【4−1】無尽都市−アンカデラ
ワームイーターの撃破後、各自で自分の欲望のままに素材を剥ぎ取る作業に従事していた。
人によってはワームイーターを覆っていたワームの死骸の臭いに顔をしかめる。はたまた別のプレイヤーは、ワームイーターを構築していた金属を嬉々として剥ぎ取りながら笑う。
プレイヤーの技術では未だに製作できない謎めいた精錬金属に、何に使えるか予想できない回路。宝の山というより用途不明なオーパーツの詰め合わせであり、この作戦を指揮して最後の一押しを成功させた我軍の司令官は頭を抱えていたのだ。
リリウムは報告書のような書類を書くのが苦手だ。ゆえに、剥ぎ取られた素材が増えるにつれて彼女がロキに提出するレポートが厚くなる。
そのせいで、彼女の表情が徐々に曇り、険しくなっていくのだ。けれど、表情自体は暗いのにメモを取る手元は嬉々として動いており、歓喜と悲壮を併せ持つ不思議な表情をしている。
そんな私はワームの体内から「クリスタルメイカー」という装置を剥ぎ取っている。他のプレイヤーたちに許可を取り、1人1個の取り分を除いた残りのクリスタルメイカーを遠慮なく接収していた。
こういうゲームでゴーレムを量産する癖がある相棒さんがもっと欲しがるかと思っていたのだけども、彼女はクリスタルメイカーよりは金属の破片に興味があるようだ。
そうして剥ぎ取った素材をたんまりと積んだ3台のスローンズは、城塞都市が存在している500階層に進入した。
「ここは『アンカデラ』。過去の無尽の神々を信奉する人たちが集まった街、と言うのが正しいわね」
無尽兵団の中でも修道女の格好をしている少女が、迫りくる城壁と城門を見ながらそう教えてくれた。以前の階層を進んでいたときにスローンズ内部で私の調理を眺めていた、無尽兵団の中では私と関わりが深い兵士だ。
黒き石材で組まれた城壁の上では多種多様な種族の人影が忙しく徘徊しており、門の足元では「竜人」の憲兵2人が街の入口を警護しているのが見えた。
――長き旅路の終わりというのにはあまりにも「旅路」がちっぽけだけれど、旅団のフィナーレとしては十分な結末を獲得できた。そう思うのは私だけなのだろう。
でも、激闘のあとだというのに、みんないつも通りで笑みが込み上げてくる。リリウムは素材を床に並べて理解できないと呻いているし、相棒さんはどこからか取り出したビスケットを片手にコーヒーを私に要求する。
ルルは……いつも通り、なのかな。私が外の景色を見ているのに配慮しているのかは分からないけれど、私を撫でる代わりにカログリアの頭を撫でようと四苦八苦している。けれど、カログリアはすっとその魔手から逃げ続けていて、一定の距離感で付かず離れずを繰り返していた。
「そうだ、兵士さん。君の名前は?」
私の問いかけに、彼女は胸に手を当てて名乗る。
「アタシは無尽兵団所属の『レニアス』ってとこかしらね。少なくとも、この身体のうちは」
その答えに、彼女が一種の「消耗品」であることを思い出す。私たちとは違う、肉体を渡り歩くことが可能な魂を持つ生命体。
だから、私は伝える言葉に困って、ただ少しの言葉を絞り出す。
「そっか。レニアス、また次に出会うときまでは壊れないでね」
私の言葉は深い意味を持ってなかったはずだった。けれど、レニアスは勝ち誇ったような薄笑いで私に近づく。右手の親指と人差指で輪っかを作り、力を解放して勢いをつけた人差し指で私の額を弾いたのだ。
要するに、彼女は私の額に「デコピン」をしたのだ。
「そう簡単には壊れないわよ。肉体こそほぼ新品だけど、アタシの魂自体はもう結構な年月経ってるんだから」
