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オーバードリーム  作者: 左ノ右
第一章 
1/14

プロローグ

 誰もいない公園で、一人の少女が無言で突っ立っていた。


 美人ではないが、中性的な顔立ちをした少しあどけない童顔の、茶髪のショートカットをした少女の名は篠森夢依(しのもりゆい)、その公園の近くの学校に通う高校生である。

 彼女は真夜中だというのに何故か制服姿のままで、その短いスカートの下に黒いスパッツを履き、まるで今から軽い運動でもしようとするような感じであった。

 薄明かりの街灯の下、意志の強そうな黒い瞳で何かを待っているように目の前の真っ暗な空間を凝視する彼女は、少し苛立っているようにも見える。


 時刻は午前二時――。丑三つ時と言われるその時間は、『魔の物』が跳梁跋扈するには一番向いている時間帯と言われる。

 実際、公園というより小さな森と形容したほうがいいほどに広い公園だというのに、生物の気配はほとんどしない。

 生物の気配がしない代わりに、心の底からじわりと恐怖心を呼び覚ますような、不気味な風が吹いている。


 少女はその風をものともせずに、胸に付けたペンダントを揺らしながら、苛立ちを地面に叩きつけるように足でビートを刻んでいた。


「はぁ……もう帰ろうかな………」


 嘆息をしながら、初めて口を開いた夢依に対して、誰も返答しない――その筈だったが。


「おや――どうやら我が主は自分がこの場所に来た目的というものを忘れてしまったようじゃのぅ?」


 どこからか、やや時代がかった口調の艶やかな女性の声が聞こえた。

 夢依は、いきなり聞こえたその声に対して特に驚いた様子も無く、ややげんなりしたような声で、


「分かってるよ………でもさぁ、こんな時間になっても何にも出ないんだからさぁ、もう今日は出てこないんじゃないかな……って思ってもしょうがないじゃん」


 そう愚痴をこぼす。


「情けないのぅ………最近の若者には根気が足りんと云うが、我が主にはそれが特に足りておらんようじゃな」


 呆れかえる声は、どうやら彼女が左腕に身につけている鈍色のブレスレットから発せられているようである。

 しかし、ブレスレットが通信機の類という訳でも無く、まるで金属自体が声を発しているようにクリアな音声だった。


 金属が声を発しているというのは間違いではない。何故ならば、その『金属』そのものが生きているからだ。

 その『生きている金属』を身につけている夢依は、その異常性をまるで感じていないかのように普通に言葉を返す。


「ウルサイなぁ……悪かったねぇ、根気が無くて……でもこちとら夜の十時から四時間ぐらい待たされてんの。眠くて眠くて仕方ないの………つか寝たいの」


「一日睡眠を取らずとも、人は生きてゆけるのではないかや? それにホレ。――そろそろ待ち人も来る頃合いじゃ」


 金属の女性がそう言い終わると同時に、夢依は辺りの空気が少し変わっていることに気付く――。少し寒いくらいだった風が、生温く肌に張り付くような風に変化していた。

 そして、どこからかすえた獣じみた臭いと、獲物を誘き出すような唸り声が闇の奥から聞こえる。


「――わっ!?」


 夢依の叫び声と共に、闇の中からゆらりと現れたのは、凶暴な獅子の顔だった。

 だが、次第にその全身像が見えてくるにつれ、それが獅子ではなく異形の怪物であることが判明する。

 獅子の頭には山羊の角が生え、山羊と獅子が混ざったような強靭な体の後ろには、人を丸呑み出来るほどの巨大な大蛇が生えていた。


 その怪物の名はキマイラ――複数の獣が合わさって出来た神話の魔獣である。


「うわ………ホントに出たよ………」


 夢依は魔獣を見て、顔をしかめて心底イヤそうな声を上げる。

 だが、恐ろしい怪物を前にしながら、怯える様子はない。


「一昨日はでかい鷹みたいなやつと戦ったと思ったら、今度はライオンと蛇とかが混ざったみたいな怪物? はぁ………ホント勘弁して欲しいよ………」


「正確にいえば、グリフォンとキマイラじゃの。まぁそれはともかく、『依頼』されているのじゃから仕様が無いのではないかや?」


 二人が話している間にも、キマイラはその距離をじりじりと詰めてきており、今にも飛びかかってきそうな様子であった。


「そうだよねー、ああ………メンドイけど行くしかないか――」


 そこまで言った所で――もうすでにキマイラは少女を攻撃する態勢に入っており、力強く大地を蹴って宙を舞っていた。

 そして、その爪が夢依の体に届く――その瞬間。


「――鋼玉(こうぎょく)っ!」


 夢依が叫んだ。

 瞬間、彼女の腕に付いていた金属のブレスレットがグニャリと形を変え、文字通り盾となってキマイラと夢依の間に入り込む。

 刹那――黒板を爪で引っ掻いたようなギャギィッ! という音が辺りに響き渡った。


 鋼玉は、『魔具(まぐ)』と呼ばれる特殊な性質を持った道具であり、普段はアクセサリのような形をしているが、戦闘時には独自の形態に変化して、使い手の武器となる、まさに魔法の武具である。

