1-9 璃々の覚悟
「さ…て……『今回は』協力してくれるってことでいいんですよね? 鷹子さん?」
コカトリスを倒したことで石化された部分も元に戻り、ようやく体を満足に動かせるようになった夢依は、軽く伸びをしながら隣にいる鷹子に聞いた。
それは、これで戦力が増えたという喜びを含めた確認の言葉だったが、その言葉に鷹子は露骨に眉根を寄せ、
「んん……? なに馬鹿なことを言ってんだいこの子は? なんでアタシがアンタに協力しなきゃならないんのさ?」
あっけらかんとそう言い放った。
「ちょ――ええっ!?」
てっきり相手が了承してくれるものとばかり思っていた夢依は、素っ頓狂な驚きの声を上げる。
(ちょっと――おばあちゃんっ!? なにを言っているのよっ!)
鷹子に自分の体を貸している理恵も、これには驚いたのか心の声で反論する。しかし、鷹子は両者の意見を突っ撥ねるように正論を吐く。
「ゴチャゴチャ五月蠅いねぇ……そもそもこんなことになったのは、元はと言えばアンタの所為なんじゃないのかい? 言わばこっちは巻き込まれてるんだ。孫の体が自由になってる時点でアタシがアンタを手伝う義理なんかありゃしないよ」
「それは……そうかもしれないですけど……」
自分のせいで理恵が攫われたことを知っている夢依は、鷹子の言葉に反論出来なくなる。
(でも……この状況で手を貸さないっていうのは、あまりにも薄情なんじゃないかしら?)
理恵は落ち込む夢依にそんな助け船を出す。
体の主である理恵がそう言っているのだから、鷹子はそれに従わざるを得ない――と思われたが、
「カーッ! 相変わらず甘いこと言ってんねぇこのガキは……アンタ、それでもアタシの孫かい? 世の中は損得勘定で全て回ってんだよ。こっちに何の得もないのに働くんじゃ商売上がったりじゃないか? 小娘、アンタがアタシを働かせたいってんなら、それなりの『対価』を払ってもらうよ? それが出来ないってんなら、一人で戦ってきな」
鷹子は体を貸してもらっている主に逆らうように、逆に突き放すような言葉を夢依に吐きかける。
一つの軍隊を退けるほどの力を持つ鷹子だったが、彼女は頑固なほどにその力を利己的な理由でしか使わないのであった。
(そんな……)
どんな力でも自分自身に宿すことが出来る理恵の能力だが、その一方で身体に宿した魂の行動を完全に縛ることは出来ないという弱点があるのである。
「うぐぐ………」
鷹子が力を貸してくれないというのでは、未知数の力を持つブライトメアに勝機は薄くなってくる。
このままでは埒が明かないと夢依が焦りだしてきたその矢先――
「んん――?」
不意に鷹子が、あらぬ方向にその鋭い眼を向けた。その行動はあまりにも唐突で、夢依は釣られて彼女と同じ方向を見るが、そこには暗闇が広がるばかりで何も見えなかった。
しかし、鷹子の眼には『なにか』が見えていたのか――鷹子はいきなり夢依の服をむんずと掴むと、そのまま夢依の体を巻き込むようにして前に飛び出した。
「わっわわっ!?」
鷹子の行動に思いっきりバランスを崩された夢依は、少し先の地面に勢いよくスライディングするように放り出され、その横にジャンプした鷹子が綺麗に着地する。
「ちょっとっ! なにを――」
いきなりの奇行に夢依が文句を言おうとしたその瞬間――。
なんの前触れも無く、先ほどまで夢依達が居た場所を、石化光線が一瞬で過ぎていった。
「……え?」
矢継ぎ早に起こった出来事に、夢依が眼を丸くしていると、
「――なるほど。このアタシに不意打ちとはやってくれんじゃないかい……あの『蜥蜴』……」
鷹子が石化光線が発射された方向を睨みながらそう言った。
