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不公平VRMMOに瞬く双星:グリモワール・テイル  作者: 筆狐@趣味書き
第1楽章−アンデルニーナ24時間

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【3−1】新米領主と世界の記録

 ビルの外では爆発音が木霊のように鳴りまくった後、無事怪物を撃破したようだ。歓喜の声と勝鬨を挙げる勇ましい叫びが道路で溢れ出し、こちらへと聞こえてくる。

 一方で、私たちはビルの内部で治療を開始しようとしていた。

 ルルが救急箱と思わしき箱を地面に置き、蓋の留め金を外す。紛うことなき「幽霊印」の救急箱だ。


「ねえ、ルル。これ私が死んだりしない?」


 私の問いを聞いて、彼女は銀色の瞳で箱に付属していた説明書を読み始めた。

 この救急箱の名前は「アームズ・リペア・ツールズ」。回数無制限に使えるが、使用するとクールタイムが発生するアイテムで、一定範囲の様々な損傷を治すことができる幽霊を一定時間召喚することができる。

 正確には、救急箱というより召喚アイテムの類である。これが彼女が説明書を音読したのを聞いたことで手に入れた情報だ。

 私の視覚的な情報を付け加えるなら、独りでに開いた隙間を通じて、箱の中の住人と私の視線がぶつかった。向こう側の住人さんは準備完了しているらしい。


「一思いにやって」


 自分の覚悟を読み取ってか知らずか、ルルは希望だけ中に取り残されそうなゴーストの箱を開いた。

 上部が開かれた箱から、ゆらりゆらりと白い布の幽霊が上に向かって伸びてきた。私とカログリアを見て、幽霊の顔と思しき3つの黒い穴がにやりと笑う。

 「オオオォォ」と怨嗟のような声を発するそれは、もはや完全な悪霊にしか見えない。

 悪霊にしか見えないのだが、幽霊が私の欠損した足首に触れるともう見慣れてしまった青のエフェクトが足の形に凝縮して元通りになる。おまけとして、どっかに足ごと落としてきていただろう「キャットフット」も身に付けた状態で復活を果たした。

 ボロボロになってしまっていたケープ――カログリアも元のウサギ耳に戻り、アンクレットの部分も無事に再生している。

 役目を果たした幽霊はふらりとビルの下に消えていった。

 彼はワーカーホリックなのだろう。死んでいる故に過労死は起きないから仕事熱心でも別にいいのだが、物事の見境はなかったらしい。程なくして、ビルの根本に当たる部分から悲鳴と混乱の連鎖がこちらまで響き渡った。


「……ラズっち。これ、なに?」


 答えは簡単だ。


「辻ヒールが始まっただけだよ。見た目ホラーなモンスターによる辻ヒールが」


 ある意味で幽霊の辻斬りである。しかし、人間様の図太さも幽霊の執念に負けてはいない。

 幽霊に害がないどころか辻ヒールをしているのを理解した途端、誰かが「怪我人をこっちに運ぶように」と号令を出し始めた。

 もっとも、そんなことは私にはどうでもいい。私がいま一番恐れているのはこの凱旋騒ぎに巻き込まれることであり、そのためには素早くここから移動しないといけない。

 それに、幽霊が注目を集めている今が好機なのかもしれないのだ。


 ふらつきながら立ち上がって視線を向かいのビルに向けると、この快進撃の鍵を担ったボスの娘と彼女の部下の狼がこちらを見ていた。どうやら可愛らしい兎は彼女たちの元にまだ帰ってきてないらしい。

 彼女はズボンのポケットから光を反射して煌めく何かを取り出して握り、握った拳と腕をこちらに向けて構えた。彼女が何かを唱えるように口を動かし、握った拳を開いてこちらに何かを差し出す形に変える。

 起きた異変は非常に分かりやすいものだった。私の眼前に突如として黄金に光り輝く1発の弾丸が現れて、支えもなく宙に浮かんだのだ。だから、私は謎の弾丸を手に取った。

 私が黄金の弾丸を受け取ったのを見届けると、レネットはこちらに1度だけ手を振ってからビルの内部へと姿を消していった。また、ガラディオもこちらに向かって握りしめた拳を胸部に当てる動作をしたあとに、彼女の後ろに続くように同じく内部に歩いていった。


 私の手のひらに転がるたった1発の弾丸を鑑定スキルで調べてみると、この弾丸は「至高たる掟の弾丸」という名前だということが分かった。

 この弾丸には偽装防止や複製防止に損壊不能などといった唯一性を担保するエンチャント効果がたんまりと付与されており、弾丸の薬莢部分にはレネット・ネレカドラの署名と鎖が刃に絡みついたロングソードの紋章が刻印されている。