――それより。そう彼女は言葉を紡いで、スローンズの窓から身を乗り出して、まだ遠い城門を見る。
「誰が先頭で突っ込むのかしら?」
この場に居た彼女以外の人物から、脳が理解を拒んだときの不協和音が聞こえてきた気がした。まだパーティー連結が解除されていないチャット欄を見ると、プレイヤーはひとり残らず混乱しているようだ。
勿論、私も例外じゃない。けど、状況を省みると、確かにそうなのだ。
……城門は徐々に近づいて来ているが、全てのスローンズはむしろどんどん加速している。
そう理解した私の口から、ボイスチャットに向けて言葉が漏れ出ていた。
「連帯責任って言葉もあるし、全員突っ込むのが平等じゃないかな……?」
便利な言葉だ。『連帯責任』と言っておけば、理屈を置き去りにしてなんでも通る気がする。
その言葉に、メルドリーテが反応してチャットに書き込んだ。「赤信号もみんなで渡れば怖くないよ」、と。
少しの間をおいて正気を取り戻したプレイヤーたちはみな先頭の機関車に急いで向かうが、スローンズの自動運転を解除する方法は無尽兵団の兵士しか知らない。その上、兵士はこれが普通と言わんばかりに平然と別の作業に取り掛かっている。
致命的なことに、私たちには話し合う時間が残り少なかった。車両が加速していることに気づくまでが遅すぎたのだ。
私たちのスローンズは意図せぬ綺麗な横並びのまま城門に一斉に突進して、木製の巨大な門を木っ端微塵にする。トロイの木馬も驚きの破壊方法で、城塞都市の内部への神話の如き進軍を成し遂げたのだ。
現実逃避をしたくて視線を窓の向こうの青空に向けると、アンカデラ内部の第一村人候補がひとりだけ空の旅へと誘われていた。
そういえば、メルドリーテの理論は最初から間違っているけど、それよりもっと大きな破綻が存在している。
赤信号を渡るのが怖いのはあくまで「撥ねられる側」の歩行者であり、私たちは「撥ね飛ばす側」である車両なのだ。基本的に加害者側である。
つまり、ここは間違いなく交通事故の現場だ。いつの間にか、目撃者となるアンカデラの住人が山のように集まって、こちらの様子を見せ物かのように見物している。
誰しもが被害者になりたくないし、同じように加害者にもなりたくないのが世界の総意である。スローンズ内のプレイヤーによる代表者選考の醜い視線の投げつけ合いが繰り広げられる中、レニアスが平然とした様子でスローンズから降車する。
そして、地面に横たわる犠牲者をその足で何度も小突くのだ。
「ロード、おふざけはそこまでにしなさいよ。祈り手の顔がみんな真っ青になってるんだから」
領主と呼ばれた筋骨隆々な男性は、何事もなかったかのようにむくりと起き上がる。それから、手のひらを上に向ける形でこちらに突き出し、スローンズから降りてきていた私に向かって揃えた指を何度も前後に曲げてみせた。
分かりやすい挑発。レニアスが彼を見て呆れたと言いたげな表情をするが、一方でロードの挑発は私の心に温かい感情を芽生えさせてくれた。そのことには感謝してもしきれないだろう。温かい殺意を、この身に灯してくれたのだから。
だから、必要な道具を即興で考えて設計し、スミス・キューブを介してミニストルに注文した。
「人の子よ、怖いのか?」
挑発に対してすぐに反応しない私に対して、彼は勝利を確信したような不遜な笑顔をして見せる。
売り文句に買い文句の形になるのは気分が悪いけど、その分だけ敬意を込めて相手を潰せばいい。だから、吐く言葉はこれでいいのだ。
「そうだね、怖いかもしれない。だって、――貴方をがっかりさせるのが怖いから準備はしないといけないでしょ?」
