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オーバードリーム  作者: 左ノ右
第一章 
13/14

エピローグ

 図書館は休日の日でも開いてはいるのだが、アルバイトの日ではないので、夢依は裏口の非常口から図書館に侵入し、人知れずこっそりと仮眠室の中に入り、夢の図書館に入る為にベットに入った。


 入り口となっているそのベットを介して、夢依は夢と現実の狭間の世界へと誘われる――。


「――ちーっす……結果報告にきましたー………」


 扉とゆっくりと開けながら、夢依は『ドリームライブラリ』の中へと入って行く。


「おや……今日は随分と速かったですね。いつものように大分遅れて来るかと思っていたのですが……」


 入ってきた夢依を見て、本の整理をしていたアルヴァスが驚いたようにそう言った。


「さすがのあたしだって、昨日あんだけのコトがあったら報告しに来るつーの……ハァ………」


 溜息をつきながら言う夢依は、いつもより元気がまったく無い。


 だが、アルヴァスはそんな夢依を励ますでもなく、


「どうやら、昨晩のことがかなり心身にきているようですね。まぁ、僕からすればそんなことはどうでもいいことです。まずは傷ついた魔具と盗まれた魔獣の返却からお願い出来ますか?」


 淡々と、事務的に夢依に向かって依頼していたものを要求する。


「アンタはいつだってそうよね………はい、こっちが魔獣で、こっちが魔具、今回もボロボロにしました。スンマセンでした――」


 どこかやる気の無い態度で、夢依は本を二つと魔具を三つアルヴァスに渡す。


「――はい。確かに返却完了です。ご苦労様でした。しかし、僕自身にやる気の無い態度をするのは構わないのですが、ボロボロになるまで使われた魔具達に対して、その態度はどうなんでしょうね? まるで、自分が使ったらボロボロにするまでコキ使う――と言っているようにも聞こえますが……」


 言葉の裏の意味を無理矢理解釈したように、アルヴァスは夢依をそう皮肉ると、


「う……そうじゃないけど……ゴメン。あたしの言い方が悪かったわ……」


 以外にも、夢依は何の反論もせずに、素直に自分の非を認める。


 そのやけに素直な態度に、さすがにアルヴァスは軽く眉根を寄せて、


「今日は奇妙なほどに素直ですね。いつもの貴女なら、ここで反論の一つも飛んでくるのですが?」


 眼の前に居る人物を、なにか別の生物でも見るかのような眼差しで見ながらそう言った。


「今回は色々ありすぎて反論する気力がないだけ……それより、今回あたしが『オーバードリーム』を使っちゃったコトについて、話そうか……」


 もう話す元気も無いのか、夢依はそう言って話題を無理矢理切り替える。


「……そうですね。そうしましょうか――」


 アルヴァスもまた、これ以上そのことを追求する気が無いのか、カウンター内のスイッチを操作して、モニターのようなものを呼び出す。そして――そのモニターには、どういう仕組みか、前日の夢依が『オーバードリーム』を使っている場面が映し出されていた。


「まずは、貴女が今回使用した雷の攻撃ですが――あれは『神の雷』と呼ばれる最上位の能力です。貴女がそれを使用したことにより、その『神の雷』のIEM能力を持った人物が、そちらの世界に生まれることになります――そこまではいいですね?」


 モニター内の雷を纏っている夢依を、細長い棒で指しながら、アルヴァスは夢依に確認する。


「うん……あたしの能力はこの『ドリームライブラリ』にある『物語』の中から無作為に一つの能力を引き出す力……だもんね」


 やはり元気が無い様子で、夢依はアルヴァスの質問に答えた。


 アルヴァスは、夢依の言葉に同意しながら、彼女が言っていない『オーバードリーム』の特徴を補足する。


「ええ…引き出したその能力は一時的に貴女自身の能力となりますが、やっかいなことに、その能力使用後は貴女からその能力が抜け出し、他者に勝手に入り込んでしまうという特性を持っています――」