だが、不思議なことに光線が発射された方向にバジリスクは居なかった。では、一体どこから光線が撃たれたのか――それを夢依が考えていると、
「やい小娘。悪いがさっきの言葉をちょいと訂正させてもらうよ? さっきは一人でやれって言ったが、あの蜥蜴野郎だけはアタシがヤってやる――そのことに対してなにか文句はあるかい?」
手に持った小刀でトントンと肩を叩きながら、鷹子が言った。
「あ……え? えと、どうぞ……でも、いきなりどうして?」
いきなりの心変わりに虚を突かれた夢依は、動揺しながら鷹子に聞く。
すると、鷹子は何も居ないはずの空間を睨みつけながら、
「鷲崎組の元組長に対して、『不意打ち』とはナメた真似してくれんじゃないか? アタシゃねぇっ……そういう姑息なテを使うやつが大嫌いなんだよ……っ!」
ドスの利いた声で、獰猛な肉食動物にも似た圧倒的な怒気を発しながら、光線が発射された方向へとゆっくり練り歩いてゆく。
後に残された夢依は、しばらくそんな鷹子を茫然と見ていたが、
「なんか、拍子抜けしちゃったけど、結果オーライってとこかな? よっしっ――後は……アイツと決着をつけるだけだ……」
正体不明の攻撃をしてきたバジリスクは鷹子に任せることにして、夢依はブライトメアと璃々が居る方向にその向きを変えた。
一方、夢依が鷹子と話しているその時、璃々は驚愕した表情でブライトメアを見ていた。
「それはつまり……夢依さんを……『殺す』…んですか……?」
眼の前の人物が言ったことが信じられないというような顔をしながら、璃々はブライトメアに聞く。
「ああ、もうこうなってしまってはそれしか彼女の能力を手に入れる手段は無い。コカトリスは倒され、バジリスクは新手の相手で手一杯だ。ならば……私の能力『パワー・アブソープション』を使う他あるまい……」
ブライトメアは、ごく当たり前といった口調で璃々を納得させるように言った。
しかし、それでも璃々は納得できないという風に、あくまでブライトメアに食い下がる。
「そんな……でも、まだ方法はあるはずです。その戦略を練るためにもやはり一旦撤退をしたほうが……」
しかし、その必死の璃々の訴えも、追い詰められたブライトメアには通じなかった。
「くどいぞ璃々。もはや我々の手駒は残り少ないのだ。次のチャンスなど無いほどにな……」
そう言うブライトメアは、どこか焦っているように璃々には見えていた。
(……なぜ……なにをそんなに焦っているのですか? ブライト様……)
ブライトメアが考えていることがまったく分からない璃々は、悲しそうな顔でブライトメアを見る。
その表情を見て、ブライトメアはなにかを勘違いしたのか、ふと物憂げな表情になり、
「……そうか、そうだな。お前のような心優しい者には人殺しなど出来るわけがないな。私が間違っていた。お前は後方支援に回ってくれ。奴の相手は私一人で十分だ……」
そう璃々を突き放すようにそう言うと、外衣を翻しながら夢依が居る方向へと身体を向ける。
「ブライト様………」
璃々は、自分から離れてゆくブライトメアに対して、彼の名を呼ぶことしか出来なかった。
そしてブライトメアは、そんな璃々を無視するように、夢依と戦う為に前へと歩き出す。
底なし沼に嵌ってしまった主人を、璃々は助けることも出来ずに、同じように沈みながらただ見守ることしか出来ないのだった。
そして――、夢依とブライトメアの二人はついに対峙することとなった。
「篠森夢依……貴様の運の良さにはほとほと驚かせられるな、まさかこの私が直接戦うことになるとは思ってもいなかったぞ?」
万全の策を弄して用意した筈の罠も、ほぼ全て突破して夢依はここまでやってきた。
