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ドッグス ヘイト イット

作者: 見城R


「愛してるっ」


「…」


「好きだ、愛してるっ、大好きだ」


「うるさいわね」


付き合ってもう10年になりますよ。

だから、こんなやりとりばかりですよ。

でもね、なんというかね、


「言ってくれないから、僕が、その分だなぁ」


「薄っぺらいのよ、安っぽいのよ、価値下がってんのよ、黙れもう」


もう20代も後半にさしかかるアベック(注:この単語が正しい)にとって、

もう、長い年月が、彼と彼女が出会った高校生時代の、

いわゆるハイスクールライフの頃の、なんだってできると思ってたあのころ的な、

そういうのから、全部遠ざかってしまっている。

進学して、就職して、多くの人に触れていくほどに、

ずるずると、甘いこと言ってんじゃねぇ、そういう空気に晒されて、

抵抗性を得てしまった、一度引いた風邪に二度かからないみたく、

同じ病は続かないのを、体感しつくして、しかも、自然治癒にかまけたばかりに、

強靭な耐病性を構築して熱病に冒されるような、柔な、そういうものを一切合切、失ってしまったのだ。

獲得することは、すなわち、失うことなのだ、哀れ。


「最近、会うたびにイライラしてるな」


「そう?前からそうよ」


「んなことないよ、昔はほら、寒いのに待ってて、大丈夫て言ったら”会えたから治った”とか」


ばごぉっ!!!


「っっっ!」


「アホかお前っ、今いくつだ、というかそういう記憶消せ、無くせ、失えっ、恥ずかしい、馬鹿じゃないの」


「だって、お前な、そういう」


「いい?今時そんなジュブナイルな事に酔ってる同じくらいの年齢の人がいてて?」


「うーん、でも、新婚とかだと」


「いないわよっ、てか、新婚じゃないじゃないっ」


「じゃぁ、結婚し」


ばごぉっ!!!!!


