【2−5】
――システムメニュー、スクエアランプへの接続設定開始。
……接続設定、及び個人認証完了。ランプアイはオンライン状態での待機を開始します。
◆ああ、マイマスター。貴方の熱いゴーサインがいつ出されても応えられるように、下僕たる眼は目蓋を開いて貴方様の命令をお待ちしております。
「……へえ、意外とあっさり終わるものなんだね」
私の独り言に対して、この場に居る他者全員が表情に疑問を滲ませる。
唐突な独り言を許して欲しいとは言わない。ただ、以前プレイしていたゲームたちは設定が手動項目まみれなのは日常で、グリテルのように接続申請しただけで勝手にゲーム側で調整してくれるのは非常に珍しいケースなのだ。
「ねえ、さっきからホログラム弄ってばかりだけど何が起きるのかな?」
レネットが私に対してそう質問した。
何が起きるかと問われると彼らに伝わりやすい表現は咄嗟に思い付かないのだが、ゲーム的な言い方をするのならばこうなるのだろうか。
「貴方たちが魔法を使えるように、私たちもとっておきの魔法を使える。それだけ」
「ランプアイ」をアクティブにすると私の背後に人の目を記号化したようなシンプルなアイコンが浮かび、その瞳は私の一挙一動を見逃さないように捉え続けている。
ゲームみたいな表現をするならば、私がたったいま使い始めた魔法は2つの次元を歪ませて繋げる魔法だ。Aという次元からBという次元に向かって映像記録ファイルを次元間輸送し、更に今回の場合は映像記録を欲したA次元の人間の手元にB次元から映像記録ファイルをコピーしてリアルタイムで随時送りつける魔法である。
……現実的でロマンの欠片もない言い方をするならば、「スクエアランプ」という名のダイブ型VR映像専門の配信プラットフォームで生配信を開始した、というだけである。
配信開始から数十秒後、配信のコメント欄を映すホログラムボードにお目当ての人物からのコメントが映し出される。届いた「待ってたんだ、この時をよぉ!!」というコメントは気の利いた返しを全くできないゆえに少し放置したのだが、そのことを察知してくれたようで「通話チャンネル繋げられる?ちょっとこっちはデカブツの対処で忙しくてね……」といった感じに最初のネット構文をゴミ箱に捨てて大人しくなった。
「……ねえ、ラズリア。神様から神託でイヤホンマイクのような物が届いたけど使う?」
カログリアの問いに対して肯定の意思を込めて微かに首を縦に振ると、普段音楽を聞くのに使っているようなマイク機能付きワイヤレスイヤホンが前触れもなく空中に浮かんで出現する。私はそれを装着してから通話チャンネルをアクティブにして、彼女からの接続に備えた。
4つの電子音で構成された短いループが数周続いたあと、接続調整を行うときに発生する一瞬のノイズを経て彼女との通話が開始される。彼女は通話が始まっても自ら言葉を発すことなく、こちらの言葉を番犬のように待っている。
だから、こちらから言葉を投げつけるのだ。
「御機嫌いかがかな、親愛なるミス・リリウム。今日も相変わらず面倒事に首を突っ込んでいるみたいだね」
それに対する彼女からの返答はこうである。
「ええ、とてもいい気分になりましたとも、わたくしの愛しきシスター・ラズリア。道路を歩いていただけなのに気付いたら最前線で敵の攻撃を受け流す羽目になってしまって、大人げないですが少し機嫌を損ねていたところだったのですわ」
透き通った綺麗な声ではあるが、弱々しさを微塵も感じさせない芯の強い声。その声の主は私や我が御友人様からすると先輩に当たる人物であり、私や我が友人をゲーム配信という分野に誘った人物である。
そして、道路上でプレイヤー集団の先頭で切り込み隊長のようなポジションとして立っていて、現在進行系で身悶えするかのようにその身をくねくねしたり無意味にその場でターンしているゴスロリ衣装のプレイヤーその人でもあるのだ。
その奇行がなければエレガントな貴婦人という印象を抱くのだが、如何せん彼女は少し奇妙な人間である。
ゲームプレイヤーとしてはとあるゲームでの元最強クラスプレイヤーの1人であり、常に笑顔で困難に対処する根っからの戦闘狂。配信者としては、余裕に満ち溢れた姿と類稀なる戦闘センスを武器に少数ながら熱狂的なファンを抱える、まだマイナーな配信主。
……現実の先輩としては、後輩たちのイチャイチャを眺めたり声を聞いては身悶えする残念な美しい華である。
もしかしたら、優雅で美麗な彼女ではなく、残念極まりない姿を晒す彼女を見に来ている特殊な嗜好のリスナーも存在するかもしれない。
しかし、レネットも大丈夫なのかと心配するように私と彼女を交互に見ているし、私としても彼女をメトロノームに仕立てるために通信を繋いだわけではない。
だから、彼女が動きやすいように宣言する。
「リリウム、私たちの成すべき役割はビル内部含めた雑魚敵の殲滅。雑魚敵の討伐後、舞台に幕を下ろす役割は彼らが担います」
勝利条件の提示をした瞬間に、人間メトロノームはリズムを刻むのを放棄した。そして、距離が離れていて私からは表情をまともに認識できないというのに、彼女の表情が後輩にデレデレの笑顔から狂気と悦楽に満ち溢れたサイコパスな笑顔に変貌したのが嫌でも分かる。
レバーは降ろされた。鬼神としての彼女にギアが切り替わったのだ。
「ねえ。わたくしはナイフだけでも一向に構わないのだけど、不慣れな皆さんのための武器はたっぷり調達できるかしら?」