 そこまで言いさしたところで、アルヴァスは急に思い出したかのように、夢依に恨み事を言うような口調で責め始める。


「そういえば十年前――貴女の能力が覚醒した時に、『IEM』という名称の能力者達が世界に出現したのも、貴女のその能力の暴走が原因でしたね?」


 彼がそこまで彼女を責めるのは、別の理由もあった。それは、10年前に夢依が『オーバードリーム』によって引き出した能力は、全てこの図書館の『物語』の力だったからだ。


 そのことによって多くの『物語』を失ったアルヴァスは、その穴埋めの為に夢依を夢の図書館で働かせているのだが、今回の出来事でまた新たに一つの『物語』を失ってしまったのだから、夢依に恨み事を言いたくなるのも分からなくはない。


「う……そんときはあたし五歳だったんだからさぁ……そんなキツイ口調で言わなくてもいいじゃん……」


 嫌なことを思い出したという顔をしながら、夢依が抗議するが、


「子供の時にしでかした罪であろうと、罪は罪ですからね……残念ながらここには少年法などという都合のいい法律は無いんですよ?」


 釘を刺すようにアルヴァスはそう言ってから、


「まぁ、そのおかげで僕も退屈せずに済んでいるわけですがね……せいぜい頑張って働いてください。そちらの世界の為にも、そしてこの僕を楽しませる為にもね……」


 気軽な口調で、他人を見下すような笑顔を浮かべながらアルヴァスは言う。


 確かに、彼は夢依によって物語を多く失っているが、それは彼にとって完全にマイナスというわけではない。


 基本的にアルヴァスは物語を収集し、管理するだけの退屈な日々を送っている為か、そういった刺激を楽しんでいる節もあるのである。


「アンタさぁ……ホントーに性格悪いよね……」


 アルヴァスのそんな捻くれた態度に辟易しながら、夢依がそう言うが、


「それは、褒め言葉として受け取っておきましょう」


 アルヴァスはそれをさらりと流して、話題を別のものへと変える。


「さて――貴女が『オーバードリーム』で引き出した能力は、例によってこの図書館の物です。なので、それを無断で引き出した貴女には、本来ならばそれ相応の罰則を課さなければならないのですが――。今回に限っては、それを無しにすることにします」


 アルヴァスのその言葉は、普段の彼を知っている夢依からすれば、かなり変な言葉であった。


「はぁっ? なんでよ? 温情なんてするタチじゃないでしょ、アンタは?」


 訝しむ夢依に、アルヴァスは頷いて、


「もちろん……その通りです。今回のことを帳消しにした理由の一つは――コレですね」


 そう言ってアルヴァスは、どこからともなく一冊の本を取り出す。


「――っ! それって……もしかして………」


 その本に強烈な既視感を感じた夢依が問い詰めると、アルヴァスは夢依の考えたことを予知していたように、


「はい。今回の事件の首謀者――ブライトメアとその従者である璃々が紡ぎ出した『物語』です――貴女が彼をこの場所まで誘き寄せてくれたおかげで、コレを作ることが出来ました」


 どこか嬉しそうに本を揺らしながら、その本の説明をした。


「……つまり、アイツを生贄にしてアンタはそれを作ったってこと?」


 そう言う夢依は、軽い怒気をアルヴァスに向けていた。


 アルヴァスは、怒っている夢依に向かって不思議そうに、


「なにを怒っているのかは知りませんが、ええ、その通りです。貴女からすれば彼は倒すべき敵なのですから、僕がどう利用しようと構わないでしょう?」


「それはっ――そうだけど……アイツの中には……」


 夢依の言葉を遮るように、アルヴァスは夢依の言おうとした言葉を引き継ぐ。


「――貴女を庇い、そして不遇な境遇のまま死を迎えた少女の魂が入っていますね」


 気軽な口調で言うアルヴァスに、夢依はついに激昂する。


「アンタは――それが分かっててっ!?」


「ええ、それが『分かって』やりましたが、それがどうかしたのですか? 彼と彼女の魂は、もはや切り離せぬほどに深く結び付いていました。彼女は、それほどまでに彼を慕っていたのでしょう――貴女はそんな二人を、無理矢理にでも引き剥がせ、と言いたいのですか?」


