運命の番だ!!囲め!!!!!
運命の番システムがある世界の話。少し下世話な話が出てくる。
──天をも突く巨大な山脈と、それに付随する森林と草原。大いなる自然と共に歩むヴァルガ帝国は獣人やエルフ、ドワーフをはじめとする多種多様な種族が溢れるこの世界において最も大きく、様々な種族が入り交じる多種族国家である。その中で、最も数が多いのは獣人であった。
獣人──彼らはそれぞれ己の先祖にあたる動物達を祖霊と呼び敬い、例え祖霊同士が捕食者と被捕食者の関係であっても互への礼を忘れることのない、知恵ある獣としての誇りをもち暮らす人族であった。
その中でも竜と龍を祖とし、その力の一端をふるうことのできる竜人と龍人はこの国では大層恐れられ、敬われ、この国は世界でも世にも珍しい竜人と龍人の王二人による合議制によって運営されていた。
そして、その尊き龍の皇子は今。
「うっ………うっ……しるう゛ぃあ……しるう゛ぃあぁ……いたいよぉ………!!!!」
「はいはい、ここにおりますよ殿下。」
婚約者である竜人の少女に縋りつき、泣きわめいていた。
──時は遡る。
獣人──獣が神から知恵と理性を授かり人族としてその歴史を歩み出したのは気の遠くなるような過去の話である。ただ、始まりは人間─ヒューマンが文明を持ち、集落から国という物を作り出した頃だとはっきり記されている。
始まりは一匹の犬だった。その犬は勇敢でどのような巨大な敵にもひるまず、美しい真白の毛並みをもつりりしき獣であった。そんな彼は国を治める王の娘の頼もしき護衛として常に付き従い、姫を守りその心を慰めていたという。
しかし、ある時姫は魔物達を治める魔族の王に見初められ連れさらわれてしまった。犬は致命傷を負いながらも必死に駆けた。敬愛する姫を、大切な主人を守るため、涙を流させることなどしないために。血だらけになりながら必死な犬の姿を見て神々は泣いた。神々は常に自分達にみみっちい嫌がらせをするイケメンの魔族より断然健気でかわいくりりしい頑張る犬派だった。
そして神々のありったけの加護を受けた忠犬はなんやかんやあって姫を助け、ついでに魔王をしばき倒し帰還した。姫君はこの経験により男を信用できなくなり、死ぬまでその犬と共にあったという。
それを憐れに思った愛の女神が一人と一匹がなくなった時、こう神託を授けた。
『このように強い愛を持っているものは同族同士でもそういない。それが種族の差で結ばれないのは悲しいことだ。姫と犬がまた再びこの世に生まれ落ちたとき、またどちらかが獣であった場合その獣は人間と同じように二足で立ち、言葉を話す新しき種族となるであろう。──おなじように、分かちがたい愛を持ちながら結ばれず、命を落とした獣と人も同様に。互いがかつて愛した者だと分からないのも哀しいことだ。一目で分かるようにしておこう。』
これによりかつて獣だった魂は獣の特徴を持つ人として生まれ落ち、彼らがかつて愛した人間との間に断ち切れんばかりの絆──『運命の番』が生まれた。そして、その番達の子孫が今の獣人と呼ばれる種族である。女神は圧倒的純愛ハピエン厨だった。
閑話休題。ともかく、今の獣人にはも運命の番というものは存在する。しかしこれは先祖達とは違い、純粋な遺伝子的相性……下世話な話だが子供が出来やすい相手を一発で見抜けるという下手するととんでもないセクハラになりかねない機能へと落ちぶれていた。鼻や耳が鋭い種族柄、獣人はセクハラ講習を月1で受ける義務があるのだ。セクハラ だめ 絶対。
獣人達は最初こそ運命の番を喜んで受け入れ、ここぞとばかりにアプローチし甘やかしに甘やかし少しばかり行き過ぎて事案となることもあったがまぁいい感じに回っていたのだ。……が、時がたつにつれ、運命の番システムの欠陥が認識されてきた。
まず、人間は運命の番を認識できない。これによって暴走した獣人による番の連れ去り問題、これは立派な犯罪である。これによって多くの悲劇が生まれ、今は国際的にも様々な制約を獣人は国をまたぐ際は課されるようになった。
次に人間脆すぎる問題。これはもう本当に人間が脆すぎる。例として、とある猫の女獣人とその番。この二人はとても仲がよく、特に問題もなく結婚まで至った。しかし、ある日些細なことから大喧嘩に発展し、生来気の強い猫獣人であった女は夫の頬を張り飛ばした。そう、それだけで、夫の頬はえぐれ肉がそげ、骨が露出してしまったのだ。
怒りのあまり爪を伸ばしてしまっていた猫獣人の一撃は、死にはしないが一生消えない傷を作るには相応の威力を持っていた。……これが熊の獣人だったらどうなっていたことか。考えるだけでも恐ろしい。
他にも馬の獣人に嫁いで初夜で死にかけた人間の妻の話や生まれた獣人の子供の喧嘩を止めようとして大怪我をしてしまう話やらがぽこぽこいたるところで発生するようになってしまったのだ。
元々、獣人はその誕生の経緯からして本能レベルで人間が大好きな種族である。犬と姫の話からはじまり、鳩を愛した男の話やら猫と共に旅をした商人の話など、沢山の愛から生まれた種族なのだ。だからこそ、自分達を愛してくれた人間達が傷つくのは本当に悲しいし、暴走して番をさらってきた獣人は親族一同から袋だたきに遭うくらいには人間寄りの種族なのである。だからこそ、獣人達は決断した。
