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ナウマン博士の地底紀行  作者: 塗戸 雄司
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第十五章 青き影への遭遇

断崖の縁に立ち、我々はただ呆然と、眼前に広がる「光の大河」と、その畔に無数に刻まれた不気味な足跡の数々を見下ろした。強烈な磁気と、微生物の発する青白い光が混ざり合い、一種のtranceトランス状態とも言える奇妙な感覚を覚える。時間感覚が歪み、遠近感が狂う。


「…あれが、『神々の座』か…」

余の呟きは、自らの声であるにも関わらず、遠くから聞こえてくるように感じられた。


弥太郎は古地図を握りしめ、鋭い目つきで周囲を見渡す。彼は感覚ではなく、長年山で鍛え上げられた勘に頼っているようだった。

「…油断するな。ここは、奴らの庭の真ん中じゃ。一歩でも間違えば…」


その言葉が終わるか終わらないかのうちに、事態は動いた。


遥か下方、大河の畔で、影が動いた。


最初は一つ、そして二つ、三つ――。やがて、無数の青白い影が、ゆっくりと、しかし確実に蠢き始めたのだ。ランプの光を頼りに必死に見据えると、その輪郭がはっきりと見えてきた。


それは、山本晴介爺さんが語り、壁画に描かれていた通りの生物だった。細身で華奢な体躯、不自然に長い四肢、そして比例的に大きな頭部。その肌は、周囲の青い光を反映して青白く輝き、三本指の手を特徴的に動かしていた。彼らは言葉を交わすでもなく、ただ大河の畔に佇み、ある者は流れを見つめ、ある者は発光する微生物を口に運び、ある者は無意味とも思える奇妙な身振りを繰り返していた。


その光景は、圧倒的だった。恐怖よりも先に、畏敬の念に似た感情が込み上げてくる。これは、未知との遭遇などという生易しいものではない。まさに、別の世界、別の時間軸を生きる知性を、その生存圏で目撃しているという、圧倒的な実感であった。


「…あれが…『土の神』…?」杉浦の声は、感動と恐怖の入り混じった嗚咽に近かった。


「…違う」弥太郎の声は硬かった。「あれらは、神でも魔物でもない。…ただ、ここに住みよる、この土地のもう一つの主じゃ」


その時、一つの影が、ゆっくりと我々のいる断崖の方へ顔を向けた。距離はかなり離れているはずなのに、巨大な、瞳のない顔のようなシルエットが、はっきりと認識できた。そして、その“顔”が、微かに傾いた。


次の瞬間、我々の頭上から、小石の雨が降り注いだ。


「なっ!?」

振り返ると、我々が降りてきた磁気の迷宮の通路で、複数の青き影が、我々を見下ろしているではないか!彼らは我々の背後を完全に塞ぎ、退路を断っていた。気づかれないように、いつの間にか包囲されていたのだ。


「ッ!」

弥太郎が瞬間的に山刀を構える。しかし、彼の手は明らかに震えていた。それは恐怖ではなく、圧倒的な力の差に対する、本能的な畏れである。


青き影たちは、武器を構えようとしない。ただ、無言で、じっと我々を見下ろしている。その沈黙こそが、最大の威圧感だった。


「博士…どうすれば…」杉浦の声は完全にパニックに陥っている。


「動くな…じっとしていろ…」余は声を絞り出した。刺激を与えてはいけない。彼らは今、我々をどう処理するか、観察しているのだ。


すると、断崖下の集団の中から一つの影が前に進み出た。彼は他の個体より少し大きく、頭部に青く光る結晶を埋め込んだかのような特異な形状をしていた。彼はゆっくりと三本指の手を挙げ、我々に向けて、何か複雑な身振りを見せた。それは明らかに意思の疎通を図る、一種の“言語”であった。


しかし、我々には理解できない。


「…わからん…」弥太郎が歯噛みした。


その時、特異な個体の背後で、事件が起こった。一人の青き影が、突然、痙攣するように激しく震え出し、悲鳴とも唸りともつかない声を上げて地面に倒れ込んだのである。その体はみるみるうちに青白い光を失い、灰のように色あせ、ついには動かなくなった。


周囲の青き影たちは、少し間を置くと、何事もなかったかのように、その死体を大河の方へゆっくりと運び始めた。死に対する感情の起伏が、ほとんど感じられない。


「…あれは?」余は思わず尋ねた。


「…“石”に喰われたんじゃ」弥太郎が暗い表情で呟く。「…あの“青き石”の力に、耐えられん者が、時々おるんじゃ…わしの先祖の記録にも、そう書かれちゅう…」


彼らの社会には、明確な死生観と、我々の理解を超えたリスクが存在するのだ。彼らは“神”などではなく、この特異な環境に適応し、しかしその代償も払っている、一個の生命種なのである。


その瞬間、特異な個体が再び身振りをした。今度は、我々が持つ水筒を指さし、そして、大河の水を指さした。続いて、彼は地面に這う発光する苔を摘み取り、それを口に運ぶふりをした。


「…もしかすると」余は閃いた。「彼らは、我々に水と食料を補給せよと言っているのか? この先に進むならば、と?」


それは友好の表明なのか、それとも、我々をより深部へと誘い込む罠なのか。


特異な個体は、じっと我々の反応を見つめていた。その瞳のない“顔”が、何を考え、何を見ているのか、全く理解できない。


我々は、重大な岐路に立たされた。彼らの示すがままに従い、さらに奥へ進むべきか。それとも、ここでなんとか退却の道を模索すべきか。


いずれにせよ、この選択が、我々の運命を、そして恐らくは彼らの未来をも、決定づけることになるだろう。


青白い光が、我々の決断を、冷たく静かに待ち受けていた。

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