 自由自在に姿を変形させ主を守る。それが『生きている金属』である鋼玉の本領であった。


 思いがけない固い感触に、攻撃を中断してキマイラは後ろに下がる。

 その様子を見た鋼玉は、盾の姿から元のブレスレットに姿を戻した。


「あー怖っ! ガード出来んのは分かってるけど、真近くで攻撃の音がするとビックリするっての」


「呑気に感想を述べておる場合ではないわっ! 次が来――」


 鋼玉がそう言う暇も無く、キマイラの再びの攻撃が夢依を襲う。


「わっわっ! ヤバッ!?」


 狼狽する夢依の前で、再び鋼玉が盾に姿を変える。

 その瞬間、金属を擦り合わせるような音と、重い衝撃が夢依を襲う。


 一撃だけならばさっきと結果は同じだっただろう、しかし、相手が硬いということを知っているキマイラはそれで諦めなかった。

 一撃で仕留められないならば、二撃、三撃と攻撃を続ければいい――。

 巨体のどこから出るのかというスピードで、キマイラは爪の連撃を繰り返す。

 攻撃が当たる度に、金属がひしゃげる嫌な音が響き、盾を持っている夢依はその衝撃で少しずつ後ろに下がってゆく。


「こ、このままじゃマズイんじゃないのっ!?」


「わかっておるわっ! 誰のせいでこうなっとると思っておるんじゃ!」


「あたしのせいだってのっ!? 無茶言わないでよっ!」


 敵の攻撃に混乱している二人が言い争っている中――急に場違いに明るい声が割り込んできた。


「ねぇねぇっ! 喧嘩なんかしてないでさ! そろそろオイラの出番なんじゃないの?」


 聞こえてきた少年のような声は、夢依の足元から発せられたようだった。


「チィッ……嬉しそうにしゃしゃり出て来おって……まぁ状況的には適任なんじゃろうがな………」


「ヘヘヘッ! 攻撃が止んだ瞬間に呼んでおくれよっ! タイミングは間違えないようにね!」


「分かってるって――行くよ風迅(ふうじん)っ!」


 夢依の叫びに呼応するように、夢依の履いていたスニーカーが白い光を放った。

 だが、同時に鋼玉の変化も解けてしまい、夢依はキマイラの前に無防備で立つ形となった。

 当然その好機を見逃すキマイラではなく、追撃を加えようと後ろ脚に力を込め、一拍だけ間を置いて夢依に飛び掛かる。


 凄まじいスピードでキマイラの爪が夢依に迫り、夢依が居るはずの空間を切り裂いた。

 今度こそ命中した。――そう確信した筈のキマイラは、自らの爪の感触に違和感を覚える。


「ヘヘッ! 遅い遅いっ――そーんなんじゃ一生オイラに当たりっこないぜっ!」


 得意げに言う声はキマイラの頭上から聞こえた。

 キマイラが頭上を確認すると、そこには先ほど切り裂いた筈の少女が居た。


 夢依は、光を放つスノーボードのようなものに乗って宙に浮いていた。

 そして、夢依は飛べぬキマイラをからかうように旋回すると、少し遠くに降り立つ。


 『風の神』たる風迅は、風を支配することが出来、使用者に風の如き速さを与える魔具である。

 また、風の力を利用して少しの間だが空を飛ぶことも可能であり、先ほどの現象はそれを利用したものだった。


「どうよどうよ? 見たかいオイラの活躍をさ? やっぱスゲーなオイラって」


「ちょっと煩い。アンタ使うときは集中しなきゃいけないんだから黙っててよね」


「つーめたいねぇ? でもオイラは黙らないよ? だってオイラが喋らなくなったらオイラじゃなくなっちゃうからね」


「うー……このウザさがなければもっと多用するのに……もういい、ムリヤリにでも黙らす」


 そう言うと同時に、夢依は自身を加速させる。

 キマイラは、移動する夢依に合わせて攻撃をしようとするが、その攻撃は空を切るばかりであった。

