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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【BL】カミサマのごっこ遊び

作者: 義倉 茶房

 人はいつも、何かに縋って生きている。時には他人に、時には権力に。だが、誰しも必ず最後に縋るのは、決まって神だ。

 そしてそれは、王都から離れたこの小さな村でも例外ではなかった。山賊による被害が後を絶たず、村の者達は皆困窮し、荒んでいた。

 そんな彼等も、最後はやはり神頼み。彼等が向かった先は神のお膝元、教会だった。


 これは、民を救済するために存在する教会の、頭のイカれた双子の神父と、その双子の弟のネジが数本抜けている恋人の、おかしな3人の物語である…。




 そんな哀れな二人がやって来たのは、やたらと辺鄙な場所にある今にも崩れ落ちそうな教会であった。

 人里も遠い山裾の、森と大きな湖と川に囲まれた自然豊かな…と言えば聞こえは良いが、要は熊や狼などの猛獣や山賊等も出るような危険な場所に、それはあった。

 神頼みもタダではない。この国が崇めている女神は慈悲深いと有名だが、彼女に仕える信徒は皆、完全に金の亡者となっているということは有名な話である。

 そんな金も、貢げる物も無い者達が最後に救いを求める場所こそ、この見るからに打ち捨てられている教会であった。


「神父様、どうかお願いします!我々の村をお救いください!」

 年老いた老人とその娘らしき若い女が、1人の年若い黒いロングコートのような長衣を纏う神父に跪き、頭を垂れ、必死に懇願している。

 神父は緩く波打つ灰色掛かった茶褐色の髪を肩口で切り揃え、白磁の肌と金色と銀色のオッドアイをした、人の世の理を外れた麗しき容貌をしていた。

 更に背も非常に高く、それに伴い手足もスラリと長い。男も女も目を奪われ、虜とするような惹き込まれる魅力が、その男にはあった。

 彼の背後には、両手を広げる首の無い女神像。そんな女神の代わりに神父は優しく微笑み、老人と女の手を取った。

「こんな所まで、本当に大変でしたね…。ですが、もう大丈夫ですよ。我々にお任せください」

「神父様…!」

「あぁ…、本当にありがとうございます!」

 彼の言葉に、老人と女は涙した。そして、御礼を…という女の言葉も遮り、神父は言う。

「そんなものは必要ではありません。貴方がたの平穏な生活こそ、私達の本懐。それ以上は過ぎたるものです」

 その言葉に二人は再度涙を流し、改めて御礼を述べると、安堵の表情で村へと帰っていった。


 人の気配が消え、神父1人となった教会はまた静寂が戻っていた。朽ちかけてはいるが、静謐な女神の御前で神父は依頼内容を確認していた。だが、そんな静かな時間は長く続かなかった。

 それは突然のことだった。ひび割れ、崩れかけた隙間から陽光が差し込む荘厳な礼拝堂に、ドン!と何かが落ちたような大きな音が響き、建物が僅かに揺れ、天井からは崩れた欠片や砂埃が落ちてくる。

 「全く、依頼者が来るとあれほど言ってあったのに…」

 若い神父、ルネの顔は先程までの慈悲と憐れみの籠もった儚げな笑みとは違う、柔らかくもどこか剣呑さが見え隠れする笑みに変わる。

 そしてルネは、時折ガタン!ドサッ!と、大きな音が鳴り止まない暗い教会の奥へと姿を消したのだった。

 

  教会の奥である居住スペースは、まだ普通に生活出来る程度の形を残している。

 階段を登り、その奥の突き当たりにある古い木製扉を、ルネはノック等もせず平然と蹴破った。バキィッ!と凄まじい音を立て扉は真っ二つに折れ曲がり、ぱらぱらと木片を散らしながら床へ落ちる。

 中の部屋は簡素なもので、大きなベッドと木製の机、割れた金の丸縁の鏡くらいしか無い。

 そんなベッドの上に、例の騒音の主が居た。


 ベッドの上には二人の年若い男がいた。黒いワイシャツとタイトなスラックス姿で仰向けに寝そべり、羊皮紙の本を読んでいる灰色の髪男は、ルネの双子の弟であるアイーザ。そんな彼の上で腹這いになり、読書の邪魔をしている白いオーバサイズのシャツとベージュのズボンを履いた金髪の男は、彼の恋人でロイドといった。


