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不公平VRMMOに瞬く双星:グリモワール・テイル  作者: 筆狐@趣味書き
第1楽章−アンデルニーナ24時間

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【3−9】

 開戦から数分後、上空から見下ろす盤面は膠着していた。

 いくら打撃を与えても痛がる動作すら見せないワームと、持ち得る全ての攻撃手段を試していって対抗手段の選択肢を失っていく味方陣営の構図。壊滅的な被害はどちらにも出ていないが、どっちが優位に立っているかは言葉にするまでもなく明確だった。

 けれど、ワームの行動に少しだけ気になる点はある。1番攻撃の密度が濃いのは間違いなく第1パーティーのスローンズなのだが、ワームは第2パーティーを執拗に追っているのだ。


「全員に告ぐ!可能ならば、攻撃の属性を電撃系統に切り替えてほしいわ!」


 パーティーのボイスチャットにリリウムからのメッセージが届く。確かに、プレイヤーの中で電撃に関連する武装を使っているのは第2パーティーの異形めいた大男だ。それが効果的ゆえにワームのヘイトが集まっているのだと、リリウムはそう予想したのだろう。

 リリウムの声が聞こえてからすぐ、カログリアと私の遥か後方で風船が破裂したような音が聞こえた。だから、私は鞍の取っ手を握っていた右手を離し、来たるべき時に備える。

 私たち2人の頭上を銀色の竜がカログリアを簡単に置いてきぼりにする速度で追い抜かし、追い抜く際にルルは1つの小瓶を上手い具合に私に当たるように放り投げる。完璧な軌道を描く小瓶を受け取り、その小瓶に貼られたお手製のラベルを確認する。

 ――「雷電の水薬」。内容物が合っているかを鑑定する余裕はないけれど、他の階層でみんなと情報共有しているときに話題の1つに挙がっていたエンチャント用ポーションだ。ルルはこの作戦を行うと確定したあとに、様々な属性や状態異常のポーションを制作してインベントリに備蓄していた。

 これはそのうちの1本だろう。

 けれど、何かが引っかかる。この展開が予想されるならば、ロケットランチャーの弾薬の属性は「炎」ではなく「雷撃」が選択されていたはずだ。


「リリウム、1つ聞かせて。このワームに電撃が有効なのは予定外?」


 リリウムからの返事は素早く返ってきた。


「ええ、想定外。わたくしの予想ではいつものアレは幼体で、目の前のが成体だから弱点が変わったんだと思う」


 少なくとも、この場のプレイヤーたちは理由を推測することしかできない。だから、有利に立ち回るためには相手の情報を知ることが必要になる。

 ふと第1パーティーのスローンズを見ると、屋根の上で空中に浮かぶ石板をいくつも展開しているリリウムの横で、相棒さんが私たち2人に向かって前後に腕を振って何かの合図をしていた。1度偵察行動を停止して相棒さんの近くに降り立つと、相棒さんはとんでもないことを口にするのだ。


「ラズリア。私をあの怪物の上に届けてくれないか?」


 彼女らしい直接的な作戦であると評価した。いつものことではあるものの、思慮深く機会を狙うリリウムと対照的に絶え間ない行動で勝利を掴もうとする彼女に少し畏怖を抱いてしまう。

 彼女の辞典に無謀や無茶という言葉は書かれていない。記されているのは「勝利」と「死」と「狂乱」だけである。


「カログリア。相棒さんを脚で掴んで、あの怪物の真上まで飛ぶ。いいね?」


 私の問いに、カログリアはただ頭を1度だけ下げて了承してくれる。だから、私に付き従う犠牲者の喉元をささやかな礼として軽く撫でた。

 私は彼女の背にまたがり、高度を上げてから一気に降下して素早く相棒さんを地獄の空へと導く。私からは相棒さんがどんな感じに掴まれているかは見えないものの、カログリアの下から定期的に大砲のような豪快な音がすることで、相棒さんが付いてこれていることを実感する。

