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オーバードリーム  作者: 左ノ右
第一章 
6/14

1-5 囚われた少女

 理恵が璃々に誘拐されてから数時間後。――理恵は、小綺麗な小部屋の中にたった一人で寝かされていた。


「ん……ぅ……」


 眠っていた理恵だったが、しばらく時が過ぎると、まるで誰かに起こされたかのようにパッチリと眼を開けた。


「昔から……寝起きはいいほうなのよね……」


 そう言いながら理恵はその部屋の観察を始める。


 部屋はまるで来客用に整えられたようにきちんと掃除がなされており、ホコリ一つ落ちていない。


 内装はモダンで落ち着いた白い壁紙で覆われており、各所に為された装飾が少し高級感を出している。


 ゆったりとしたソファや、豪華なテーブルも置かれており、テーブルには菓子やお茶が用意されていた。


 そこは、まるでこの部屋でゆっくりしていってくれと言われているような、そんな雰囲気がする部屋だった。


 理恵は寝かされていたソファから身を起こしながら、独り言のように呟く。


「ここは………」


 そう言いつつも、その場所がどこかということより、何故自分はこの場所に居るのかを理恵は考える。


 少しだけグラつく脳裏に浮かぶのは、フィルムのように断片的な景色の一部と、そして最後に自分が居た路地裏の光景。


「そうだわ……私は璃々ちゃんの能力でこの場所に転移させられたのね……」


 そう手早く状況分析を済ますと、今度はどうして自分がこの場所に転移されたのかを考える。


(状況的に考えて、璃々ちゃんの相談の為にここへ連れてこられた……というわけではなさそうね。まず第一に璃々ちゃんがこの場所に居ないというのも不自然だし、そもそも最後の璃々ちゃんの様子からして、まともな理由でここに連れられた訳ではなさそうだわ……ということは、私は誘拐されたということかしら?)


 そう冷静に自分の状況を判断したところで、背後にあったドアが開かれる音を理恵は聞いた。


 首を動かして後ろを見ると、そこには長身の銀髪の男と、伏せ目がちに顔を背けている璃々が立っていた。


 理恵が無言でその二人を出迎えていると、長身の男がいきなり、


「部屋の内装は気に入って頂けたかな? 『鷲崎(わしざき)理恵(りえ)』さん」


 そう理恵に親しげな口調で話しかけてきた。


「………」


 自分の名字とは違うはずの名を聞いて、理恵はその名前を否定せずに、無言のまま男を睨みつけると、やや間を置いてから、ゆっくりとソファから立ち上がって答えを返した。


「どうやら、貴方が私を誘拐した犯人………というワケね」


 それは、相手の物腰や態度から判断したに過ぎないが、男は理恵の言葉をあっさりと認める。


「おやおや、随分と状況を判断するのが迅速なようだな。どうやら君は頭の回転がとても早いようだ」


 大仰に手を挙げて理恵を賛美する男の様子は、理恵から見て少しキザったらしく思えた。


「そうでもないわ。冷静に自分が置かれている状況を考えれば、誰だって思いつくことよ。それより、貴方の目的はなんなのかしら? 私の『もう一つの名字』を知っているということは、私がどういう立場の人間かは分かっているようだけれど……」


「ああ、だが私だけ君の名前を知っているのは、不公平だな――まず名乗っておこうか、私の名はブライトメア。そして、隣にいる娘は君も知っての通り、璃々だ。私の忠実なる同士だよ」


 ブライトメアは、そう言って伏せ目がちに隣に立っている璃々を紹介する。


「………」


 璃々は、まるで悪いことを叱られた子供のように、無言でバツが悪そうに顔を背けたまま一礼をした。


「悪いが君のことは少し調べさせてもらったよ。水原は父方の姓で君の本当の名字は鷲崎だな。どうして名字を変える必要があるのか――それは君が有名な極道の人間だと知られない為だったかな?」


「そう――私は、鷲崎組の一人娘。貴方はそれを知って私を誘拐したのかしら?」


 『鷲崎組』とは、『ユグドラシル』創設に多大な貢献をした人物『鷲崎(わしざき)鷹子(たかこ)』が創設した反社会的組織のことである。


 反社会的組織といっても、その行動内容は主に法を犯した者たちの抑制であり、法律だけでは制しきれないIEMの裏の意味での抑止力となっているのだが、一般的にはただの暴力組織という形で知られている。