 そう言うアルヴァスは、浮かべていた意地の悪い笑顔を消して、どこか冷めたような眼で夢依を見つめる。その眼は、まるでその原因を作ったお前にそんなことを言う資格があるのかと訴えるような、妙な迫力があった。


「――っ……それは……」


 アルヴァスの迫力に負けたのか、それとも何も言い返せなくなったのか、言い淀む夢依に、アルヴァスは言葉を続ける。


「結果はどうであれ、彼と彼女は互いに互いを想い合っていました。それは、親子の親愛のようであり、男女の情愛のようでもある。複雑な人間の感情です。そういったものがあるからこそ、『物語』に深みや面白みが出てくるのでしょう。尤も、僕自身にはそういった感情は存在しないので、こうなのだろうと推測することしかできませんがね」


 どこか羨むようでありながら、それでいて他人事のようにアルヴァスは語る。


 その一方で夢依は、アルヴァスが語った璃々とブライトメアの関係について考えながら、


「互いに互いを想い合っていた――か……あたしには分かんないな。なんであんな奴のことをそんなに慕えるのかなんて……」


 そんな素直な感想をポツリと呟いた。


「ブライトメアという人物の一方面からしか見なければ、貴女がそう思うのも仕方が無いかもしれませんが、貴女や僕の知らない彼のいい一面があったのだと考えれば、それは解決出来るでしょう。いくら悪人だといっても、自らの身内には甘いという人間も大勢いますからね」


 アルヴァスのそんな大局的な言葉に、


「そんなもんなのかな……あたしにはよく分かんないケド……」


 どこか腑に落ちないといった態度で、夢依はそう答えることしか出来なかった。


「それはそうでしょうね。まだ貴女には人生経験も学もまったく足りてないでしょうから……」


 ポツリと言ったアルヴァスに、夢依は過敏に反応して、


「それってさぁ……あたしのコト馬鹿にしてる? それとも慰めてる? どっちなの?」


 問い詰めるように、アルヴァスの顔をじっと見つめる。


 アルヴァスは、その追求を風のように受け流し、話題を別なものへと切り替える。


「さぁ……それは貴女がご自由に判断して下さい。それより――罰則を帳消しにした『もう一つの理由』をまだお話していませんでしたね。今回のことで僕には二つの利益がありました。一つはこの『物語』そしてもう一つが――」


 言いさしたアルヴァスの声に被せるように、その声は後ろから急に聞こえた。


「――ねぇ『管理人』くーんっ! この本ってどこの棚にしまえば――ってアレ? お客さん?」


 この場に居ないはずの第三者の声に、夢依は驚いて振り向き、そしてその全身を硬直させる。


「――えっ……!?」


 その少女の声は――、透き通った透明感のある、どこかで聞き覚えのあるような声だった。


 アルヴァスは、固まった夢依を無視するように、その声の人物と会話を始める。


「ああ、それは適当に放っておいてくれて構いません。あと、この人は客ではなく、雇い人のようなものですからお気にせず」


 アルヴァスの言葉に対し、その声の主である。どこか学校の制服に似た、赤と黒の模様の入った服を着た少女は、


「そうなんだ……じゃあわたしと同じだね! よろしくお姉ちゃんっ!」


 そう言って、ニッコリと笑いながら自らの右手を差し出し、夢依に握手を要求した。


 しかし、夢依はその手を取らずに、全身を震わせながら、眼を見開いて少女を見るだけであった。


「どうしたの? お姉ちゃん………」


 いつまでも黙って自分を見つめる夢依に対し、少女は心配そうな顔をして夢依の顔を覗き込む。


 すると夢依は、震える身体を奮い起こすように動かし、少女にいきなり抱き付いて、


「り……『璃々ちゃん』――っ! どうして? なんで生きてるの? もしかしてアルヴァスの奴に――っていうか、なんでもいいからともかく良かった……生きててくれて………」