 私たちが怪物に突撃する姿を発見したのだろう。ルルが私たちと並走するように、速度を落としてすぐ隣を飛行し始めた。


「ちょ、ラズっち!いつも通り無茶する気かな!?」


 全くもってその通りだろう。首謀者こそ相棒さんだが、無謀な行為に挑む犠牲者は三人一組であり、私を含んでいる状態である。

 だから、いつも通りの無茶が崩壊に変わる事態に備えて、これまたいつも通りのお願いをルルにするのだ。


「ルル。いざとなったら、相棒さんをよろしくね?」


 遺言なんて湿っぽいものじゃない。ただの「お願い」だ。

 私の「お願い」を無事聞き遂げた我が親友は迷いを断ち切るかのように首を左右に振ってから、私の瞳を貫くように強くその眼で見つめる。そして、数秒の無言の対話を経た後に、片目を瞑ってウィンクしながら親指を立てた握り拳をこっちに向かって突き出した。

 作戦を共有したことを確認した私たちはそれぞれ正面を向き、空を駆ける双星の速度はさっきと比べ物にならないレベルまで加速する。


「リリウムから第1パーティーに告ぐ。ワームがそっちを認識したわ!貴方たちが何をする気かは問わないけど、相手の攻撃を警戒して!」


 リリウムがそう警告すると同時に、咆哮を上げたワームの口から人の頭部と変わらない大きさの白い水晶がいくつも飛び出して空中に浮かび上がる。水晶がどんな動きをするかは定かではないが、脅威になることだけは間違いない。

 けれど、嬉しい誤算が1つ。私たちプレイヤー3人に追いつくほどの速度で、背中に黒い翼を生やした黒いローブ姿の少女が飛翔してきたのだ。

 彼女はスナイパーライフルを持っており、飛行しながら水晶に鋭い一撃を放っている。そして、彼女が私たちの近くに来たことで、私は彼女のことを記憶の底から引きずり出すことになるのだ。

 名前も知らないし、戦闘スタイルもこの目では見てはいない。けれど、この場に彼女が共闘者として並び立つことに、少しだけ運命を感じるのだ。

 だから、この奇跡的な邂逅に感謝しつつ、かつて共に空を舞った戦友の名前を質問する。


「久しぶり、なのかもね。ねえ、君の名前は?」


 その問いかけに、彼女はローブのフードを下げながら笑顔で答えてくれた。


「わたしはアルカ・ドルネ。確かに久しぶりに感じるけど、現実では昨日の夕方だね」


 戦士としての確固たる意志が芽生えた彼女に対して、無駄な言葉はもう必要ない。嬉しいことに、昨日の時点では頼りなかったひよっこも、ゲームに慣れてきたのか良い顔つきになっている。

 そんな彼女とルルに頼むことはただ1つ。


「ルル、アルカ。私が敵の懐に飛び込むための道を切り開いてほしい。行けるね?」


 私たち3人の間で目礼を交わし、ルルとアルカの2人は私を置いて素早く前方に翔ける。ルルは短機関銃を使って水晶にエンチャントが乗った弾丸を浴びせ、アルカは高度を上げて上空から私の進路上に浮かぶ水晶を撃墜していく。

 そして、私と相棒さんは2人が切り開いた微かな道を可能な限りに速度を上げて疾走する。彼女たちのサポートが結実し、私たちはワームの頭上に辿り着くことに成功した。


「ラズリア!」


 相棒さんの合図に私はカログリアの背を軽く叩き、彼女はそれを理解してくれて相棒さんをワームの背中へと投下してくれた。

 相棒さんがワームに拳を打ち付けた瞬間、その拳を中心に放射状に稲妻がいくつも放出される。それらはワームの表皮に当たって表面を鋭く抉り、途端に辺りに不吉な激臭が立ち込めるのだ。