別ゲーで彼女とその相棒のコンビにギルド総出でPKを仕掛ける催しをすることがあったのだが、不気味な笑みを浮かべながら暴れまわる一対の悪鬼羅刹を前に傷一つ負わせることはできなかった。
その時によく似ている私が恐怖した微笑がこちらの居場所を的確に見据え、……レネットに向けて視線が注がれているのを本能で分からされる。だから、これは私を仲介した、レネットに向けての「お願い」だ。
「まだ化物相手の方が気分はマシね……。それで、ウチらに何をして欲しいって言ってる?」
その問いに無駄を省いて答える。
「武器が欲しいと言っています。彼らが使う武器を」
私の言葉にレネットはミレニカに目配せをする。ミレニカはこくんと頷くと、バックパックから弾薬の詰まった大量の紙箱と数本のナイフに加えてロケットランチャーを追加で数本置いて、それから私に向かって1艇のスコープ付きアサルトライフルを投げて渡してくる。
「ミレニカ、これはファミリーのボスの娘としての命令」
レネットはしばし瞑目し、ミレニカは続く言葉を待っていた。
「このウチが許可する。出し惜しみせず、みんなで全部ぶち殺してこい」
「把握。みなさま、ぐっどらっく」
ミレニカが拳を自身の胸の前で握り、軽く一礼してから部屋を飛び出していく。彼女の移動速度は現実の人間と比べると遥かに素早く、私を案内していたときは力をセーブしていたのだと分かった。
そして、不意にリリウムとの通信があちらから一方的に切断される。それは彼女なりの私への配慮であり、彼女の本領を発揮するという合図でもあった。
彼女は強い。また、スイッチが入った彼女は人前に立つことへの緊張も失敗に対する恐れも、ロールプレイへの妥協も知らない。
「聞け、者ども!間もなく我らに武器が届く!」
もっとも、そう鼓舞したときにはすでにミレニカは現場で武器を配り始めていた。だが、タイミングがズレたことを意に介さず、リリウムは集まっているプレイヤーの群れに演説を続ける。
しかし、距離がそれなりに存在していてもひとつひとつの語句がはっきりとここまで聞こえるほどの大声で演説を始めるので、通信を付けたままだと私の鼓膜が壊れて床で無様にのたうち回ることになっていたのだ。
現時点で分かることは、リリウムが怪物に背を向けて群衆を視界いっぱいに収めている様子から、彼女の相棒がその場に存在していることを暗に示しているということである。
ラフレシアの怪物が身動ぎをする。音を聞き取る器官が存在するかまでは分からなかったが、先頭で扇動する彼女の行動を油断か脅威と認識する知能は存在していたらしい。
怪物は声が耳障りだと言わんばかりに余ったツタを地面に何度も叩きつけ、本命のツタはトゲを取り出して彼女の背中目掛けて投擲した。
今までにないほどに速く鋭く真っ直ぐに投げられたトゲは、群衆から飛び出した1人のプレイヤーが振るう鉄塊そのままと言っても過言ではない金棒で呆気なく弾き飛ばされる。
「ほう。ウチは今回の異邦人は弱いって聞いてたんだけどなあ」
レネットの知識は何も間違っていない。あのリアルセンス極振りの2人組が異常なのだ。
事前セットアップとチュートリアルの際に初期選択アイテムを選ぶとき、何も知らずに苦行に身を投じる修行僧御用達セットになることがないように警告して、起きうる大惨事を教えてくれる機能がある。
例えば、私も警告を無視した側の人間なので潜伏特化になっていて、攻撃力が皆無になっていた。
相棒さんが付けてる篭手は筋力を引き上げる「蛮力の篭手」だし、振り回している長い金棒は「金砕棒」なので初期アイテムだし、恐らく履いてる金属製のブーツも初期アイテムの一種だ。ゲームシステム的に潜伏系アイテム染めは推奨されないし、逆に火力増強アイテムだけ詰め込んで防御に関するアイテムを入れないのも警告が出現する。
更に言うならば、「金砕棒」は選択するだけでどんな組み合わせに混ぜても警告が出る、公式的にも呪われた装備扱いしているアイテムだ。
つまり、間違いなく玄人専用セットである。
彼女をスコープを使って観察していたところに、新着コメントが来たことを知らせる通知音がイヤホンから鳴った。
新しいコメントは簡潔なもので、「危ないです。指外してるのは見えますが」とだけ書かれていた。送り主は相棒さん本人である。
「あの人達だけ例外。色々なネジが噛み合いすぎてて逆に壊れてる」
そうレネットに告げると、またコメント通知が届く。今度は2件であり、どちらのコメントも異口同音に「心外です」と短く綴ってあるのだ。
口にするとリリウムどころか相棒さんにまで筒抜けだから心の中で反芻するのだが、あの2人はリアルセンスの暴力が過ぎる。
怒り狂った怪物からマークされて怒涛のトゲ投げに晒されている相棒さんの様子を見ていると、トゲを的確に打ち落としている上に受けきれないものはブーツの効果でスライドするかのように滑って回避している。彼女の近くで見ていても何も参考にできないだろう。
その上で少なくともこちらの様子を把握しているし、短いとはいえコメントする余裕まで存在する。彼女たちが味方でなかったら私は全速力でこの場から逃げていたに違いない。
そして、私が様子見している間に民間人で構成された即席軍団は上手く仕上がったようだ。
軍団の3分の2は散開して周りのビルのクリアリングに向かい、残りはリリウムと相棒さん率いる突撃部隊として怪物本体近くの異形を排除するための決死の進軍を開始した。
次回投稿まで最大2週間お待ち下さい(宣言日:2025/05/20 19:24)