 二人ははルネが入った来た事も、ドアを蹴破った事も気にせず、アイーザは本を読み続け、ロイドはアイーザに構えと催促していた。

「いい加減にしていただきましょうか?私、何度も依頼者が来る時は大人しくしろと言っていた筈なんですけどねぇ?」

 一見ルネは笑っているようにも見える。しかし、その目は笑ってなどいない。そんなルネを金髪の青年がちらりと見た。

「だって、アイーザが帰ったって言うから…。居る間はちゃんとアイーザに言われた通り大人しくしてましたよ?ね、アイーザ?」

 ちゃんと大人しくしたと豪語し、ロイドはまるで大型犬のように、アイーザに褒めろと強請る。しかし、アイーザの視線は本に向けられたまま、その声も冷めたものだった。

「それなら今も大人しくしていてくれませんか?本を読んでいる途中なので」

「えー、嫌です!暇なんですってば!」

「ふざけるのも大概にしてくださいね〜?仕事ですよ」

 錆びたパイプベッドの上で戯れる馬鹿二人に、ルネは呆れるしかなかった。

「今いいところなので、読み終わったらそちらへ行きます」

「私も、アイーザに撫でてもらったら一緒に行きます!」

 ルネは返事の代わりに懐に仕舞ってあった拳銃を取り出し、二人のベッド側の壁に一発ぶち込んでから、部屋を後にした。当然、二人はそれを気にした様子もなく、ロイドがアイーザの上から退くこともなかった。


 二人が礼拝堂へとやって来たのは結局、アイーザが本を読み終え、上に乗っかっていたロイドを床に転がし、アイーザがシャワーを浴びて、ロイドがお腹が空いたと言って、空腹を満たしてからのことだった。


「私は仕事だと言ったはずなんですけどねぇ?そのすっからかんな哀れな頭では理解できませんでしたか?」

「私はせっつかれただけの被害者なんですけどね。恋人が積極的だと、苦労するんですよ」

「それだと私が誰彼構わずみたいじゃないですか!私はアイーザだけですっ!」

「双方頭のイカれた恋愛ジャンキーでお似合いですよ。ほら、さっさと準備をしましょうか、出るのが夜になってしまいますからね」

 ルネの嫌味も聞き慣れているためか、アイーザは司祭服をだらしなく着崩したまま、懐から煙草を取り出して火を付けた。ロイドは満腹で眠くなってしまったのか、大きな欠伸をしている。

 ルネもそんな二人に興味も失せたのか、礼拝堂に置かれているパイプオルガンへと歩み寄る。所々鍵盤が欠けている中から、白い鍵盤を二つ、黒い鍵盤一つを親指と人差し指と薬指で押す。

 完全に調律が狂い、手入れも何もされていないそれは、もう音が鳴る事はない。しかし、代わりに特殊な紫色の魔法陣が鍵盤の上浮かび上がり、礼拝堂に置かれている石造りの長椅子の座席部分が、ズズ…ッ、と小さな音を立てて床へとひとりでに滑り落ちていく。

 その中にあったのは、剣や銃を中心とした様々な武器であった。他にも手榴弾等の爆弾まで取り揃えてあり、ただの廃教会のようである此処は、物騒すぎる武器庫としての顔も持っていた。


「話によると“ただの”山賊とのことでしたので、簡単な武装で事足りそうですよ」

「人間相手なら力を消費することもないか…」

「とか何とか言って、アイーザもルネも穏便に仕事を終わらせた事なんてないじゃないですか」

 必要な物だけを厳選し、教会の裏手に隠されているジープのようなオープンタイプのゴツい軍用装甲車を持ち出し、本来荷台部分の床を開け、そこに武器や弾薬を詰めていく。

 完全に神聖さや教会の戒律等からは剥離しているが、ルネもアイーザも、ロイドさえも野暮なツッコミなど入れたりはしない。なぜなら、これが三人の平常運転であったからだ。

「そういえば、その村の辺りは少々曰く付きなようですね」

「曰く付き?」

 アイーザの発言にロイドが反応し、どういうことですか?と、話の続きを強請った。

「大した話ではありませんよ。ただ、周囲にあった小さな村々の住人が集団疾走でもしたのか、廃村ばかりが増え、近くを通る行商人や商人の集団が消息を絶つ事が多いという程度です」