そのことに対して、ブライトメアは夢依に対して若干の畏敬の念を抱いていたが、あくまでも夢依は敵なので、そういったわざと相手を煽るような口調で夢依を挑発する。
「ハッ――あたしが運が良いんじゃない。アンタが運が悪いんだよ。後ろからコソコソ指示だけ出してるヤツにあたしが負けるわけないだろ、バーカッ!」
夢依も負けじとブライトメアに言い返すが、どこか子供じみた言い方なのでなんの迫力も無かった。
「フン、相も変わらず幼稚な発言だな――とりあえず先に言っておく、死にたくないのならば、大人しく私の配下につけ。私と戦えば貴様は必ず死ぬことになるからな……」
まるで、常識知らずの生徒を諭すような口調で、ブライトメアはそう言った。
その言葉は挑発や脅しで言っているようには聞こえなかったが、今まで一度も彼と戦ったことの無い夢依は、ブライトメアが嘘を言っているようにしか思えなかった。
「はぁ? なに言ってんのさアンタ? コーサンするのはアンタのほうなんじゃないの? アンタ前も似たよーなコト言ってたけど、実際はここまで追い詰められてんじゃん?」
相手を馬鹿にするように言う夢依を、ブライトメアは嘆息して憐れむような眼で見る。
「どうやら、勘違いをしているようだな篠森夢依。私はな、決して戦えんわけではない。むしろ今まではお前を殺さぬよう手加減をしていたのだよ――」
「今度は負け惜しみか何か? そんな脅しに騙されるほどバカじゃないってのっ!」
ついには怒り出した夢依に、ブライトメアは仕方ないといった口調で、その理由を教える。
「よかろう、では教えてやる――。私の真なるIEM能力の名は『パワー・アブソープション』――死体の能力を自身に吸収することが出来る能力だ。それ自体は戦闘向けの能力ではないが、私は過去に強力な魔獣の力を手にしている。貴様程度では敵う筈もない恐ろしい魔獣だが――、おそらく貴様は手を合わせなければその力も理解すら出来ないのだろうな」
呆れながらそう言うブライトメアに対して、夢依は嬉しそうに、
「なんだ、アンタあたしのコト分かってんじゃん――それじゃ、遠慮なく行かせてもらうよっ!」
その言葉を引き金にして、夢依とブライトメアの戦いが始まった。
先手必勝とばかりに夢依は風迅を使って勢い良くブライトメアに迫る。
ブライトメアは、そんな夢依から逃げるでもなく、腕を組んだまま堂々と突っ立っていた。
離れていた両者の距離が一瞬にして縮められ、一刀の間合いにブライトメアが入っても、彼はその余裕の姿勢を崩さない。
夢依は、そんなブライトメアの態度に若干の違和感を覚えながらも、
「生身の人間相手なんだから手加減しなさいよね――切り裂け一刀ッ!」
間合いに入った瞬間に一刀を起動させ、第一刃をブライトメアに炸裂させる。
ブライトメアはその電光石火の一撃に対し、どこかのんびりとした態度で、ゆっくりと片腕だけを上げた。
生身の人間の腕ならば、痛みも感じさせぬほどの速さで切り落とすことが出来る一刀の刃を、腕一本だけで防ごうというのである。
そんな馬鹿なことが出来るはずが無いと思った一刀は、侮辱されたのだと思い込み、全力でその腕を落とそうと刀を振るった。しかし、その刀は、ブライトメアの腕を切ることは適わなかった。
「――ッ!?」
生身の腕ではありえないことが、夢依の眼の前で起こっていた。
振り下ろされた一刀の一撃が、ブライトメアの腕の所で止まっていた。その腕には攻撃を受けた傷はおろか、わずかな切り傷さえ見当たらない。完全なる無傷だった。
ブライトメアは頭を守るように、ただ腕を上げているだけだ、その腕には手甲やブレスレットの類は見当たらない。なのに、一刀の刀がその腕に当たって発せられた音は、およそ人体から発せられるような音ではなく、硬質な物質を叩いたような澄んだ音だった。
