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不公平VRMMOに瞬く双星:グリモワール・テイル  作者: 筆狐@趣味書き
第1楽章−アンデルニーナ24時間

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【2−7】

 戦場という劇場に立った私は敵に向かってひたすらに銃を乱射していた。特にリリウムに向かって走ってくる異形を優先的に排除し、トゲへの対処は彼女に一任している。

 そして、先行していたビル内部の小隊に相棒さんを加えた追跡部隊にも綿密とは言えないまでも指示を出している。


「恐れなき者は存分に前に出なさい!そうでない者も、一時の死や刹那の苦痛への恐怖などドブに捨ててしまえ!」


 リリウムが群衆を鼓舞する。それに答えるように私と同じように飛行能力を有するプレイヤーたちが機動力を活かして突撃し、小火器ですれ違いざまに掃射を仕掛けた。

 でも、それだけじゃまだ足りない。だから、群衆の中でも突き出ていて両肩に肩パッドのように砲台を載せた一際目立つ大男に近づいて指示を出すことにする。

 カログリアが与えてくれた翼の飛び心地はまだ慣れない。しかし、群衆の頭上を滑るように移動して彼のもとに辿り着く程度は最早簡単だった。


「そこの砲台さん、自分と同じ遠距離攻撃が出来る人を出来る限り集めて欲しい。そして、合図を出したらあの花の周りのゾンビたちに全員でばら撒いて」


 大男さんが無言で頷いたのを見届けてから最前線の定位置に戻ると、飛行部隊の人員が建物の中で支給された物資の山を漁っているのが見える。その山の中から各自のお眼鏡にあった爆発物を取り出してからこっちに集まってきた。


「カログリア、銀の翼でトゲを数回受け止められる?」


 その言葉に彼女は恨めしそうにカラスの鳴き声で鳴き、観念したかのように結論を述べる。


「たぶん数発なら可能。でも、わたしの一部だからわたしが痛いし、数日ぐらい恨むけどいい?」


 続々と集まってくる玉砕希望のパイロットたちは各々で準備運動や祈りを行っており、命知らずな兵士たちは執行人の号令を待っていた。

 もっとも、その執行人も良き知らせが来るのを待っているのだ。

 良い知らせが届くのにそこまで時間は掛からなかった。十分な数の特攻兵が集まってから数えて、ラジオ体操の2周目が終わるほどの時間が経過した頃、近くのビルの高層階から生き物の残骸が地面へと打ち捨てられる。

 同時に異形たちの統率が徐々に乱れていくのも確認できた。


 私はフェアリーアイズで観察していたので結果自体は少し前に認識していたのだが、律儀に彼女が飼い猫のように貢物を運んできていたが見えたので少し待っていたのだ。

 こうして白日のもとに蜘蛛の亡骸が晒されたので、結果報告をさせるために憎たらしいトリックスターに短く「貴女の手番だ、ロキ」と合図を出す。

 ロキは、上機嫌だった。本当に心から面白くてたまらないと言いたげに笑いながら、彼女はみなに通告した。


【ああ、勇敢で幸運な綺羅星よ。5つの星が連なった結果、この目でしかと見届けたとも。約束通り、事態が落ち着いた後に5人に褒美を授けるとしようではないか】


 「小憎たらしい」、そう心のなかで彼女を評価した。彼女は人を言葉で動かすのは得意だが、如何せん人を玩具のように扱うのがゲーム内の日常だ。酷いときは壊れるまでとことん遊ぶ趣味が存在するし、今回の「遊び」はまだ優しい方だったと言えるだろう。


「あ、あのっ。これってグレネードランチャーですか?」


 ロキの気まぐれに付き合わされて頭を抱えたくなる気分になっていた私の横で、1人のプレイヤーが榴弾を放てそうな砲身の太さをしている拳銃を差し出してこちらに質問してきた。

 私と同じ学生かどうかなどはアバターだけでは推測できないものの、少なくとも銃器の類に明るくないのは差し出してきた物を見て予想できた。

 同時に、それが「現状で手に入ったら作戦の遂行が楽になる物品ランキングリスト」の上位に食い込んでいて、使用タイミング的に至急手に入れたい物品と追記されていた道具だということも。


「それはグレネードランチャーじゃない。ダメージを与える物じゃなくて、信号弾を撃ち出して合図するためのフレアガンだね」


 彼女は肩を落とす。その様子を知ってか知らずか、彼女の背後で両手にそれぞれグレネードランチャーを携えてアイドルを信奉するための踊りを披露する男性プレイヤーも存在する。

 私はその不審者をガン見しすぎていたのだろう。彼女はその男性の存在に気が付き、彼のふくらはぎを軽く蹴って悶絶させていた。


「そうだね、慣れてないだろう彼女に勧めるなら連装式じゃなくてシンプルな折り曲げ式でいい」


 仲がいいことはいいことだ。男性は彼女と親しい関係らしく、私の見立てでは恐らく兄妹だろう。顔を羞恥で真っ赤にしながら彼女はグレネードランチャーの片方を彼から受け取り、もう片方の手に持ったフレアガンをどうしようか迷っていた。