「へー、それも山賊の仕業なんですかね」

「くっちゃべってる暇があるなら、手を動かしてくださいね〜?そんなもん、現地へ赴けばわかりますよ」

 そんな調子で、三人は準備にも時間が掛かった。


 その後、アイーザが咥えタバコのまま軍用車を運転し、薄暗い山の中を走り抜けていく。助手席に座るのはルネであった。

 本来これは二人乗りで、後ろは軽トラの半分程の床下収納付きの荷台部分しか無い。しかし、ルネとアイーザの手によって文字通り魔改造されている軍用車は、そんな荷台部分が完全にロイド専用席へと変貌していた。

「で?村はどの辺りなんですか」

「山を降りて、少し進んだ先にある川沿いだそうですよ」

「にしても謎ですよね。山賊に襲われるなら、さっさと逃げれば良いのに…」

ロイドの純粋な疑問に、ルネが淡々と答える。

「人間は土地に縛られたがる生き物ですからねぇ。余程のことがなければ、砂粒ほどの微塵も価値の無い貧相な村でも、無闇に離れるという選択は取れないんですよ」

「完全にその地に根付いて生活を営んでいますからね。畑やら先祖代々の土地やら、自ら枷を作るのがお好きなマゾヒストの集まりのようですから」

「全く…、物好きというかなんというか、端的に言えば愚かですよねぇ…」

「そういう生き物だと思うしかありませんよ。理解出来ませんし、する気もありませんが…」

「人間って、大変なんですね」

 そんな会話を繰り広げながら、道なき道を進んでいった。


 山を降りてからは、車は更にスピードを上げていく。

 当然こんな外れの辺境に整備された道などあるわけもなく、常に車はガタガタと揺れ、時にガタンッ!と大きく跳ねた。

「アイーザ!今日の運転荒すぎません!?」

 ロイドの叫びに対して、ルネが代わりに答える。

「仕方ないですよ、ロイド〜。安全運転など気にしていては、真夜中通り越して、到着する頃には夜明けですからねぇ」

「黙ってしがみついている方が身のためですよ。舌を噛んで無様に死にたくなければ…」

「恋人に言う台詞ですか、それ!?あーもー!また酔うじゃないですかー!!」

 ロイドの泣き言など聞いていないかのように、アイーザは更にアクセルを踏み込み、ロイドのことなど気にした様子もなく、スピードを上げて悪路を進んだ。


 村へ到着したのは月が昇りはじめた頃。

 山賊の襲撃は深夜に行われることが多いとのことで、三人はそれまで村長の家で厄介になることになった。

 特にロイドは完全に車酔いになっており、青褪めた顔をしてずっと吐くのを我慢していた様子で、車を降りて直ぐ、近くの草むらに走って盛大に嘔吐をしていたのだから、仕方ない。


「急かしてしまったようで、本当にすみません…」

 昼間に教会に来ていた若い女はやはり村長の娘だったようで、彼女はロイドの様子を見て、酷く申し訳なさそうに謝罪した。当然ロイドは返事をする余裕など無く、代わりにアイーザが言葉を返した。

「問題ありませんよ。あれはまだ見習いで、こういった経験が浅く、慣れていないものですから…」

「寧ろ、謝罪をしなければならないのは我々の方ですよ。食事にベッドまで用意していただいて…、本当にありがとうございます」

 そうルネが感謝の意を伝えると娘はほんのりと頬を染め、他に必要な物があれば直ぐに言ってくださいと言い、部屋を後にした。

「うえぇ…、気持ち悪…」

「本当にお前は、毎度毎度飽きもせず…。そう簡単に酔えますね」

「アイーザの運転が荒すぎるんです!…うっ!」

「吐くなら外に行け」

「少しは優しくしてくれても罰は当たりませんよ?あぁ…でも、そんなところも好きです」

 ヒヒッ♡とアイーザに与えられるものなら、こんな酷い吐き気を伴う車酔いすらも嬉しいとロイドは笑う。

 そんなロイドをアイーザは淡々とした顔で見ているだけだった。しかし、ロイドは気付いている。

 そんな興味の無さを装いながらも、アイーザはロイドが喜ぶ姿を当然だと思っていることを。つまりは、当たり前だから驚く事も喜ぶ事もないのだ。だって、それは二人にとって必然であるから…。