「なんという硬さ……ッ!」
刀を振り下ろした一刀は、まるで金属を全力で叩いたかのような鈍い衝撃を感じていた。
「だから言っただろう。貴様程度では敵う筈もない――とな……」
決して驕った口調ではなく、当たり前のことを言っているだけといった風の声でブライトメアは言う。
「くッ――」
一刀の攻撃が通らないと悟った夢依は、風迅を使って来た時と同じように高速でその場から離脱する。だが、ブライトメアはその行動を許さなかった。
ブライトメアは、一刀の攻撃を受けた手を素早く夢依に向けて、その掌を開く。すると、ブライトメアの手がにわかに輝き始め、数瞬後にはその手に赤く輝く光球が生まれた。
そして、光球はまるで意志を持つかのように高速で発射され、まっすぐに後退してゆく夢依に向かって飛んでいく。そのスピードは、逃げる夢依よりも速く、光球はあっという間に夢依の近くまで迫ってきた。
「――ッ!? 危っ!」
夢依は迫る光球を、『ジェットモード』を使って横に逃げることによって回避した。
その数瞬後――、避けた背後で凄まじい熱量と爆発音が辺りに響いた。
攻撃をなんとか避けた夢依が振り返ると、そこには爆発によって大きく抉れた壁と熱によってドロリと熔けた石材が見えた。
「う……わ………なに、あの威力……」
その惨状を眼にした夢依は、驚愕の表情を浮かべながら、額に冷や汗を流す。
それは――、キマイラの炎や、コカトリスの石化ブレスとは違い、当たればまず間違いなく即死するというような凶暴な威力の攻撃だった。
夢依は、そこで初めてブライトメアが言った言葉の意味を理解する。
こんな攻撃が出来るのなら、夢依を攻撃するチャンスは今までいくらでもあったはずだ。なのに、それを今までしなかった――それはつまり、今まで手を抜いて戦っていたということである。
「ふむ……当たらなかったか……最近は実戦を怠っていたから少し感が鈍っているようだな……」
ブライトメアは、まるで柔軟体操でもするように手をブラブラと揺らしながら、不満足気にそう呟く。そして、驚いて後ろを振り返っている夢依に向かって叫ぶ。
「驚いたか? これが私の力だ。そして、私が過去に吸収した魔獣の名は『ドラゴン』――鉄よりも硬い甲殻を持ち、全てを溶解させるほどの炎を吐く最強の魔獣だ」
「どーりで、一刀でも切り裂けないはずだわ……いきなりRPGのラスボスを相手にしてるようなもんだもんね……」
額に流れてきた冷や汗を拭いながら、夢依が悔しそうに言う。
「さて――私の力はこれで分かっただろう。これが最後だ篠森夢依、私の配下になれ――もう私に勝てないことは身に染みて分かっただろう」
あくまで降伏を迫るブライトメアに、夢依はかぶりを振って、
「……冗談っ! まだ勝てないって決まったわけじゃないってのっ! それに、こっちはアンタの弱点をもう見切ってるんだよっ!」
そう威勢良く啖呵を切ると、夢依はブライトメアに再び突撃する。
ブライトメアはあくまでも敵対する態度を取る夢依に対して一度溜息を吐き、そして自身も戦闘状態へと切り替え、夢依に向かって火球を放つが、その火球はあっさりと夢依に避けられてしまう。
「――ほう?」
ブライトメアは、自分の攻撃にすぐさま対応してきた夢依に関心するように喉から声を漏らす。
風迅で真っ直ぐに突っ込んでいた夢依だったが、決して無計画で相手に向かっているわけではなかった。さきほどの一戦から、夢依はブライトメアがあまり戦闘慣れしていないことを見抜いていたのである。