 また、説明文を読む限りではこの弾丸には弾頭を発射するための機構は入っていない。よって、銃火器に装填することは出来ないようだ。


 では、この弾丸が如何なる存在なのか。隣で見ていたルルは疑問符を浮かべながらこちらを見ていた。


「ラズっち、それは何に使うの?」


 伝えるにあたって、特に迷う要素はない。


「乱暴に言うならば通貨だよ。ネレカドラ・ファミリーとの取引に使える、お金代わりのアイテム」


 ――弾丸の掟は絶対だ。この弾丸を前にして、掟の使徒以外の全てが畏怖し平伏する。少なくとも、相手がファミリーの一員であるならば。

 格好いいアイテム説明文だ。……少なくとも、その後に続く注釈文に「※ネレカドラ・ファミリーの一員との取引で使える」と正直に書かれていなければ。


 しかし、長居する理由はなくなった。だから、ビルの床と空虚の境界線に立ってルルに振り返る。

 視線が合った瞬間に私の意図に気付いてくれたのか、彼女は自身のグリモワール――ウォーハンマーに対「ミミリッド」と呼びかけた。

 すると、彼女のウォーハンマーはいくつもの小さい金属のキューブ状にバラバラになり、細長い形状の物体に再構成される。

 それは黒い木材の柄と藁と思わしき素材の穂を持つ箒である。ただ、掃除用の飾り気のないシンプルとは程遠く、だからといって有名なファンタジー小説などに出てくる操縦用のハンドルの付いた物でもない。

 しかし、箒でありながら「スノーボードです」と名乗りたいのだろう。足を固定したときに足の向きと箒の柄が交差するように、2つの革のバンドが付いている。

 なるほど、飛ぶ気ということだ。しかし常人の平衡感覚では無謀な気はする。


「付いてきて、魔女さん」


 彼女にそう告げてから私は空に飛び出した。すると、不思議なことが起きた。

 弾ける爆音、焦げ臭い匂い、私を掠める風。状況の理解をなし得た時には、既にルルは私の遥か前方を飛んでいた。

 煌々と燃え盛る蒼き箒星に乗った魔女は、吊橋というツタが張り巡らされたビルの密林を縫うように疾駆する。燃える穂が流星のように軌跡を残しながら飛ぶさまは豪快で、持ち前のバランス感覚も相まって容赦も遠慮もない。

 文字通り、私たちは置いてきぼりにされたのだ。


「カログリア、……私たちは安全第一で」

「そうだね。あれは熟練度の差とかの問題じゃないもの」


 移動手段としての馬力が違いすぎる上に、操縦士自体も人間を卒業していると来た。

 確かに、別のゲームでも彼女は軽業師といったジョブを選ぶことが多い。己の肉体の感覚を武器に戦場を縦横無尽に駆け巡ることを可能にする、それ相応のセンスも持ち合わせている。

 けど、まさかここで彼女のオーバースペックを見せ付けられるとは思わなかった。彼女自身に素質はあったとはいえ、全ては彼女をここまで仕上げてしまった師匠2人が悪いのだろう。


 とりあえず、彼女を見失うことは飛行開始数秒で決定してしまったのだ。

 追い付くことは諦め、できるだけ静かにお祭り騒ぎから離脱することにする。

 ふと何かを直感して騒ぐ集団を確認したとき、集団の端っこで1人の少女と2人の男性がこちらを見ているのがはっきりと分かった。

 少女はこちらに無邪気に腕を振り、男性のうち大男はこちらの視線に右腕を上げて応える。大男と比べるとまだ小柄と言える男性は、何故か軍隊式の敬礼をしている。

 私は少しの間だけホバリングして、彼らに軽く手を振った。それから姿見えぬ御友人様の追跡に戻ることにする。


 しかし、結構な広範囲で戦闘が行われていたことを自分の目で再確認することになった。あちらこちらでプレイヤーたちが傷付いた肉体を捧げた治験に勤しんでおり、運の悪かったプレイヤーから次々に楽になってしまっている。

 もっとも、楽になれたプレイヤーはある意味では幸運で、悲劇に酷く愛されてしまった一部の子羊は麻痺と思わしきデバフを受けて痙攣しているのだ。進歩の犠牲になること自体は否定しないが、半端に苦しむ彼らのようにはなりたくないものである。