どかどかどか、髪を振り乱して先に行ってしまう。

テレてんだなと、しみじみ思うので、


「照れるなよ」


くる 、


「………早く行くわよ」


リアクションはまったくない。

というか、酷く、こんなに冷たい目で見つめられることが、

かつてマネキン以外にされたことがあったろうか。

二人の仲は、よくできているのだろうけども、もう情熱を失っているような、

そういう切なさを伴っている、壊れないだろうな。

多分、そういう甘えがあるんだろうと、お互いがわかっているから、

こういうことができるんだろう。

そうやって思う。


けども、そうだとしたら、


「なぁ、本当に」


「そうね、どうだっていいわね、早く、お腹空いた」


それっきり会話を失ったのだけども、

ずるずると、お好み焼き屋に入った。

お昼時でも、そこそこ空いている、そもそも平日だから当たり前なのか、

普段は土日しか休みがない僕にとっては、

なんというか、不思議な世界でもある、今日は有給休暇を取ってる。

彼女が平日休みしかないから、こういう約束になった、

というか、勝手に僕が決めた、会いたいから、

会わないといけないような、そういうものだから。


「空いてるね」


「でも、おいしいんだよ、店員さーん」


慣れた様子で、彼女はてきぱきと注文をとっている。

あれこれと、僕に聞くもなく自分の分を済ませた。


「で、なんにするの?」


「え?あ…いや」


頼んでくれてると思っていたが、まったくそんなことはないらしい。

慌ててメニューを見ようとするが、そのおたおたっぷりに、

店員が苦笑いして、見つめてくれる、それを見て彼女はまた、冷たい目になる。


「あー、じゃ、エビ、イカのモダン」


もっと食べたいものがありそうだったのだが、

しぶしぶそれに決める、気まずい何かが流れる。


「はー」


「た、ため息は幸せが逃げ」


「そうね、逃げていくわね本当に、もう、逃がす物もないほどに…」


冷たい目は相変わらずのままだ、

言わんとしていることはわかる、

「ぐだぐだおたおたするなよかっこわるい」

そういうようなことだと思う、もう一つ付け加えるなら、

「お腹すいてんだから、早く決めないと遅くなるだろ」

そんなところだろうかな。

持ってこられた麦茶をずるずるとすする。


「ねぇ」


「ん?」


目の前では、じょわじょわと焼かれた粉物が並んでいる。

お互い、たっぷりとソースをかける信条だ。

お多福ソースを腐るほどかけるからこそ、

粉物はうまいと、もはや信仰している。

その香ばしい焦げる匂いをかぎながら、鉄板の向こう側から声、

僕は、マヌケに反応している。


「前にもこんなことあったわね」


「ん、ああ、まぁな」


前にもというのはちょっと違う、何度もだと思う。

だが、それは口に出せない気がした、

推測しうるかぎり、今、目の前の彼女が言った台詞はずっと深い。

どこまでかわからないけども、酷くデリケートなことのような気がする。

曖昧に濁しておこうと、目の前のモダン焼きにがっつく。


「前にも、というか、こんな話題をすることも、前にあった、何度もあったよね」


「う、うん」


「もう、何度も同じことして、ずっと変わらなくて、毎回同じ物食べてる」


ずるずる、マヌケにすすってみたりするが、

とてつもなく重たくなったこの空気は、容易に打破できない様子だ。

もう食べてる場合じゃない、なんか、背筋を酷く冷たいものが走った。

なんで、どうしてそんな流れに急になるんだ、

話題をかえなきゃ、い、今、一番自然なせりふは、えーと、


「…飽きた?」


何聞いてんだ…地雷じゃないかそれっ。

自分で思うけども、あまりにもスムースに出たその言葉は、

その場で、まさに出されるべきだったという空気を纏った。

一瞬静寂がたわったように思ったけども、すぐ、ソースの焦げる音が、

香りとともに昇ってかき消した。

その問いかけに、返答は無かった、

ないまま、二人で残りを食べた。


「ごちそうさま」


「うん、でよう」


静かに席を立った、会計は僕が持つ。

いつからかそういうルールを作っていた、

いつもの事だから、彼女はもうぼんやり外で待っている。

ふと、その姿が遠くに見えた。

のれんをくぐったそのすぐそこにいるはずなのに、

遠くの写真みたいに見える。

出入り口という額縁に飾られた彼女。

その視線は、決してこっちを向いていない。

あの、人形のように冷めた瞳は、他愛のない飾り付けを見ている。

同じ目で僕を見る。


「ごちそうさま」


「うん」


二度目も同じ、抑揚の無い声で礼をあらわす言葉、

僕は財布をしまう、二人で歩き出す。

何かを喋ろう。


「そういえば、仕事どう?」


「つまんない」


「そうか、また、揉めてんのか?」


「何それ、私が悪いみたいじゃない」


「ちょ、そ、そんなこと言っ」


「言ってるようなもんじゃない、あー、やだやだ」


「心配してんだよ」


「余計なお世話よ」


「そう言うなよ」


「あんたの方がアレじゃない、他人の世話してる暇あったら、自分のこと顧みなさいよっ、

会社の話聞いたら、十中八九怒られた話ばっかじゃない、クビになんじゃないの?

え?どうよ、なんとか言ってみなさいよ、ほら、何か言ってみなさいってばっ」


「あ、愛してる」


「んなこたぁ、聞いてねぇだろ、すっとこどっこいっ」


「うう、昔こんな漫画あったよね」


「知らないわよ、そんなモーニングの読み切り漫画の小ネタなんか」


「知ってんじゃん」


ばこすか、


とりつくしまもない、けんもほろろ。

というか、あれだ、僕が話題とかいろいろ間違えすぎている、

ここはもっとフランクかつユーモアに溢れる話題で打破しないといけない。


「そうだ、知ってるか?ダイエット運動する前に落としたい肉の部分を揉んでおくとスッキリ…」


「唐突に、どうした、あ?それは、なんだ、ダイエットせぇいうことか?」


そのままヒートアップしてまた、罵詈雑言&暴力沙汰となる。

それがいつものことだった、そうなることで、

少々というか、相当の犠牲を払ってしまうが、

まだ、二人が何かしらつながりを持っていると安心できる材料に、

いつもなら、なったんだ。

僕の中では、これが、二人のよい関係の象徴でじゃれあいだったんだよ。

知ってるかい?