 ロイドが休めるようにと用意された部屋には、木製のベッドが三つ並んでいた。部屋の中央には四人がけの木製のローテーブルと三人掛けのソファが向かい合って置かれており、案内してくれた娘は後で食事を持ってきてくれるという。車酔いでふらふらなロイドは彼女の説明もろくに聞かぬまま、直ぐ様ベッドへ直行し、横になった。 

 その後、食事の準備が出来きたと、先程の娘がパンと干し肉、野菜スープを三人分持ってきてくれた。一見簡素だが、昼からずっと車に揺られ、諸々の理由で胃の中を空っぽにしてしまったロイドにはそれで十分だった。

 その後、三人が食事を取り終えると、机の上には干し肉だけが残っていた。

「おや、珍しいですねぇ。ロイドが肉を残すとは…」

「ゲロ吐いてましたからね、まだ胃が荒れているんでしょう」

 まぁ、食べなくて正解ですねと、アイーザは皮肉めいた言う。ロイドはそんなアイーザを見て、ムッとした顔を見せる。

「誰のせいだと思ってるんですか…」

「さぁ?三半規管の弱いお前自身のせいでは?」

「そんな三半規管の弱い恋人を全く労ってくれない恋人の、手荒な運転のせいだと思いますけどね!」

 ふん!とむくれながらも、あ!でも、そういうところも大好きですからね?勘違いしないでくださいね?と、訳の分からない言い訳をして、ロイドは隣に座るアイーザの肩へ、べったりと凭れかかった。アイーザはロイド一別することも無く、いつの間に持ってきていたのか、教会で読んでいた本を持ってきており、その続きを読んでいた。

 そんな二人の様子を見てルネは、一人静かに立ち上がる。そのまま部屋の出入り口である木製扉の前まで向かい、一度立ち止まった。

 「私は少し外を見てきますね。馬鹿げたことをすれば、その時は頭を飛ばしますので、そのおつもりで…」

 二人を振り返って、釘刺しという名の脅しを言い残し、ルネは部屋を出た。

「あ!良いですね、それ。凄く興奮して盛り上がりそう…」

「やりますか?壁が薄いのと振動で、直ぐに階下にバレそうですが…」

「ルネ、怒りません?」

「それが何か?あぁ、でも今は止めておきましょう。口付けの最中に吐かれたら堪りませんから」

「えー、私は真っ最中にアイーザに吐かれても、それを喜んで受け止めますよ?」

「私はお前ほど頭のイカれた変態ではないので、おかしな常識を押し付けないでくださいね」

「失礼な!」


 二人がそんなふざけきった会話を繰り広げている頃、ルネは1人で村の中を歩き回っていた。

 村は聞いていた通り酷い有様で、家屋がボロボロで畑も荒らされている。山賊に襲われたためか、地面や木製の家屋の壁には赤黒く乾いた血の跡が見て取れた。

「なるほど…」

 家屋はボロボロになっても、村人達が自ら補修して、何とか住んでいると聞いていたが、本当にその通りのようだった。

 人が住める状態ではない家屋もあったが、まだ生き残っている村人は、まだ辛うじて住める常態の家に集まり、身を寄せ合っているらしい。

「大変ですねぇ…。色々と」

 そう言ってルネは村長の家へと戻っていった。


 部屋に戻ると、アイーザが部屋に置かれていたソファに凭れ掛かるようにして、ロイドは仰向けの状態でベッドの上で寝ていた。

「二人とも…?」

 どうしたんですか?と続けようとした言葉は、発せられることはなかった。突然視界がぐにゃりと歪んだ。

 そして強烈な眠気がルネを襲い、瞼を開けている事もままならない。そして、ルネはそのまま強制的に眠りに誘われ、床に崩れ落ちた。

 ルネが床にうつ伏せに倒れ込むと、部屋には娘が入って来る。

「本当に、ごめんなさい…」




 突然泥沼に引きずり込まれたかのように、暗い奥底に落ちていたはずの意識がゆっくりと浮上した。身体が動かない。

 どうやら地面に座らされ、身体をロープか何かできつく固定されている。聞こえるのは複数の人の声と、火が爆ぜる音。

 ルネが薄っすらと瞼を開け、霞む視界を何とかしようと頭を振る。そうして見えてきたものは、火を取り囲む破落戸のような者達の姿と、崩壊した建物の柱に縛り付けられている自分とアイーザ、ロイドの姿であった。