 その攻撃の隙を狙って、夢依はキマイラの後ろに回り込むように移動する。

 風のような速さで地面を滑るように移動し、いとも簡単にキマイラの背後を取った夢依は、


「速いのもいいけど、避けてるだけじゃ勝てないってね」


 そう言って、自身が付けているペンダントを強く握りしめながら叫ぶ。


「切り裂けっ――。一刀(いっとう)ッ!」


 夢依の言葉に反応し、胸のペンダントが光る。

 しかし、ペンダントが光った後、夢依の周囲に何の変化も生じていなかった。

 風迅が解除され、鋼玉も発動していない夢依は、一見まるで隙だらけに見える。


 キマイラは後ろに回った敵に対し、飛び掛かってくるならば丸呑みにしてやろうと後ろの蛇に指令を与えていた。

 だが、夢依は攻撃をする筈の距離に一向に入って来なかった。


 あと一歩、もう一歩夢依が移動すれば蛇の首が届く、しかし、夢依はもう仕事を終えたとでも言うようにそこから動かなかった。

 焦れたキマイラは、自分が下がって蛇で攻撃しようと考えた――がすぐに異変に気付く。

 いつの間にか、後ろに付いていた筈の蛇の感覚が無くなっていた。同時に蛇が居た場所に鋭い痛みが走る。


「グオオオオオオオオオオオォッ!」


 蛇が敵によって切り落とされていることに気付いたキマイラは、痛みと怒りの入り混じった咆哮を上げた。


「……己が攻撃されたことも気付かぬとは……愚かなり………」


 喉の奥から絞り出されたかのような渋い男の声が、夢依のペンダントから聞こえた。

 『見えざる剣』である一刀は、その二つ名が示す通り、肉眼では目視できない剣である。

 使用者の叫びと共に発動し、一瞬で相手を切り裂くその剣は、相手に太刀筋はおろか、振り下ろす音さえ察知させない。


「よっしゃっ! この調子でとっとと倒しちゃおうよ」


「夢依殿……油断は禁物かと……まだ相手を制した訳ではないのですから……」


 攻撃が成功して調子付く夢依に対して、一刀がやんわりと窘める。

 辛辣な鋼玉、自己顕示欲の高い風迅と比べて、一刀は落ち着いた武芸者のような印象であった。

 しかし、夢依はその一刀の助言を話半分に流して、


「だーいじょうぶだって、このまま一気に終わらせて早く家に帰るんだからっ! 行くよ風迅っ!」


 すぐさま一刀を風迅に切り替え、今度はキマイラの顔の前へと移動する。

 そして、鼻先まで近づいて、キマイラの噛みつき攻撃を一度かわしてから、


「これで終わりだよ――。一刀っ!」


 一刀でキマイラの顔を攻撃した。

 『見えざる剣』は弾丸に近い速度でキマイラの顔に迫り、そしてなんの防御もしないままキマイラはそれを受ける。


「――やったぁっ!」


 一刀が相手に当たったことを確認した夢依は、相手を確認しないまま歓喜の声を上げた。


「いや――まだです。まだ敵は生存していますぞっ!」


「えっ?」


 一刀の言葉に驚く夢依を、顔に一筋の傷がついたキマイラが睨みつけていた。

 そして、間髪入れずにその爪が夢依に向かって伸び、一刀がその一撃を弾く。


「嘘っ!? 直撃したはずじゃんっ!?」


「申し訳ない――尻尾と比べて、顔部分はまるで鎧のような硬さであったが故に、一撃では切り裂けませんでした」


 そう悔しそうに言う一刀。そして、今回の攻撃で相手を倒せると思っていた夢依は面喰ってその場に立ち尽くしていた。

 そして、その一瞬のチャンスを逃すキマイラではなかった。


 何かを溜めるように首を振り上げ、そしてその首を勢いよく振り下ろす。

 その一連の動作の後に、キマイラの口から炎が噴き出した。

 それは、確実に相手に当てられると確信するまで、温存していた『技』であった。