 だから、私は手を差し伸べた。


「フレアガンが必要ないなら私に譲って欲しい。声で後方の彼らに合図を出すよりは確実だから」


 彼女は決意に満ちた表情で私にフレアガンを差し出し、私はそれを受け取って目礼をした。準備は整ったので、最後にカログリアと作戦の打ち合わせをする。


「カログリア、3回というのを覚えておいて」

「それはわたしが防がなきゃいけない数?」


 本当にゲームに毒された脳の自分に笑いが込み上げてくる。自身の狂い方に私の口元は笑っていただろうし、私の様子は一番近くで見ていた彼女にも伝わっていたはずだ。


「いいや、違うよ。答えは”私に致命的ダメージを確実に与える攻撃を見逃していい回数”、だ」


 耳元にため息が聞こえてくる。


「あなた、狂っているね」


 ため息に続いたその言葉には、残機を投げ捨てることを厭わないことへの恐怖は含まれていない。

 強いて言うならば、やれやれといった諦めと、付き合ってあげようという肯定が入り混じっていた。

 フレアガンを自分が身に着けているツールベルトに収納し、翼で羽ばたいて地面から少し浮いた位置で止まる。

 ――本当に、リリウムは私と違って強い。私はこうして突撃部隊の先頭に立つのは緊張するし、自分が仕切った結果で失敗するのは怖いし、自分というプレイヤーが背負う役割を見失いそうになる。

 でも、準備は整った。いや、整ってしまった。だから、いま逃げることは名も知らぬプレイヤーたちに対する背信行為だ。


 ああ、私は大声出すの苦手なんだけど。


「命知らずな君たちに告ぐ。……私に続いて!」


 地面を1回、2回と蹴って一気に加速しながら飛翔する。私を追いかけるように機械音や羽ばたきの音が背後で入り乱れ、速度を落として彼らの様子を確認する余裕は存在しないと嫌でも理解が追いついた。私は銃を正面に構え、花の怪物を挑発するようにその身のツタ目掛けて弾丸の濁流を浴びせ続ける。


 するとこちらの挑発が効いたようで、花の怪物の全てのツタの先端が花の内部へと潜んでいく。そして、再び現れたツタの先には金属製のイガグリ、もしくは黒光りする金平糖と例えるのが相応しい凶器が握られていた。あの花の狙いは恐らく私と、低空を飛んでいる兵士たちだ。


「命が惜しければ高度を上げろ!来るよ!」


 ――命が惜しければ。だから、私は地面スレスレを滑るように飛び、弾丸を味あわせつつ相手の注意を引く。

 ツタの届く範囲まで距離を詰めたとき、ツタの1本が高く振り上げられた。私に振り下ろされるギリギリまでタイミングを図り、【フラッシュ・ステルス】を使用しながらバレルロールを行うかのように回転しながら回避する。

 そのまま、更に距離を縮めて花弁のすぐ上を通過しようとした。


「ラズリア、あなたの考えはなぜか分かる。すぐに死にたいなら止めたりしないよ」

「そうだね。死ぬ前にアレやコレに一泡吹かせるのはありかも」


 遠くからは分からなかったがラフレシアの花弁の表面にはいくつもの切れ目が入っていて、そこから鮮緑色の宝玉のような眼球がこちらを追っている。切れ目は数えるのが面倒なくらいに無数に存在しているので、花の表面に目が散りばめられているのだ。

 だから、軌道を無理矢理に切り返し、花弁の上で舞い踊って目を潰すために弾丸をばら撒く。花弁のあちこちで鮮やかな緑の噴水が噴き出し、私の行動に気付いた飛行部隊の一部が空いている花弁に爆発物を投下して打撃を与えているのが見えた。

 もっとも、怪物もただでやられるわけがなく、こちらに金属イガグリを執拗に飛ばしてくるので大胆な軌道を描いて回避し続ける。

 怪物はこのままでは私を仕留められないと悟ったのだろう。周りに手当たり次第投げていたツタの動きを止め、次の瞬間にはその全てを私と反対の方向に反らせた。


「カログリア、来るよ。作戦通りに」


 怪物から人気のない方角へと距離を取った数秒後、おびただしい数の風切音が怪物の周りから放たれる。私の右足に到達しそうな1発目のイガグリを銀の翼で払い除け、私の左手に当たりそうな2発目も同じように打ち払い、顔面に直撃する軌跡を描く金属イガグリを自分のボディで存分に受ける。

 首から上が引っ張られる感覚はあったが、ゲームだからか痛みという感覚は感じなかった。

 また、顔面をもがれたというのに視界は良好で、また「掟の鎖」の効果が発動したことを表しているエフェクトが発生したのがよく見える。

 頭部を囲むようにいくつも発生した黄金の時計盤のエフェクトが、時を逆方向に刻む。全ての針が12に到達した瞬間に、顔面から漏れ出していた死を謳う青い粒子は再び私の体に再帰した。