「これは…?」

「あ、起きたんですね…」

 愕然とするルネを前に、娘が申し訳なさそうにルネを見ている。

「山賊は…?一体これは、どういうことなんですかねぇ?」

「騙してしまって、ごめんなさい。全部、嘘なんです」

「…嘘?」

 襤褸を纏うボサボサの白髪頭の老婆か老人が、やはりどちらか分からぬ声で娘を呼んだ。

「直ぐ行くわ!…本当は、優しい貴方だけは助けてもらおうとしたんだけど、家族の掟は絶対なの…」

「家族…」

「ええ、あれは皆、私の家族なの…」

「そう…なんですね…」

「恨まないで、なんて言わないわ。私達は、こういう生き方しか出来ないから…」

 だから、本当にごめんなさい、とルネに頭を下げ、彼女は火を囲んでいる家族の元へと行ってしまった。


「だそうですよ。アイーザ?」

「これが、この辺りの小さな村々が消え、行き交う行商人や旅人が忽然と姿を消す原因ですか…」

「ロイドは起こさなくて良いんですか?」

「まだ酔いが辛そうでしたからね。寝ていた方が幾らかは回復するでしょう」

「では、そうしましょうか」

 会話を終えた二人はあっさりと縄を抜け出した。

 ルネはスルリと、最初から縛られてなどいなかったかのように縄が地面に落ち、アイーザはまるで、見えない刃物で切り刻んだかのように、縄が無残に千々となった。

「いやはや、折角どんな毒が盛られているかと期待したのに、ただの睡眠薬とは…。がっかりです…」

「貴方のその、根っからの毒好きは賞賛に値しますよ。同時に、愚かだと蔑みますが」

「可愛げのない弟ですねぇ。僅かな探究心でもなければこの世は退屈すぎて、つまらない空虚しか残りませんよ?」

「その探究心とやらも、所詮は暇潰しの為の紛い物でしょうに…」

「当然じゃないですか。私が本気で何かに執着するわけがないでしょう?」

 アハハ、とルネが笑っていると、襤褸を着た若い男が二人に気がついた。


「おい!彼奴等、逃げる気だ!」

 男がそう叫び家族に知らせる。すると、火を囲んでいた者達全員がスキやクワ等の農具を持ち出し、ルネとアイーザを取り囲んでしまった。

「おや、随分と物騒な…」

「農具とは…、中々に庶民的で前時代的な武器ですね」

「うるせぇ!逃がすかよ!」

「安心しろよ?金目の物も、命も!おれ達が大事に使ってやるよ!」

「最近は通行人が減って、こっちはずっと腹減ってんだ!」

「久しぶりの飯だからな!ガキや女の方が美味いんだが、今は背に腹は代えられねぇよなぁ?」

 彼等はそう口々に叫ぶ。

 彼等は追い剥ぎだけでなく、人を食して来たのだろう。それも、神経が狂ってしまった今は完全に罪悪感も無く、家畜を屠殺するのと同じ感覚しか持ち合わせていない。


「ずっと寝たフリだった挙げ句、薄汚れた手がロイドに触れるのをずっと我慢してやったんです。もう、勝手にやらせて貰います」

「ご自由にどうぞー。私も質の悪い睡眠薬なんかで、眠らされただけなんで…、せめて、ねぇ?もう少しこう…致死性とまではいかずとも、神経麻痺くらいは欲しいじゃないですか。不満しかありませんよ〜」