 もしかして、そんな疑念が私の中で芽吹く。この匂いは他のゲームで嫌になるほど味わっている。

 血液の匂いとはまた違う、濃厚な死の香り。腐敗した肉体が放つ、鼻を曲げるほどの屍臭。懐かしい臭いでもあるし、できるならば嗅ぐのを避けたい匂いだ。

 だから、多分もう1つだけ私の仕事が残っている。相棒さんはワームの表皮に金属に覆われた指を食い込ませ、こちらに視線を送っているのだから。


「カログリア、上手く支援してね」


 彼女に掛ける言葉はそれだけでいい。私は鞍から手を離し、空へと身を投げた。そして、スキルを発動させて彼女にいつも通りの衣装をオーダーするのだ。

 銀色に輝く金属の正八面体が、私を追い越すように勢いよく落下する。私に当たった金属片は少しだけ衝撃を感じさせたあとに溶けて飛び散り、私のもとに再集結して柔らかい布へと姿を変える。同じように、足に冷たい感覚が巻き付く。

 そうして、私たちは自由落下しながらケープとアンクレットから伸びる4つの翼で落ちる勢いを調整する。


「カログリア!もう時間がないから一気に行くよ!」

「うん、いいよ。でも、犬死なんてイヤだからね?」


 そう、残された時間は僅か。だって、ワームが危険を察知して身動ぎを始めたから。私を支援していた2人を狙っていた水晶が、こっちに狙いを付けて青白い火花を飛ばしながら何かを充填しているから。

 けれど、あまりにも時間が少なすぎた。ワームは体を一気に左右に捩らせ、相棒さんを上空へと軽い人形のように弾き飛ばす。

 相棒さんが錐揉み回転しながら斜め上に飛んでいく。彼女は錐揉みの反動を活かして、右手に握っていたワームの肉片を真上へと思いっきり放り投げた。

 本当に、残酷な人。私には情報が詰まった肉片と貴女、どちらかしかこの手に掴めないのだから。私が悩むことを折り込み済みで、そうやって二者択一の非情な選択肢を私に投げつける。


「進め!勝利以外を望むな!」


 ――相棒さんがボイスチャットを使わず叫ぶ。

 でも、そうなんだよね。貴方は常に勝利しか望まない(犠牲を厭わない)。ハッピーエンドに賭けるぐらいなら、来たる結末がビターエンドと決まっていても絶対に立ち止まらない。親愛なる人に戦果をもたらすためなら、騎士として刹那の死すらも選ぶ。

 その忠誠を、私は一瞬だけ疑って迷った。そのせいで、もうこの手では悲劇の前に貴女の手へ到達することは叶わない。


 ……けどね、私だってあの子が居る。独りよがりかもしれないけど、私でも信じたいと思えるあの子が居る。だから、私が掴むべきは「勝利への布石(肉片)」だ。

 後方の結晶の群れから相棒さんに向けて、赤熱した硝子の槍が一斉に発射される。そして、魚群のような槍たちを遥か彼方から追い越そうとする蒼い彗星の姿もあった。

 もう、確認するのはそれだけでいい。私は後方から視線を逸らし、空高く上がる肉片に向かって素早く近付いて手が汚れるのも気にせずそれを掴んだ。それとほぼ同時に、相棒さんが存在しただろう私の真下から、肌を突き刺すほどの悍ましい熱気が上がってきた。


 身を焦がすような、悪辣で不吉な熱気。でも、舞う蒼と紅の火の粉さえ不思議と心地良い。

 だって正面を向けば、遠くの空を箒に乗って駆ける愛しき黒き外套の魔女と、その箒の柄に力強く掴まった騎士の姿が見えるのだから。

 後ろで水晶が砕ける音が響く。アルカがやってくれたのだろう。だから、私は自分のスローンズを目指しながら肉片に鑑定スキルを放つ。

 プレイヤー全員が持っている鑑定スキルでは、肉片の情報は少しずつしか引き出せない。けれど、断片的に隠されていた言葉が暴かれていく。

 屍肉、偽装、身に纏う、機械。そして、「ワームイーター」という名前。全てが真実になった今、眼の前の怪物の正体が露わになる。


「ラズリアから全体へ!そいつ、文字通りワームの皮を被った機械だよ!」


 成体だから弱点が変わったんじゃない。そもそも、別の怪物だったから違うだけだった。

 その言葉に一番早く反応したのは、リリウムではなく第3パーティーのメルドリーテだった。


「リリウムさん。多分、あなたもわたしと同じもの、見てるよね?」

「そう、貴女もなのね。ねえ、貴女の方の得意分野は?」


 リリウムの問いに、メルドリーテはチャットで「汚染」とだけ書き込んだ。彼女たちの会話がなんのことかは分からないが、少なくとも私の個人チャットに一通の短いメッセージが届くきっかけだったのは間違いない。