その考えは実際間違っておらず、後方から一方的に遠距離攻撃が出来るはずなのに、ブライトメアは夢依の速さに追い付けずに攻撃を外してばかりだった。夢依はそんなブライトメアの隙を突くように高速で移動を続け、ついに後ろに回り込むことに成功する。
そして、後ろを振り返ろうとするブライトメアの背中に向かって、
「行けっ一刀っ! 連続攻撃だっ!」
一刀の見えない刃を複数回叩きつける。
さすがのブライトメアであっても、背後からの攻撃ならば効くだろうと判断しての攻撃だった。
その攻撃を受けて、ブライトメアは少しよろけるように前に仰け反り、その攻撃は効いたのだと夢依は確信する。だが――その考えが間違っていることに、夢依はすぐに気付くこととなる。
「――言っただろう? 私の肌は、全身が鉄よりも硬いのだとな?」
その言葉と共に、ブライトメアは素早く振り返り、驚いている夢依の腕を掴んだ。
「――なっ!?」
腕を掴まれた夢依は、風迅でその場から離れようとするが、凄まじい力で引っ張られている為に逃げることが出来なかった。
ブライトメアは、罠を仕掛けてきた相手を反対に罠に掛けた時のような狡猾な笑みを浮かべながら、
「少しは考えたようだな篠森夢依。確かにお前の攻撃では私の肌に傷を付けることは出来ん。しかし、衝撃を与えることは出来ると考えたわけだな――」
そう言って、夢依を掴む左手により力を込める。
「離せっ! 離せったらっ! 一刀、一刀、一刀ッ!」
夢依は自分の腕を掴むブライトメアに、何度も一刀で攻撃するが、その攻撃は無残にも弾かれるばかりであった。
「だが、その程度では足りん――私を倒すならば、せめてこれぐらいは必要だからな――」
そう言いながら、夢依を掴んでいる腕とは反対の手に、一つの火球が生み出される。
「そして、この距離では外すことも無いだろう――さらばだ、篠森夢依――」
その言葉と共に、ブライトメアはその火球を夢依に向かって容赦なく放った。
攻撃を避けられない夢依は、当然その火球をまともに受けることとなり――。大きな爆発音と共に、夢依は後ろに大きく吹き飛ばされた――。
岩をも溶かすほどの炎を受けて、夢依が無事でいる筈が無い――ブライトメアは攻撃が当たった瞬間に己の勝利を確信し、掴んでいた手を離す。そして、放物線を描くように夢依は吹き飛んでゆき、そのまま地面へと落下するかと思われたその瞬間――。不意に夢依の体がその場から掻き消える。
「――ッ!?」
ブライトメアは驚いて周りを見るが、夢依の姿はどこにも見えなかった。地上から夢依の姿が消えていた。しかし、不意に聞こえた声によって、ブライトメアは夢依の場所をすぐに知ることとなる。
「――ごめん……ごめんね鋼玉っ!?」
夢依の声は、上空から聞こえた。
その声に釣られてブライトメアが上を見上げると、なにやら光るボードに乗った夢依が空中を旋回しているのが見えた。
夢依はどうやら風迅の力を使って空を飛んでいるようであり、何故かは分からないがその体に傷はまったくついていなかった。
どうして無傷なのか――。それは、鋼玉が自分自身の意志で動いて夢依を守ったからである。一刀や風迅の時もそうであったが、魔具は使用者の命が危ない時には勝手に発動することが出来るのである。
しかし、ブライトメアの一撃を至近距離で受けては、さすがの鋼玉も無事では済まなかったのか、その鉄の体を無残にへしゃげたまま、熱によって抉れた盾の形で固定されていた。それはつまり、もう元の体に戻れぬほどにダメージを受けているということだった。
鋼玉は心配する夢依に向かって、どこか弱々しい声で、
「なにを……謝っておるのじゃ莫迦者……妾達は魔具なのじゃから……主を守るのは当たり前のことよ…」