 震える声で言いながら、眼から涙をポロポロ流して、力いっぱい少女を抱きしめる。


 その少女は――璃々とまったく同じ姿をしていた。


 瑠璃と称されたその蒼い髪も、金色の瞳も、きめ細やかな白い肌も、年齢も体型もまったく同じ、同一人物としか思えないその少女は、


「ちょ――お姉ちゃん。苦しいよ……離してよ……」


 そう言って、夢依の背中をバンバンと叩いて、苦しさを表現した。


 夢依は、その少女の反応に若干の違和感を覚えながらも、


「あっ、ごめん璃々ちゃん――つい、嬉しくて……」


 そう謝りながら、璃々に似た少女から離れる。


 少女は、一度ゲホッと咳き込むように息をしてから、


「はぁ…苦しかった……いきなり酷いよお姉ちゃん……あとね、わたし『リリちゃん』なんて名前じゃないよ? いったい誰と間違えてるの?」


 そんな衝撃的な一言を呟いた。


「え――っ?」


 どう見ても璃々にしか見えない人物がそんなことを言ったので、夢依は一瞬相手が何を言ったのか理解できなかった。


 少女は、動揺する夢依にペコリと頭を下げながら、自己紹介する。


「えと……初めまして――わたしは『リリス』。昨日からこの図書館で働いてます。お姉ちゃんの名前は、なんていうの?」


 小首を傾げながら聞く少女に対し、夢依はまったく理解できないという風に、


「いや……あれ? なに……言ってるの? 璃々ちゃん……」


 目を白黒させながら、完全に混乱状態に陥っていた。


 そんな夢依を見て、アルヴァスは一度溜息を吐いてから、


「非常に面倒ですが、問い詰められても迷惑なのでお教えしましょう。まず初めに、彼女は貴女が思っている『璃々』という人物ではありません。彼女は確かに『璃々』という少女の『姿』をしていますが、その内面はまったくの別人なのですよ」


 そんな意味の分からない説明を始める。


「どういう……こと……?」


 しかし、やはりそれだけでは理解できないのか、夢依は泣き出しそうな顔をして少女を見る。


 やはり何度見てもその少女は、璃々にしか見えない。


 違いがあるとすれば、身に纏っている服が違うというくらいだ。


「どうやら、順を追って話をする必要があるようですね――すみませんがリリスさん。彼女を落ち着かせる為に、紅茶を一杯入れてきてくれませんか?」


 アルヴァスは、少女がこの場に居れば夢依が余計に混乱するだけだと判断し、少女にお茶を入れさせることにした。


 心配そうな瞳で夢依を見ていた少女だったが、


「え…でも……――うん。分かった……入れてくるね……」


 渋々といった様子で、夢依のことをチラチラと見ながら、図書館の奥へと引っ込んでいく。


 少女が完全に見えなくなり、これは一体どういうことだと眼で訴えてくる夢依に、アルヴァスは説明を開始する。


「さて――まずは彼女が何故ここにいるのかを説明しましょうか……事の始まりは、ブライトメアを『物語』に変化させるときに生じた、『魂の器』から始まりました――」


 いつものホワイトボードを呼び出し、宝石のような石をボードに描き込みながら、アルヴァスは言う。


「魂の…器……?」


 夢依の疑問に、すぐさまアルヴァスは答える。


「ええ、人というものは、厳密に分類すれば二種類のモノによって形成されています。まず一つは記憶から形成される『魂』、そして肉体である『魂の器』です。本来ならば、そのどれかが欠けた時点で、生命として生きることは難しいのですが――夢魔と呼ばれる存在は、極稀に『魂の器』だけで生まれることがあるのです」