 その権力は絶大で、その名を出すだけで警察組織ですら抑えることが出来ると言われており、ゆえにその名前を知られ、あまつさえ誘拐されているこの危険な状況で、理恵がその可能性を確認するのは当然のことであった。


 ブライトメアと名乗った男は、理恵のその考えを見抜いているのか、それともいないのか分からない曖昧な言葉を返す。


「ふむ、まぁこちらとしては君がヤクザの娘だろうがなんだろうが、知ったことではないのだがね。利用できるから誘拐した、ただそれだけのことだ」


 その言葉だけを取れば、男は鷲崎組の名前の真の意味を知らない。――といった意味にも取れるが、理恵は一応念押ししておく。


「――ということは、貴方は組の事とは関係無く、私という存在を別の意味で利用するために私を誘拐したと。つまり、貴方は別に私の組の敵対組織でもなんでもないのね?」


 その言葉は、相手の目的が組のことに関係していないのか、本当の意味で確認する為の誘導的な意味合いを持つ言葉であり、帰ってきた相手の言葉や態度によって、それが真実であるか否かを見定めるつもりなのであった。


「敵対組織? 何のことかは知らんが、君という存在を利用するという点はその通りだ、やはり理解が早いな。では話を続けるとしようか――私が君を誘拐した目的、それは君の家柄などではなく、むしろ友人の方にある」


 帰ってきた言葉は理恵の予想とは反し、組との関連性をキッパリと否定した上で、自らの目的をあっさりと白状するというものだった。


「友人……?」


 予想と違う答えに対し、理恵は混乱しながらそう呟いた。


「ああ……それだけでは分からないかな? あの素晴らしき力を有している君の友人、『篠森夢依』のことだ――」


 突然出てきた友の名に、混乱していた理恵は一瞬だけ考えることを止めて、直感的に言葉を返してしまう。


「……っ! 貴方、まさか夢依の力のことを――」


 言ってから、ハッと口を紡ぐように口を塞ぐが、既に時は遅く、僅かに口元を緩ませながらブライトメアは言う。


「ああ、知っている。その反応からして、君も彼女の『価値』を知っているようだな。つまりそれだけの間柄というわけだ。人質としてはもってこいの人材だな」


 その言葉で、先ほどの自分の言葉は失言だったと理恵は確信した。


 ブライトメアがいま理恵と会話をしている理由は、理恵が篠森夢依の関係者であることを明白にする為であり、組のことばかりを考えていた理恵は、まんまとその誘導尋問に引っ掛かってしまった、ということであった。


 理恵は自らの失態を恥じると同時に、なんとかこの状況を打破しようと冷静に頭を巡らせ、言葉を紡ぐ。


「……私を人質にする――ということは別にもうなんとも思わないわ。私はそういう人達を大勢知っているし、実際に何度か捕まったこともある。けれど、貴方少し迂闊なんじゃないかしら? ここは数多くのIEMが存在する街よ? 貴方は私自身が強力なIEM能力を持っているということを考慮しているのかしら?」


 それは、半分以上が嘘の誇張した言葉であったが、ブライトメアはそのような簡単な嘘が通用する相手ではなかった。


「私にハッタリは通用せんよ。確か――君の能力は物質を介して霊体を自分自身に憑依させるというものだったな。残念ながらここにはそういう類のものは存在しないし、君自身が不審なものを持っていないかは事前に璃々に調べさせている。つまり、今の君は少し頭が回るだけの無力な女子学生にしか過ぎないということだ」


 能力も封じられ、嘘も通用しないとなれば、もう理恵にはどうすることも出来なかった。


 仕方が無いので、理恵はこれ以上策を弄することを止め、率直に聞いてみる。


「……貴方は何が目的なの? 夢依の力をどうするつもり?」


 しかし、ブライトメアはそれには答えずに、


「私の目的を君に話しても構わないが、おそらく君には理解されないだろうからな。止めておくことにするよ。君は時が来れば解放する。それまでその部屋で大人しくしていてくれ。何か必要なものがあれば璃々に言ってくれたまえ。――では、これにて私は失礼するよ」