 メッセージの文章は短く、「アレを許可する」とだけだった。なら、私は私で勝手に人員を使わせてもらうだけ。


「リリウム。アイテム整理(お片付け)の判断はルルに一存するから、スローンズの無尽兵団の人たちも借りるね」


 私の言葉にリリウムが肯定の意志を示すスタンプを送ってきた。それに加えて、メルドリーテを迎えに行ってほしいというお願いも。

 そうして全てが勝利のために動き出す。私はメルドリーテを第1パーティーのスローンズに送り届けたあと、第2パーティーと合流して怪物の口から湧き出る有象無象を撃墜する作業に就くことにした。

 あの作戦を遂行するには第2パーティーが狙われている現状では難しいのだが、どうするのだろうか。そんな心配を他所に、ルルから準備完了の合図であるスタンプが飛んできた。

 それから数秒後、前触れもなくワームイーターのヘイトが第1スローンズに向かう。

 異変はもう1つ。ワームイーターの化けの皮が次々に剥がれて、金属の黒い本体が露出し始めたのだ。


「リリウム、状況を教えて」


 私の問いにリリウムは簡単に説明してくれた。


「2人がかりでアイツを汚染している、ってとこね。生物は無理でも機械が相手ならば、わたくしたち2人はグリモワールやスキルで相手をバグらせることができる」


 そういえば、スローンでスープを振る舞っているときに、リリウムのグリモワールは「ハッキングで相手の視界を盗み取る」能力だとは聞いていた。詳しくは聞いていなかったのだけれど、敵が機械ならば更に相手を狂わせることができるのだろう。

 そして、それはワームもどきにとっては電撃より致命的だ。だが、それは電撃攻撃よりハッキングが致命的というだけであり、弾丸を雷撃弾に換装したゴーレムや無尽兵団の兵士によって敵の装甲は破壊されていく。

 剥き出しになった回路パーツらしき物にプレイヤーが放った砲弾が着弾し、スパークを奔らせながら肉体からパーツが剥落する。


 それでも、ワームイーターは最後の抵抗として、速度を上げて第1スローンズの最後尾目掛けてひたすら直進する。


 それは最大のピンチであり、最高のチャンスだった。


 最後尾の車両と1つ前方の車両の連結部に、ルルが立っているのが見える。彼女は連結部を外し、それから箒に乗ってこちらのスローンズへと一目散に避難してきた。

 私は遺棄された車両がワームイーターの口に飲み込まれる直前に、そっと1人だけ両耳を両手で押さえる。


 響き渡る爆発の轟音。ワームイーターの頭部がバラバラに吹き飛んで、白い砂漠に黒い金属を撒き散らせた。

 爆発の直後、状況を知らされていなかった第2パーティーと逃げるのに必死で耳を塞げなかったルルの怨嗟の声が、パーティーのボイスチャットをこれでもかと満たしていた。

 ……私が実験に使いたいと貨物車に大量に確保していた爆発する樹脂も多分全部吹き飛んでしまったけれど、興味深い素材の山は目の前で沈黙している。


「ああ、勝利とは素晴らしいものだ。というわけで、リリウムに伝えてくれたまえ」


いつの間にか私の肩に乗っていたロキのテディベアが、私に伝言を頼んでくるのだ。


「おめでとう。私も知らない素材だから、いい報告を期待して待っている。とね」


 私たちは勝利した。けれど、リリウムの地獄はこれからなのだ。

 みなスローンズから降りて、勝利の興奮も覚め切らないうちに物言わぬ巨大な骸へと走り寄っていった。

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