 その不意打ちの攻撃に、一刀が気付いたとき、既に炎が夢依に迫っていた。


「ぬぅっ!」


「ぎゃっ!」


 一刀は迫る炎に自らの一撃を加えると同時に、夢依を剣の柄の部分で吹き飛ばした。

 その数瞬後、火炎放射器のように勢いよく噴き出す炎が、姿が見えない一刀の体に直撃する。

 炎は、まるで意志を持つかのように轟々と燃え盛り、一刀の体を焼いてゆく。


「――痛たたたた……なにが起こったの? うわ、すっごい炎……あんなことも出来たんだ……」


 一刀に吹き飛ばされた夢依は、状況がよく分かっておらず、のんきな様子でそう呟いた。

 そんな夢依を、鋼玉がかなり焦った声で叱責する。


「阿呆っ! お主を庇って一刀が攻撃されとるんじゃっ!」


 鋼玉のその言葉で、夢依の顔がさっと青くなり、ぞっとした様子で未だ燃える炎を見る。


「え……嘘……じゃあアレは………」


 信じられないといった口調で夢依が呟いた時、ようやくキマイラは炎を吐くのを止めた。

 キマイラの攻撃が終わった後には、黒焦げになった何かが残されていた。


 黒焦げの物体は、ブスブスと煙を立て上らせながら、わずかにビクビクと痙攣するようにうごめいている。

 姿が見えないといっても、一刀はそこに存在しないわけではなく、確実に実体は存在し、ダメージを受ける。

 つまり、その黒焦げになったモノこそが、一刀の本体なのであった。


 そのことを夢依が理解した時、その肌に鳥肌が立ち、怒りで全身が震えた。


「……なにを……なにしてくれんだよ………おまええええええぇっ!」


 夢依の叫びに対して、キマイラは少し勝ち誇ったように喉を鳴らした。

 それは、今度はお前の番だ――と言っているようにも聞こえた。


「もう許さない……絶対にアイツ倒してやる………」


「じゃが、どうするつもりじゃ? 一刀がああなってしまっては攻撃も出来んぞ?」


「攻撃できなくても武器が無くなったワケじゃないよ。いいから集中して、今度は同時に使うから――」


 夢依はそう言うと、深呼吸するように一度すぅっと息を吸い、そしてゆっくりと吐いて、


「いくよ鋼玉、風迅っ!」


 気合をいれるように叫ぶと、そのまま走りだす。

 だがその走りは風迅を使ったものではなく、彼女自身がただ走っているだけだった。

 全速力で走ってはいるのだが、しょせん人間の足なので、当然遅い。


 そして、キマイラはその夢依を狙って攻撃を仕掛ける。

 攻撃といっても、もう炎が使えることを隠す必要が無いので、炎を吐いての攻撃である。

 一刀を黒焦げにした炎が、走っている夢依に一直線に迫る。

 だが、その炎が当たる瞬間、夢依の姿がフッっと掻き消えた。


「――ッ!?」


 驚いたキマイラは、一度炎を吐くのを中断し、夢依がどこに消えたのかを確認する。

 すると、先ほどまで夢依が居た場所の反対側に夢依の姿を見つけた。

 だが、相変わらず彼女は風迅を発動させておらず、キマイラからすればのっそりと遅くこちらに向かって走ってきていた。


 その瞬間移動のカラクリは、風迅のもう一つの能力によるものであった。

 風迅は、恒久的に速いスピードを維持する『ハイスピードモード』と、瞬間的ではあるが爆発的なスピードで移動する『ジェットモード』の二つの使い方がある。

 今回使ったのは後者で、相手に視認されないほどの速さで反対側に移動したというだけのことであった。

 『ジェットモード』の弱点として、あまりに速いので着地点を明確には定められないことと、異様に集中力を必要とするというものがあるが、怒ると逆に集中力が増す夢依からすればそれは大した問題ではなかった。