問い掛けてしまう声は出さなくても、なぜか瞳が返してくるように思う。

僕には聞こえる。

知っているわ、だけど、それはうそじゃない、勝手に思った何かじゃない。

よくできた作り物なのよ。

言わないで、お願いだから、脳内の会話は進む。

その表層で、本当の声は静かに、ひたひたと歩いていく。

どこを?道を。

なんの?先に進むための。

先?

何が、待ってる、


「……あ、あれ?な、殴ったりしないの?」


「いいよ、行こう」


「え、あ、ちょ」


後姿だけを僕に見せる。

その背中が、これも飽きた、そう言っているように思える。

いつから本当、こういう関係が楽しいと思っていたんだろう、

だけど、それが続いて、倦むことがあるなんて。

わかっていただろう。

新しく何かをしようにも、過去の模倣になってしまう。

ぼんやり、うすらぼんやり、

二人で建設する全てのことが、ばかばかしいと思えてしまう。

そんな日がくるなんて、誰が知ってたんだろう。


「顔がうじうじしてる」


「ぇう」


「気持ち悪い、それに」


「それに?」


「辛そう」


どうだろうか、歩いていくその道の左右にある、

店という店は、また、見える景色の全ては、

ありとあらゆる幸福側を連想させるに耐えうる色彩と光沢を放つ。

僕と彼女はその中にいる。

彼女が数歩先を歩き、僕がそれを追いかけるように、

手はつないでいない。

いい、手なんか繋がなくても、心がつながっている。

見えないそれを手繰り寄せていた。

心のどこかで確信している、

いつからだ、僕が愛しているとつぶやきだしたのは、

そのつながりが、

見えなくなったからではないのか、


「つらくなんてないさ」


「そう、でも私は悲しいよ」


「かなしい?」


「うん」


ぐるり、彼女が見回すようにかぶりを振った。

他愛の無い景色は、無機質さを増していく。

彼女の冷たい瞳は相変わらず、

風景を見るそれと、僕を見るそれとでまったく同じだ。

黒目が漆を塗ったように、

光るけどものっぺりとしている。


馴れて反復することで、定型をなぞっていれば、

とりあえずは安心だと思っている。

ゲームのやりすぎだよ。

フラグを立たせる行為を何度も続けているからって、

パラメーターがあがっていくなんてお約束は、

世の中には存在しない。

存在していても、同じルーチンじゃない。

ひとつのルーチンをこなしたあと、そのルールは、

新しい作用を受けて、違うルートをたどらないと、

効果を得られなくなる。

そういうものだと、いつから、さぼるようになったんだ、

努力を怠り始めたのだろう、真剣に口説き続けていた頃、

そのときの情熱と不器用でもへたくそでも懸命にこしらえた言葉としぐさ。

いけないのは僕の方だ、取り返さないといけない。


僕は先をいく小さな手を握り締めた。


「うわ!な、なに?痴漢!?」


「ば、馬鹿野郎っ、人聞きの悪いっ、でなくて」


「あによ急に、いまさら」


ぴろぴろぴろ、思わず振りほどかれた。

ああ…僕のつながり…

だが、ここで負けるわけにはいかない。

引き下がらずにもう一度言う、


「あ、愛してるっ」


ばごっ!!!


