2-2. 正体(2)
商会主はごくりと唾を呑み込んだ。
「滅相もございません。禁足地など、通ろうはずもございません。弊商会は……正規街道の使用を徹底しておりますゆえ。ただ、もし赤土がついているとすれば……それは北街道の迂回路かと存じます。……ご懸念でしたら、数日ほど猶予をいただければ運行記録をお出しいたしますが、いかがいたしましょうか」
完璧な回答だった。
クレイスの誘導尋問を、正面から論破するでもなく、可能性の話へと逃がした上、協力姿勢を見せることで疑惑の矛先をかわしている。しかも時間稼ぎを兼ねて。
旧街道のさらに奥にある禁足地『竜の顎』は、北部鉱山から王都までを最短で抜ける経路として裏取引に使用されることがある。商会主がもしその経路を使用していれば態度に表れるだろうし、そうでなければ単純な否定しかできなかっただろう。しかし、商会主は言った。『北街道の迂回路』だと。それは確かに北部鉱山から王都までの経路で使用する正規街道のひとつだ。一部で山肌が露出し、赤土が流れている。雨期になると街道がぬかるみ、馬の歩みは鈍り荷車も足止めを食う難所。
ルーペに粉塵の傷もなく、魔石粉の汚れもつかない靴を履く男が、即座にその情報を出すことの異質さ。
その『異質さ』こそが、クレイスの欲していた情報だった。
(やはり、これほどの論理構築、単なる商人の即興ではない)
彼は満足そうに微笑み、商会主を見つめた。怯えたような男の目が、小刻みに震えている。
「いや、結構だよ。それより、先ほどから感心していたのだが……突然の訪問にも拘らず、非常に素晴らしい受け答えだ。その才覚があれば、王宮にも出仕できよう。どうかな、財務省で働く気はあるだろうか?」
クレイスは優雅に、知性の源に向かって『挑戦状』を差し出した。
彼の思考は次の段階へ進んでいる。
この言葉は、目の前の男にしか答えられない誘いだ。しかし決して肯定はできまい。そこに必ず隙が生まれる。
誰が、どうやって、この男に回答を言わせているのか。それを読み解く隙が。
顎先を手で弄び、クレイスはそっと目を細める。その視界では、哀れなほどに萎縮した商会主が、虚空にいる神に助けを求めるように視線を泳がせていた。眼鏡の奥で、焦点が合わない震えた瞳が忙しなく右往左往する。正面を見ているようで見ていない、ひどく細かい眼球の動き。
沈黙が降り、部屋にはただ、書記が羽ペンを走らせる音だけが静かに満ちていた。
――ああ。
クレイスは思わず、喜びの吐息が漏れそうになり、立ち上がった。
「うん。理解したよ」
唐突に席を立ったクレイスに驚いたように、商会主が顔を上げる。
彼はもう迷わなかった。逸る心を抑えるように、一歩ずつ絨毯を踏みしめ、部屋の隅の小机に向かって歩み寄る。
その簡素な机の前で足を留めると、彼は長身を折り曲げるようにして、書記の顔をゆっくりと覗き込んだ。顔色を失った白い頬が痛々しい。
彼は極めて穏やかな、しかし逃げることを決して許さない声音で、優しく囁いた。
「……それで? 次の回答は、まだかな」
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