 それだけ言うと、ブライトメアは唯一の入り口であるドアを開けて、あっさりと部屋から出て行ってしまった。


 それは、もうすでに理恵と接触する理由は無いということを暗に表していた。


「………」


 理恵は、しばらくブライトメアが出て行った扉を睨みつけていたが、やがて疲れたのか、


「ふぅ……しかし、驚いたわね。まさかこんなことになるとは思っていなかったわ。最近こういうことがなかったから……油断していたのかしらね……」


 そう言いながら、ソファにぐったりと座り込んでしまう。


 勝手に自分の組のことだと勘違いした上に、貴重な情報を敵に与えてしまった。


 理恵は、そんな自分を恥じるようにテーブルに膝をついて頭を抱える。


 だが、その動作はどこかリラックスしているようにも見えた。


 誘拐されたことを恐れているようには見えない理恵に、璃々はこの部屋に入ってから初めて口をきく。


「理恵さんは、こんな状況になって、怖くは……ないんですか?」


 問われた理恵は、テーブルから膝を離し、顔を上げて璃々をまっすぐ見つめながら、


「……そうね。内心は怖くて仕方がないわ。でも怖がっていても状況は打開出来ないし、なにより、恐怖心は判断能力を著しく低下させ、相手にその感情を利用されることだってあるわ。だから、今の私は怖がらない――いえ、怖がるわけにはいかないのよ」


 真剣な表情を浮かべ、しっかりとした自分の考えを話す。


「強いんですね………理恵さんは………」


「ヤクザの娘として生まれたからには、これぐらいの強さがなきゃね。特に、私は運動面ではからっきしだから、せめて心だけは折れないように――ってね? まぁ、ただの自己満足の強がりでしかないのかもしれないけれど」


 苦笑しながらそう言う理恵に、璃々は大きく首を振って、


「そんなことは無いと思います。少なくともわたしなんかよりも全然強いです。わたしは…………ブライト様の言いなりの部下でしかないですから……」


 ひどく気落ちした、悲しそうな表情を浮かべながら、自らを卑下するように言う。


 理恵はそんな璃々に対して、穏やかな眼差しを彼女に向けると、


「……ねぇ璃々ちゃん。貴女が私達と出会って、今まで話してきたことは全部彼の命令だったのかしら? 夢依を事故から救ってくれた時……貴女は自分の危険も顧みずに行動を起こした。あんなことは、心が弱いと思っている人には出来ないことだと私は思うわ」


 璃々を励ますように、優しく諭すような口調でそう言った。


「それは……夢依さんは『計画』に必要な人ですし……それにブライト様に恩を売っておけと言われていたからで……」


 どこか、自分に言い訳をするように言う璃々に対して、


「でも、あの時貴女は自分で彼女を助けようと思って行動をした――それは間違いないでしょ? どんな理由があったにせよ、行動が出来る時点で貴女は弱くなんかない……たまたま貴女の行動が彼の命令の通りだっただけなんじゃないかしら?」


 理恵は、そう断言する。


「そう……なんでしょうか……でも、やっぱりわたしは……」


 あくまで自分を追いつめ、卑下しようとする璃々。


 そんな璃々を見て、理恵はふと何かを思いついたような表情を浮かべると、それまでの真面目なトーンとは打って変わった、どこかやる気の抜けたような声で言う。


「――はぁ、なんだか少し疲れたわね。ねぇ璃々ちゃん、こっちに来て一緒にお菓子を食べない? どうやら貴女の主人は紳士を気取ってこういうものを用意したんだろうけど……一人で食べるとつまらないのよねこういうのって」


