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ナウマン博士の地底紀行  作者: 塗戸 雄司
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プロローグ:発見された手記


平成三十一年夏、高知県佐川町にて。老朽化した旧家の土蔵を整理中、一冊の古びた手帳が発見された。革表紙は褪せ、綴じ糸は緩みかけていたが、そこに記された文章は、インクの褪色にも関わらず、驚くべき内容を伝えていた。手帳の所有者は、明治時代に当地を訪れたというお雇い外国人地質学者、ハインリヒ・エドムント・ナウマンである。ページにはドイツ語と片仮名交じりの日本語で、佐川の地底で体験されたという、奇妙で恐ろしく、そして公には決して報告されることのなかった一週間の詳細が克明に記録されていた。ここに紹介するのは、その「ナウマン手記」の内容を基に、現代の言葉へと改訂したものである。


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明治二十二年 四月 X日 於 帝国大学工科大学執務室


今日、余は極めて興味深い小包を受け取った。差出人は土佐国佐川村、吉村惣左衛門と名乗る人物である。中には数個の岩石標本と、漢文調の手紙が同封されていた。


岩石はまず石灰岩である。しかしながら、もう一つの黒い石片は…実に興味を引く特性を示す。ルーペで覗くと微細な輝点が認められ、何と微弱ながら明らかな磁性を帯びているのだ。これは我が国ドイツでも見たことのない鉱物である。


手紙の内容はなお一層、好奇心を掻き立てる。彼の町の外れに「竜王穴」と呼ばれる洞窟があり、近来、その深奥から青白い怪光と地鳴りのような音が発生し、地元の民衆を恐怖に陥れているという。古老は「地の神」の怒りだと囁くそうだ。


窓の外には、文明開化の波に洗われる新たな東京の街並みが広がる。然るに、この日本の片田舎では、今なお、科学では容易に説明し難く、人々をして古代的畏怖へと駆り立てる現象が起きている。この対比が、余の胸を高鳴らせる。


少年の日、ドレスデンの書斎で夢中になって読み耽ったジュール・ベルヌの『地底旅行』(Voyage au centre de la Terre, 1864) ‐あのアックスル教授と少年アーリックの冒険譚が、鮮やかに脳裏を過ぎる。あれはフィクションであった。しかし、今、余の手元にあるこの磁性を持った石と、土佐からの手紙は紛れもない現実である。


助手の杉浦耕作は、余が興奮を隠せぬ様子を訝しげに見ている。彼にはまだこの胸の内は話せまい。この現象が単なる地質学的興味を超えるものかもしれぬ、という予感は、余が学者である以前に一人の探求者であることを思い起こさせた。


文部省への出張願いは「四国地方石灰岩層地質調査」として提出した。これが真の目的ではないことは、恐らく神のみぞ知るであろう。余はこの手帳に、これから起きる全てのことを記録しようと決意する。これが単なる地質調査の記録となるか、或いは…もっと別のものとなるのか。


いずれにせよ、余は遂に旅立つ。ヴェルヌが夢想した地底世界への探検へ、この極東の地に実在するという謎へと。


―ハインリヒ・エドムント・ナウマン―


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【注記(Verne, Julesによる記述について)】


· ジュール・ヴェルヌ(Jules Verne): 19世紀フランスの小説家。SFの父とも称される。作中でナウマン博士が言及する『地底旅行』(1864年)はその代表作の一つ。

· アックスル教授: ナウマン博士の記憶に基づく言及であるが、原題では教授の名はオットー・リーデンブロック(Professor Otto Lidenbrock)である。博士がドイツ語訳や当時の紹介記事などで親しんだ名称(AxelやAckselは主人公の甥の名前であり、教授の名前としては誤記)である可能性があり、あるいは博士の記憶の錯誤として、この手記の記述をそのまま残した。この誤りは、博士が当時実際に読んだ文献の特徴を示すものとして、資料的価値があると考えられる。

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