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不公平VRMMOに瞬く双星:グリモワール・テイル  作者: 筆狐@趣味書き
第1楽章−アンデルニーナ24時間

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【2−6】

 戦争において、数とは純然たる暴力である。この戦いは戦争なんて大きなものではないが、人外と人間の抗争としては十分大規模と言っていいだろう。

 レネットは髪と同じ色彩の瞳で戦場をじっと見つめ、ガラディオは寄せ合わせの民兵集団を潰しうる攻撃手段を保有している異形を次々に狙撃して作戦の成功率にポジティブな要素を加算し続けている。

 そして、私は2人の後方の机に隠れて、私のAPの上限で扱える最大数の妖精シマエナガ10羽から送られてくる情報を整理していた。


 周囲で致命的な異常が発生してないかをモニタリングした結果、クリティカルでこそないものの、解決しなければならない問題は発生しているようだ。

 道路上の戦争は人の皮を被ったような同じ人間と認めたくない2人によって有利に傾きつつある。しかし、それに対してビル内の掃討の進捗は芳しくない。

 理由は簡単で、ビル内に逃げ込んだこの世界の民間人を救援しながらの戦いになるので、戦線の拡大スピードが鈍化してしまっていること。

 そして、異形たちのクラスターである親玉が、己の生産物に反して猫サイズの蜘蛛の姿をしていることである。その2つが相まって難航しているのだ。


 勝利は出来るが迅速な解決は見込めない状況の中で、私の配信のコメント欄に他人から見たら意味不明な一文が書き込まれた。

 ――「沈黙はラタトスクにあるまじき愚行だ」、と。

 私の今までの遍歴を知らねば書けない挑発的かつ熱狂的な文章を捧げてきた匿名リスナーの期待に応えるために、地図に数字とアルファベットのマーカーを使ってビルごとに番地を付けていく。

 私はリリウムと真逆の人間である。人の前に立って英雄として死地に赴くのではなく、人の背後で唆して骨の髄まで利用する人間だ。勇敢なる英雄ではなく、犬笛を吹く卑怯者なのだから。


「見ている人が居るなら1から3までの中で好きな数字を書き込んで」


 数少ないリスナーに好きな数字を書かせ、私は自分のやるべきことを進めていく。

 数字を書かせた結果は、有効票だけで数えるならば1と2が1人ずつ、3が2人だった。4を書き込んだ匿名のおバカ1匹と、現在進行系で暴れ散らしているのに2を書き込んだマッドネスコンビはひとまず無効票とした。


 数字の整理と並行して作業すること数十秒後、お目当てのクラスター蜘蛛の居場所をシマエナガたちが掴んだ。よって、近くを偵察していた4羽の妖精たちに、親玉の蜘蛛を追跡するように指示する。


「君たち、私を見てるって暇で酔狂なんだね。だから、ラタトスクとして煽動するよ」


 地図を操作してビルの1つをハイライトしてから、配信画面に映るように地図のホログラムの位置とランプアイの浮かぶ場所を調整する。

 各種ポジションが定まってから、追加で任意のメッセージを書き込めるボードを浮かべて「1から3を選んだ人は私が索敵した敵の親玉を追跡し、撃破を目指すこと」と書き込んだ。

 追加で、「3を書き込んだ人は1と2が必要とするならば武器弾薬の補給や管理を、4を選んだ愚者は質問が想定してない答えをした罰として周りを巻き込め」と書いておく。

 状況を整え終えたその数秒後に、想定通りの書き込みが流れてくるのだ。

 「私達は?」、と2件。


「2人はそもそも無効票です。自分の役割を全うしてください」


 そこからは扇動に乗ったプレイヤーたちに司令を出していく。妖精シマエナガから送られてくる状況を頭の中で再構築しながら、親玉が1体ではないという可能性を潰すために残ったシマエナガで哨戒を行う。

 即席部隊が接敵したときには、「栗鼠が唆して」知らせることで敵集団の迅速な排除を心がけていった。

 逃走と追跡のループを繰り返すのだが、決定的に決め手にかける。そんな状況に苛立ちを覚えていたのだが、先程の愚者と同一人物と思わしき匿名コメントが「その鳥と視界共有と録画はできる?」と聞いてきたので、質問に対する答えとして首を縦に振った。


「どちらも可能。その代わり、妖精2羽分のAPキャパシティを食うから警戒が少し手薄になる」


 そう私が口にした直後、脳内に直接叩き込まれるように強引に、威厳あふれる厳かな雰囲気を纏う女性の声の音声メッセージが鳴り響く。


【嗚呼、世界に溺れる紳士淑女諸君、御機嫌よう。私の詳細は省くが、いま私の手の中に「戦車鎧装」と呼ばれる装備品を手に入れるためのキーアイテムがある。その戦車鎧装は試作品ではあるのだが、それも良き物だろう?】