 笑顔を浮かべる理恵の手には、テーブルの上に置いてあった菓子が握られていた。


「え……でも……わたしは、許可されていないので……」


 いきなりの理恵の行動に虚を突かれた璃々は、驚きながらも断るが、


「彼――ブライトメアは、貴女に必要なものがあれば言えと言っていたわね。なら私は一緒にお菓子を食べてくれる人が欲しいわ。それも今すぐにね」


 機転を利かせた理恵の言葉で、璃々は否定をすることが出来なくなってしまう。


「……わかりました。ならしかたないです。一緒に食べさせて頂きます。でも……本当にわたしでいいんですか? わたしは貴女を攫った張本人なのに……」


 申し訳なさそうに璃々が聞くと、理恵はそんなことはまるで気にしていないという風に、


「今は敵だの味方だのは無視して、誰かと甘いものが食べたい気分なの。――さ、食べましょ?」


 明るくそう言うと、おもむろに手に持った菓子を食べ始める。


 璃々は、そんな理恵を眼を丸くして驚いたようにしばらく見つめていたが、


「…………ありがとう、ございます」


 そう言って深々と理恵に一礼すると、自分も菓子を食べる為にソファに座った。




 翌日、理恵が誘拐されたことを知らない夢依は、いつも通りに学校に通い。


「うーん、心配だな……理恵が学校休むなんて……なにかあったのかな。家に行ってみようかな?」


 そんなことを呑気に考えながら、学校からの帰路へと就いていた。


 すると、夢依はいつも通る道路の脇に、一台のバイクが停まっているのを視認した。


 バイクには、細身だがガッシリした体格の、顔に一筋の傷の付いた恐ろしい強面の男が乗っていた。


 その男は、自分に向かって歩いてくる夢依を確認すると、バイクから勢いよく降りて、


「よっ夢依ちゃん。久しぶりだな」


 気さくな声で、夢依にそう話しかけてきた。


 そして、その男をどうやら夢依は知っていたようで、驚きながら言葉を返す。


「うん久しぶり……ってそうじゃなくて、なんで零司さんがここに? やっぱり……理恵になにかあったの?」


 後半は若干声のトーンを小さくしながら、夢依は零司と呼んだ男に聞く。


 零司は、『鷲崎組』の構成員の一人で、その腕っ節の強さを買われて切り込み隊長をやっている男である。


 また、その強面の顔に似合わない人当たりのいい男で、夢依や理恵とも仲が良い。


 だが、夢依とは滅多なことでは会わない上に、理恵が学校に来なかった状況で現れたのだから、夢依が理恵になにかがあったと推測するのは当然のことであった。


 零司は、夢依の言葉に真剣な顔になりながら同意して、辺りに他に誰も居ないことを確認してから話し出す。


「ああ………これは夢依ちゃんにだけ教えることなんだが、実は――昨日からお嬢の行方が分からない。ウチのモンにもずっと探させてるんだが、それでも見つからない」


 お嬢とは、零司が理恵を呼ぶ時に使う愛称である。


「嘘……そんな………大変じゃんっ!? 誘拐されたってこと? 誰に、なんで?」


 零司の言葉に、夢依は狼狽しながら焦った声で零司に詰め寄る。


 『ユグドラシル』は決して広い街ではない。しかも、学生の行く範囲など限られている。


 そんな状況で、鷲崎組が理恵を見つけられないとなれば、夢依が動揺するのも無理は無かった。


 零司は、夢依を落ち着かせる為に手を夢依の前で広げて、


「まずは落ち着いてくれ。まだ誘拐だって決まったわけじゃねぇ。家出ってセンもまだ消えちゃいねぇんだからな。いいか夢依ちゃん。仮に誘拐だとしても……だ。まだこっちに犯人の要求が来てねぇってのが俺は気になるんだよ」


