅の加速が加わった鉄の槍の威力は絶大で、コカトリスは悲鳴を上げながらその場に倒れる。


「……はぁ……はぁ………コレって、もう一回同じことやりゃ倒せるかな………」


 そう軽口を叩く夢依は、攻撃こそ成功したが、満身創痍で立っているのがやっとという風に見えた。


 その上背中の一部と後ろの髪の毛が石化しており、もはや次の攻撃など不可能だということは誰の目から見ても明らかだった。


「……ッ! ああクソ……痛ったいな……」


 少し体を動かすだけで石化した部分に筋肉が引っ張られ、鋭い痛みが走る。


「……ふむ――なるほどたいした度胸だな。あんな賭けに近い攻撃をするとは……だが、足掻きもこれでおしまいだ――」


 遠くで夢依の様子を観察していたブライトメアが、容赦なく次の指示を魔獣に与える。


 ――棒立ちだった夢依の体に、バジリスクの長い蛇のような尻尾が巻き付いた。尻尾は夢依の体を這うようにうねりながら、絶対に動けないようにじわじわと夢依を拘束してゆく。


「――くぅ…ッ!」


 夢依はそれに対して抵抗も出来ずに、ただ唸り声を上げることしか出来なかった。


 もはや集中力も途切れたのか、鋼玉はただのブレスレットに変化し、風迅もスニーカーに戻っていた。


「ええいっ主を離さぬかっ! このトカゲめっ!」


「そうだそうだっ! いちいちやるコトがやらしいんだよお前――」


 魔具達の抗議の声を無視するように、ブライトメアは勝ち誇った顔で夢依に話しかける。


「さて、もはや敗色濃厚な状態だな――どうする? 今なら降伏を認め、傷を治してやるぞ?それとも、頭を残してほぼ全身を石に変えられたいか? 私はどちらでもかまわんぞ?」


 そう言いながら、ブライトメアは、いまだ痛みでのたうち回っているコカトリスに、立ち上がるよう指示を与える。


 フラフラと多少おぼつかない足取りでコカトリスは指示通り立ち上がり、受けたダメージを我慢しながらも、ブライトメアの隣に移動した。


 夢依は、そんな痛々しい様子のコカトリスを一度ちらりと見てから、ブライトメアに向かって言葉をぶつける。


「……ハッ! なに勝ったつもりで上から目線で話しかけてきてんだよ。あたしはまだアンタなんかに負けちゃいない――」


 もう体力も気力もほとんど無いはずだというのに、夢依のその眼にはまだ闘志が宿っていた。


 そのあまりにも強い意志を感じながら、ブライトメアはうんざりといった様子で言う。


「ほう――この絶望的ともいえるこの状況で、まだそんな減らず口が叩けるとはな……いいだろう、ならば君の望みの『敗北』を与えようではないか」


 そう言って、ブライトメアは隣に立っているコカトリスに石化ブレスの指示を与える。


 まだダメージの余波が残っているコカトリスだったが、気丈にも指示通りに石化ブレスの準備を始める。


 操られている魔獣なのだから、絶対服従は当たり前のことなのだが、夢依の眼にはそれが酷く滑稽に見えた。だが、いくらそう見えたところで、夢依が絶体絶命な状況に追い込まれていることには変わらない。体はバジリスクに拘束されている上に、もはや風迅でも鋼玉でも攻撃を防ぐ手立てはない。


 だが、そんな状況だというのに、夢依は眼の前の魔物をまったく恐れておらず、その口元には笑みさえ浮かべていた。


「――っ? なにを笑っている? 恐怖で気でも違ったか?」


 奇妙な夢依の状態に、ブライトメアは怪訝な様子で問う。


「いーや、そういうわけじゃないよ……ただ、あたしは仲間に恵まれてるなって思っただけ。ま、璃々ちゃんや魔獣をこんな風に、手下みたいに扱ってるアンタにゃ一生わかんないだろーけどね」


 そう言って夢依はブライトメアに向かってベーッと舌を出した。


 その子供じみた挑発行為ではなく、彼女自身の言葉に違和感を覚えたブライトメアは、困惑しながらも夢依の強気な言葉の意味を考える。


「……どういうことだ……――まさかっ!?」


 ブライトメアがその可能性に至った時、既に夢依は動き出していた。


「今さら気付いてももう遅いよ――行くよ一刀ッ!」


「応ッ!」


 夢依の掛け声と共に、一刀の見えない刃がバジリスクの尻尾を切り裂き、ブレスを吐こうとしていたコカトリスの顔が跳ね上げられた。


「――遅れて申し訳ございませぬ――ですが、理恵殿はしっかりと見つけてきましたぞ――」


「うん、なら良し――っていうかベストタイミングだったよ一刀っ!」


 着地すると同時に風迅で遠くに移動しながら、満面の笑みを浮かべる夢依。


 鋼玉と風迅を発動させていなかったのは、脱出するときのためにスタミナを回復させるためであり、先ほどの夢依の余裕の笑みは、近づいてくる一刀の気配を感じていたからこそだったのであった。


 一方、夢依がバジリスクから離れてゆく様子を、ブライトメアの視界に入らない影で見つめる二人の姿があった。


「なんとか……間に合ったみたいね……もうすぐ決着が付きそうだったけど、手を出したのは私じゃないから、いいわよね璃々ちゃん?」


 そう言って隣の少女に笑いかけるのは、理恵だった。


「……ええ、構いません。ですが……これからはあなたとわたしは敵同士です。もうこのような手心を加えることはないのでご注意ください――」


 理恵をここまで送ってきた璃々は、そう念を押すように厳しく言うと、ブライトメアの元へ行くために転移能力を使い、その場から一瞬で居なくなった。


 後に残された理恵は、一刀から渡された白い包みをじっと見つめながら、


「……そうね。私もいつまでも囚われのヒロインをやっている場合じゃないわね。今回は手を貸してくれるわよね、お婆ちゃん――」


 それはどこか、誰かにお願いをする時のような口調だったが、それに答えるものは誰も居なかった。




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