 匿名コメントの主が誰だったのかを私はお察しさせられてしまった。だが、彼女が別ゲーで「光輝殺しのロキ」と皮肉交じりに呼ばれていたことは、現時点ではどうでもいい。

 そして、仮に彼女が本当にロキであっても偽物でも、私は今から起きるクリティカルな異常事態――もとい致命的失敗(ファンブル)を潰しにいかなければならない。

 これから起きる裏切りを予見してしまったゆえに、リリウムも相棒さんに任せていたトゲへの対処を4人の使い魔らしき僧侶で始めているし、なんなら相棒さんは足を止めて困惑している。


 相棒さんのスタート時の見た目はどんなゲームでも金属の全身鎧である。最終装備はゲームのジャンルにもよるが、大抵は機械装甲兵やら重騎士のような見た目に落ち着くことになる。

 彼女にはゴツい鎧や装備を好む傾向が存在し、その特徴を持つ装備に「プロトタイプ」や「試作」、「タイプゼロ」というような単語が付いてると真っ先に欲しがるロマン派だ。

 ロマン第一主義はときに狂気的な信仰に変わる。とあるゲームでは彼女好みの装備が賞品になったイベントマップ内無差別PVPイベントが開催されたことがあり、彼女は悉くをぶち壊してお目当ての装備を獲得した。

 イベントを下見に来たひよっこも、漁夫の利を求めたハイエナも、普段仲良くしているギルメンも、……マップをブラブラと散歩していた後輩たちやバディすらも例外なくぶち転がしたのだ。


「カログリア、妖精が拾ってくれた映像の保管は任せていい?」

「うん、問題ない」


 地図ウィンドウを視線を少し傾ければ視界に収まる位置で浮遊するように設定し、それから机の影から移動してビルという崖の際に立つ。

 レネットとガラディオが何事かと視線を送ってくるが、相棒さんの裏切りまでのタイムリミットは迫っている。だから、これを聞いているだろうリリウム……と相棒さんに向けて言葉を発する。


「これは私たちへの借りです、相棒さん。リリウム、いざという時のために相棒さんが自然に抜けられるように、上手く戦況を誘導してください」


 私の囁きを聞き取ったリリウムは「彼女が抜けた穴は?」とコメントで聞いてきたので、恐らく彼女が期待しているだろう答えを問いに返す。


「私は強くない。でも、私でも人を煽り立てて地獄へと導くことはできる」


 両足に身に着けたアンクレットが、冷たいながらも沸騰したかのように泡立つ。フードに付いているウサギの耳が、羽化するように羽毛に覆い尽くされた細長い双翼へと変態していく。

 沸騰した白銀はやがて一対の冷たき白銀の翼を持つアンクレットに変わり、羽化を終えた耳は温かみを感じさせる手触りの白き翼になった。

 偽神の衣装から与えられた偽りの四翼がこの身に宿った。雛鳥が世界に挑戦するための武器は、小さな修道女によって与えられたのだ。


「なるほど……。わたしは警告した、覚悟はしてね?」


 カログリアはそう言うが、覚悟なんてものはとっくに決まっている。この舞台で繰り広げられる辛苦に満ちたシナリオを素早く終わらせるために、人々をつき動かせる機械仕掛けの神(嘘偽りの神)が必要なのだから。

