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死体の上から降りる (読み切り)

作者: San
掲載日:2026/06/09

歓声は、ちゃんと聞こえているはずなのに、どこか遠い。


「勝ったぞ!」

「お前がいたからだ!」

「すべて終わった!」


手が上がる。

肩を叩かれる。

誰かが泣いているのが見える。


私はその中心に立っている。


勝ったのだと、理解はしている。


でも、その理解には実感がない。


代わりにあるのは、妙に静かな感覚だった。


終わった、という感覚ではない。

何かが“空になった”という感覚だ。


欲しかったはずのものは全部ある。


結果も、評価も、証明も。


なのに、胸の中だけが抜け落ちている。


私は気づいてしまう。


これが“全てを手に入れた場所”なのだと。


そして、その場所には、思っていたものは何も残っていない。


歓声の中で、私は一歩だけ後ろに下がる。


その瞬間、空気が変わる。


世界が少しだけ遠のく。


私は降り始めている。



最初の記憶は、まだ“何も持っていなかった頃”だ。


私たちはただ集まっていただけだった。


目的は曖昧で、勝算なんて言葉は冗談みたいなものだった。


誰かが笑って言った。


「どうせ無理だろ」


それを聞いて、別の誰かが真顔で返した。


「じゃあ、やってみるか」


その瞬間が、始まりだった。


私はその場にいた。


その軽いようで重い決断の中に。



一歩、降りる。


歓声が少しだけ遠ざかる。


代わりに、あの夜が近づく。


初めて全員で失敗した夜。


誰も成功を信じていなかったのに、誰も諦めなかった夜。


火の前で、誰かが笑った。


「これ、絶対勝てないやつだろ」


その言葉に、みんな笑った。


でも、その笑いは明るくなかった。


むしろ、怖さをごまかすための笑いだった。


私は覚えている。


その中で一人だけ、笑わずに空を見ていた奴がいた。


あいつは言った。


「それでも、やるしかない」


その声で、空気が変わった。



また一歩降りる。


今度は、もっとはっきりとした記憶。


初めて誰かが倒れた日。


勝てると思っていた戦いだった。


でも、現実は簡単じゃなかった。


静かに、誰かが動かなくなった。


誰も大声を出さなかった。


ただ、その場に“空白”ができた。


その空白を埋めるように、誰かが前に出た。


誰も立ち止まらなかった。


立ち止まれなかったのではない。


止まる理由がなかった。


そのとき初めて、私は理解した。


これは遊びでも、挑戦でもない。


“戻れない選択の連続”だと。



降りる。


歓声はまだ聞こえる。


でも、その中に混ざっている声が変わってくる。


「お前がいたから」

「お前を信じてた」

「ずっと見てた」


その言葉が、少しだけ重い。


私は気づく。


それは今の私に向けられた言葉ではない。


ここまで積み上げてきた“全部”に向けられた言葉だ。



さらに降りる。


記憶が濃くなる。


あの頃の私は、まだ何かを信じていた。


勝てば何かが変わると思っていた。


終われば楽になると思っていた。


でも、違った。


進むほどに、選択は減っていった。


逃げ道が消えていった。


そのたびに、誰かが支えになった。


「大丈夫だ」


その一言だけで進めた日もあった。



一歩降りる。


思い出す。


誰かが言った。


「お前は最後まで残るタイプだよ」


その言葉は冗談だったのか、本気だったのか、今はもうわからない。


でも、今の私はそれを証明してしまっている。


残ってしまった。



歓声が少しずつ崩れていく。


代わりに、静けさが増える。


その静けさの中で、私はようやく気づく。


全てを手に入れたと思っていたのに、

実際に手にしていたのは“結果だけ”だった。


その中身は、もうここにはない。



さらに降りる。


今度は、戦いの最中の記憶。


叫び声。

判断。

一瞬の迷い。


誰かが前に出て、誰かがそれを支えた。


そのすべてが連鎖だった。


私一人では絶対に届かなかった場所。


でも今、私はそこにいる。



そしてまた一歩降りる。


気づく。


これは勝利の物語じゃない。


ここまで来るために壊れずにいた時間の物語だ。



歓声はもう薄い。


私は足元を見る。


そこにあるものは、もう“戦場”ではない。


選ばれた時間の重なりだ。



最後にもう一歩降りる。


すべてが静かになる。


その静けさの中で、私は初めてはっきりと思う。


「全部、あったんだな」


でも同時に、もうひとつ思う。


「もう、ここにはないんだな」



私はゆっくりと息を吐く。


歓声は消えかけている。


代わりに残るのは、確かに歩いてきたという感覚だけ。


私はそこから、ようやく一歩前へ

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