第十四章 磁気の迷宮
「裏竜王穴」の最初の空間で古代の奉納物の破壊痕を目にした後、我々はさらに深くへと進んだ。通路は下降を続け、やがてその様相は一変する。壁面が黒く輝く鉱脈――まさに「青き石」の根源と思しき鉱床に覆われ始めたのだ。
そして、異変が起こった。
まず、杉浦が携える最新式の磁力計の針が狂ったように振り切れ、警告ブザーを甲高く鳴らした。続いて、余の懐中時計の針が異常な速度で回転し始め、ついには停止してしまった。
「…磁場が、乱れとる」
弥太郎が低く唸る。彼が取り出した羅針盤も、針が激しく狂い、北を示すどころか、一定の方向さえ指さない。
ここは「磁気の迷宮」と呼ばれる区域だった。コンパスは狂い、ランプの炎も不気味に揺らぎ、時に青白く歪む。持っていた金属製品――ハンマーや水筒が、壁面の黒い鉱石に微かに引き寄せられるのを感じる。空気自体が重く、帯電したような、ぴりぴりとした感覚が肌を這う。
「博士、これは…?」
「強烈な磁力源だ…!おそらくはあの“青き石”の鉱脈が、何らかの地質学的条件で強磁性を帯びているのだろう! だが、この強さは…尋常ではない!」
余は学術的興奮を覚えつつも、同時に強い不安を感じた。この強烈な磁場が、生物の神経系統や感覚器管に与える影響は計り知れない。あの“三本指の生物”や発光微生物の特異性は、この環境と無関係ではあるまい。
弥太郎は古地図を確認しようとするが、その紙さえも、不可思議な力に引き寄せられるように、ぴんと張りつようになる。
「…図が、役に立たん。ここは、磁石の力で道が曲がっとる…わしの先祖ですら、正確には描けんかったんじゃ」
我々は、最早、弥太郎の知識や古地図、そして近代的な計器のいずれにも頼ることができない。原始的な感覚だけを武器に、この迷宮を進むしかなかった。
道は複雑に分岐し、同じような黒光りする壁面が続く。時折、耳の奥で高周波の唸りのような音が聞こえ、めまいと軽い吐き気を催す。これは明らかに、強烈な磁場が人体に直接影響を及ぼしている証左だ。
「博士、あれは…!」杉浦が突然叫んだ。
彼が指さす先の壁面に、無数の金属製の武器や工具が張り付いていた。それは古代の銅剣から、中世の刀、そして明らかに近代的な猟銃やロシア人スパイの装備品まで、時代を超えて無作為に集められた“コレクション”のようであった。それらはすべて、強磁性の鉱石にがっちりと捕らえられ、一種の不気味な戦利品展示場と化していた。
「…奴らは、鉄を集める」弥太郎が呟く。「鉄を嫌うのじゃ。…じゃから、引き寄せて、動けんようにしちゅうんじゃ」
その言葉通り、これらの物品は単に棄てられているのではなく、意志を持って配置され、固定されているように見えた。
そして、その“コレクション”の中心に、我々は凍りつくようなものを発見した。イワノフの相棒、もう一人のロシア人スパイのものと思しく金属製の拳銃が、壁にべったりと張り付き、その側で、彼の金属ボタンやベルトのバックルが無残に変形して埋め込まれていた。彼はここで“処理”され、そして“展示”されたのだろうか。
この光景は、イワノフの圧死とはまた違った、冷徹で作為的な恐怖を訴えかけてきた。
我々は声も出ず、その場を後にするしかなかった。迷宮はさらに続き、磁力の影響は増すばかりだ。方向感覚は完全に麻痺し、我々は完全に“道”を見失った。
「…ついた」
突然、弥太郎が足を止めて言った。
眼前の通路は突然途切れ、そこは巨大な断崖絶壁の縁だった。その下には、息をのむ光景が広がっていた。
漆黒の闇の淵から、巨大な青白い川がゆっくりと渦を巻きながら流れているのだ。それは発光する微生物で満たされた、文字通りの“光の大河”であった。その輝きは「化石の回廊」や「地底湖」のものとは比較にならないほど強烈で、洞窟全体を妖しく照らし出し、我々の顔を青ざめさせた。
磁気の迷宮は、この大河へと続く巨大な漏斗のような形状をしており、すべての磁力線が、この大河の渦の中心へと収束していくように感じられた。
そして、その大河の畔の粘土質の地盤には、無数の「三本指の足跡」が、新しく、そして深く刻まれていた。それは、我々がこれまで見てきたものよりも大きく、しかも明らかに“儀式的”な円陣や列をなしている。
弥太郎は古地図を広げ、その末端に描かれた扇状の青い輝きと、眼前の光景を見比べた。
「…ここが、終点じゃ。わしの先祖が『神々の座』と記した場所…全ての元凶の場所じゃろう…」
我々は、ついにこの地底探検の最終目的地へと辿り着いた。しかし、それは安堵の瞬間などでは決してなく、むしろ、計り知れない危険と核心への戦慄が訪れた瞬間であった。
大河はゆっくりと渦を巻き、その青白い光は、我々を誘惑し、そして脅迫するように明滅し続けていた。