 二人がそんな物騒で呑気な会話を繰り広げていると、食人族達が一斉に襲い掛かってきた。

 すると、ガゥン…ッ!と一発の銃声が鳴り響き、家族に大声で知らせた男の額の中央に小さく丸い風穴が空いた。

 その隣にいた威勢のいい中年男の喉元には、ナイフの刀身部分だけが綺麗に突き刺さっている。男達は地に伏し、絶命した。

 殺ったのは当然ルネとアイーザである。

 ルネの手には、袖口に仕込まれていたらしい小型の銃が、アイーザもまた袖口に仕込んでいたらしい射出型ナイフの柄の部分が握られていた。


「ギャアァァッ!!」

 二人の死を見た食人族達は、獣のような悲鳴を上げ、血の涙を流した。そして、ルネとアイーザを睨みつけている。

「力量差も、自身が何を相手取っているかも分からないとは、知性は獣以下ですかね」

「彼等も必死なんですよ。家族を殺されたわけですし?」

「なるほど、私達には永劫理解することのない感情ですね」

「アハハ!同意です。むしろ、そんなものさっさと殺ってくれた方が邪魔が減って楽だというのに…。ねぇ?」

「同感です。身内だ血縁だとかいう邪魔でしかない枷に自ら繋がれるなど…全くもって愚かしい」

 二人の会話に激昂した者達が、一斉に襲い掛かる。

 アイーザはナイフの柄を投げ捨てると、懐から別のナイフを取り出し敵に突っ込んで行く。

 ルネはアイーザを援護するかのように全ての弾を撃ち切ると、拳銃を捨て、懐から別のハンドガンを取り出し構えた。

 ルネの弾が敵の脚や腕を撃ち抜き、弱ったところをアイーザが小型のナイフで急所を的確に斬りつけ、無慈悲に命を奪っていく。

 ルネの銃声と、アイーザが敵を斬りつけ吹き出す血飛沫の音、阿鼻叫喚の悲鳴だけがこの空間に存在する音だった。

 特に二人が発する音は死神の足音に似ていた。彼等は表情一つ変えず、老婆や村長を偽っていた老人相手にも、二人は容赦無く攻撃を加え、あの世へと送ってしまう。そうして食人族達は数を減らしていったが、そんな事態に危機感を覚えたらしい例の娘が、一番の悪手に手を染めてしまった。


「お願い!もう止めて!」

 彼女の細腕の中には眠りこけているロイドの姿。片手には錆び付いた包丁が握られている。

 女の目は怒りと家族を失った悲しみで赤く血走り、その殺意は本物であった。

「あなた達の事はもう諦める!だから、もう家族に酷いことをしないで!」

 女の叫びは、それはそれは悲痛なものだった。それでも、その言葉は本心だったのだろう。

 なけなしの彼女の3人を許そうとする心が、包丁を握る手を少しだけ緩めさせた。


「残念ですが、それは無理だと思いますよ?」

 ルネが肩を竦め、本当に残念だと言うように、憂いを帯びた顔をしていた。

「え…?」

 娘のその声は、ルネの言葉に対してのものか、いつの間にか姿を消したアイーザに対してのものか、或いはその両方か。

 その真意は、彼女の中にしか存在しない。そして、それを知る機会は一生訪れることは無い。


 何故なら、女の背後にはいつの間にかアイーザが立っていて、死神も恐れ慄くような手際の良さと容赦の無さで、彼女をロイドから引き剥がし、ナイフを振り下ろした。周囲に飛び散を赤い色が汚した。アイーザの美しい白い顔にも、赤が飛び散る。

 アイーザはその事に何の関心も無く、命の刻限を失っていく女を無視して、自らの上着を地面に転がるロイドに被せ、ゆっくりと抱き起こしていた。

「ロイド…」

 彼からの返答は無い。

 しかし、アイーザは既に気付いていた。

「狸寝入りは終いです。それとも、地面に転がされたまま放置されたいんですか?」

「酷いですよね、本当に。でも、そんなところもやっぱり好きです♡」

 アイーザにそう言われたロイドの目が、勢い良くパチっと開く。

 喜びに溢れ、アイーザへの純粋な愛で煌めく澄んだ緑色の瞳が、真っ直ぐにアイーザだけを見つめている。ふにゃりと蕩けた微笑みは、ロイドに恐怖や悲しみ等の負の感情が一切無い事を如実に物語っている。


