第十七章 神々の座
青き影たちに囲まれ、我々はその巨大な鍾乳石の亀裂へと足を踏み入れた。その瞬間、これまでに感じたことのない圧倒的な圧力が全身を包んだ。強烈な磁気は肌を刺し、青白い光は瞼の裏まで焼き付くようだった。空気は濃厚で、甘く腐ったような、それでいて清冽な芳香が混ざり合い、嗅覚を麻痺させる。
亀裂を抜けた先は、言葉を失うほどの広大な空間だった。ここがまさに「神々の座」である。
空間の中央には、あの磁性を持つ黒い鉱物でできた巨大なオベリスクがそびえ立っていた。その表面には、複雑な螺旋状の紋様が刻まれており、それは自然界の生成物というより、明らかに知性的な工作を思わせた。オベリスクの根元からは、青白く光る微生物で満たされた「大河」が湧き出し、空間全体を渦巻くように流れ、やがて側面の断崖から地下深くへと落下していく。この空間全体が、一個の巨大な循環装置あるいは祭祀場の様相を呈している。
そして、オベリスクを取り囲むように、無数の青き影たちが佇んでいた。彼らは皆、オベリスクに向かって微かに身を揺らし、低い唸りのような、詠唱のような音を発している。それは個々の声というより、集団で作り出す一つの共鳴であり、オベリスクと微生物の光のリズムと同期している。
「こ、これは…!」杉浦が声を絞り出した。
オベリスクの周囲の地面には、無数の「青き石」の結晶が、意図的に配置されたかのように散りばめられていた。そして、それら結晶の間を、微小な電撃のような青白い閃光が定期的に走っている。この空間全体が、強力な電磁場に満たされているのだ。
「…これが、全ての源じゃ」弥太郎が息を吞む。「あの怪光も、地鳴りも、磁気の乱れも…全ては、この場所から起こっちゅうんじゃ!」
余は地質学者としての知識を総動員してこの光景を解釈しようとした。特殊な鉱床と微生物の共生系が、何らかの地熱エネルギーを変換し、強大な電磁場を発生させているのか? しかし、オベリスクの明らかな人工性、そして青き影たちの儀式的な振る舞いは、それを超えた何かを物語っている。
我々を導いた特異な個体が再び近づき、オベリスクを指さした。そして、彼は自身の大きな頭部を抱えるような仕草をし、苦悶の表情(のように見える顔の皺の動き)を浮かべた。続けて、彼はオベリスクの根元にある、いくつかのひび割れた結晶を指さし、悲しげに頭を振った。
「…彼らは…このオベリスクに依存している」余は閃いた。「しかし、それは同時に負荷でもあるのだ。あの死んだ個体は、この強大なエネルギーに耐えられなかった者なのではないか?」
「…『神』じゃのうて、囚人じゃったんじゃな…」弥太郎が深い同情を込めて呟く。「この石の力に縛られ、喰われちゅうんじゃ…」
その時、オベリスクの頂点から、強烈な青い閃光が走った。同時に、空間全体を揺るがす低周波の轟音が鳴り響く。青き影たちの「詠唱」のリズムが乱れ、数体が苦しそうに膝をついた。
「不安定じゃ…!」弥太郎が叫ぶ。「いつ崩れてもおかしくない!」
閃光が収まった後、オベリスクの基部に、新たな深い亀裂が走っているのが見えた。そして、その亀裂からは、濃厚な青い煙のようなものが噴き出し始めた。それは微生物ではなく、鉱物そのものが気化したような、危険な物質の気配だった。
我々を導いた特異な個体は、我々を見つめ、激しく首を振った。それは「早くここを去れ」という警告だと理解できた。
しかし、もう遅すぎた。
我々が入ってきた亀裂から、慌ただしい足音と怒声が聞こえてきた。振り返ると、武装した数人の男たち――ロシア人スパイの残党か、あるいは吉村が手配したならず者たちか――が、銃を構えて乱入してくるではないか!
「バカめ! ついに見つけたぞ! この宝物を!」
リーダー格の男が狂ったように笑いながら、オベリスクに向かって銃口を乱射した。
弾丸がオベリスクに跳ね返り、火花を散らす。
その瞬間、空間全体が怒り狂ったように激震に襲われた。
オベリスクから強烈な電磁パルスが放射され、男たちの持つ電子機器や銃の金属部分が一瞬で故障し、あるいは灼熱に輝いた。彼らは悲鳴を上げて転倒する。
そして、最も恐ろしいことが起こった。
オベリスクの亀裂から噴き出る青い煙が、無数の触手のように伸び、倒れた男たちに絡みつき始めたのである。男たちは苦悶の悲鳴を上げながら、みるみるうちに石化し、やがて青き石の彫像と化していった。
「っ!」
我々はその光景に凍りついた。これが、「青き石に貪られる」という言葉の真の意味なのか!
青き影たちはパニックに陥った。彼らの秩序ある共鳴は完全に乱れ、空間は無政府状態と化す。オベリスクはますます不安定に光り、轟音をあげて崩壊の危機に瀕している。
「博士! 逃げましょう! ここはもうダメです!」
杉浦の絶叫で我々は我に返った。
我々を導いた特異な個体が、オベリスクとは反対方向の、壁面の小さな割れ目を指さし、必死の身振りで去るよう促す。それが唯一の脱出路だ。
我々は、後ろも振り返らず、その割れ目へと駆け込んだ。背後では、オベリスクの崩壊音と、青き影たちの悲痛な(ように聞こえる)叫声が響き渡っていた。
我々の地底探検は、ついにその核心に触れ、そして、恐るべき破滅の瞬間を目の当たりにすることとなった。しかし、その代償は、あまりにも大きすぎるものだった。




