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6-2. 提案(2)

 クレイスはそれには触れず、食事を続けている。

「それに、回路もまだ応急処置だと言っただろう? 今後回路が安定したとしても、危険が去るわけではない。逆にあなたにとっては、今よりよほど厄介なことになりかねない」

「厄介、って?」

「……全属性適性という異能はね、権力者にとっては垂涎の果実なのさ」

 微かに苦みを滲ませた顔で、彼は呟いた。


「この国に限らず、貴族が、軍部が、あるいは学者が。その果実を『戦略兵器』や『実験体』と見なし、あなたの奪い合いを始めるだろう。それは火を見るよりも明らかだ。しかし、私はそれを許さない。絶対に」


 クレイスは目を伏せて、食卓の上を見つめながら静かに告げた。

 シトラの食器の上は、空になりつつある。パンの欠片、一口だけ残ったスープが、未練がましくこの時間を繋ぎ止めていた。


「そこで、なんだが」

 食事を先に終え、彼は水差しからグラスに水を注ぐ。


「私の弟子になるというのは、どうだろうか」


 彼はふわりと笑ってグラスを差し出した。

「公的な弟子でなくとも、筆頭宮廷魔術士の直弟子という肩書があれば、誰もあなたに手出しできない。あなたを害するということは、私を害することと同義になるからね」


 返事をするという意識が頭に上らないまま、シトラはグラスを受け取った。冷えた水を一口飲むと、彼の言葉の意味が体に浸透し、ようやく「え?」という声が出た。


「もちろん、受けるかどうかは、あなたの自由だ。だが、私はあなたに、ここで魔術を学び、自分の身を守る術を身につけてほしいと思っている。……この魔塔で、期限などを気にせず、好きなだけ」


 クレイスの穏やかな声が、シトラの心を柔らかく覆っていた。決して触れず、踏み込まず、雨の日に外側から傘をさしかけるような、慎ましやかで繊細な気遣い。


 その思いやりに、畏れに近い感謝を感じながら、シトラは深く息を吐いた。


 筆頭宮廷魔術士クレイスの弟子。

 それは、魔術士すべてが羨む限られた高みの席だ。魔術と関わりのないシトラでも、そのくらいはわかる。私的な直弟子は、宮廷魔術士が就く公的な弟子とは立場上の違いこそあれど、その実態はほぼ同じと言っていいだろう。


 しかし、彼のその言葉は、シトラにとって単なる誉れという意味を成してはいなかった。

 もっと重く、もっと衝撃的な、根本を揺さぶるもの。


『自分の身を守る術を身につけてほしい』。

『期限などを気にせず、好きなだけ』。


 その提案は、備品であることを辞め、人として生きる道を示している。


 シトラはすぐには答えることができなかった。

 それを彼は迷いと見ただろうか。


 パンの欠片を口に入れ、シトラはスプーンを手に取った。一口残していたスープを飲みきり、グラスの水をすべて飲み干して、食器を置く。


「……ありがとう」


 その一言を口にするのに、シトラはひどく時間をかけた。


「でも、弟子なら、師匠を呼び捨てになんてできないけど?」

 明るく軽く、笑ってみせる。


 クレイスもまた、それを受けて肩を竦めた。

「魔塔法を改正しろというのかな? 残念ながらそれは受け入れないよ。公の場では、師匠と弟子という立場で呼び合うこともあるかもしれないが……家にふたりきりでいる時くらい、ただの『クレイス』でいさせてくれ」

 彼は顎の高さで両手の指を組み、視線だけをこちらに寄こして、どこか悪戯めいた響きをのせて囁いた。


「あなたなら、私の安らぎを尊重してくれるだろう?」


お読みいただきありがとうございます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

毎日更新予定です。全32話。

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