 身内が行方不明だというのに、零司は落ち着いた様子で冷静にそう判断していた。


 職業柄、そういう荒事には慣れているのだろう、いや、だからこそ気になっているというべきだった。


「どういうことなの……」


 不安そうな顔で夢依が聞くが、零司は首を振ってから、


「詳しいことはまだ俺にも分からねぇ、でも俺がここに来た理由はそれを伝えるだけじゃねぇ、夢依ちゃんにコイツを持っていて欲しいと思ってな」


 そう言って、懐から少し細長い白い包みを取り出す。


「コレって……!」


 その包みに憶えがあるのか、夢依は驚いた顔でそれを見つめる。


「これは只の勘なんだが……夢依ちゃんならお嬢を見つけることが出来ると俺は思ってる。アンタは、どんなIEMにもない不思議な力を持ってるんだからな」


 夢依に包みを差し出しながら、零司はどこか信頼するような眼差しを夢依に向けていた。


「どんなIEMにもない不思議な力って………」


 零司の言葉に身に覚えの無い夢依は、困惑しながらも包みを受け取る。


 包みを渡して目的を果たしたからなのか、零司は夢依を安心させるように快活な笑顔を浮かべ、


「ま、俺が勝手にそう思ってるだけだから気にすんな! それじゃ、お嬢のことよろしく頼むぜ。さて、俺はもうちょっとこの辺を探し回ってみることにするかね」


 それだけ言うと、零司はバイクに跨り、あっという間に遠くに行ってしまった。


 夢依は、零司に託された白い包みを一度ギュッと握りしめると、意を決したように首をまっすぐにして。


「行かなきゃ……アイツの所に――」


 真剣な眼を虚空に向けながら、そう決意するのであった。




 IEMにはない不思議な力、それを考えて真っ先に浮かんだのは、あの夢の図書館だった。


 夢依はなるべく急いで図書館に入り、すぐさま『ドリームライブラリ』へと自身の意識を飛ばす。


「アルヴァスッ! アンタに聞きたいことが――っ!?」


 扉を勢いよく開けながら、夢依が図書館の中へと入ると、


「遅かったですね……随分前から貴女のお客が来ていますよ」


 カウンターに座ったアルヴァスが、そう言って夢依の視線を促すように手を向ける。


 夢依が促された先を見ると、置かれた本棚の影から、静々とした動作でその人物は現れた。


「――え……なんでここに居るの……ていうか、どうやって………」


 驚愕した顔をしながら、夢依はその人物を注視する。


 夢依の前に立っていたのは、璃々であった。


 しかし夢依にとって璃々は、この場所に『現れるはずの無い』人物だった。


 そもそも、彼女の『転移能力』を使ったとしても、この空間に彼女が入れるはずがないのであった。


 なぜならば、ここは現実とは違う夢の世界であり、アルヴァスが許可した人物しか入れない夢の図書館だからである。


 そんな夢依の疑問に答えたのは、その図書館の主であるアルヴァスだった。


「それは、彼女もまた夢の世界の住民だからですよ。柵に内側から鍵を掛けていても、それを飛び越えられては意味がありません。しかもどうやら、この図書館から『魔獣』を無断で持ち出していたのも彼女だったようですね」


 判っていることをありのままに語るように、アルヴァスは淡々とそう言った。


「え? それって……どういう………」


 いきなりの事実を突き付けられ、夢依は混乱するように聞き返す。


 彼女がそれを理解出来ないのも無理は無かった。


 夢依にとって、璃々はただの友達であり、今回の事件と彼女が深く関わっていることなどまったく考えもしていなかったのだから。


 璃々はそんな夢依に向かって、冷酷に、事実だけを分かりやすく伝えるように、


「わたしは、あなたの『敵』……だということです」


 ただ一言、それだけを言った。


「敵って……そんな、いきなり言われても分かんないよっ!」


 璃々の言葉の意味を頭では分かっていても、その意味を分かりたくないのか、夢依は頭を振りながらそう言い返す。


 璃々は、そんな夢依を無視するように、いつになく冷静な表情を浮かべ、


「――わたしの主の城で、理恵さんをお預かりしています。彼女に危害を加えられたくなければ、丸腰の状態で、なおかつたった一人で城においでください。集合の場所は、以前あなたが魔獣と戦った場所でかまいません」


 淡々と、まるで紙に書いてある文章を読むように、抑揚の無い無感情の声でそう言った。


 そして、自分の役目はそれで終わったのだと言うように、璃々は一礼すると、


「それでは――伝えることは伝えましたので、わたしはこれで失礼させて頂きます」


 それだけを言って、狼狽する夢依を無視するように、自らの転移能力を発動させる。


「ちょ……待って――……ああっくそっ! なんだってのよ………」


 夢依が璃々を捕まえる前に、璃々は一瞬で夢依の眼の前からかき消えてしまった。


 虚空に向かって悪態をつく夢依に向かって、アルヴァスは呆れたように、


「貴女はとても感受性が高いですが、こと状況を把握するという点においてはそれはなんの役にも立ちませんね」


 心の底から、夢依を馬鹿にするような口調でそう言った。


 その一言で、行き場の無い怒りを覚えていた夢依は、その矛先を彼へと向ける。


「はぁっ!? なにが言いたいのよアンタは。ややこしいこと言ってあたしをこれ以上混乱させないでくれるっ!?」


 よほどこの事態に混乱しているのか、夢依は今にもアルヴァスに噛みつかんばかりに激昂する。


 それを見たアルヴァスは、軽く眉根を寄せて不快感を表すと、


「苛立っているからといって、僕に当たるのは止めてくれますか? 少し冷静になれと僕は言っているんです。貴女が理解していないことは全部僕が教えてあげます。なので、とりあえず落ち着いて僕の話を聞いてください」


 憤る夢依と対照的な、嫌味なほど冷静な態度で夢依を制する。


 夢依は、どう見ても子供な彼にそう言われて、さすがにこれ以上怒るのも大人げないと思ったのか、


「……分かった。ただし、あたしが解るよーに教えなさいよ。でなきゃまたキレるからね?」


 ジト眼でアルヴァスを睨みながら、夢依が半ば脅すようにそう言うと、


「はいはい……ではまず状況の整理から行いましょうか――」


 溜息を吐きながら、アルヴァスは再びホワイトボードを呼び出し、夢依に分かりやすく説明をする為にペンを握った。



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