 ボードの上に、魂と書かれた人型を描き、それと先ほどの宝石を線で繋ぎながら、アルヴァスは説明を続ける。


「それが、さっきの璃々ちゃんだっていうの……?」


「厳密に言えば違いますが、概ねその通りです。彼女は、璃々という『魂の器』に僕が別の『魂』を入れて生まれた存在です。それ故に、彼女は前世の記憶が無いのですよ」


 そのアルヴァスの説明に、夢依はふと疑問を覚えたのか、


「それって、記憶喪失みたいなモンなの?」


 そんな質問をする。しかしその質問にアルヴァスは首を振り、


「いいえ、全然違います。このことを貴女に完全に理解させるのはかなり面倒なので、多少省略させて頂きますが、先ほども言った通り『璃々』という人物の『魂』は、この『物語』の中に納められています。そもそも魂と記憶というものは、互いに深く結び付いているものであり、魂が抜けた『魂の器』は記憶の抜けた抜け殻のようなものなのです。それに別の魂を入れたのですから、前世の記憶などあるはずがない――ということです」


 ブライトメアから作り出した本を掲げながら、身振り手振りを交えて説明するアルヴァスの言葉に、夢依はようやくその事実を全て理解したのか、顔を伏せるように眼を下に向けて、


「つまり……もう璃々ちゃんはあたし達のことを思い出すことは無いっていうの……」


 そう悲しそうに呟いた。


「思い出すもなにも、『記憶そのもの』が無いのですから当たり前ですね。ただ……もしかすれば、なにかの残滓ぐらいは残っているかもしれませんがね、例えば、前世の身体の癖や、前世の肉体が好んでいたもの、などを身体が覚えている可能性はあります」


 補足の説明をするアルヴァスの言葉を、夢依は話し半分に聞きながら、


「そう……なんだ……もう、完全に『別人』になっちゃったんだね……」


 どんよりと落ち込みながら、呻くように呟いた。


 アルヴァスは、もう夢依が自分の言葉を聞いていないと悟ったのか、肩をすくめてホワイトボードを格納すると、もう自分の役目は終わったとばかりに何の慰めの言葉も掛けずに図書館の奥へと消える。


 そして、その場には夢依が一人取り残される事となった。




 まるで誰かの通夜が執り行われたような、そんなどこか暗い雰囲気が漂う中、


「あの……お茶……入れてきたよ……?」


 言われた通りお茶を入れてきたリリスが、お盆に紅茶を乗せてやってきた。


「あっ、ありがと……リリ…スちゃん……」


 夢依はそうぎこちなく礼を言いながら、震える手で紅茶を受け取る。


 そして、しばらく黙って紅茶を飲んでいると、リリスが夢依に質問をしてきた。


「その……お姉ちゃんは、わたしの体の『前の持ち主』さんのことを、知ってるの……?」


 夢依を不安そうに見つめて、リリスは身体の前で手を所在なさげに組みながらそう聞いた。


 どうやら、彼女は自分が誰かの生まれ変わりであることを自覚しているようだった。


 そんなリリスに夢依は、それを言ってもいいのかどうか少し迷っている様子だったが、やがて思い直したのか、璃々のことを思い出しながら優しい口調で、


「……うん、知ってるよ。その子の名前は『璃々』っていう名前でね……とっても素直で……ちょっと真面目すぎるところはあったけど……でもすっごく可愛い子だった――んだ……っ」


 途中で感極まったのか、後半は声を詰まらせながら言う。


 璃々と夢依は知り合って四日程しか経っていないが、夢依にとって璃々は『命の恩人』であり、同時にかけがえのない友人だったのである。


「お姉ちゃん……泣いてるの? だいじょうぶ?」


 リリスはそんな夢依を心配したのか、子供をあやすように夢依の頭を撫で始める。


 夢依はそんなリリスの優しさに、どことなく璃々の面影を感じたのか、眼から溢れ出る涙を拭きながら、リリスに一つの頼みごとをする


「ごめ――ごめんね……ちょっとだけ、キミが璃々ちゃんじゃないってことは分かってるんだけど……一つだけ……ううん、二つだけ……前の身体の持ち主さんに言わせてくれないかな……」


