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【2−2】

 世界が最初から荒廃していたわけではありませんよ。この世界が荒廃した直接的な原因は度重なる大戦争が与えた傷跡が化膿して腐り果てたことであり、人の罪業の終結点に過ぎません。


 膿だらけの世界は緩やかに終焉を迎え、無様に生きる愚者達全ての贖罪を終わらせるはずでした。

 けれど、とある夜を境にしてに世界に小さな星が落ちるようになった。現在ではその星々を「救世の矢」と呼んで崇拝の対象とする者も居れば、「世界録の断片」と呼称して研究対象と学者たちは定義したり、「罰の一欠片」として試練を与える存在と解釈する人間も存在するのです。


 重要なのは、ある晩から星が落ちるようになったということだけ。救世主が、世界の断片が、もしくは懲罰者が大地に落ちてくるということだけです。


 ――星が落ちてきて、何が起きたの?


 予め謝っておきますが、神徒である私達にも仔細は分かりませんよ。本来繋がるべきではない世界がこの世界に連結してしまうのでしょう。

 ただ、星が起こす現象が異世界の記憶の再現なのか、異世界とこの世界の一部分を融合させた結果なのか、それは未だに分からないです。しかし、唯一確かなのは1番目の星はこの世界に地獄のような戦場を生み出した。


 それは酷い物でした。星が開いた門からこちらの世界に植物に寄生された異形のモンスター達がなだれ込んできて、武器を持たない一般人を片っ端から虐殺していったのですから。更に言ってしまうならば、武器を持った兵士すらも彼らに深い傷を負わせることは叶わなかった。


 「世界は終わる」。誰もがそう頭で理解しながら、戦うことを辞めなかった。その身が裂かれ、同胞が潰され、屍が踏み躙られようとも、人々は抗い続けた。

 異形の軍勢の行進を少しでも鈍らせるために夥しい数の犠牲を払った。自らが破滅の運命に飲み込まれようとも、大切な何かが失われるのを遅らせようとした。


 皮肉なものです。家族、友人、財産、もしくはその他の形あるものを守ったところで、世界はもう死にかけだというのに。世界もろとも失われるのが定めだというのに。


 だから、最初の星は疑う余地もなく「罰」でした。人間が犯してきた罪を清算させるための罰が、星をきっかけに肉体を得て具現化しただけのことです。


 ――それなのに救世の矢?スパイスが効いてるね。


 貴女はせっかちな人だ。地獄そのものみたいな軍勢相手に蹂躙されているのに、そこで救済の奇蹟が起きなければ順当に人間は滅んでるはずでしょうに。


 ここまでが「人間の罪と、罰の具現化」の話ならば、


 ――明るくなった。夜が明けた……けど、これは本当に空?……朝を迎えたのに、空の星たちがはっきりと見える。


 ここからは「人間の意志と、希望の実体化」の始まりを語ることになるでしょう。


 最初の星が墜ちてから、十数回の夜と昼の円環を回った頃でしょうか。

 世界は、新たな夜明けを迎えました。

 いつもと違う暁の空。星光が消えるはずの空には、変わらず星が浮かんでいる。

 やがて、それらの星の一部が1つ2つと大地めがけて次々に降り立ったのです。その中には新たな災いを呼び起こす凶星もいくつか混じっていたでしょうが、同時に後に人間とともに災いと戦うことになる異世界の民を先導する恒星の姿も複数ありました。


 そして、流星の大半は私達に新たな武器を与えるのです。

 誰かの遺志の結晶、希望の記されたページ、未来を掴み取るための最後の腕。それらを詩的に言い表そうとすれば終わりはないでしょう。ですから、私達は希望の象徴の数々をこう呼称します。


 「スターレガシー」、と。


 スターレガシーは様々な姿をしているので一概にはこういうものだとは断定できませんが、必ずと言っていいほど表面のどこかに宝石のような核が露出して存在するのが特徴でしょう。また、スターレガシーの核に星の光を浴びさせることで、動作するためのエネルギーを補充することが可能な点も一致しています。

 エネルギーの正体はほとんど未知なのですが、一部のスターレガシーを用いることでエネルギーを結晶化することに成功しています。元は星の光から与えられた物なのは間違いないので、その謎のエネルギーは「スターエナジー」とでも呼んでいますよ。


 スターレガシーの力により人間陣営の戦闘力は飛躍的に向上し、異世界の民と合流して共闘した結果、最初の星が生み出した「始原の門」を破壊することに成功したのですね。

 ……しかし、「始原の門」を破壊したまでは良かったのですが、面白いことが起きたんですよ。新しいゲートが生まれてしまって、どこか分からない異世界と向こうからこちらへの一方通行で繋がってしまったのです。


 だから、この街が必要になった。新たなる災厄が起きた場合には対処する、もしくは仲間を見捨ててでも生き残って誰かに「始まり」を伝えるために。

 まあ、この街の兵士達がそんな滅私奉公じみた使命を抱いて監視してた結果、何も起きずに結構な年数が経ってしまったわけなんですけどね。

 しかし、こんなことを言ってしまうと、貴女達の役目が来たるべき災厄と戦うことであると勘違いされてしまうのでしょうか?