心配する夢依を気遣うようにそう言った。
「でも――あたしを守って鋼玉がこんなことに……」
そう言う夢依は、今にも泣き出しそうな顔で鋼玉のことを見ている。
鋼玉は、そんな風に自分をただの道具としてではなく、共に闘う仲間として見てくれる主に感謝をしながら、
「本当に……お主は阿呆じゃのう……なに、童は死にはせんわ。――少し……眠りに就くだけじゃ……」
夢依を安心させるように、優しい声音でそう言って、
「では……後はまかせるぞ……一刀、風迅……主を……守りきるのじゃぞ――」
最後にそれだけを言うと、鋼玉は元のブレスレットの姿に戻ってしまう。
そして、大きく抉れて黒ずんだそのブレスレットは、もう変化することも、何かを言うことも出来なくなった。
「――ッ!!!」
ブレスレットになった鋼玉を見て、夢依は眼を瞑って奥歯を強く噛みしめる。
こうして鋼玉を失った夢依だったが、戦いは未だ続いており、夢依をさらなる深みへと追い込んでゆくのであった。
「………」
璃々は、夢依がブライトメアによってじわじわと追い詰められてゆくのを見ながら焦っていた。
(どうしよう……このままじゃブライト様に夢依さんが殺されちゃう――でも、わたしはブライト様を裏切ることは出来ないし……だからといって夢依さんが殺されるのも嫌だ……わたしは……わたしはどうすればいいの――)
ブライトメアの配下としての自分と、友人を助けたいと思う自分が反発し合い、璃々は自分がなにをすればいいのかを見失っていた。
(でも――このままじゃ夢依さんがブライト様に殺されるのは確実だ……なら、わたしに出来ることはたった一つしか無い――)
頭を振って、覚悟を決めるようにそう考えると、璃々はその考えを実行に移すことを決める。
璃々はまず、上空にいる夢依をどう攻撃しようか思索しているブライトメアの元へと飛んだ。
「……ブライト様――」
「――っ? 璃々か……下がっていろと言っておいたはずだが、どうした?」
いきなり現れた璃々に驚きながらも、ブライトメアは冷静な態度で璃々に聞く。
璃々は、つい先ほどまで迷っていた自分を忘れたかのように、毅然な態度で、
「わたし……覚悟を決めました。ブライト様だけに人殺しの汚名を着せるのは嫌です。お願いですブライト様――わたしも一緒に戦わせてくれませんか?」
まっすぐにブライトメアを見ながら、強い口調でそう言った。
「………」
ブライトメアは、いきなり覚悟を決めて自分に協力する気になった璃々を疑うように見る。
璃々はそんなブライトメアを説得するように、ブライトメアにすがり付いて、
「……わたしは真剣です。もう迷いません……だから、お願いします………」
眼に少し涙を溜めながら、必死に懇願した。
これにはブライトメアも少したじろぎ、決して自分にとって不利なことではないと判断したのか、
「……分かった。だが、私の前には立つな。常に私の後ろにしがみついていろ。危険だからな……」
仕方なく、といった風に自分の外衣の裾を璃々に差し出した。
「――っ! ……分かりましたっ!」
璃々は、差し出された服を掴むと、嬉しさと驚きの入り混じった声で 嬉しそうにそう返事をした。
ブライトメアはそんな璃々をしばらく見ていたが、今現在が戦闘中だというのを思い出したのか、急
に強い口調で、璃々に指示を与える。
「私が合図をしたら、転移能力を使って篠森夢依の背後に移動しろ――お前の能力と私の力が組み合わされれば、不可避の攻撃が出来るはずだ……」
「……はい……合図をしたら――ですね?」
「うむ……頼んだぞ、璃々……」
ブライトメアのその声に、璃々はゆっくりと頷いた。