すばらしい左のショートアッパーがあごを捉えた。

僕のグラスジョーはもろくも崩れ去る。

あほくさい、そういう表情と侮蔑を残して、彼女はまた一歩遠のいた。


「そんなのいいわよ、早く行きましょう、前言撤回、悲しいだけじゃないわ、辛いわっ」


あああ…。


先を行く背中がまた本当に、

他人のものになっていくのがわかる。

もう、声だけでも届かなくなったんだ。

次の段階となると、もう、有無いわさずチューするとか、

そんなのしか浮かばない自分が悲しい、

でも、ひょっとしたらそれが正解かもしれない。

そう思う自分がもっと悲しい。


「ねぇ、もうなんもないし、帰ろっか」


「ちょ、飯食っただけじゃんっ」


「だって、なんもないしょ、いいじゃない、お互い一人の時間も大切にしないと」


そういうと、本当に帰りの方向へと歩き出す。

そちらに車がある、どのみち車で移動するつもりだったけど、

このフレーズのあとに移動はじめたら、

もう送っていくだけになっちゃうじゃないか。

とめようにも、もう無理だ、今日は仕方ないか、

そう諦めてしまう。

いや、前々からこれもわかってたことなんだ。


こんなことももう、数度目だ、何度か数えることも忘れるほどたくさんのひとつ。


まだ大丈夫だけど、この大丈夫を続けて、やがて進んできた最後のところまで行く。

もう戻ることができないし、道は一本しかないんだ。

あとはゆっくりとその坂道を下るばかりなんだ。


どうしても進まなくてはいけない道、もし、たどり着きたくないなら、

せめて、ゆっくりとするなら、

少しくらいの悪あがきが必要だろうな。


僕の目の前に、ストレートヘアーのステキなゲイノウジンが居る、

無論ポスターという形でだけども。

そのステキスマイルは、どうやってもまねできそうにない。

だいたいストレートヘアーが無理。

僕、天パーだものね。


「……ストレートでもあてようかな」


「!…はぁっ!?今、な、なんつった?あ?」


「え?いや、ほら、ストレートあてたらもうちょっと小じゃれになれるかしらとか」


「ばっかじゃないのっ!!!!あんたから、その髪型とったらいよいよもって…あああ」


派手に落胆を見せる彼女。

なんだ、なんだ、僕、なんかひどい地雷踏んだのか?

坂道をゆっくり歩く、慎重に歩く、だが気をつけなくてはいけない、

慎重に歩いているほうが転びやすい。

下り坂は、勢いで通り過ぎたほうがうまく下れる。

僕はどこか踏み外した、すごい勢いで落ちていく。


「というか、見た目だけで変われるわけないでしょ、なんで、いっつも私のこと分かってないっ、

何一つ、どれもこれも、まったくもってっ!!!馬鹿っ!」


「いや、え、あ?なにが」


「あたしがほしい言葉も、私の気持ちも、全部ひっくるめて、全て分かってない、だから悲しいつってんのよっ、

愛してるなんて言われんでもわかってるしっ、うじうじ考えてること全部的外れだし、

なんか違うことしようとか言うわりにいつも一緒のことしかしないしっ、

特別なことなんてなんもいらないのよ、なんで普通にいて、普通に過ごそうとか、

そういうのっ、もう、あほっ、ばかっ、おたんこっ、おたんこっ、おたんこっ!!」


「いや、おたんこて、なんね」


「おたんこなすの略称よっ、馬鹿、悟れっポンコツっ」


「え、別れ話しようとか、そういう」


「したいのか?別れ話を、え?お前は別れたいのか?このわたしとっあっ?言ってみっ」


「ち、違います、んなわけ、あ、ありません、ありましぇん」


「ばっかじゃないのっ、本当、口を開けば愛の言葉だとか、そんな安っぽいもんのほうが不安になるでしょーが」


「え、じゃ、お前は僕のこと」


「好きに決まってるじゃないっ!!!」



「あ、愛して…!」


ばごぉっ!!!!!!

喜び勇んで、とびかからんばかりに抱きしめる体勢で近づいた僕に、

カバンで横殴りのあと、蹴りを加えて、ボディーに打ち下ろしのストレートが決まる。

痛い、痛いけどわかった。

こうやって一つ一つ、体で覚えていこう、思い出は作られて刻まれていくのだ。


踏みとどまって、もう一度見る。

目の前では、うってかわったように、

顔を真っ赤にして、恥ずかしさと興奮とでやきやきしてる。

可愛い僕の彼女がいる。

彼女は僕のことが好きなのだ、これだけでまた一年は戦える。


「待てっ、ちょ、悪かった、軽軽しかったのはわかった、だから、もう一度」


とりなおして、


「本当に大好きだ、これからも一緒にいよう」


僕が多分、生きてきたなかでもっとも綺麗な笑顔を見せたと思う。

思いながら、

その笑顔に彼女のチョッピングライトが炸裂する。


痴話げんかをしながら、僕らは少しずつ道を進む。

先に何があるかわからないが、一本道を進んでいくんだ。

行くすがら、


幸せでありますように、


無論僕らがじゃない、僕らの周りの全ての人がだよ。

僕らは十分幸せだからね。

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