 リリスは、夢依のその迷惑とも言える申し出に対し、穏やかな笑顔を浮かべながら、


「うん、いいよ。聞いてあげる……」


 そう言って、今度は夢依を優しく抱きしめた。


「ありがとう……」


 リリスの腕に抱かれた夢依は、その温かさを感じながら、自らの内に溜めこんでいたことを噴き出すかのように懺悔を始める。


「……あのね璃々ちゃん。まずは……あの時、あたしを庇ってくれてありがとね。そして――あたしのせいで死んじゃって……本当に…ホントにごめ…ね……っ……あたしが、あの時あんなこと言わなけりゃ……璃々ちゃんが死ぬことは無かったはずなのにね……ごめん……本当にごめ――っ」


 後半は、殆ど涙声でリリスに届いてはいなかったが、リリスは黙ってそれを聞き続けていた。


 夢依は、自分のせいで璃々が死んだのだと思い込んでいた。『人を助ける時はなんとなくでいい』――そんな迂闊なことを璃々に言ってしまったせいで、あの結果を招いてしまったのだと本気で考えていた。


 昨日の出来事は、夢依にそんな苦々しい罪の意識を埋め込んでいた。悔やんでも悔やみきれない思い、何度懺悔しても何一つ晴れない心。もうなにをしても遅いのだと夢依を打ちのめす現実――そう、夢依は本当はもう分かっていた、眼の前の人物にいくら謝ろうとも、その言葉は璃々には届かないのだと、いくら悔もうとも、璃々は許してくれないのだということを――


 だが、夢依は悔まずにはいられなかった、たとえ璃々ではないと分かっていようとも謝らずにはいられなかった。


 それが夢依に課せられた罪であり、一生背負ってゆかねばならない十字架だからである。


 リリスはそんな重い罪を背負った夢依に対し、優しく頭を撫でながら、夢依を安心させるように、


「だいじょうぶだよ。お姉ちゃん……ううん、『夢依』さん――」


 まるで璃々のような口調で、穏やかに彼女の名前を呟いた。


「――っ!?」


 夢依は、そう言ったリリスの顔を驚いて見上げる。


 リリスにはまだ自分の自己紹介をしていない、なのに何故彼女は夢依の名を知っているのか――。


 そんな夢依の言葉の無い疑問に答えるように、リリスは言葉を続ける。


「これは、あの子の――『璃々』がわたしに残していった記憶の残滓――『これ』を誰に言えばいいのか、生まれたばかりのわたしには分からなかったけど……今なら分かる……きっとこれは、お姉ちゃんに向けての言葉だったんだ――」


 そう前置きを置いてから、リリスは璃々の残した『最後の言葉』を夢依に伝える。


「――大丈夫です夢依さん。わたしが死んだのは、決して貴女のせいなんかじゃありません。これは、全てわたしの責任――迷うばかりで決断出来なかったわたしへの罰なのでしょう」


 それは、まるで生前の璃々が乗り移ったかのような、完璧な発音と喋り方だった。


 そのせいなのか、夢依はそんな璃々の告白に、たとえ本人がそこに居ないと分かっていても、つい反論してしまう。


「そんなことないっ! だって……あたしがあんなこと言わなけりゃ……璃々ちゃんは死なずに済んだはずなんだからっ!」


 しかし、璃々はそんな夢依の言葉を予想していたのか、夢依の言葉を否定するように、


「いいえ――違います夢依さん。わたしの死は、わたしが自分で選んで決めたことです。他の誰でもない、わたし自身が決めた初めての『意志』なんです――だから、貴女が悔やむことはないんです。むしろ――わたしは貴女に『感謝』をしているんですよ?」


 そんな予想外の璃々の言葉に夢依は、


「感……謝……?」


 そう驚いて、そのまま絶句してしまう。


 リリスは、そんな夢依に優しく語りかけるように、璃々の言葉を続ける。


「わたしは今まで、ずっとブライト様の言いなりで、自分の意志をあまり持たずに生きてきました。その生き方に不満は無かったし、なによりブライト様に従わなければならないという思い込みもあったのでしょう。でも――それじゃ駄目なんだと貴女は気付かせてくれた。貴女が言った『なんとなくでいい』という言葉、それは様々なことに縛られていたわたしを解放してくれました。感情に赴くまま、初めて自分の意志を持って動くことの素晴らしさを分からせてくれたんです」