ロードが歯を見せて笑う。勝利は間違いないと傲慢に笑い、背中に帯刀していたツーハンドソードを抜き、両手で構える。
そして、私の手元にも頼んでいた武器が届く。名前は決まっていないけれど、「黒渦」とでも呼べばいいのだろう。
黒渦は、漆黒の色合いが美しい2本一対の小剣。刃が螺旋状に捻れていて、刺突時に傷を抉りやすい殺意を露わにした形状をしている。材料はワームイーターから剥ぎ取った金属と、2個のクリスタルメイカー、そしてイーターの電子基板だ。
正直、設計者本人すら正確な性能を理解していない。だが、そんな細かい物は相手を斬りながら確認すればいい。
それに、欲しい能力はちゃんと備わっている。だから、その能力を活かすために「偽神の羽化」スキルツリーに新しいポイントを割り振って、必要な最後のピースをはめ込んだ。
「相棒さん。頼めるかな?」
私は一番近くに居た相棒さんに拳銃を渡し、ただ首を傾げて見せる。
それだけで相棒さんには伝わると読んでいたけれど、やっぱり彼女は勘がいい。相棒さんは私とロードを直線上に結んだ線の中央から数歩外側に出たくらいの位置に立ち、拳銃を空に掲げて宣言してくれた。
「さあ、ここからは他人の手出しは無用。だが、見るのは君たちの勝手だ。賭けるもいいし、野次るもいい」
その言葉を借りるならば、私が賭け金を乗せるのはプライドや金銭の上ではなく、どれだけ斬り合えて楽しめるかの予想に対してになるだろう。
私たちは数秒の静寂を噛み締める。
そして、……拳銃から闘争を告げる火種が音として弾けた。
「存分に殺し合え!」
相棒さんが開幕を宣言した。
私は足を踏み出す。前へ前へ矢継ぎ早に踏み締める。それに対して、ロードは雄叫びを上げてからまっすぐに突進してきたのだ。
戦況としては、私が素早く突撃を仕掛ける間に、彼は自身へのバフとこちらへの筋力へのデバフを掛けて用意してから突っ込んできた形になる。
でも、生憎この武器はそこまで重くはない。デバフの影響で手に感じる重量が重くなっても、一点に集中すれば相手の肉をえぐり取れるはずなのだ。
――それに、この武器の真価は白兵戦じゃない。グリモワールとの連携によって発揮されるのだ。
だから、さっき取得した「デュアル・フェイス」のスキルを発動する。儀礼具となる武器の投擲が発動のトリガーで、効果は単純に言ってしまえば私たちと違う意思を持つ私とカログリアのセットがもう1組増えるだけのことだ。感覚的にはスライムの分裂が近いのかもしれない。
彼の背後に投げた黒渦を握るように地面から腕が生える。その腕を起点にして、顔面や肉体が白い結晶で構成されたもう1人の『私』が地面という蛹を突き破って飛び出した。そして、私と結晶体でロードは挟む形でそれぞれ喉元と首の後ろを狙って握った黒渦を突き出したのだ。
結晶体の狙いは背骨である。一方で、私は接敵する直前でフラッシュ・ステルスを起動して姿をくらまし、目標を切り替えて彼の手元を狙い素早く斬り付けた。
結果だけ言えば、感触はあったから斬り付けること自体は成功している。けれど、それは刃がガラス板を滑ったような感触であり、血が湧くような感動や熱狂を感じない冷たい手触りだった。効果的でないと私に告げてくれたのだ。
……予想外ゆえの一瞬の隙。本当に、自分の判断ミスが忌々しいと思う。その刹那の思考の停止が、来たる落命を無慈悲に語っているのだから。
「それは卑怯じゃないかな?ロードさん」
彼は豪快な笑い声を上げながら、握っていた剣を投げ捨てる。そして、黒曜石と思わしき物質に置き換わった手で手刀を作り、私の鳩尾をめがけて鋭い突きを繰り出す。
その手刀を避け切れず、私の肉体を手刀が貫通した。