「ラズリア、生きてる?」

「大丈夫、死んでない」


 心臓が爆音でリズムを刻む。空気を吸い込む。そして、言葉を選ぶ。


「総員、速やかに離脱して!」


 その場に居た命知らずたちに伝わるように思いっきり叫んだ。それと同時にツールベルトからフレアガンを抜き、空に向けて白煙の尾を引く赤い流星を打ち上げた。そして、迫りくる未来に備えて目を瞑る。


 フレアガンを取り出した時点で、予想外の伸縮性を発揮した数本のツタと、それらの先端を覆うようにコーティングされた金属の槍の群れは見えていた。私が敗北した原因は相手の知能と性質を見誤ったことだろう。

 黒き槍の2本が私ではなく銀の翼の根本にあるアンクレット(カログリア)を的確に足ごと穿ちぬく。

 それから。逃げる手段を失った私の胸部を槍が貫通する。

 「掟の鎖」効果発揮時の僅かな無敵時間が終わる前に、私は触手に振り回され、近くのビルの内部に向けて勢いよく放り投げられた。


 ビル内部に叩きつけられた衝撃で最後の身代わりを失った。

 不幸中の幸いは荒い呼吸が聞こえるもののカログリアの生存を確認できたこと。

 悪い知らせは、「掟の鎖」は予想通り致命的ダメージは巻き戻せるがそれ以外を回復する効果は持っていないことと、銃を打ち付けられた衝撃で手放してしまって離れた床に落としてしまったこと。

 最悪なのは、待ち構えていたかのように1体の異形の残党が目の前でこちらを威嚇しているということだ。


「ふう。チェックメイト、かな」

「あなたはまだ余裕あるんだね。……わたしは翼もないケープだけを維持するだけで精一杯」


 こういうとき、泣いて救いが訪れるのを祈ればいいのだろうか。はたまた、逆境に対して不敵に笑えばいいのだろうか。

 もしくは、諦めて目蓋を閉じればいいのだろうか。私は答えを知らない。

 ただ、異形はこちらに抵抗する手段がないと理解し、ゆっくりと距離を詰めてくる。


 ここで「ラズリア・ヘレティク」の英雄譚は終わる。凡人が英雄を偽った嘘の物語の終演は、残された者たちが戦場に降り注がせる弾丸たちが奏でるオーケストラによって秘匿されるだろう。誰にも知られずに、幕が下りるのだ。

 ただ、そうだね。私の嬉しい誤算はこう言うべきだろう。


 ――「ラズリア・ヘレティク」は舞台から降りて観客になり、観客1人だけに見せつけるように「ルルベリス・パーガス」の演目が始まるのだ。


 とんがり帽子を被った黒い魔女姿の少女が振り回すウォーハンマーが、異形の頭部目掛けて横薙ぎに叩きつけられる。ウォーハンマーの全長は恐らく成人男性の背丈を超えており、彼女の身長と比べてアンバランスな雰囲気を醸し出していた。

 そんなものが頭に叩きつけられるのだ。流石の異形も行動を停止し、地面に倒れて微動だにしなくなった。

 しかし、人のことは言えないのだけど、どうして私の知人はみなビルドが尖ってしまうのか。

 もっと普通の装備をチョイスすれば無難に戦えるだろうに。こう、君は魔女姿なのだから、初期装備の候補に存在していた属性魔法の杖を選択するという選択肢もあっただろうに。

 そんなどうでもいいことを考えていたのが表情に出ていたのだろう。ルルは私の額に右手を当てて、その右手に自身の額を乗せる形で顔を近づけて私に囁くのだ。


「もう、足がやられてるくせに結構無駄なこと考えていたね?あなたの表情はよく分かるんだから」


 右手が移動して頬を撫で、私の額に彼女は短く口づけをする。

 それに対して私はこう口にする。


「ルル、いま配信中……」

「知ってる。配信を見てたからここに居るんだよ?」


 なるほど、こういうところだ。咄嗟に出た言葉は御友人様には私を可愛がる口実にしかならず、思わず口にしたことを後悔することになる。

 けれど、返ってきた反応は様子とは予想とはちょっと違うものだった。頬を撫でていた手を私の頭に乗せて、……正確にはケープのフードごと子供を褒めるかのように優しく撫でる。


「ふふっ、カログリアちゃんをびっくりさせちゃったね。ごめんごめん」


 私を撫でるのをやめ、彼女は私から数歩離れる。


「ああ、そうそう。思ったよりチュートリアル長かったからさ、ラズっちならもっと時間掛かるだろうと思って、いい時間になるまで暇つぶしに街の南行ってたんだ」


 彼女はスキルを使って虚空から、看護師風の幽霊のロゴが刻まれた木製の箱を取り出した。幽霊はデフォルメされていて、緑色の十字架が書かれた帽子を被る白い布と目のような穴が空いたという感じの見た目が特徴的だ。


「だから、一緒に市場行こうよ。君を治してから、ね?」


 本当に、この御友人様には敵わない。そう思いつつ、彼女の治療スキルを受けることにした。

次回更新。2週間以内(2025/06/01)

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