(ああ、ブライト様……わたしは、わたしは――)
璃々は、心の中で抱える葛藤を押さえるように、ブライトメアの服の裾をギュッと強く握る。
それは、傍目から見ればこれから起こる戦闘を怖がっているようにしか見えなかった。
そして、再び戦闘が始まり――最初に動いたのは、夢依だった。
「あああああああああぁぁッ!!!」
叫びつつ『ジェットモード』で一気に距離を詰めながら敵に接近する夢依は、まだブライトメアの傍にいる璃々の存在に気付いていないようだった。そもそも、鋼玉を倒されたことで頭に血が上っている夢依は、もうブライトメアを倒すことしか考えられない。
ブライトメアはそんな夢依を牽制するように火球を放ち、夢依の安易な接近を防ぐ。
夢依は火球が飛んできた瞬間に風迅を『ジェットモード』から『ハイスピードモード』に切り替え、緑色に光るボードの上に乗って、自分のスピードを利用するように一瞬で空中へと飛び出してゆく。それはさながら波に乗るサーフィンのような動きで、空中を滑るように移動しながら、夢依はブライトメアへとまっすぐに迫ってゆく。その表情には鋼玉を無残に壊された憎しみの色が乗っていた。
「来るか……」
空中の相手に攻撃は当たらないと判断したのか、ブライトメアは夢依の襲撃に備えて身構える。
「………」
ブライトメアの背後にしがみついている璃々もまた、ブライトメアの合図を待ちながら迫ってくる夢依を見つめる。
そして、怒りで我を忘れつつある夢依は、ブライトメアに高速で接近してゆき、空中からブライトメアを強襲し、その激情に任せて刃を振るう。
「一刀ッ!」
不可視の刃は、相手を切るというより、より多くの衝撃を与えられるように重い、体重を込めた斬撃としてブライトメアに迫り、ブライトメアはその一撃を、璃々を庇いながら片手で受け止めた。
「ぐっ――」
衝撃が腕を通って全身へと伝わるが、その肌には傷がついていない。ならばもう一撃と、一刀は刃をさらに振り上げる。
そして、第二撃目をブライトメアに喰らわせようとしたその瞬間――。ブライトメアの姿が、煙のように一瞬で消える。
「――ッ!?」
それは当然璃々の能力による転移だが、璃々が近くにいたことに気付いていない夢依は驚き、辺りを見回す――その行動が、致命的な隙を作り出しているということに気付かずに――。
二度目の攻撃をされる瞬間、璃々に合図をして夢依の真後ろに転移したブライトメアは、困惑する夢依に向かって後ろから火球を放とうとしていた。
夢依が攻撃をする瞬間に大きな隙が出来ることに気付いたブライトメアは、その隙と璃々の転移能力を利用して、完全なる不意打ちを夢依に仕掛けようとしていたのだった。
そして、未だ辺りを見回してその場から動かない夢依は、背後のブライトメアにまだ気付いていなかった。風迅が背後の存在に気付いていればその攻撃は避けられたが、運の悪いことに風迅もまだ敵の位置を把握していなかった。
ブライトメアはその手に一瞬にして火球を作り出すと、夢依に向かって放つ為に手を前へとかざす。
その動きには一切の迷いも無駄も無く、残酷なほどに冷徹に、一分の隙も無いほど確実に、ブライトメアは夢依を殺そうとしていた。
「………」
璃々は、そんなブライトメアを少し悲しそうな眼でジッと見つめていた。
それは時間にすればほんの一瞬、一秒にも満たない凝視。だが、その一瞬の間に、璃々は様々な感情を込めてブライトメアを見つめていた。
そして――、ブライトメアの火球が彼の手から離れると同時に、璃々もまた掴んでいた裾をそっと手放した。それはまるで、大切な宝物を手放すときのように未練がましく、後ろ髪が引かれるような、悲しげで、とても辛そうな所作だった――