 貴女達に特別な何かを要求することは、現時点ではあり得ないことですよ。

 第一、私達は新たな異邦人の貴女達をどれだけ信用できるか、どんな利害関係になるかを探っている状態ですから。 



 彼の長い物語が終わると、私達を包んでいた星煌めく蒼空の世界は元の窮屈な部屋へと回帰した。


「そっか。まさに今日、異変が起きちゃったんだね」


 ガラスの球体が私の言葉に笑う。


「ええ、どうも貴女達は私達と違って双方向に転移できるようですから。我らが神々は貴女達をただのゲームの遊戯者と言っていますが、確かに死んでも街で生き返るのはゲームのプレイヤーキャラっぽいですよ」


 この世界は悲しみと希望で満たされている。それは理解したつもりだ。

 世界を救済したのがスターレガシーなら、グリモワールとはどんな物なのだろうか。その答えを私は保有していないけれど、少なくとも私のグリモワールは足元で溶けて鳴いている。

 銀色の海から一対の白い両翼が飛び出し、世界に這い出ようとがむしゃらにもがき続ける。


 だから、私は「彼女」の名前を呼んだ。


「カログリア。それが、君の名前」


 銀の水溜りが突沸し、金属を撒き散らしながら白い生き物が飛び出した。純白の翼が私の視界を遮った瞬間、1人の少女が白く濁ったガラスの砂漠に立つ光景が脳裏に焼き付いたのだ。

 そして、私の右肩に彼女が止まる。


 異常な色彩、生態系に相応しくない異端の白、生まれながらの敗北者。私に付き従うシンボルとしては満場一致で満点だろう。

 色素の欠落した個体は色々な不具合を抱えて生き続けることになり、大抵は長く生きることは叶わない。自然界では淘汰されるべき存在であり、圧倒的な弱者でしかないのだから。

 私はアルビノでこそないけれど、精神的に何かを得られなかった個体だ。肉体的な欠損と精神的な欠損、2つで1つなら案外お似合いなのかもしれない。


「グリモワールとは鏡ですよ。祈り手を見つめ続ける、その祈り手の為だけの執筆者です」


 私は彼の言葉に耳を傾けつつ、全身が白いカラス――カログリアの頭を撫でる。その手は多分、とてもぎこちない動きをしていたことだろう。動物の可愛がり方なんてたまに動画配信サイトのおすすめ欄に紛れ込む動画でしか知らないのだから、こればかりは仕方ないのだ。

 人によく嫌われる私でも懐いてくれるカログリアを見ていると、確かに私の友人がペットを欲するというのも理解はできる。

 ああ、現在の友人の気持ちもなぜか分かる。なにか動物を撫でながら、不機嫌そうにふくれっ面になっているのだろう。


 いや、しかし、私の中の彼女はなぜ不機嫌なのだろう。


 このVR世界では、現実の1分を20倍に引き伸ばして20分だと感じてしまうという、謎の技術が使われている。友人にまるで手品みたいだと言うと、我が友人様は断固として「そんな物は手品じゃなくてただの謎技術だ!」と否定に走るのだが、私はこの世界で20分ほど彼の話を聞き入っていた。

 では、現実世界換算で仮想世界にダイブしたのは待ち合わせの何分前か。

 答えは簡単だろう。何分どころではなく、待ち合わせの約60秒ぐらい前にこちらにやってきた。

 私は人の気持ちを察するのが苦手だ。そんな私が友人の気持ちなるものをお察ししているのだから、それはそういうことになるだろう。


 待ち合わせに遅刻する、ただそれだけ。ただの、――致命的失敗だ。


「神徒さん……なのかな。この辺りで詫びの品にもってこいな美味しいお菓子を売ってるお店、知らない?」


 彼が大きな声で笑う。私の言葉で事の顛末を察したのかは定かではないが、彼は私に無慈悲に宣告した。


「美味しいお菓子など、この世界では高級品です。今の貴女の所持金では到底買えないので、材料を調達して質素な物を作るほうが早いですよ」


 とても有難い言葉だ。胸に刺さる鋭さは一級品に違いない。


「ふふっ、善は急げと言いますよ。私も貴女の今日が平穏になることを祈ります」


 笑うなと言いたいが、私もできれば笑って済ましたいものである。

 ……私の御友人様は、機嫌を損ねると厄介なのだ。


 私は病室のような部屋から出て、待ち合わせ場所の「マーケットスクエア」に向かって歩き出した。


2025/05/06 8:31 微修正

2025/05/20 19:22 微修正

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