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01.

 

「綺麗だね、ミッシェル」

「ありがとう、トリスタンこそとても素敵よ」


 王家主催の夜会に参加するためミッシェルを迎えにきたトリスタンは、若草色のドレスを身に纏う彼女の手の甲にそっとキスをする。ミッシェルのドレス姿は、可憐さと色香が混ざり合って、ある意味で非常に蠱惑的だ。ミッシェルの後ろに控えるアンナが誇らしげに口元をニヨニヨさせている。

 対してトリスタンは見事な刺繍が施されたフロックコートに、代名詞であるペリドットのピアス。その綺麗な所作も相まって、まるで小説の中に登場する騎士の如く圧倒的なオーラを放っていた。

 夜会の時間も迫っているので、挨拶も早々に2人は馬車に乗り込む。先程のようにミッシェルは自力でチャキチャキと乗るのではなく、トリスタンの手を取り優雅な動きで貴族令嬢らしくだが。トリスタンはその落差が堪らなくおかしくて、また愛しくて、くしゃりと目元を和らげた。


「折角の王家の夜会なのに胃に何も入らないわ、残念だと思わない?」

「……そうだね?」


 馬車が出発して数刻、ミッシェルは頬に手を当てて深いため息を1つ溢した。コルセットの締め付けが強くて食べると悲惨なことになりそうなの。そんなミッシェルの場違いな台詞に、優しく一旦肯定してみるトリスタン。流石は【ペリドットの貴公子】だ。


 トリスタン・ルネ・デロワ。

 柔らかな栗毛に深緑の瞳を持つデロワ伯爵家の次男でミッシェルの婚約者。その柔和な雰囲気と常時身につけているペリドットのピアスが由来して【ペリドットの貴公子】の名が付くほど社交界で話題の人物だ。将来はミッシェルの生家であるアルノー子爵家に婿入りすることとなっている。


「この時期に王家が夜会を開くなんて……確実に王太子殿下の婚約者探しよね……?」

「うん、確実にそうだろうね。我々はそのカモフラージュと言うか……いや、どちらかと言うと殿下が逃げる場所になる、ってところかな」


 ヴァルタス王国の王太子、デリック・フォン・ヴァルタス。デリックは幼少期より公爵家の娘と婚約関係にあったが、先日その令嬢に病が見つかったということで婚約を解消したばかりであった。その令嬢の後釜となる令嬢を探すためにヴァルタス国王と王妃が大々的にパーティーを開いた、という訳である。

 女嫌いで有名なデリック王太子殿下は、そんな両陛下の策略に嫌気が差し、幼少期より仲が良かったトリスタンを呼び寄せて盾にしようという魂胆だ。


「でもね、大丈夫。僕達のその仕事はすぐになくなるだろうしね」

「あら、それは《未来視》の結果ということ?」


 明言は避けるトリスタンだが、穏やかな微笑みを浮かべたその表情が語るのは「是」である。

 トリスタン・ルネ・デロワ伯爵令息を語る上で切っても切り離せないのは《未来視》という特殊能力。未来で何が起こるかを()()()()()トリスタンは、幼い頃から祝福されし神童として評価され、伯爵家次男という立場でありながらデリックの側近として従事しているのだ。


「殿下を女性嫌いとして皆認識してしまっているけれど、そうしておけば都合がいいから否定をしないだけで、実際本当に女性が嫌いな訳ではないからね」


 ――王太子として妃を迎えない訳にはいかない。ご所望なら、【王族としての責務を女嫌いの1つで放り出す馬鹿王太子】として居てあげようじゃないか。そんな容易いことで(はかりごと)を企む輩を炙り出せるなんて、最高に面白いと思わないか?


 不敵に笑うその妙に恍惚とした表情のデリックを思い出して、小さく息を吐くトリスタン。そんなトリスタンを見て何となく状況を察するミッシェルは、それに気が付かなかったフリをして受け流す。

 貴族というものは如何せんしがらみが多い。情報を持っていることで吉となる瞬間は往々にして存在しているが、その情報を知っていることで凶となることもそれと同じくらい蔓延っている。時には「知らなかったことにする」ということも1つの護身術なのだ。


「さ、着いたみたいだ。行こうか婚約者殿。王宮の料理人こだわりのオードブルが待っている筈だよ」


 食べ物で釣ってくれるな。

 そう恨み言を心の中でそっと呟き、ミッシェルは差し出された大きな掌をきゅっと握った。



 ***



 夜会が始まって会場が温まってきた頃、事は起きた。


(人が恋に落ちる瞬間を初めて見たわ)


 ミッシェルは視線の先の2人をじっと見つめながら、トリスタンの腕を強く掴んだ。目を爛々と輝かせて凝視するミッシェルに、トリスタンはそれとなくケーキを差し出した。それを無意識に受け取ったミッシェルは、口に運ぶ度ににへらと溶けるように微笑む。


「さすがトリスタンね。的中じゃない?」

「言ったろう? 僕達の仕事はもうおしまいだよ」


 そう、まさに目の前で王太子デリックの次なる婚約者が絞られたのだ。デリックが甘い微笑を注ぐお相手は宰相の娘である侯爵令嬢。家格は申し分なく、寧ろ最有力候補として噂されていた令嬢ということもあり、おそらくトントン拍子で婚約は結ばれるだろう。


 未来のお妃様が無事に決まり一安心だ。

 宰相様のご令嬢と、彼女に一目惚れをした王太子様は結ばれて幸せになりましたとさ。

 めでたし、めでたし――



 ***



 ――とはならないのがこの世の摂理だ。


「【星詠みの魔女】殿。宰相の娘が《禁忌魔法》を使った証拠を炙り出すために必要な情報を、貴殿の占いの力とやらで調べて欲しいのだ」


 夜会の翌日。脚を組み、恐ろしく感じる程に綺麗で冷たい笑みを浮かべている彼――王太子がミッシェルの元を訪ねてきたのである。



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