 そんな彼らを尻目にフライトを楽しんでいると、ビルの密林が途切れて視界が徐々に拓けていく。


 街から少しだけ離れた場所に商品が詰まった木箱の山や露店がひしめく広場が見えてきた。

 広場は街の殺風景なアスファルトと正反対な色彩豊かなレンガが敷き詰められており、その華やかさと対比するかのような黒いコートの集団――ネレカドラ・ファミリーの構成員たちが襲撃で乱れた市場を修復して回っている。

 また、広場の外周は灰色の石材で構成された現実の一軒家より高い壁となっていて、東西南北に建てられた古めかしい木材の門が人の通行を制御している。


 ルルは市場の門付近でこちらをじっと見つめているようだ。だから、ゆっくりと高度を下げて彼女の横に着地する。

 そして、この格好では目立つと考えて「偽神の衣装」を解き、カログリアを人間の姿に変えた。カログリアの人間の姿を見てルルは小さな声でぼそりと呟くのだ。


「色違いで小さいのも……悪くはないのか?」


 色違いで小さい。その言葉が表しているのはカログリアのことであり、彼女と比較対象になっているのは私である。

 私はヴェールは付けてない。ただ、アバターの服装は修道服の丈を膝が隠れる程度まで上げた服であり、カログリアの衣装と真逆の黒を基調としている関係で、群衆に紛れてしまえば目立ちにくい物だ。

 そういえば、私の髪も黒色なことに加えて瞳の色も瑠璃(ラピス・ラズリ)色なのだ。

 カログリアや私の容姿は意図的に作った訳では無いのだけれど、彼女と私は色彩が反転している状態と言ってもいいだろう。

 格闘ゲーム的に言うならばどちらが2Pカラーとでも呼ばれる状態だ。

 私は私たちを見て何かを考え込むルルの額に、デコピンを打ち付ける。



「君が考え込むときはあまりよくないことを考えることがある」


 ルルがにへらとだらしない笑みを見せる。


「だって、可愛いのが悪いんだぞ。2人とも」


 カログリアがそっと私を盾にする。


「ルルさん、悪い人ではないね」

「うん、悪い人ではないよ。ちょっと変わってるだけ」


 いや、だいぶかもしれない。けれど、その異端に私は救われてきた。こうして戯れていると、ほんの少しだけ心が浮つくのだ。


 狂気に身を任すかを熟考する彼女を放置して、マーケット・スクエアと外部を繋げる門をくぐる。

 市場の騒がしさは想像していた平穏な物ではなかったが、襲撃の影響自体は少なく済んだようだ。

 商魂たくましい商人たちの一部がプレイヤーたちに対して積極的に、この世界の民間人に売れなさそうな商品を売り込んだりしている。

 例えば、そう。「今日から始める幻想領主ウルトラデラックスセット、レコード3冊付き。スキルポイント同梱」なる名前の、よく分からないアイテムのくせに初期所持金の約1万倍の値段を誇る謎の宝玉とか。


 因みに、領主セットを取り扱っている店主は黒いコートを着ていて、コートの右上腕には鎖が巻き付いた剣の紋章が描かれたアームバンドを身に着けている眼鏡を掛けた男性だ。

 そして、「需要読み違えた、売れない、ヤバい、ロマン過ぎた、神様助けて」などとしきりに後悔の念を呟いているので、私はそっと黄金の弾丸を彼に見せる。

 しっかりと、刻印を彼に見せつけるように。


 ――これは、そう彼は呟いた。

 数秒の驚愕の後に彼が「至高たる掟の弾丸」に鑑定スキルを放ったことがイベントログに流れてきて、彼が弾丸の価値を認識したのを確認した。だから、こう注文するのだ。


「この弾丸で買える一番良い領主セットを頼む」


 彼は私に一番値段が張る問題作と粗品を差し出した。

 「今日から始める幻想領主ウルトラデラックスセット、レコード3冊付き。スキルポイント同梱」に、「レコード3冊付き大図書館セット」が引っ付いた抱き合わせセットだ。

 弾丸とよく分からないセットをお互いに相手に対価として差し出し、取引が無事終わったことを確認してから右手と右手を重ねて握りしめた。


 握手である。


 ふと横を見るとルルとカログリアが2人揃って私を眺めていた。

 一方は私の決断に対して特に動揺を見せることなく興味深いと言わんばかりに、もう一方は出会ってから時間がまだ経過していない私を理解しようと思考を巡らせながら。


 私の手のひらの上でロマンの宝玉は輝いていた。

次は2週間以内に

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