 それは、夢依が考えていたこととは真逆の発想だった。


 夢依は自分の言葉を素直に聞いたせいで璃々が死んだのだと思っていた。だがむしろその考え方は、璃々自身に考える『意志』が無いのだと言うのも同然だったことに気付く。


(そうか――璃々ちゃんはあたしの言うことに従ったんじゃなくて……ちゃんと自分で考えて、自分で納得した上での『覚悟』を見せてくれたんだ――)


 璃々は、誰かに命令されてではなく、しっかりした意志を持ってあの行動に出ていた。それは結果だけ見れば何も変わらない。しかし、それこそが璃々にとって『大事なこと』だったのである。


「だから――夢依さん。わたしが最後に貴女に言いたい言葉は、恨み事でも、後悔の言葉でもありません。ただ一言――『ありがとう』……それだけが貴女に言いたかった――」


 リリスは、一言一句漏らさぬように、しっかりと夢依の眼を見ながら璃々の言葉を伝え続ける。


「璃々ちゃん……」


 夢依もまた、璃々の言葉を聞き逃さぬよう、互いに相手を真剣に見つめ合っていた。


 そして、リリスは璃々が残した最後の言葉を伝える。


「そして――これが最後の言葉になりますが、夢依さん、そして理恵さん。短い間でしたがわたしを『友人』として扱ってくれて本当にありがとうございます。わたしは、ブライト様と共にこの本の中で過ごしていきます――それでは、さようなら――」


