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塩の無い世界

掲載日:2026/01/10

塩の無い世界を描きたくて。

地球では無い

どこかの星

不思議なことにこの星では

海が存在しない

想像してみてほしい

全ての国が陸地で繋がっている世界を

海に囲まれた日本みたいな国は無い

海に囲まれた英国みたいな国は無い


いや、海が存在しないと言うよりは

かつて海が存在していたのだ。


青く輝く広大な海が、大陸を優しく隔て、潮風が山々に塩の香りを運んでいた時代。人々は港町を築き、帆船で交易し、海の恵みに感謝しながら暮らしていた。その証拠に、大地のあちこちには、干上がった海底の跡が巨大な窪地として残り、地層からは貝殻や魚の化石が無言で過去を物語っている。


しかし、今は違う。


海は消え、塩も消えた。


正確に言えば、海の水は蒸発し、塩分は地中深くに沈殿し、やがて採掘が不可能なほど深い地層へと封じ込められてしまった。残されたのは、果てしなく続く陸地だけ。大陸と大陸は地続きとなり、かつて海だった場所は、今では広大な砂漠か、深い谷となっている。


「国境なんて、ほとんど意味がないよ」


若い地質学者のレオは、窓の外に広がる単調な茶色の大地を見つめながら呟いた。彼の研究室がある「中央連邦」は、この星で最も大きな国の一つだが、それは単に「かつて海に面していた沿岸地域の名残を名乗っている」だけだった。海がないのだから、島国もなければ、海を隔てた対岸の国も存在しない。全ての土地が陸続きで、人々はどこまでも歩いて(あるいは、軌道車で)移動できる。物理的な隔たりのない世界は、一見すると平和で開放的だ。


だが、欠けているものがある。


塩だ。


料理には味がなく、保存食は腐りやすく、人々の汗には塩分がほとんど含まれない。体内のミネラルバランスは微妙に崩れ、無気力や倦怠感が「現代病」として蔓延している。最も貴重な資源は、古代の海底層からかき集めた、かすかな塩分を含む岩「灰晶」だ。灰晶は研磨され、ごく少量が医療や最重要産業にのみ使われる。一般市民が口にすることは、まずない。


「レオ、朝ごはんが出来たよ」


朝ごはんは目玉焼きとソーセージとパンだ。ただ、塩が無いこの世界の食事に塩味は無い。あるのは酸味や甘味や辛みだ。基本調味料は酢と胡椒だが、あまり使われない。


無塩の食事に慣れている人には、これが普通だ。素材の旨みをよく感じて食べているのが分かる。料理にこだわるより、食材の鮮度や良し悪しの方がどちらかと言えば、大切になってくる。後は火入れなどは特こだわりがある。


「母さん、行ってくるよ」


〜〜〜


「探査隊が、『終わりの谷』で変わった地層を発見した」


上司からの報告に、レオは心を躍らせた。「終わりの谷」は、最も深いかつての海底窪地だ。そこに、もしかしたら…封じられた塩の層が、浅いところに現れているかもしれない。


許可を得て、レオは単身、軌道車で「終わりの谷」へ向かった。何日もかけて深く下りていくにつれ、空気は乾き、景色は荒涼としていく。そして、谷底近くの断崖で、彼はそれを見つけた。


純白ではない。灰色がかった、しかし明らかに他とは異なる鉱脈が、岩肌に縞模様を描いていた。レオがハンマーで慎重に敲くと、小さな欠片が剥がれた。彼はそれを舐めてみた。


一瞬、渇ききった口の中に、忘れていた感覚が広がった。


しょっぱい。そして、深い。


それは、紛れもない塩だった。ごくわずかだが、太古の海の記憶をそのまま封じた、濃厚な塩分。彼の目に涙がにじんだ。これは希望になる。少量でも、分析し、複製の方法を探る手がかりになるかもしれない。


その夜、谷底のキャンプでレオは星空を見上げた。海のない星の空は、どこまでも澄み渡り、冷たく輝く星々がちりばめられていた。彼は手の中の塩の欠片を握りしめた。


この世界に海は戻らない。しかし、海が残した最後の贈り物が、ここにある。失われたものはあまりに大きい。だが、この小さな白い結晶が、何かを変える始まりになるかもしれない。


彼は、この発見をどう報告すべきか考えた。権力者に独占され、争いの種になるかもしれない。あるいは、ゆっくりと、全ての人々の希望として広げていくべきなのか。


風のない谷底で、星明りだけが、彼の悩む横顔を静かに照らしていた。塩のない世界で、ほんの一粒の塩がもたらすものは、あまりに重かった。

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