In English,please!!
突然だが、私は数年前までアメリカ人だった。正しくは二重国籍。親の仕事の都合でアメリカで生まれた日本人である。四歳までをニューヨーク州のH地区で過ごした。
親の仕事が何なのかとか今の国籍はどうなのかとかは、この話には一切関係ない。重要なのは『日本語と英語が入り混じる世界で暮らしていた』の一点に尽きる。
さて。
随分前からテレビで見るコマーシャルがある。某英会話教室のもので、いきなり家庭内の公用語が英語になるという筋書きのものだ。母親に「おかわり」と言った少年が「In English,please!」と言われ「オカワーリ!」と元気よく言う。多分、見たことがある人も多いだろう。
このCMは我が家では大変評判がよく、しかし私は大嫌いだ。あんな形で黒歴史が掘り返されるなんて!
そう、あれは今から二十年以上も前のこと。私がニューヨーク州のS地区にあるH教会の幼稚園に通っていたときのことだった……。
当時の私は親の付き添い無しでは幼稚園に行けない子供だった。
ある日、私が所属していたクラスで『色の名前を英語で答える』という授業があった。実はS地区、さまざまな人種がいる区域で、そのため英語と英語以外の言語をごっちゃに話す子供が結構多かったのだ。私は日本語と英語のちゃんぽんだったし、仲良しのクロエはフランス語なら話せた。それで会話が成立していたのはいまだに謎だが。
それはともかく、授業である。
私は問われるままに色の名前を答えて言った。「white,yellow,blue,red,green」……。そこそこ順調に答えていったが、途中でふと固まってしまった。
茶色、である。
いうまでもなく茶色はbrownだが、当時の私(確か三歳になったかならないか)は知らなかった。
しばし考えた挙句、私は元気よくこういったそうである。
「チャイロゥ!」
あのときのことを母はこう語る。
「なんていうのかな、ばっちり日本語なんだけど言葉的は英語なの。Rの発音がやたら正確だし、アクセントが『チャ』についてたしね。そのとき……っていうか保護者同伴で幼稚園に通ってたのアンタくらいだけど……笑いを共有できる仲間がいなくて、必死に笑いをこらえたわ。あたしが笑いをこらえてるのを、先生も不思議そうに見ていたしね。あの時は説明に困ったなー」
さらに、あのCMを見てこう付け加えるのだ。
「このCM作った人、現実にはこんなことないって思ってたんだろうね。実際にありますよって教えてあげたいわ。ハーフリンガルってほんとにいますよって!」
ハーフリンガル。歯列矯正のことではない。
しいて言うなら『出来損ないのバイリンガル』だ。バイリンガルは『どちらもできる』だが、ハーフリンガルは『どちらも中途半端』になってしまう。
そう、あのCMは英語教育に潜むハーフリンガルの危険性を示唆している……わけがない。
本当、日本語教育をしっかりしてから英語を教えて欲しいものだ。じゃないと、私みたいのがそこらに溢れかえる未来が見えてしまう。
……とりあえず、はやく新しいCMに入れ替わってくれないかな。