 そう最後に言うと、まるで璃々が乗り移っていたかのように振舞っていたリリスは、憑きものが落ちたかのようにその口調を元の口調に戻して、


「……これであの子の言葉は全部終わり……わたしとあの子は直接は面識はないけど、この言葉だけは伝えてあげたいな――って思ったから伝えたよ?」


 そう言って、改めて夢依の反応を見る。


 夢依は、璃々の最後の言葉を聞いて、黙ったまま涙を流していた。それはもう後悔の涙ではない――純粋な、璃々の死を悼む涙であった。


 リリスは、そんな夢依を優しく抱きしめると、いくらでも泣いても構わないという風に夢依の頭を撫でた。


 そして、しばらく図書館には、夢依が黙って涙をすする音だけが響いていた。




 泣いていた夢依がようやく落ち着いて、二杯目の紅茶を飲み始めた時、リリスがふと思い出したように言う。


「そういえば、お姉ちゃんわたしのことリリちゃんって呼んでたけど、よく考えてみればわたしもリリちゃんだよね。リリスの『リリ』ちゃん?」


「あ……そう言えば確かにそうだね。なんかごめんね、勝手にあだ名付けちゃったみたいでさ?」


 夢依が手を合わせながら謝ると、リリスは首を振って、


「ううん、いいの。なんだか親しくなれたみたいで嬉しいから……そうだ! わたしもお姉ちゃんのこと夢依ちゃんって言ってもいい?」


「え……? 別にいいけど? なんで?」


「だってそっちのほうが他人行儀じゃなくていいでしょ? ――となると、管理人くんにも何かいいあだ名を付けてあげたいな――」


 明るくそう言いながら、リリスは考え込むように頭を左右に揺らす。


 どうやら彼女は元となった璃々とは違い、かなり積極的な性格のようだった。


 夢依は、そんな明るいリリスに合わせるように明るい調子で、


「あ、いいねーソレ。あたしはなんか今よりずっとマヌケな感じのがいいと思うな、なんかアイツの名前って硬ーい感じだし」


 日頃の恨みを込めるように、そうリリスに提案する。


「うーん――じゃあ、アルヴァスだから……『アルくん』っていうのはどうかなぁ?」


「うんうん、それいいねっ! なんかとたんにアイツが可愛く思えてきた!」


「ふふふ……じゃあ決まりだね――呼んだらどんな反応するかなぁ?」


「そりゃモチロン大喜びするに決まってんじゃん? リリちゃんみたいに可愛い女の子に呼ばれるんだから?」


「そうかなぁー? でも、ちょっと楽しみかも……」


 そう言って本人そっちのけで楽しんでいる二人の所に、本の整理をしていたアルヴァスが、


「――なにを長々と話しているんですか? というか、用が無いのなら帰ってくださいよ。正直、貴女が居ると図書館がうるさくて仕方がありませんから……」


 そう愚痴を言いながら現れた。


 夢依とリリスの二人は、絶妙のタイミングで現れたアルヴァスを、ニヤニヤとした獰猛な笑みで見つめながら、


「まぁまぁ、そう言わずに『アルくん』。そうだ、わたしの淹れた紅茶飲む?」


 まずリリスが紅茶のカップを差し出しながらそう言う。


「……なんですかそれは、綽名ですか?」


 顔を顰めながら、心底不快そうに言うアルヴァスに、今度は夢依が、


「いいじゃん『アルくん』。アンタの名前って前々から言いにくいと思ってたんだよねぇー」


 リリスをフォローするように、意地悪気な口調で言う。


 アルヴァスは、そんな二人を心底呆れるような眼で見てから、


「何がどうなってそうなったのかは知りませんが……まぁ、おそらく貴女達の考えなど、僕に分かる訳が無いでしょうし、分かるつもりもないですからいいんですが……――ハァ、もういいです、好きにしてください……」


 そう諦めるように言うと、逃げるように図書館の奥へと引っ込んで行った。


「いよっしっ! なんか久々に勝った気がする!」


 ガッツポーズを作りながら、リリスに笑顔を向ける夢依。


「あはは、でも良かったのかなぁ。アルくん気分悪くしてたみたいだけど……」


 苦笑しながら返すリリスに、夢依は勝気な笑みを浮かべて、


「大丈夫だいじょうぶっ! アイツがこんくらいでめげるもんか! 次出てきた時は、何十倍にも増して皮肉を返してくるって!」


 眼を吊り上げてアルヴァスの真似をしながら、おどけるようにそう言った。


「ふふ、そうだね。ちょっとこわいね」


 安心したように笑うリリスに、夢依は不意に思いついたように、


「そうだ、今からリリちゃんの歓迎パーティをしよっかっ! あたし今からなんか色々お菓子買ってくるけど、どんなお菓子がいい?」


 一人で勝手に話を進めながら、一応リリスに確認を取る。


 リリスはそれに、うーんと唸りながらしばらく考えた後。


「わたし、『ソフトクリーム』がいいな。持って帰ると溶けちゃうから一緒に行こ?」


 そう言って、夢依の手を優しく掴む。


 夢依は、そのリリスの言葉に驚いたように固まっていた。


「ん……どうしたの夢依ちゃん?」


 固まったまま動かない夢依を不審に思ったのか、見上げるような目線でリリスが夢依を見る。


 すると、夢依は驚いた表情をすぐに戻して、


「ううん。なんでもないよ。それじゃ――行こっか?」


 とびっきりの笑顔を浮かべながら、リリスの手を引いて歩き出すのだった。








――というわけで、『オーバードリーム』はこれにて終了です。

どうでしたでしょうか? 面白かったでしょうか? それともつまらなかったでしょうか? もし少しでも面白いと思って頂けたなら僕としてはとても嬉しいです。


この小説は実はかなり前に完成していたのですが、小説家になろうに投稿するに至って直すべき所があまりにも多く、修正しながらの投稿だったので、こんなにも時間が掛ってしまいました。

「早く続き書けよ――ドン臭ぇなぁ?」 と思っていた人はすみません。そして、こんな小説を最後まで見て下さってありがとうございます。


なんだか中途半端な所で終わるこの小説ですが、もしこの話の続きを知りたいと思う方がいらっしゃるならどうぞご連絡ください。書くのに物凄く時間が掛かりますが、次回作も検討はしています。(まだ設定段階ですが……)


また、ご意見・感想はいつでもお待ちしています。


それでは、あんまりしつこいとアレなんで、このへんでお別れしたいと思います。


では――次の作品で――



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