 その様子を見て、多分トリックスターは隠れて笑っている。彼女のことだから、戦場という名のアンサンブルにはさぞご満悦だろう。

 だから、私はこの苛つきがロキに伝わるように短く「やれ」とだけ合図した。


【少しばかりの沈黙、失礼した。ビル内にゾンビの化物を生み出す親玉が潜んでいてね、面白そうだから退治して欲しいんだ。報酬はお察しの通り】


 ロキが騒乱の始まりを告げる。


【――「零式戦車鎧装・閃光」、だ。私の知人が記録しているので、判定方法は気にせず存分に競い合ってくれたまえ】


 眼下の道路を覗き込み、1度だけ長く息を吐く。

 劇的な効果を望まないならば、リリウムの後ろで道路上の掃討や警戒に当たっている民衆にしれっと混じればいいのだ。

 民衆という隠れ蓑に潜みつつリリウムを遠距離から援護するだけでも、戦況の悪化は食い止められる。

 だが、私はそれを望まない。目立つという行為は苦手でも人を煽るのは得意なのだから、その得意なことを存分に発揮するにはこの決断が1番手っ取り早い。

 覚悟を決める最終工程を行う私を、男性の声が引き止める。


「小娘、待て。これを持っていけ」


 声の主であるガラディオの方を視線を移す。 

 彼は自身の右手首に巻いていたデジタル式の腕時計のような装置を外し、私がミレニカから渡されたアサルトライフルに適合しそうなマガジンと共にそれを投げ渡してくる。

 腕時計を簡単に表すならスマートウォッチというべきだろう。黒い画面には緑に光る弾薬のようなマークと、その横で同じ色で光る3651という数字が目に付く。

 また、画面の上部分に小さな赤い宝石が埋め込まれており、私が出会った神徒の話を参考にするならばこれは「スターレガシー」に違いない。

 しかし調べてみると、どうもこれは違う技術のようだ。

 プレイヤー全員に備わっている簡易鑑定スキルを使うと、この機械は「バレット・ウェル」というアイテムだった。マガジンは「バレット・ホール」という名前である。

 どちらも「スターレガシー」ではなく「スターファクト」というカテゴリに分類される物品らしい。

 「スターファクト」というのが何かは分からない。けれど、この一対のアイテム、が弾薬を異空間に保管する機能と保管庫の出入り口を担うアイテムなのはシステムが教えてくれる。そして、その使い方も理解できたので問題はない。


 簡単だ。アサルトライフルに収まっていたマガジンを抜いてから誰もいない場所を撃ち、空になったライフルに「バレット・ホール」を差し込む。

 それから、接続するための呪文を唱えるのだ。


「【汝はこれより激流である。渇き、壊れるまで敵を撃て】」


 ガラディオが牙を剥いて笑う。


「そいつらはお前にくれてやる。その代わり、対価は簡単だ」


 彼はちらりとレネットに視線を送り、彼女は表情を変えぬままこちらに四角柱状の紅玉でできたペンダントが付いている銀色に煌めく鎖のネックレスをこちらに差し出してくる。


「そうね、対価は簡単。そして、このネックレスは得られる対価を最大限に熱くしてくれる追加投資」


「即死ダメージ受けたときに一定回数まで肉体を直前の状態まで巻き戻す」能力を秘めた「掟の鎖」を受け取って身につける。そして、床の端で体を前傾姿勢で曲げながら、彼女の目を見ながら右手を握りしめてその親指を立てた。


「レネット・ネレカドラが命令する。ウチが見てやるから半端な見世物を見せるな、それだけだ」


 私は彼女の言葉に私は軽く頷く。そして、深呼吸を一拍してから崖へ身を投げた。


 ……風が頬を撫でる。二対の翼が空気の抵抗を受け、私の体を持ち上げようと必死に引っ張り上げる。

 だから、力に応えるために羽ばたかせた。ビルとビルを繋ぐ吊り橋を避けるように飛び、私がここにいると主張することを忘れずに、地面目指して飛翔した。


 何も知らぬプレイヤーが空を見上げる。彼らの目に何が映っていて、何を思っていて、どんな感情を抱いたなんて興味も湧かない。

 けれど、貴方達には利用価値がある。感情のままに刃を振るう兵士としてだけの価値が。


「カログリア、聞こえる?」


 自身を覆い隠す羽ばたきの中、カラスの一鳴きが私の質問に答える。


「私も制御はするけど今から無茶をする。手伝って」


 リリウムの頭上で真下に吊り橋が存在しないポジションを見つけて陣取る。そして、足が下を向くようにバランスを取りながら。地面に突っ込むように一気に高度を下げた。

 頬に当たる風はとても気持ちよく、濃厚な死の匂いを放っている。


 地面に直撃する寸前、アンクレットの翼が地面と私の間に金属質な羽毛の山として挟まり、着地した衝撃で翼が分解されて羽毛の嵐として辺りを滞留する。

 私は彼女の文字通り身を削る奉公によって無傷だ。


「あなたがした無茶の代償は大きいよ。ちゃんとわたしに払ってね?」


 カログリアが私に怨念を吐き出す。私は色々な人物に償いをしなければならない罪人らしい。彼女と我が友人への贖罪は恐らく簡単には終わらないだろう。


「マイバディ、ここは任せなさい!貴女にはビル内の敵を任せます!」


 リリウムも用意していただろう台詞を完遂し、当初の予定通り相棒さんはビル内の掃討に向かった。

 彼女がビル内に消えたのを横目で確認し、役者が全員定位置に着いたのを確認してから私は正面の怪物たちに銃口を向けた。

 私の行動に合わせたかは定かではないが、アンクレットの羽毛が集まって白銀の翼が再構成される。


「……痛かった。両足の小指を同時にタンスにぶつけたぐらいに」

「ごめん。埋め合わせはするから」


 劇場に道化師たちが揃った。私の狂気に満ちた演目は不本意ながら今まさに始まったのだ。

投稿(2025/05/26 12:54)、続きは2週間以内に

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