「だって、身長185の私が、囚われのヒロインみたいに扱われているんですよ?それを颯爽と助け出すアイーザとか…。絶対に格好良くて、ロマンチックだと思いません?」

「1人で勝手に興奮してろ。どうせ、わざと反撃しないだろうと踏んではいましたが、正解でしたね」

「こんな機会早々ありませんから!楽しめるときに楽しまないと損じゃないですか!」

 ふふん!と当然だと言わんばかりにドヤ顔をしている。

「頭のおかしな恋人だと思っていましたが、どうやら、頭のおかしな犬だったようですね…」

「失礼な!私は貴方の恋人ですよ!立派な人間です!」

「馬鹿の乳繰り合いはそれまでにしてくださいね?終わりましたよ」

 アイーザとロイドが二人の世界に浸っている間に、逃げた残党を追っていたルネが戻って来た。様子を見るに、全滅させてきたらしい。

「え?もうですか!?折角アイーザから、ご褒美のキスをして貰おうと思ったのに…」

「誰がするか」

「するなら帰ってからお好きなだけどうぞ、先ずは引き揚げますよ」

「しませんよ」

「えー…、良い子にしてたのに…」

 ふざけた会話の後、ルネは引き上げ準備のためその場を離れた。アイーザは近くの川に入り適当に血を流した後、アイーザの上着を捨てたくないとごねるロイドと口論になった。

「嫌です!洗濯したら私が大切に使いますから、絶対に燃やしません!」

「血汚れは落ちないんですよ。他に欲しいものをくれてやるから、早くそれを捨ててください」

「他に欲しいものも確かにありますけど、そうするとコレが犠牲になるので、やっぱり嫌です!」

「何をそう執着する必要があるんです?」

「アイーザと囚われのお姫様ごっこをした記念です!」

「馬鹿か…、捨てろ」

「いーやーでーすー!ぜーったい、捨てません!」

 ふんっ!とそっぽを向き、ぎゅーっと上着を離さないロイド。

 小さな子供ならまだしも、図体ばかりデカい20歳の男がしたところで、視覚的にキツイ。可愛いものなど米粒一つ程も無い。

 ロイドも自覚はしていたが、それ以上にアイーザの血塗れのコートの破棄を阻止することのほうが優先だった。


 このままでは埒が明かないと、アイーザが溜息をつき、ロイドとの距離を詰める。

「な、何ですか…。これは絶対に渡しませんよ」

「何故そうも恐れるフリを?私がお前に乱暴を働いたことがありましたか?」

「いつも私をべったべたのドロッドロに甘やかして、愛してくれて、窒息して溺れてしまえるくらい、ある種、愛されすぎて幸せなことが当てはまりますかね?」

「そうですか、わかりました。これからはお前を無視して放置すれば解決ですね」

「絶対いや…、あー、でも、それはそれで新鮮かも…?私のことを蔑んで、軽蔑と侮蔑の眼差しで見下すアイーザとか…。私、絶対惚れ直しちゃいますね」

 そんな会話をしていると、ルネがロイドの背後から現れ、件のコートを奪い、近くのボロ屋の中へと放り投げてしまった。

「あー!」

「いつまで私一人にやらせるつもりですか?ロイド、血はそう簡単に落ちないのと、獣を呼び寄せる餌になります。持ち帰ることは許しませんよ〜」

 落胆と悲しみを隠しもせず、ロイドが大きく肩を落とし、どんよりとしている。ルネもアイーザも、あんな汚れたゴミに何の価値があるんだと、ロイドの気持ちを微塵も理解出来ずにいた。


 

 ルネがしていた準備とは、廃屋の至る所に自前のガソリンを撒くことだった。特に食人族が根城にしていたらしい村長の家だと偽っていた大きな家には、商隊から奪った食料や、旅人のものらしき衣類、金目の物等が溜め込まれた部屋があった。

