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ナウマン博士の地底紀行  作者: 塗戸 雄司
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第十六章 意思なき導き

断崖の縁で、我々は青き影たちの不可解な身振りと、その意味を測りかねていた。進むべきか、退くべきか。その重大な決断を迫られる中、弥太郎が我々の背後を塞ぐ集団を睨みつけ、低く唸った。


「…奴らは、脅しよるわけじゃない。…誘いよるんじゃ」


「誘う? あの死体を見せた後でか?」杉浦の声は疑念に満ちていた。


「あれは…見せしめじゃったかもしれんが、警告でもあったんじゃ」余は呟いた。「彼らは、この地が我々にとって危険であることを、理解しているのかもしれん。そして、彼らの方式に従え、と」


その時、前方の特異な個体が再び動いた。彼は我々の方へゆっくりと一歩進み出ると、三本指の手で、自分の胸を軽く叩き、次に我々を指し、そして大河の遥か上流を指さした。その動作は、先ほどよりも明確で、繰り返しのパターンを持っている。


「…『我がものと せよ』『共に 来たれ』『彼方へ』…そんな意味かの?」弥太郎が眉をひそめて解釈した。


それは、友好の表明なのか、それとも服従の要求なのか。判断材料が乏しすぎる。


しかし、我々に選択の余地はほとんどなかった。背後は完全に包囲され、強引に突破すれば、イワノフたちと同じ運命が待っているのは明白だ。


「…仕方あるまい。ついて行くぞ」

余が決断を下した。「だが、常に警戒を怠るな。少しでも異変を感じたら、即座に退却だ。了解か?」


弥太郎は無言でうなずき、杉浦は蒼い顔で大きく息を吸った。


我々が歩み出ると、青き影たちは包囲網を解いた。彼らは我々の前後を取り囲むようにして、ゆっくりと歩き始めた。彼らの歩調は異常に統一されており、集団で一つの生物のように動く。その導きは、意思というよりも、プログラムされた儀式のようでもあった。


彼らは我々を、断崖に沿った細い自然の棚のような道へと導いた。その道は、我々だけでは決して発見できなかっただろう。大河の轟々という音がさらに大きく響く中、我々は一行のほぼ最後尾を歩いた。


すると、前方を歩く弥太郎が突然足を止め、地面にしゃがみ込んだ。彼が拾い上げたのは、ロシア製の頑丈な 懐中電灯 の残骸だった。それは強力な力で握り潰され、しかし金属部分だけが巧妙に剥ぎ取られていた。青き影たちの“コレクション”に加えられる前の状態のようだ。


「…もう一人のロシア人も、ここまで来とった」弥太郎が呟く。「じゃが、あの連中とは、違う扱いを受けとる…」


彼の視線の先には、人間のものと思しき 布切れ が、岩に引っかかっていた。それは血痕で汚れており、明らかに暴力的な引き裂かれ方をしている。


青き影たちは、その痕跡を無視するように、あるいは最初から気づいていながら意に介さないように、淡々と歩みを進める。彼らにとって、我々以外の侵入者は、既に処理済みの事項でしかないのだろう。


道はさらに複雑になり、巨大な鍾乳石の柱が林立する区域へと入った。ここでは、壁面に無数の“巣”のような窪みが穿たれており、それぞれの窪みの中で、幾体もの青き影がじっと動かずに佇んでいた。彼らは我々が通るのを、微かに頭を傾けるだけで、特に興味を示さない。どうやら、これは彼らの居住区あるいは休息地のようだ。


そして、いくつかの巣の周辺では、先ほど大河で見たような力尽きた個体が、そのまま放置され、新たな発光微生物の繁殖床と化している光景も目にした。彼らの死生観や社会構造は、我々のそれとは根本的に異なる。死は忌むべきものではなく、生態系の一部として静かに受け入れられているように見えた。


「博士…彼らは、我々をどこへ連れて行こうとしているのですか?」

杉浦が不安そうに尋ねた。


「分からん…」余は答えた。「しかし、彼らは明らかに、我々を彼らの領域の“奥”へと導いている。もしかしたら、あの“神々の座”へと…」


その時、前方の集団の動きがぴたりと止まった。導いていた特異な個体が振り返り、我々を見た。彼は再び、胸を叩き、我々を指し――そして今回は、眼前にそびえる巨大な鍾乳石の壁を指さしたのである。


よく見ると、そこには巨大な亀裂が入っており、その奥から、これまでとは比較にならない強烈な青白い光と、強力な磁気が渦巻いているのが感じられた。


その亀裂こそが、彼らの聖域、“神々の座”への最終的な入口であり、我々がようやくたどり着いた、この地底旅行の最終目的地であることに、違いなかった。


青き影たちは、その入口の前で左右に分かれ、我々を通す道を作った。彼らは無言で、我々が自らその入口へ進むのを、静かに待っている。


彼らは我々を生贄として捧げようとしているのか? それとも、真実を見よと示そうとしているのか?


答えは、この光り輝く裂け目の中にしかない。


我々は、ついに最終決断の時を迎えた。

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