自分達の知り合いの誰かが、運命の番とであってしまったら全力で囲って遠ざけよう、と。
「うっ………………いたいよぉ………番断ちって……こんなにいたかったんだ……」
ほろほろと、真珠のような涙を流して黒い髪に瞳の、どこか妖しい雰囲気をかもす耽美な青年が婚約者である豪奢な美女に縋りつく光景はどこか直視できないものがある。そんな中、薔薇のような容貌を綻ばせてコロコロと笑いながら少女は青年の頭を撫でる。
「まさか視察にいった地方で運命が見つかってしまうなんて……殿下もよく頑張りましたね。」
よしよし、と優しい声に慰められて龍の青年は喉を鳴らす。自身喉元にある逆鱗に触れられても苛立ちはない。寧ろ心地よく、ズキズキと痛む胸だか、脳だかも少しずつ癒えていっているような、気がする。
「うん………どうかあの子の番断ちが終わるまで、僕が暴走しないようにそうやって抑えていてね……?」
「うふふ、愛する殿下のためですもの。勿論。…だから今は私だけをみていてくださいね?」
「!そ、その!愛しているのは君だけだからね!!!!君ももし番を見つけても僕から目をそらさないでね!?」
慌てたように身を起こし、婚約者の手をしっかりと握りしめる青年のそれを彼女は握り返す。黒と赤の瞳が交錯して、くすくすと思わず笑みがこぼれる。
「ええ、ええ、私もあなた様だけを愛しております。どうか、私に番が見つかったら…………力尽くで取り押さえて、私の番のことを、そして私の心を守ってくださいませ。」
──番断ち。それは、獣人達が生み出した秘術である。
運命の番とであってしまった獣人と人間の番を神に願って解消する、いってしまえばそれだけのこと。しかし、最早本能で嗅ぎ分けるだけのものになってしまっていても元は女神の慈悲からきたもの。ゆえに、それを捨て去るには代償が発生する。
だからこそ、最初にそれを奏上するのは番から一定期間引き離し正気にかえった獣人側からとなる。女神に伏して謝罪し、解消を願い運命の番を嗅ぎ分ける力をけして貰う。それは酷く喪失感を覚えさせるだけでなく、頭と胸に響くような痛みに晒され続けるものになる。
これは人間側からも解消を願い出て貰うまで続き、それがなされてはじめて獣人は運命の番から解放されるのだ。
しかし───
「彼女にも困ったものだ……。解消してから一月になるというのに、いまだに女神に願い出るつもりがないらしい……。うっ………いたいよぉ……。」
人間側が、それを望まない場合はいつまでも苦痛から解放されないという欠点も、またこの秘術にはある。
「……殿下に見初められたと、そう思ったようで……。」
「無理に決まってるぢゃん…………僕龍ぞ?龍人ぞ??????わかる????気分一つで台風呼べちゃうんだよ??」
「被害を出さないために私がいまその台風を散会させているのです。」
「本当にごめん!!ありがとう愛してる!!!!」
獣人は自身の祖霊にあたる動物の特徴を引き継いで生まれてくる。ならば、龍は?竜は??当然、人知の及ばない異能をも持っているに決まっている。
龍は天候を操り、多くの富を生む。竜は、一人で何万もの命を屠ることの出来る力を持つ。彼ら一族は常に、互いを抑えることで多くの悲劇を防いできた。
「……ごめんね、僕が、これしきのことで力のコントロールを失わなければ……。」
「謝らないでくださいませ。こうしてともにあれることこそ、私の幸せなのです。」
番を見つけた獣人は暴走をする。それが竜と龍であるなら、地形一つなどたやすく変形させてしまうだろう。
だからこそ、それを抑えることの出来るものしか傍にいることは許されないし、夫婦になるなどもってのほかなのである。
「第一僕達と人間じゃあ寿命が違いすぎるから勘弁して欲しい……。番断ちしないで番が死んだら獣人は発狂死しちゃうんだよ……なに……?僕を殺したいのあの子…??」
「それで私達の祖霊にあたる神龍と真竜様はお亡くなりになってしまっていますからねぇ……。」
ほう、と互いに息をついて苦笑する。そんなわがままなところも人間のかわいいところだから仕方ない。そんなことを互いが思っていることは長い付き合いだ。語るまでもない。
竜と龍の獣人にとって、人間など人間にとってのハムスターに等しい。出来れば長生きして欲しいし、たまにかみついてきてもまぁかわいいし仕方ないで許せるくらいなのだ。本来。今回はちょっと長引いてイライラしているだけで。
「でもまぁ……お陰で仕事も休めて、君に甘えられて、ずっといられるから……そこだけはいいかも。」
くすくすと、龍の青年は笑う。あら、と頬を少女は赤らめて、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑んだ。
「そうですわね。……3年くらいはこうしていてもいいかもしれません。」
「3年?僕は10年くらいまでなら頑張れるな。だって君を独り占めできるんだし。」
頭痛にも慣れてきたかも。それを冗談だと笑い飛ばせるものはここにはいない。
番が諦めるまで、あと何年かかるだろう。そんなことすら、神に最も近い力を持つ彼らにとっては娯楽の一つなのだから。
普通の獣人は番断ちしたら一週間は茫然自失になる(その間は親族や友人、保険に加入してたら職員が世話をする)(人間ちゃんを傷つけるよりはマシ!!!!!!)