 武器が無いはずなのに、確実に自分に向かって迫ってくる夢依に対して、キマイラは今度は薙ぎ払う様にして炎を吐く。

 いくら速くとも、キマイラの炎は一瞬でも当たれば人間の体が耐えれる炎ではない。そう判断しての攻撃だった。

 向かって来た炎に対して、夢依は再び『ジェットモード』を発動させ、迷うことなくその身を炎の中へと飛び込ませた。

 横薙ぎの炎が夢依の姿を包み込む――だが、再び炎の中から夢依が出てきたとき、彼女はその全身に鋼鉄を纏っていた。

 それは、風迅を使ったまま鋼玉を発動させるという、使用にかなりの集中力を要する高等技術であった。


「ヒューッ! 二つ同時に使うなんて姉ちゃんも中々やるじゃん。ま、オイラほどじゃないけどね」


「妾を使うのは構わんが、あの熱ではそう長い間耐えられるわけではないのでな、決して立ち止まるでないぞっ!」


「分かってる――後はあたしに任せて………」


 鋼玉と風迅、二つの魔具を同時に使っている為か、夢依の表情は硬く疲れた顔をしていたが、眼だけはしっかりとキマイラを凝視していた。


 それからは、キマイラが炎を吐いて、夢依がそれを避けるの繰り返しであった。


 右や左にジグザグに移動を繰り返し、ジワジワと距離を詰めて、ついに夢依はキマイラの前にまで辿り着く。


「ついにここまで来たわよ……さぁ、あたしを黒コゲに出来るもんならやってみなさいよっ!」


 荒い息を吐きながら、夢依はキマイラに向かってそう叫ぶ。

 全く当たらない攻撃に焦れていたキマイラは、その要望に答えるが如く、最大級の炎を夢依に放とうとする。


 夢依はその攻撃に対して、避けるそぶりをまったく見せず、ドンと力強くその場に立ち続けた。

 そして、キマイラが炎の予備動作で首を振り上げたその時――初めて夢依は動く。


「今だ――鋼玉っ! アイツの口を塞げっ!」


 突き出した夢依の腕から金属の帯が伸び、キマイラの口に張り付く。

 そして、今まさに炎を吐こうとしていたキマイラは、その突然の行動に対して反応することが出来なかった。

 高温の炎が口から吐き出されようとするが、口を覆っている鋼玉がそれを阻む。

 結果、炎はキマイラの体を逆流し、自らの炎によってキマイラの体が焼かれることとなった。


「ガアアアアアアアアァッ!」


 痛みで唸り声を上げるキマイラ。だが、キマイラはまだ諦めてはいなかった。

 もはや止めることが出来ない炎だが、鋼玉を熱で溶かそうと逆に炎の威力を上げる。

 鋼玉の体が熱によって熱くなり、今にも熔け落ちそうなほど赤く輝く。


「ああああああああぁぁっ!」


 その鋼玉の熱が夢依にも伝わり、熱が身を焼こうとも、夢依は鋼玉を解除させなかった。

 もし今痛みに負けて鋼玉を解除すれば、夢依はキマイラの炎をまともに受けることになる。

 そうなれば夢依は一刀と同じく黒コゲになってしまうだろう、それはキマイラと夢依の最後の我慢比べであった。