 また、別の部屋では仕留めた人間の解体室らしき場所も見つかり、其処には人間の手や足が塩漬けにされたり、干し肉にされたりしていた。

「アイーザ、人間って美味いんですかね?」

「さぁ?私達は人間なんて食べませんから」

 ロイドの問いに、アイーザは淡々と答える。そこにルネが混ざり、縄に縛られ干されている腕を指差した。

「目の前に丁度干し肉がありますし、持って帰ります?」

「見るからに不味そうなので遠慮します」



 ガソリンを撒き終わり、三人は車に乗り込むと、アイーザがエンジンを掛け、発進させた。

 ふと、ルネがロイドにそっと何かを手渡した。ロイドはそれを素直に受け取り、ピンを抜くと、村へ思いっ切り放り投げる。

 暫くすると、村の方で何かが爆発し、火の手が上がった。

「ロイドー、村は良く燃えてますか?」

「ガンガン燃えてます。あーあ、アイーザのコートが…」

「まだ言いますか。帰ったら、嫌と言うほど甘やかしてやるから、いい加減に忘れてください」

「むー…。…絶対ですよ?手加減しませんからね?」

「私がこの手の約束事で、反故にしたこがありましたか?」

「無いです。ふふっ、楽しみすぎて眠気も吹き飛びました!早く帰りましょう?これ以上アイーザを我慢したくないです」

 嬉しそうに、帰宅した後の事を想像しているらしいロイドは、早く帰りたいとアイーザを急かした。

 アイーザは、「また酔いますよ」と言って、無理な運転はしない。ルネは一度、大きな欠伸をして、良くもまあ、そんな体力が残っているものだと嫌味を込めて言い放つ。

 

 そうして三人が廃教会へと戻って来ると…、教会が燃えていた。


「おやまぁ…。随分とまた、派手に燃えてますねぇ…」

「あれ?ガスの元栓の閉め忘れですかね?火の不始末ってやつですか?」

「いつものですよ。まぁ、必要な物は全て積んであるので、大した問題ではありませんが…」

「「「面倒ですね」」」

 三人は煌々と燃え、崩れ落ちる廃教会を見ながら、同時に同じ事を呟いた。残っていた武器や弾薬も発火したのか、時折爆発音が不定期に聞こえてくる。

「これは完全にダメですねぇ…」

「そんな…、アイーザとの幸せな時間が…」

「また宿無し生活ですか。先が思いやられますね」

 そして、車はまた夜の山中へと逆戻りして、走り出す。


 ロイドはアイーザとの時間が消滅した事に意気消沈しており、ルネは助手席で淡々と地図を見ている。アイーザは煙草を吹かしながら、取り敢えず山を降りるために道無き道を進んだ。

「にしても、今回の依頼のお陰で助かりましたね。金目のものも回収できましたし…」

「当分は飢えることも無いでしょうが、拠点の探索は急務ですね。人間の集落で、ロイドの食料も調達しなければ…」

「やはり、あの干し肉を少し持ってきた方が良かったですかねぇ?」

「他人をロイドの腹の中に入れるつもりはありませんよ」

「本当に、貴方の執着と支配欲は素晴らしいほどですねぇ。よりによって、人間に依存するとは…、愚かしい…」

「自分以外の全てが、実験用のマウスに見えている貴方よりは、幾分かはマシだと自負していますが」

「貴方とロイドだけは一応、人型には見えてますよ?」

 二人が繰り広げる碌でも無い会話。そんな会話を引き裂いたのは、意気消沈していたロイドだった。

「あの…、もしかしなくても、今日って車中泊ですか?」

「そうなりますね」

「今日はどう頑張っても、人里へは辿り着きませんからねぇ」

「二人の力で瞬間移動とか出来ないんですかー?野宿は嫌です」

「我儘はいけませんよ、ロイド?出来なくはありませんが、そんな一瞬一瞬で移動していたら、思い出も情緒も何も無いじゃないですか…」

「煙草は、ライターやマッチで火をつけてこそですよ。それを魔法でなどと、煙草に対する冒涜ですね。煙草も移動も同様に、魔法で全てを解決してしまうことは、無粋の一言に尽きます」

「それ、いつものカミサマの美学?ってやつですか?さっぱりわかりません…」

「アハハ、ロイドは人間ですからねぇ」

「個人的な価値観の違い程度のものですよ。深く考える必要はありません」

 こうして、カミサマ二人と人間一人は、今日も拠点探しの旅を再開するのであった。

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