「うおおおおおおおおおっ!」


 鋼玉の変化が解けないように、夢依は叫びながら必死で集中する。


「頑張れ……頑張るのじゃ………」


 自らの硬さに使用者の集中力が関係する鋼玉は、祈るように夢依を応援することしか出来なかった。

 自らの炎によって内臓を焦がされるキマイラ、鋼玉の熱によって腕を焼かれる夢依。


 互いに無限とも思える時間が過ぎ――そして、後に立っていたのは夢依の方であった。


 自らの熱によって絶命したキマイラは、夢依に頭を垂れるように崩れ落ちていた。

 夢依は、そこで初めて鋼玉を解除させると、火傷した腕を庇う様にしてその場に座り込む。


 すると――絶命した筈のキマイラの体が眩い輝きを放ち、閃光が辺りを包んだ。

 一瞬だけ辺りを昼のように明るくした後に、まるでそこに最初から存在しなかったかのように、キマイラは忽然とその姿を消していた。


「はぁ……はぁっ――はぁっ………終わったの?」


「うむ………これにて魔獣回収成功じゃ。一刀も……速く回収してやらねばの……」


 やや疲れた感じがする鋼玉の声を聞いて、夢依は体を奮い立たせるようにして立ち上がる。


「その前に、傷の手当てをしないと………」


 そう言って夢依は、火傷を負った腕を確認する。

 幸いにして火傷の具合は酷いものではなく、薬を塗れば数日で治りそうな傷であった。

 夢依は腰に付いていたポーチから、様々な傷に効く特別製の軟膏を取り出し、火傷した腕に塗る。


「痛たた………おっと、痛がってる場合じゃない。一刀を助けにいかないと………」


 そして、夢依は黒い塊となった一刀が転がっている場所に走ってゆき、優しく一刀を拾い上げると。


「ゴメンね一刀。あたしがアンタの忠告聞かなかったせいでこんなになって………」


 心底申し訳なさそうな声で、夢依が一刀にそう言うと、黒コゲの塊から声が聞こえた。


「いえ……全ては自らが至らぬが故に、このような醜態を晒す結果となりました。なに――数日もすればこのような傷すぐに治りまする。御安心召され………」


 魔具である一刀は、決して死ぬことは無い。

 だが、負ったダメージをすぐに回復できる訳ではなく、元のように使うには一定の期間が必要なのであった。


「うん……ホントにごめんね。ゆっくり休んでね………」


 夢依はそう言うと、黒焦げの一刀をペンダントの形に変化させた。

 ダメージを負ったせいなのか、そのペンダントは歪な形になっていたが、夢依は構わずそれを首にかけて。


「さ、帰ろっか?」


 笑顔でそう言い、戦闘が終わった公園から出るために歩きだした。




 これが初めての投稿となります。

 名前は左ノ右(さのゆう)と申します。


 あまり面白くない稚拙な小説かもしれませんが、どうか暇潰しに読んでくれればなーと思っています。


それでは――



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